2015年07月07日

6/27

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 朝方まで仕事してから寝たので、起きたらもう昼。部屋の外を見て、ビックリした。牧師館の庭にまた一つサークルが増えていて、鉢植えしていた私のニコール、マチルダ、プリンセス・ド・モナコ、そして去年、誕生日に頂いたノックアウトのバラ、全部がサークルの中にきれいに植えられて、納まっている。すごい!地元のKさんが私の部屋の窓から、ちゃんと見えるように角度を整えて植えてくださったのだ。他のミニバラなども株分けや剪定もして、別のサークルに植えられている。ありがとうございます。うれしい。
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 昨日くらいから、つぼみが開いて咲きかけていたモナコが、今日はサークルの中で、誇らしげに咲いている。やっぱり鉢植えより、土の方が気持ちいいのだろう。明日の説教準備をしていても、つい窓の外のバラに目が行ってしまう。アカン、アカン、集中だ。
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 夕方、窓の外がイヤに明るい。玄関を出たら、きれいな夕焼け雲が空いっぱいに広がっている。天で何かやっているのかなと想像がふくらむ。夕焼けを見て、そのまま部屋に戻ればいいのに、結局、バラを見に行ってしまい、咲いていたモナコを切り取ってきた。モナコの株も一年目だから、花は早めに切り取るほうがいい。部屋に戻って水を入れたグラスに切ったモナコを入れて、机のわきに置いた。一緒に夜なべしようね。
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posted by 牧師 at 04:44| 日記

2015年07月01日

6/25

 十字の園の礼拝後、昨年のクリスマスに洗礼を受けた入所者の方と30分ほど、毎回、お話をする機会を持っている。その時、利用するのが1階にある小部屋。目の前にステンドグラスが2枚はめ込まれている。このステンドグラスは全部で4枚の構成で、富士山の四季を表している。目の前にある2枚は、雪をかぶった冬の富士山と、富士山のすそ野が紅葉している秋のデザイン。
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 実はこのステンドグラスが、御殿場教会のU長老のデザインだということを、この前の全国会議で一緒に昼食をした時、初めてお話を聞いた。「えっ、すごーい!」と思った。U長老は元十字の園の施設長だったから、その時、デザインしたんだね。それだけでなく、エレベーターのドアのデザインも彼によるものだと教えてもらった。エレベーターのドアは全面、稲穂がミッシリ刻まれたデザインになっている。
 「実るほど、首を垂れる稲穂かな」の言葉に倣って、「へりくだって利用者さんの所に行く」という願いが込められているのだそうだ。そうだったのか。来年の新人研修会では、そのことをお話ししますね。
 ステンドグラスの残りの2枚も見たいと思って、職員方に春と夏のステンドグラスのある部屋を教えてもらった。で、行って見てびっくり。荷物置き場じゃん。立て看板などで、ステンドグラスは見えない。「相談室」と入口には書いてあるけど、実質は倉庫。残念。十字の園には春と夏がなくて、秋と冬だけ?さびしいよ。
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 帰宅して、静岡聖文舎(キリスト教書店)から届いた武久源造先生の最新CDを聴きながら、机に向かう。ずっと前に最新CD発売のメールをいただいていたけど、聖文舎から購入したくて、手に入るまで時間がかかった。ジルバーマンピアノのまた新しい魅力が満載だ。私のような、ただバッハが好きなだけのド素人にも分かりやすく、武久先生は解説をしてくれている。教会でのコンサートでもそうだけど、先生の解説を通して、ますます曲の楽しみ方が広がってくる。CDから流れて来るなめらかな音に背中を押されて、さあ、来週の講壇交換の説教準備だ。
posted by 牧師 at 21:51| 日記

6/20

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 牧師館の庭のサークルが増えて5つになった。ここにまた新しくバラが植えられる。うれしい。
以前、いただいた「ニコール」と言うバラを、大事に部屋の中で育てていたけれど、日の当たり加減が少ないためか、色が薄くなってしまった。そこで「かわいい子には旅をさせろ」じゃないけれど、「ニコール」の鉢を、部屋からすぐ見える外に出していた。雨風に打たれて、かわいそうだなと思いつつ、でもいつの間にか花びらの色が濃くなって、つぼみも次々とふくらんできた。
 仕事の合間、雨上がりの庭を歩く。雨のしずくにぬれた「ニコール」が頼もしく見えてくる。やはり日光と雨と風が必要なんだね。かわいいからと手元に置いていたら、ダメにしてしまう。思い切って外に出しておいて、良かった。
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 天気が良い時のニコールは、また晴れやかで、可憐な表情を見せてくれる。いつか新しいサークルの中に、モナコやマチルダなど、私のお気に入りのバラたちと一緒に、移植してもらおうね。
 既にバラが植えてあるサークルの中に、小さな新顔を見つけた。「ノスタルジー」と言う名前。微妙な色加減が印象的だ。「ノスタルジー」は「望郷、郷愁」そんな意味かな。
 私の故郷は天にある。神様の国が私の帰るべき故郷。そしてみんなが帰るべき故郷。そこを目指して私達は信仰の旅を続けている。
 「ノスタルジー」こんにちは。これからもたくさん咲いてね。そして神様の国を目指す教会の信仰を応援してね。
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 明日は教会学校の礼拝説教、大人の礼拝説教、富士教会との合同キャンプのための聖書研究もある。礼拝の中では新任の執事任職式も行われる。教会がますます神様の国を目指して前進できるよう、聖霊を大胆に求めて祈っていこう!
posted by 牧師 at 20:48| 日記

6/17

 祈祷会のため、教会に行こうとしたら、教会の玄関の階段と道の境に、ピンクの根性ユリが咲いていた。以前、教会の下水道工事で、教会の庭を掘り起こしてから、どういうわけか、こんな不便な所に根性ユリが咲くようになった。他にも花を咲かせる場所があるのに、何でここなの?

 教会も同じかな。何でこんなところで伝道するの。もっと大勢の人がいて、便利な所で伝道すればいいじゃないの。でも神様が定めた場所は、ここなのだ。ここが御殿場教会の場所。そして私達は、御殿場教会に、神様から遣わされている一人一人だ。
 教会の庭の小さなバラをハートの形にして、玄関の中に置いた。一つ一つの花は小さくても、集まればハートの形を表せる。私達も小さく弱いけれど、一人一人がキリストを中心にして集まれば、キリストの体が、この世に現れてくる。そのことを信じ、そのことのために御言に聞いて、祈りを合わせよう。
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 祈祷会に来ていた長老さんが「今、家のバラが見頃だから」と、午後からお家に誘ってくださった。お花好きで知られている長老さん。真っ白なホワイトクリスマスや、珍しい色のバラ、挿し木でついたバラも可愛いツボミをつけて育っている。そして家庭菜園で一本だけ実っていたチクチクのキュウリ。このキュウリはいただいて、我が家の夕飯のサラダとしていただきました。目にも、お腹にも、ありがたいお招きでした。
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posted by 牧師 at 17:26| 日記

