2018年01月16日

12/24

 年に1度のクリスマス礼拝なのに、夜通しパソコンに向き合ったまま説教が出来ない。6時半。外がだんだん明るくなってくる。どうしよう。もうダメかもしれない。クリスマスなのに全く説教が出来ない。もうムリだ。時間がない。
 その時、天から言葉が降ってきた。その言葉を急いでパソコンに打ち込む。説教の準備が終わったのは10時近く。急いで風呂に入って、風呂から出て、ドライヤーで髪を乾かして、着替えて講壇に立った。
 講壇に立ってから気がついた。年に1度のクリスマスなのに、ガウンを着るのを忘れた。頭はボサボサのままだ。最悪なのは、礼拝前の祈祷会で、祈りを合わせることもできなかったこと。

 神様の前に立てる姿ではないのに立たされている恥ずかしさ、みじめさ、罪深さ。その罪人に福音が語られ、感謝と喜びの中で福音を聴いた。その後の讃美歌271番の歌詞。
 「喜びは胸に満ちあふれる…」。
その通りです。アーメン。涙が噴き出て讃美歌が歌えない。ダメだと思ったのにダメじゃなかった。神様が助けてくださった。すべてが神様の救いの御業。私は空の両手で、神様の御業を受けるだけ。そしてそれを喜び、感謝して、宣べ伝えるだけ。
 毎年、迎えるクリスマスだけど、毎年、新しいクリスマスだ。
モザイク20171224-1.jp.jpg
posted by 牧師 at 03:38| 日記