2020年06月01日

1/13-20 休暇にて

 今年の休暇はポーランドへ。コルベ神父やヨハネ・パウロ2世もポーランドの出身。そしてアウシュビッツがある。以前から行きたい、行かなくては、と思っていた。アウシュビッツのガイドさんはポーランド人だけど、日本語が堪能な方だった。最初にアウシュビッツの収容所。次にビルケナウの収容所に行った。ここへの見学に各国から年中、大勢の人が訪れている。特に若い人たちが多い。私が行った時も、イギリスなどから青年たちが団体で来ていた。
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 収容所の門には「働いて自由に」と書いてあるけれど、実際、ここで働いていられるのは3ケ月ほどしかない。冬は極寒になり、わずかな食料での重労働、極悪の環境の中で次々と人が死んでいく。死ぬことで収容所から自由になるということだ。長い通路の両脇に、建物がずっと奥まで並んでいる。
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 最初の建物に入ると、メッセージが書いてある。すべての人が心に留めるべきメッセージ。
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 建物の中は、教室のようになっていて、多くの写真や資料が展示されている。貨物列車に押し込められて、収容所に来た人たちは、働ける者と働けない者に分けられる。子供たちは働けない者として処分されていく。
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 貨物列車の内部の模型が写真パネルになっていた。トイレもベッドもない立ちっぱなしの列車。
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 収容所送りになった人たちのリストや写真があるが、ここにあるのは幸運にも証拠隠滅のため焼却を免れた貴重なものだ。そのわずかに残された奇跡のリストの中に、コルベ神父の写真と名前があった。
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 展示物の中には、多くのカバン、靴、食器、眼鏡、そして山のように積まれた(それでもほんの一部)女性の髪の毛とそれで作った織物、子供の衣服や義手、義足など、押収物が生々しい。そして11号室は「死のブロック」と呼ばれている。ここにコルベ神父がいた部屋もある。一切の食べ物、飲み物を与えず、4人が立って入ったらギュウギュウになる拷問部屋もある。コルベ神父が入っていた部屋には、大きなキャンドルが立てられていた。立ち止まって祈った。そこを出ると、死の壁があった。花輪が飾られている。多くの人がこの壁の前で銃殺され、命を奪われた。ここでも祈った。それぞれの国り言葉で、多くの祈りがささげられている。
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 収容所では裸足に木靴で走りながら働く。空腹と寒さに弱った体で、重たい石のローラーを引いたり、穴を掘ったり、土を運んだり。多くの収容者を殺害するための施設を作るよう命令され、働かされる。そして死んだ収容者の遺体処理も彼らの仕事だ。逃げようとすれば、連帯責任で殺される。首吊り、銃殺、逃げたくても、高圧電流が流れる電線が二重に張られている。どこにも逃げ場はない。
 歩いていたら太くて低い煙突が見えた。遺体を焼却していた場所だった。煙になって、ここから出ていく。
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 ここからビルケナウの収容所に向かう。行き止まりの線路が目に焼き付く。ここで行き止まりだ。ここから先はない。ここは、とてつもなく広い収容所だ。でもシッカリ鉄条網が張られている。もちろん当時は、高圧電流が流れていたはず。
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 女性を収容する部屋は3段ベッド。石だらけの土間で湿気臭い。ここで死んだ人も多かっただろう。妊婦で収容された後、産んだ子供を殺す建物もあった。全部を1日では周りきれない。ナチスは証拠隠滅のために多くのものを焼いた。人間も。焼却が間に合わず、そのまま死体を投げ込んだという「死の池」もある。
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 各国から、人を物のように運んだ木製の貨車が、線路の上に置いてあった。今は動かない。もう動くな。誰も運ぶな。
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 ここで買った絵葉書を、ホテルに帰ってから、自分あてに送った。ルターを生んだドイツだけど、ナチスも生んだ。日本でも伝道していたコルベ神父が「刀ではなく、愛で戦う」と言っていた。人は誰でも狂気やエゴに走る。そんな私達をキリストは愛し抜いてくださった。そのキリストに、また多くの人が従って生きてきた。愛し抜くことは戦いだ。
posted by 牧師 at 22:31| 日記