2015年06月27日

6/15−16

 朝早く御殿場から高速バスに乗って横浜に来た。今日から二日間、全国連合長老会の全国会議が横浜指路教会である。でもその前に、昼過ぎから日曜学校委員会がある。委員会まで時間があるので近くの中華街に入った。それにしても横浜、暑過ぎ。暑さに強い私もさすがにギブアップ。上着を脱いで、どこでもいいからお店に入ろう。ランチタイムで店の前で、店員が声をかけてくる。看板のメニューを見ると、量が多すぎ。若い時は量さえあれば良かったけれど、もう年だから食べられない。私に声をかけた店員に「量が多すぎるからダメ」と言ったら「単品もアルヨ」と言う。あっそう。じゃ入るか。
 平日なので人は余りいない。海鮮粥とココナッツミルクを注文。冷たいココナッツミルクがおいしかった。お粥を食べながら「このお粥、食べ残しのご飯が材料じゃないよね」と少し不安になる。中国製ハンバーガーが問題になったことを思い出したからだ。
150615_全国会議@.jpg 店を出てから、教会に向かって歩くけど、関内の駅はどっちに行けばいいのか迷ってしまった。そして目の前に、華々しいデザインの中国のお寺が現れた。「私はお寺じゃなくて、教会に行きたいんですけど」。 
 迷子の才能は年々、精度が増してきているみたいだ。どんだけ歩いただろう。膝の痛みも忘れるほど歩いたところで、教会に到着。日曜学校委員会で来年の夏の教案カリキュラムなど、全国会議の開会礼拝が始まるまで、検討した。
 開会礼拝でU長老と合流。一緒に礼拝にあずかり、聖餐式にもあずかった。新しい式文による礼拝はいい。明日の会議で式文の、礼拝部分が可決するはず。一日も早く新しい式文が完成することを願う。礼拝後、ホテルに向かうけど、関内の駅から5分で、何度も泊まったことのあるホテルなのに、また迷子になった。仕方なくホテルに電話。「今、どこにいるのか分からなくて…」。情けない。ヨタヨタになってホテル到着。明日も早い。早く寝よう。

 翌日、教会でU長老と会議に出席。聞いたら同じホテルだった。だったら一緒について行けば良かった。今年は全国会議で議長などの選挙が行われた。三役は変わらず。教師の常置委員の4人目は次点と1票差。若い教師たちの活躍が頼もしい。「主の日の礼拝式文」も無事可決。
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 やっぱり先月の教区総会とは全然違う。ムダがないし、諸委員会などの報告も適切。御殿場教会は日本基督教団に属しているけれど、改革派の伝統に立っているので全国連合長老会にも属して活動している。同じ伝統の信仰で一致している諸教会だから、ぶれずに議論の内容を深めることができる。信仰の一致があるから「カテキズム教案」も作成できる。今年で10年目だ。ありがたい。
 東日本の被災地教会から、献金や支援感謝の言葉があったと共に、九州と言う教区的には逆風の強いところで伝道している諸教会が、会堂建築のための支援を呼びかけていた。困難の中で、どこの教会も闘っている。祈りと共に、出来るだけ具体的な支援をしていきたい。
 
posted by 牧師 at 04:10| 日記

6/10

 今日は水曜日で祈祷会があるけど、その前に高根学園の「花の日の礼拝」に出かける。礼拝説教をした後、子供たちは集めた花を、それぞれお世話になっている方々に届けに出かけていく。今日は晴天なので、引率の先生たちにも子供たちにも、歩きやすくて良かった。私も子供たちから花束を受け取った。ありがとうございます。お花をもらって、うれしくない人なんて、いないよね。小さい存在なのに、お花のパワーは、あなどれない。
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 教会の庭に咲いているバラも、パワーを発揮している。教会の庭は教会の私有地だけど、道路と道路の間にあって、通り抜けができるため、いつも人が行き交っている。特に教会の裏にコンビニが出来たり、教会の隣がデイサービスの施設になってからは、頻繁に人が教会の庭を通り抜けていく。そして教会の庭にバラが咲いているのを見て、足を止めていく。親子連れやデイサービスの高齢者の方たちが、バラを見ながら「きれいだね。この色、珍しいね」とか、話している声が牧師館の中まで聞こえてくる。今、ちょうど「ハマナス」と言う名前の一季咲きのバラが咲いている。これは花の実を取っておくと、ハーブティーとしても楽しめるとか。実用的。
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 教会から近隣の方にバラを届けることはできないけれど、自由に教会のバラをご覧になって、充分、楽しんでください。そしてバラの庭の前にある教会の中にも、どうぞお気軽にお入りください。お待ちしています。 
posted by 牧師 at 02:29| 日記

2015年06月22日

6/6

 今週の土曜日から日曜日にかけて、御殿場でバラ園のお祭りがある。バラの苗の販売やバラの観賞もできる。でも今度の日曜日は第一主日で聖餐式、長老会、ニカイヤ信条の学び、夕礼拝もあるから、その準備がおてんこ盛りで、バラ園に行くゆとりなんか全然ない。
 普段、ネットはメールと教会ホームページしか見ないんだけど、最近、バラの画像をネットで見るようになった。ステキなバラの画像をヨダレを垂らしながら、次々と見ていくと「ニコール」と言う名前のバラに目が留まった。「これ、十字の園に植えないまま2つも置いてあったよな」。
 ニコール、欲しい。でも十字の園は譲ってくれないだろうな。そこである教会員に「もしバラ園に行くようだったら、ニコールを買ってきてほしい」とお願いした。そして私がニコールを欲しがっていることを、教会員の方がバラ園のKさんに話をしてくれたようで、夕方、突然「ニコール」が私のところにやってきた。キャー!
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 Kさんからのプレゼントだ。ありがとうございます。なんて可愛い色と形なんでしょ。もうヘロヘロです。まだ説教の準備が終わっていないのに、デジカメでニコールの写真をとりまくり。バラは日光と雨と風が大切と教わっていたけれど、ダメよダメダメ。可愛くて外には出せません。自分のイスのすぐそばにおいて、仕事をしながらチラチラと眺める。ウヒョヒョ。しあわせ〜。
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posted by 牧師 at 22:07| 日記

6/4

 今週の初めの疲れが取れないまま、今日も明け方まで仕事していたから、早起きは苦手。夫に何度も起こされて、とりあえず着替えをして十字の園の礼拝へ。ぼーっとしながら車の中から外を見ていて、思わず身を乗り出して見て、驚いた。この前、水をはった田んぼを見たばっかりだったのに、もう稲が青々と育っている。前は田んぼの水に電柱の影が映っていたのに、稲がビッシリ生えていて電柱の影も映っていない。そうだよね。もう6月だもん。
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 十字の園の礼拝の後、帰り道は、夫に頼んで、田んぼの見えるところを選んで、少し遠回りした。丹沢の方も、箱根の方も、富士山の方も、田んぼの緑がいっぱいで瑞々しい。この景色を見れたのも、苦手な「早起き」のおかげ。ありがたや、ありがたや。
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posted by 牧師 at 21:10| 日記

6/1−2

 すごーく久しぶりで東京神学大学に出かけた。2日間、伝道協議会があるからだ。遠いし、体調も良くないから最初は欠席するつもりだったけど、特別講演でナグネ牧師が講演をするので、思い切って気合を入れて、出かけた。いつもネットで格安ビジネスホテルを探して予約するんだけど、中央線の沿線は高いね。武蔵境や三鷹は予算が合わず、阿佐ヶ谷のホテルを予約。
 発題者の牧師たちの言葉や分団協議では、伝道の現場から切実な課題が語られていた。会場は東神大。私もその卒業生(卒業式以来、ご無沙汰だった人と何人も会えた)。でも東神大は、これらの課題を担う現実の力や霊性を養ってきたのだろうか。そして今も養っているのだろうか。
 私達が学生だった頃、松永先生、赤木先生、左近先生、レーマン先生など、神学的思考だけでなく、信仰や伝道のパッションをもつ教授たちから多大な影響を受けて、恵まれていた。
 中央線で帰る途中、娘が住んでいる駅を通過した。そして娘にメールしてみた。「今日から2日間、東神大にいる。顔が見たいな」。
 ホテルに到着して、ぐったりしていたら娘から返信メールが来た。写真が添付してあったから娘の写真かと思ったら、飼い猫の写真。それも「そっぽ向いている」写真。写真もシカトかよ。
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 翌日は、朝9時からナグネ牧師の講演が始まるから早めにホテルを出て、講演を録音するため、前の方の席を確保。昨日、ナグネ牧師と会って、少し話した時、髪の毛がボサボサだったけど、今朝はちゃんと髪の毛とかしてあったのが、おかしかった。今回のテーマは「伝道」だけど、彼が開口一番「愛なくして伝道なし」と言った言葉にアーメン。言葉と身体性の大切さ、貧しさを志向して生きることなど、アーメン、アーメンだった。やっぱり来てよかった。クラスメイトが国境を越えて、私にはとてもできない、大きな働きをしているのを頼もしく思うし、とてもうれしい。
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 講演後の分団協議に入る前、ナグネ牧師に会って「またいつ、会えるか分からないから今、挨拶しておこうと思ったの」と言って別れた。そう、いつ会えるか分からないよね。だから会いたい人には、会える機会があったら、会っておいた方がいい。お互い元気で会えるうちが花。明日、自分が生きている保証なんて、ないんだから。
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posted by 牧師 at 20:18| 日記

5/25

 牧師館の中庭に、2つのサークルを作ってバラを植えていた。まだ十分、サークルが作れるなぁと思っていたら、教会員の方がいつの間にか1つサークルを増やしてくれて、地元のバラの専門家Kさんも手伝ってくださり、植木鉢に入れていたバラの苗をサークルに植え替えてくださった。ありがうございます。そしてまだ何も植えてないけど、牧師館の軒下にも半円形のサークルを作って、準備万端。
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 5月下旬になって、また新しいバラが咲き出した。目が覚めるほど美しい黄色のバラ。グラデーションが見事なバラ。ピンクの可愛いバラ。薄いオレンジ色なのに、1か所だけ赤くなっている変わり咲きのバラなどなど。
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 スズメちゃんのお墓のそばの黄色のバラも咲いているし、バラだけでなく、バラのために去年移植した花ショウブもちゃんと咲いてくれた。良かった。
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posted by 牧師 at 19:17| 日記

5/21

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 教区総会から帰宅して、翌日、自分の部屋に置いてあったバラ「マチルダ」の花が咲いていた。これも「プリンセス・ド・モナコ」と一緒に量販店で格安で買ったバラの苗。花が咲いてなかったから、どんな花が咲くのか楽しみだった。薄いピンクで、上品でステキだ。惚れ惚れとバラを眺める幸せな時間。
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 外に出てみる。教会の庭もちょっと留守していた間に変わる。ガラケーで写真を撮りながら、花の間を歩き回る。赤いバラのつぼみは、いつ見ても魅力的だなぁ。
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 サンショウの葉みたいなバラの苗は「原里のバラ園」で購入したもので、その名もズバリ「サンショウバラ」。これも咲いている。ピンクでマーガレットのような感じでカワイイ。
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 来週はペンテコステの礼拝。教会の玄関の中にもバラの花を飾ろう。ハサミを持って来て、花を見ながら、混雑して咲いている所から、いくつも花を切り取って、植木鉢の受け皿に水を入れて浮かべた。なんとなくオシャレでしょ。自己満足のかたまりだけど。
礼拝に聖霊の風が吹いて、キリストの命が勢いよく燃え上がりますように。
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posted by 牧師 at 15:19| 日記

2015年06月15日

5/19-20

 教区総会にH長老と一緒に甲府まで出掛けた。朝、早めに出たので、開会礼拝までにだいぶ時間がある。H長老は事前に「ステキな寄り道」を検索してくれていた。甲府の山道をドンドン登っていくと、トンネルの手前も5月の新緑。トンネルの出口も5月の新緑で、まぶしいくらいだ。車を止めて下界を見ると、甲府の町が広がっている。わあ、良い眺めだ。
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 甲府には仕事で何度も来ているけど、仕事が終われば直帰で、どこも見物したことがない。H長老は私を、昇仙峡に連れて行ってくれた。韓国の古い絵画に出てきそうな山の姿。こんなの初めて見たよ。そこに藤城清治の影絵の美術館があって、2人で見学。絵葉書は昔から持っていたけれど、本物はやっぱり違う。とても美しい。
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 女同士と言うこともあって、お土産を選ぶ時もお互い、おしゃべりと笑顔がたえない。今日は何のために甲府に来たんだっけ。そうそう、教区総会だった。ちゃんと開会礼拝に間に合うように、2人で出席しましたよ。でも私は睡眠不足だったので礼拝中に、ついウトウト。隣でH長老が私のわき腹をつついてくれなかったら、聖餐にあずかれないところだった。とても頼れる長老。ありがとうございます。
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 教区総会の2日目は、伝道師の准允式から始まる。そして議事進行。今回は選挙が多くて会場をなかなか抜け出せない。分団協議に分かれていく時、昨年のような爆発寸前の場面を再現しないよう、H長老が私の体を思ってアドヴァイスしてくれた。ありがとう。今年は穏やかに発言したから大丈夫。でもさ、お金もないのに教区、分区、地域と集会や委員会だらけ。そういうのを止めて、その分の費用を、困窮している教会の支援金に回して、諸教会が充分、伝道牧会できるようにした方が、お金も生きてくると思うんだけど。ま、私みたいな下っ端が発言しても、教区運営は変わらないから、行きつくところまで行くしかないね。2日目は昼食を食べたあと、H長老と早めに総会から抜け出した。
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 帰り道の「ステキな寄り道」も、H長老が予定してくれていた。サンキュ!高速道路を河口湖で降りて、オルゴール美術館に入った。ここは神学校卒業10年目のクラス会で来て以来だ。お久しぶりです。オルゴール館の中もH長老は良く知っていて、時間ごとのプログラムに合わせて、私をあちこち連れて行ってくれた。最初に行ったのは、色々な種類のオルゴールと言うか、自動演奏機が並んでいるホール。階段に腰かけていたら、すぐ演奏が始まった。多様な楽器の音色を奏でる。音楽を聴きながら、クラス会の時もこの階段に座ったことを思い出した。
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 長老さんにうながされて、そこを飛び出し、池の前に出た。すると塔の中から人形が出てきて、音楽の指揮を始めると、音楽に合わせて、噴水が躍る、踊る。おもしろい。これ、初めて見たよ。噴水が終わって池が静かになったら、ハクチョウが1羽、スイスイ泳いで池を横切って行った。1羽だけなのかな。仲間がいないと淋しいじゃん。
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 ふと、後ろを向いたら、たくさんのクリスタルがぶら下がっている木が、太陽の光を受けて、赤、青、緑、キラキラ輝いて、とってもキレイだ。これも初めて見たよ。宝石なんかいらないね。ただの色ガラスで十分。こんなにキレイなんだから。そしてここにはバラがたくさん植えられていることに気がついた。真っ赤なバラが壁にはりついている家がある。オルゴール館では6月からバラ祭りがあるらしい。今はまだ時期が早いので、咲いているバラはわずかだけど、全部咲いたら見事だろうな。見てみたい。でも6月は予定がギッシリでムリだわ。
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 次に長老さんが連れて行ってくれたのは大きなホール。ズラリと並んだ人形たちが楽器を奏でている。それが終わると、ピアノとヴァイオリンの演奏に合わせて、砂絵で「シンデレラ」の物語が描かれていく。言葉の説明はなくても良く知っている物語だから、砂絵だけで分かる。シンデレラと継母たちの場面。魔法でシンデレラがカボチャの馬車でお城に向かう場面。そして12時にあわててお城の階段を降りていく場面。次々と場面が新しく描かれていくのが興味深い。私もやってみたい。練習したらプロジェクターで、できるかな。「そんなことより仕事しろ」と言われそう。
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出口近くに、シンデレラのカボチャの馬車があった。シンデレラ気分で乗り込んで、ハイ、ポーズ。後で見たら、シンデレラどころか「シンデレラに逃げられた男」って感じ。
 今の私の体力では一泊の遠出はシンドイ。そのことが良く分かっているので、H長老は色々な配慮をして私を楽しませてくれた。ありがたいなぁ。おかげて教会に戻っても、いつものように寝込まないで済んだ。そして久々に自由な時間が与えられて楽しかった。ありがとうございます。
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posted by 牧師 at 03:02| 日記

2015年05月31日

5/16

5月中旬。暖かくなってきたから、教会の庭には新しい種類のバラが次々と顔を出す。仕事中、机の横の窓から庭のバラが見える。なんだかホッとする。すると見ているだけでなく、結局、庭に出て、新顔のバラ君たちとご対面。
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 背の高いバラもあれば、低いところで頑張っているバラもいる。形も色も、それぞれ微妙に違っていて、興味深い。同じ枝についているのに、ピンクと黄色の花を仲良く咲かせているバラもある。器用だ。
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 バラのつぼみが、そっと咲き出した時の色と形が何とも言えない。少し咲き出した赤いバラのつぼみを見つけた時、子供の頃に見た『眠れる森の美女』の映画で、眠っているオーロラ姫が胸元に赤いバラを手にしていた。その時の真っ赤なバラの色とオーロラ姫の唇の色の美しさを、今も鮮明に覚えている。大昔の事なのに、不思議。
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 バラには一つ一つに表情があって、見ていて飽きない。明日が日曜だということを忘れてしまいそう。でもまだ説教準備は終わっていない。現実逃避にはもってこいだね。いえ、気分転換には最適です。はい。
posted by 牧師 at 02:07| 日記

2015年05月18日

5/14

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 十字の園の礼拝に行く途中、あちこちに田植えされた田んぼがある。富士山の方を見ても田んぼ。箱根の方を見ても田んぼ。丹沢の方を見ても田んぼ。そして田んぼの水面には、周りの景色が映りこんでいる。心なごむなぁ。
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 十字の園からの帰りに買い物へ。今朝、新聞折り込みの広告で、大輪のバラの苗が超お得な値段で売り出されているのを見たからだ。まだあるかなぁ…と心配しながらお店をのぞいたら、あった!「プリンセス・ド・モナコ」。一目ぼれして、即、買いましたよ。
 王妃グレースケリーのように上品で、ピンクから白へのグラデーションのバランスが見事だ。書斎に置いたら、うっとり見とれてしまって、仕事が進まない。
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 花は私のこぶしよりも大きい。我が家にあるバラで、これほど大きな花をつけるバラはない。それにしても、なんてきれいな色と形だろう。何枚も写真を撮ったけど、本物にはかなわない。パソコンに入力しても実物の色が出せない。世の中に、こんなに美しいものがあるなんて幸せ。そしてこのバラも神様の作品だ。神様のなさることは、すばらしい。
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posted by 牧師 at 03:21| 日記

2015年05月14日

5/13

 昨日は夕方から台風が接近するということだったけど、東海連合長老会の牧師会が駿府教会であるので、朝早く出かけた。風が冷たいのでタートルネックのセーターに、風よけのジャケットも着て行ったけど、やっぱり静岡では場違いな姿。半袖の人もいるのに、私はセーターだよ。しかもタートルネック。ギャボ。
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 駅から歩くと、花がたくさん咲いているのを発見。公園には大きなバラが鈴なりになって咲いている。すごいねぇ。御殿場教会のバラはまだほとんどがツボミなのに。静岡では家の前などでも思いっきりバラが咲いている。暖かいんだね。
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 今日の牧師会は新任の先生を迎えて、お祝いのために、駿府教会の方がレアチーズケーキを手作りしてくださった。ミントのグリーンも鮮やかで、おいしいケーキでした。ごちそうさま。
 帰りは雨足が強くなり、御殿場に着いたら静岡とは大違い。寒い。雨と風が強いせいだ。夜になって台風が過ぎるまで、雨の音が激しかった。
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 一夜明けて、台風一過。今日は暖かい。ありがたいなぁ。暖かさに誘われて、牧師館の玄関に置いてあるバラが初めて咲いた。長かった冬を越えて、霜にも耐えて、こんなにきれいに咲きました。ミニバラも小さいけれど、暖かい日差しが気持ちいいみたいで、元気よく咲いている。
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 先週、祈祷会を休会にしたので、台風の影響もなく無事に今日、祈祷会ができて良かった。祈祷会で聖書を読み、自由に語り合い、自分の言葉で祈ることで、みんなの聖書を読み解く力がドンドン磨かれていくのが良く分かる。これは年齢には関係ない。年を重ねていても、聖霊に導かれて、御言葉への洞察力が深められていく。毎週の祈祷会の積み重ねは、集う人に信仰の成長を与えて、着実に人を新しく作り変えていくからスゴイ。
 祈祷会に来られる人は限られているけれど、祈祷会の学びと祈りは教会の働きの原動力でもあり、さらに多くの人に加わってもらいたい。そして多くの祈りを束ねて、教会が日々、聖霊の中で、御心の花を咲かせることができますように。
posted by 牧師 at 00:18| 日記

2015年05月08日

5/8

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 バラが咲き出したと喜んでいたら、専門家のKさんが花を次々と切って行かれた。水を入れたバケツに、切った花を浮かべる。このまま咲かせておくと、苗が丈夫に育たないから、春の花は切るのだという。秋になって咲き出した花から、少しずつ本格的に楽しめるようになるらしい。バラは奥深い。
 虫がつぼみに入り込んでいるのも、すばやく見つけて切り取る。枝分かれし過ぎているのも切り取る。ひぇ〜!私にはムリムリ。
 ただ「かわいい」というだけじゃ、花は育たない。病気にかかっている枝や葉、虫に食われたものも、全部取り除く。水やりは、朝の内にタップリと言うことだ。早起きして、水やりしながら、バラの様子を観察しよう。バラの飼育初心者は、学ぶべきことがいっぱい。
posted by 牧師 at 18:39| 日記

5/7

 昨年の冬に植えたバラの苗に、花がついているのに気がついた。剪定したり、追肥したり、雑草を取ったり、アブラムシをつぶしたり…。大切に大切に育ててきたバラたち。5月に入って急に気温が高くなったせいだろう。手入れをしようと、バラの間に入ったら「咲いてる〜!」。
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 つぼみの子もいれば、葉の陰に隠れてこっそり咲いている子、虫に食べられながらも思いっきり咲いている子もいる。みんなカワイイよ。よく頑張ったね。これから暖かくなるにつれて、次々とバラが咲き出すだろう。うれしいなあ。
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 そして今日、7日。十字の園礼拝後、昨日のつぼみを見たら、大きく花をさかせていた。お見事。きれいなピンクだね。次は何色が咲くんだろう。ワクワク。
 その一方で、先月から右足のひざに、今まで体験したがない違和感があった。老化現象だろうと湿布を貼っていたけど、痛さが増すばかりで、立ったり座ったりが苦痛になってきた。足をかばって歩くせいか、頭痛まで発生。ガマンしきれず教会の前にある外科に行った。
 医師「今度は、どうしたの?」
 私「ひざが痛いのと、頭痛がひどくて」
 診察台で私のひざを見て、
 医師「水がたまっているよ。なにか特別なことをしたの?」
 私「バラの雑草取りとか、やっていたからかもしれません」
 医師「蹲踞の姿勢(剣道で試合前に足をかがめて相手と対峙する姿勢)が、良くないんだよ。水を抜いても、また水がたまるから座薬を出しておくよ」
 私「あの…、頭痛も足のせいですか」
医師が私の肩や首を診察しながら、
 医師「これは同じ格好ばかりしている肩こりから来る頭痛。同じ坐薬で治るから」。
 私「運動もしないで、机に向かいっぱなしなので」
 医師「最近の人は、パソコンばかりやっているからね」
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 薬をもらって帰宅。しゃがみこむと足が痛むので、足が治るまで、できる範囲でバラの世話をしよう。「年をとるって、こういうことなんだなぁ」と実感。自分ではできるつもりでいるのに、出来なくなる。その現実を一つ一つ受け入れていくのも、また信仰の試練なんだね。
 でも座薬は苦手。トホホ…。
posted by 牧師 at 16:49| 日記

2015年05月05日

5/2

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 2週間前の御殿場は、まだ富士山には雪がタップリあって、桜もきれいだったのに、月末の忙しさで外を見る余裕もなく過ごしていたら、いつの間にか、周りの景色が変わっていた。
 目の前の富士山の雪が、まだらになっている。早っ。時間に追われているうちに、大切な季節がドンドン過ぎ去っていく。
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 「勿体ない」と思いつつも、どうしようもない。今月も、予定がギッシリと詰まっている。気力体力、共にボロボロ。神様に助けていただき、何とかクリアしないと。でもタコツボに入っている間に、気がつくと「浦島太郎」になってたりして…。
posted by 牧師 at 03:14| 日記

2015年04月29日

4/28

 日曜日の26日は教会総会だった。無事に終わりホッとして気が緩んだせいか、疲れがドット出てきてしまった。
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 翌日の27日は分区総会で伊東教会に行く。途中、長老さんの車に同乗させていただいた。伊東教会はステンドグラスが、すばらしい。思わず見とれてしまった。ガラケーの携帯ではズームがうまく使えなくて、せっかくのステンドグラスをきれいに紹介できなくて残念。それより肝心の分区総会。疲れていたから、シンドカッタ。帰宅してパタンキューで寝てしまった。
 今日は春の日差しがあたたかい。仕事の合間に教会の庭に出てみる。バラの一つ一つを丁寧に見て見ると、ヤダー。アブラムシがギッシリくっついている。いままでなら殺虫剤をまいておしまい何だけと、専門家の指導で、アブラムシは指でつぶすようにと言われている。そこで軍手をして、エイッとばかりアブラムシをつぶしにかかる。プチプチと言う指先のし感覚。結構、栄養吸って、太っているアブラムシだ。
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 一時間くらいで終わりにした。軍手に緑色のアブラムシのつゆ?がしみついている。後で見回ってみたら、やっぱり取り残しのアブラムシが、つぼみや新芽についている。ニャロメ。今度、また元気になったら、相手になってやる。
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 大事なバラだけど、本気で育てるって、スゴク手間暇がかかることが分かった。スギナとかドクダミなどの雑草も、抜いているはじから、次々と出てて来る。
 なんだか信仰的な暗示を感じる。信仰者だからと安心して、日頃の手入れを怠ると、たちまち雑草やアブラムシに栄養を取られて、きれいな信仰の花を咲かせることができなくなる。油断大敵。信仰者にこそ、サタンは信仰から引き離そうと、忍びよって、ゆさぶりをかけてくる。サタンに負けてたまるか。奢らず、怠らず、神様の後に従って行こう。
posted by 牧師 at 05:20| 日記

4/23

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 十字の園の礼拝が終わって牧師館に戻ったら、外壁塗装の足場が取り外されていた。10数年ぶりの化粧直し。きれいになったなあ。塗装には撥水作用があるらしいけれど、これから建物は徐々に傷んでくるから、まめにメンテが必要になってくる。ミズゴケなどがついて汚れがなかなか落ちなかった塔の部分まで、きれいに塗り直してもらって清々しい。塗装が終わった会堂は青空に映えて、堂々と見える。
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 きれいになった会堂を祝福する教会の鐘のように、小さなスズランが咲いている。スズランのかわいいベルをならして、教会を祝福してね。
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 ペンテコステ礼拝に間に合って良かった。これから少しずつ庭のバラも咲いていくだろう。最初のバラの花は根を強くするために切り取られるけれど、切った花は教会の玄関に飾ることができる。まだ朝晩が寒いから、バラのつぼみは固い。早く暖かくなるといいなぁ。
 
posted by 牧師 at 04:49| 日記

4/17

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 遠方の友人が地元のチューリップ畑の様子をメールで送ってくれた。一面に広がるチュ―リップ。すごくきれい。まだ実物を見たことがないけど、一度ぜひ見て見たい。チューリップは大好き。形がいいよね。かわくいて。私の葬儀の時にはピンクのチューリップと教会の庭のバラを何本か切って、花瓶に入れて飾ってくれるよう、夫には言ってある。安上がりだし、たくさんの切り花を棺に入れて燃やしちゃうのは、花に気の毒。
 友人の話ではチューリップは咲いたら花を次々と摘んでいくらしい。球根に栄養を蓄えて、来年良い花を咲かせるためらしい。潔いねえ。次の世代のために、まだまだ花の盛りを迎えられるのに、花を摘む人の手に身を任せるチューリップ。ますますチューリップが好きになった。
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posted by 牧師 at 04:30| 日記

2015年04月14日

12/13

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 昨年の暮れ、御殿場教会で葬儀をされた方の納骨式を富士霊園で行う。桜の時期だから、混雑を予想して早めに出かけた。あいにくの雨だったけれど、見事な桜並木だ。まるでのしかかってくるように桜が枝を伸ばしている。今年は寒い日が多かったから、今週中くらいが、ちょうど桜の見頃だ。お花見を兼ねてだろうか、霊園の手続きカウンターは満員で、銀行みたいに整理券を取って、順番を待っている人たちがいる。
 雨のため、先に納骨作業をしてから、納骨式となった。先週、イースターを迎えたばかり。復活の主が、天に召された方をしっかり守っていてくださることを確信して、納骨式を終えた。
 ご遺族の方が昼食の席を用意してくださった。召された方のお写真を窓辺に立てかけ、みんなでお食事。私の前には故人の奥様が座っている。先週のイースターにも、ご長女の方と一緒に礼拝に来てくださり、大きな声で讃美歌を歌い、主の祈りを祈ってくださった。ご夫妻はとても仲が良かったので、ご家族の皆さんも、とても仲が良い。ステキだなぁ。
 食事の最中、故人の聖書を拝見させていただいた。私も聖書には赤鉛筆で線を弾いたり、書き込みをする。でもこの方の聖書は、きちんと定規をあてて線が引いてある。几帳面!そして線が引いてある箇所を拾い読みしていると、故人の生き方が浮かび上がってくる。神様に忠実で、謙遜な方だったということが、聖書から伝わってくる。
 とても仲の良いご夫妻だったから、ご高齢の奥様の健康が心配だった。でも食事も良く召し上がられて、冗談を言ったり、子供のような無邪気な笑顔で、心もお体もすこぶる健康。ああ、これがキリスト者の年の重ね方だなあと思わされる。
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 葬儀の時、斎場の待合室で、奥様が私の似顔絵を描いてくださった。そして今日も私の似顔絵を描いてくださった。すっごい美人に描いてくださって、ありがとうございます(昔の映画スターみたい)。帰り際には、奥様とハイタッチ。また礼拝でお会いしましょうね。
posted by 牧師 at 01:19| 日記

4/12

 主の日の礼拝。いつもの通り、祝福をして講壇から降りて、週報に沿って報告をしようとした。その時、長老さんが「先生!」の声と共に立ち上がった。受付担当をされていた長老さんだったので、何かの報告かなと思ったら「今日は先生の誕生日なので、お祈りをさせてください」と言われた。そして礼拝に来られている方々と共に、牧師の働きと健康のためにお祈りをしてくださった。
 お祈りを聴きながら、私は驚きと感謝で胸がいっぱいになって、涙があふれてきて困った。お祈りをしていただいた後、涙をぬぐいながら、なんとか報告を終えた。
 全く予期せぬ出来事だった。確かに今日は私の誕生日だったけれど、牧師のために、まさか長老さんが教会の人たちと共に祈ってくれるなんて、こんな最高の誕生日は初めてだ。牧師は長老や教会員の方々から祈られ、支えられて成長する。いつも教会に面倒かけてばかりいるのに、こんなに配慮してもらっていいのだろうか…。でも、とてもありがたかった。
 皆さん、ありがとうございます。もっともっと成長して、教会に仕えていきます。皆さんからのお祈りのプレゼント、本当にありがとうございます。とても幸せです。
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 礼拝後は総会資料の製本を行う。「お時間のある方、残ってください」と呼びかけたら、多くの方が残って奉仕してくださったので、またたく間に総会資料の製本が終わった。各週報ボックスに総会資料を入れるのも、みんなが手分けしてやってくださった。
 そして奉仕が終わったテーブルに出てきたのが、焼き立ての「チヂミ」。キッチンで、長老さんたちがチヂミを作ってくださっていたのだ。すごい手際の良さ。私が何も言わなくても、長老さんたちが進んで、段取りを整えてくださる。まいりました。m(_ _)m
 製本の奉仕のあとは、みんなで、焼き立てチヂミを食べながら、楽しくおしゃべりが始まった。
小さい時からCSで育って、今年大学を卒業したМ君が久しぶりに礼拝に来ていたので、みんなに囲まれて、話が盛り上がっていた。後片付けも、若い人たちが中心にテキパキと動いて完了。
 「みんな大きくなったなぁ」と、小学生の頃の姿が、どうしても頭から離れない私の目に、大人になった子供たちが、キラキラとまぶしい。
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 みんなが帰った後、私は久々に元気で、不思議に疲れも感じていない。買ったけど、ほったらかしにしていた花を鉢に植え替えたり、教会の庭にゾロゾロと生えてきたスギナとかドクダミを、小さいカマで根から掘り起こし、取り除いた。バラのために追肥したのに、雑草が栄養を横取りしてしまう。だから早く雑草を取り除かなくてはと思っていたけど、思うだけで、ずっと体が動かなかった。でも今日は、すこぶる快調。どうしたんだろう。お祈りしてもらったせいかな。夕方頃まで雑草と闘って、散らばった雑草を竹ぼうきで集めて、片づけた。
 竹ぼうきと言えば、宮崎アニメの「魔女の宅急便」でしょ。竹ぼうきにまたがって、ひょいと飛んで行けそうな気分。でも残念。何度かチャレンジしたけど飛べませんでした(当たり前じゃ)。
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posted by 牧師 at 00:17| 日記

2015年04月08日

4/6

 イースターの翌日の夜、うれしい連絡が電話とメールで、3つ入った。いずれも深刻な困難を抱えておられる方々で、神様の救いを求めて祈っていた。その方々から「明るい兆しが見えてきた」という連絡が、今夜、立て続けに入って来た。これってイースターの奇跡の続き?
 神様、ありがとうございます。うれしいです。本当にありがとうございます。困難の中から神様が、その方々を救ってくださったことで、祈ってきた私も神様に救われました。
 人を救うのは神様だ。私ではない。なのに祈っているうちに、色々な方々の困難を思うと、胸が痛くなってくる。救いを求めて祈る時、色々な方々の困難の解決を、すべて神様におゆだねすればいいのに、傲慢にも自分が抱えて、ペシャンコになる。「お前は神様じゃないだろ。神様に祈ってお任せしろ」と自分に言い聞かせながら、でもそれが出来なくて自滅する私はアホタレだ。
 だから今夜みたいに、朗報が聞けると、その方々が救われると同時に、自分も痛みから解放されて、本当に救われる。
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 パウロは「喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣きなさい」(ローマ12:15)と言った。喜ぶ人と一緒に喜ぶのは大好きだけど、泣く人と共に泣いているうちに、自分が沈没していく。ここらへんが難しいんだなぁ。まだまだ牧会者として、くちばしが黄色い。
 復活の主に支えられて動揺することなく、パウロのように行動できたら、いいんだけどなぁ。
posted by 牧師 at 22:40| 日記

2015年04月07日

4/5

 イースターの4/5になった途端、電話が鳴り、先月ホスピスに入られた方が亡くなられたとの連絡。どうしよう。まだ説教準備が終わってない。でもとにかく行くしかない。病院でご遺族とお会いして、遺体は献体されるので、今日中に出棺式をすることとなった。まだ献体先の病院担当者の到着時間が分からないから、朝の礼拝で連絡してもらうことにして、私はタクシーを呼び、牧師館へ。深夜タクシーに乗ったのは何年ふりだろう。2割増しだから、あらあらと言う間に料金が上がる。運転できないと、こういう時、悲しいよ。帰宅して即、説教準備続行。それから出棺式のメッセージも準備。もう5時だ。お風呂入って、少しだけでも寝よう。
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 イースター礼拝では、昨年、埼玉から御殿場教会の礼拝に通い続けて、今年、御殿場に転居してきた青年の洗礼が行われた。前もって予行演習をしていたんだけど、とても緊張している様子。まだ洗礼の水を注いでいないのに、顔に汗が滴っている。「誓約します」との告白の言葉を確認してから、三位一体の神様の御名によって洗礼を授け、祈った。
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 イースターの説教に続いて聖餐式。今日、受洗された方にとっては初めての聖餐式。どんな感じだったのだろう。そして礼拝出席されている方々の中には、早く洗礼を受けていただきたい方が、たくさんいる。小児洗礼を受けた子供たちも中高生になった。大人の礼拝にも出席して、信仰告白してもらいたい。そして聖餐式にあずかってほしい。聖霊の力、神様の力を求めて、もっと祈らなくちゃ。
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 1年前は神様など全く無視していた人が、聖霊の力によって180度、生き方を変えられて、洗礼を受け、神様の子供、イエス様の弟子とされてしまう。そしてイエス様のお体と血を分けていただく奇跡が起こる。神様のなさることは、私達の思いをはるかに超えていて、恐ろしいほどだ。神様が若い方を教会に加えてくださったことに、心から感謝したい。
 イースター礼拝では久しぶりにお会いする顔もあって、うれしかった。礼拝後に十字架を前にして記念撮影をした。今年こそ発行するつもりの「125年史記念文集」に、今日の写真を載せたい。
 礼拝後の祝会に多くの人が残って、受洗された0さんに、一人一人が祝福の言葉を贈っていた。祝会の後片付けは若い人たちにお任せして、会計監査、長老会を行う。長老会は、今月の教会総会のための準備があり、議事も山盛りだ。
 でも私が4時の出棺式に行かなくちゃいけないことを知っている長老さんたちが、全面的に協力してくださり、4時15分前に長老会を終えて(これもすごい奇跡)、U長老と一緒にホスピスの病院に向かった。病院が停電でヒムプレーヤーは使えなかったけど、アカペラで讃美歌を歌い、聖書を読み、メッセージを語り、祈り、祝福して、小雨の中、ご家族と共にお見送りした。
 帰りはU長老が教会まで送ってくださった。これからU長老は浜松まで帰る。どうぞ安全運転で。
 夕礼拝に充分、間に合って良かった。夕礼拝でも聖餐式を行う。と言うより「一人でも多くの人が聖餐式にあずかれるように」との思いで、夕礼拝を始めた。今夜も、朝の礼拝に来られなかった方が礼拝にあずかり、聖餐式にあずかることができた。感謝だ。
 夕礼拝が終わり、長い長い1日が終わった。だけど私達は異常なハイテンションのままで、疲れているはずなのに全然眠れない。今日、神様の奇跡を、たくさん見せていただいたせいかも知れない。
posted by 牧師 at 03:22| 日記

2015年04月03日

4/3

 今日はイエス様が十字架で息を引き取られた受難日。それとは関係なく、私は復生病院へ。呼ばれるまで病院のチャペルで祈っていた。シスターがオルガンの練習をしている。小さなチャペルだけど、やはり十字架の前に座っていると落ち着く。
 診察室で医師とイースター礼拝の話になった。カソリックではイースターの前夜、土曜の夜からミサがあるそうだ。そしてイースターの当日もミサを行うとのこと。イエス様が十字架で死に、復活されるまでのことについて、聖書は何も語らない。死から復活の間にどんな闘いがあったのか、私達には知らされていない。神様の奥義だ。それを思いつつ、ミサをささげて復活の朝を迎えるのは、すばらしい。まだイースター礼拝説教の準備もできていないのに、土曜の礼拝説教も!
 私にはムリムリ。カソリックじゃなくて、良かった。
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 今日は、病院の前にある「時の栖」のピンク色の桜が見られることを期待していたけど、少し遅かった。でも病院の庭の桜はちょうど見頃。大きな桜の木が傘のように枝を広げている。その脇には、ひときわ白く咲いている桜もあった。もっと庭を歩いて見物したいところだけど、今日は雨だし、寒いので帰宅。
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 教会の庭には冬の間、土の中に隠れていた草木が今、次々と芽を出し始めている。オダマキも葉をつけた。弱々しい若葉の上に雨のしずくが落ちている。天然の宝石だ。毎年、見るけど飽きない。神様の作品は、どれもこれも皆、美しい。
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 人も弱くてもろい。でも私達の中には、神様の尊い愛がつまっている。御子を十字架につけてまでも、私達を永遠に生かしてくださる神様の愛が、1人1人の中に輝いている。感謝!
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 「私達は、このような宝を、土の器に納めています」
   (Uコリント4:7)
posted by 牧師 at 19:24| 日記

2015年04月02日

4/2

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 朝、十字の園の礼拝に行った帰り、近くの民家に「江戸姫桜」と言う色のきれいな桜が咲いていた。先週はまだつぼみだったけれど、今日はちょうど七分咲きで、つつましやかな咲きぶりに見とれてしまった。十字の園が今日ここでお花見をするらしく、準備をしていた。みんな見たいよね。すぐそばに、こんなステキな桜スポットがあるんだから。
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 花をながめていたら、声をかけられた。以前、十字の園に務めておられた方だ。きれいな着物姿。他にも着物を着ている女性たちがいる。十字の園の方々にお茶の接待をされるようだ。着物にも桜が描かれていた。「いいなぁ、着物姿」と言ったら、その方が「簡単に着物の着付けができますよ」と言ってくださった。今度、教えてもらおうかな。もともと着物は大好き。小紋なんか着て牧師会に行ったら、みんなギョッとするだろうなあ。驚く顔が見たい。アハハハ。
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 教会に戻ったら、外壁塗装のための足場を組む作業が始まっていた。改築してから10年以上たっているので壁の撥水作用もなくなり、雨が壁から浸み込みやすくなっている。ひび割れもあるし、これからも大切に使っていく会堂なので、毎年、きちんと手入れしていく必要がある。天気次第だけど、塗装には一か月ほどかかるという。きれいになったら、青空に一段と映える教会になると思う。
 足場がある間、出入り口が狭くなるので、誰もケガをしたりすることがありませんように。
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posted by 牧師 at 15:25| 日記

2015年03月27日

3/23

 「暑さ寒さも彼岸まで」と言う。春分の日が過ぎて、今日は久しぶりに晴れて日差しが明るい。日差しに誘われて、外に出てみたけれど、風は相変わらず冷たい冬の風だ。
 玄関わきの植え込みに目をやると、なにやら黄色の列が並んでいる。水仙だ!いつの間に咲いたんだろう。毎日、玄関を出入りしているのに、ボンヤリしていて気がつかなかった。
 水仙のそばにしゃがみこんだ。あらら、すぐ隣に、ヒヤシンスも!何年か前に球根を植えた。年々規模は小さくなるけど、毎年、根性で咲いてくれる。
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 花に見とれていたら、だんだん寒くなってきた。思ったより風は冷たくて強い。
 冷たい風に吹かれながら下を向いて咲いている水仙は、まるでお祈りをしている巡礼者のようだ。
 「早く暖かい春が来ますように」と祈っているのかな。「今年も咲くことができて、ありがとうございます」と神様に感謝しているのかも知れない。
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posted by 牧師 at 02:42| 日記

2015年03月16日

3/14

 土曜日の午前中、高根学園の卒園式だった。礼拝をささげてから、卒園児への卒園証書の授与や記念品贈呈などがある。そして最後に卒園児が全員、舞台にあがって、保護者や高根学園に感謝をこめて歌を披露した。毎年、聞いている歌だけど、歌詞を聞くと、自分も一人の親として心に迫るものを感じ、涙が止まらなくなる。
 「ぼくらは生まれて良かったよ。ぼくらを産んでくれて、ありがとう」。
 一人の子供を育てていくことの苦労は、計り知れない。しかも仕事をしながらの子育ては、どんなに忙しく、大変な事だっただろう。急に熱を出したりして、職場に気を遣いながら子供を引き取りに行くこともあっただろう。兄弟がいて、行事の日程がうまく折り合わずに、困ったこともあっただろう。小学校に上がる前の子供は、体も弱くて、長く保育園を休むことが多い。その時、面倒を見てもらう人が見つからずに途方に暮れたこともあっただろう。でも子供たちは、こんなに大きく成長して、今「産んでくれて、ありがとう」と歌ってくれている。
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 高根学園の園服は、娘が幼稚園に行っていた時の園服と同じ色、同じデザイン。だからどうしても娘の幼稚園時代を思い出してしまう。卒園児の胸には黄色の花のコサージュが飾られていた。娘が卒園の時も、胸にピンクの花のコサージュをつけていた。それを今もとってある。とってあるからと言って、昔のかわいい盛りの娘が戻ってくるわけじゃない。でもいまだに捨てられず、大切にとってある。子供からすれば、余計なお世話だと知りつつも、これが「親バカ」というものか。
 すべての子供たちが、たくさん愛されて、そして愛することができる人へと成長しますように。
posted by 牧師 at 15:32| 日記

2015年03月10日

3/10

 70年前の今日、東京大空襲で10万人以上の人が死に、東京は焼け野原になった。落ちてくる焼夷弾に女子供の区別はない。無差別爆撃は日本でも中国でもヨーロッパでも行われた。そして今もテロや内紛で無差別に多くの命が奪われている。
 明日は3.11。4年前、東日本大震災が起きた。すべてを飲みこんでいった大津波。多くの人命が失われ、未だ行方不明の方々が大勢いる。仮設住宅での避難生活をして、これから先の生活の見通しが立たない方々も多い。それだけでなく、原発事故による放射能汚染とその処置は、将来にわたって莫大な負の遺産として残る。
 ちょうどドイツのメルケル首相が来日している。首相が、福島の事故から学んで原発廃炉の方針を決めた決断力に敬服する。長年、首相を務め、今も高い支持率を得ている理由が分かる気がする。でも日本はあれほどの悲惨を体験したにもかかわらず、原発再稼働に向けて、国が盛んに音頭を取っている。
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 残酷な歴史の事実、将来への負債の大きさが、重く心にのしかかってくる。ダメだ、気持ちがますます落ち込んでくる。レントの最中だからバッハの「マタイ受難曲」のCDをBGMに仕事をしていたが、ドリカムの「THE SOUL」のCDに変えた。
 ドリカムの吉田美和ちゃんの歌詞がスキ。美和ちゃんの歌詞集が出た時も、すぐ購入した。「THE SOUL」のCDは、東日本大震災支援のために編集されたもの。昔の曲がほとんどだけど、まるで3.11を予想していたかのように、被災者をはじめ、苦しみを抱えている人たちの心に届く言葉が、たくさん散りばめられている。どの曲もみんな好きだけど、最後の「リトルワルツ」で「笑いながら歩いて行こう」の、言葉の深みを新たに思わされた。
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 先週、分区牧師会に行った帰り、商店街を歩いていたら、店のシャッターに「ひょっこりひょうたん島」の絵が描いてあった。懐かしい。このテーマソングも大スキ。「苦しいこともあるだろさ…だけど僕らはくじけない。泣くのはイヤだ。笑っちゃおう…」。
 苦しく残酷なのが人生。恨んで生きることも、笑って生きることも出来る。でも一度きりの人生。この先、どんな苦難があるか分からないけど、それでもみんなと笑って生きて行きたい。
 自分の力では無理だけど、神様の無限の可能性を信じる。神様に助けていただいて、何度でも倒れては立ち上がり、最後まで笑いながら、みんなと荒地の人生を歩いていく人になりたい。
posted by 牧師 at 19:38| 日記

3/3

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 「木の芽時」と言う言葉がある。長い冬の寒さに耐えて身を縮めていた草木が、春の予感を感じて少しずつ枝先に、また土の中から芽を出してくるこの時期。教会の庭にあるチューリップやバラも新芽が顔を出して挨拶している。草木をながめる楽しみが多い季節なんだけど、心のバランスが崩れてしまう時期でもある。今年は例年より落ち込みが大きいみたいで、数年前の状態に戻ってしまった。
 この時期、心のバランスを崩す人は多い。でも御殿場や近隣の町には「心療内科」の予約は、どこも一杯で、新患はなかなか治療を受けられない状況にある。子供や若い人、高齢者、働き盛りの人など、心のバランスを崩して苦しんでいる人が多くいる。なるべく早めに手当てを受けて、回復してもらいたい。そのためにも「心療内科」の医師や病院が、もっとたくさんあればいいのに。
 心の歪み、痛みのために、追い込まれて、事件を起こしたり、自殺する新聞記事を目にする。特に子供たち、若い人たちが、充分な心のケアを受けられず放置されているのは、いたたまれない。
 一方で、そういっている自分が、もう5年も「心療内科」に通って、医師の時間を長く占有して、新患が受診する機会を奪っている現実がある。申し訳ないと心から思う。

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 寝る前に薬を飲んでいる。薬が効いてくるまで30分から1時間くらいかかる。その間、布団の中で読むのに、良い本を見つけた。「花の妖精」(英国の花たち)。この本はあるチラシで見て、手に入れた。懐かしかったからだ。若い時、チョコレートの中に花の妖精たちの小さなカードが入っていた。それを集めていた。今も宝箱の中にちゃんと入れて大切にとってある。(私の宝箱の中身は他人が見たら、ただのガラクタ。お年玉で買った少女雑誌「なかよし」「りぼん」の切り抜きとか、絵葉書などなど)。
 「花の妖精」の本を布団の中で、挿絵をうっとりながめて、花の名前や著者のシシリー・メアリー・パーカーの詩を読みながら、眠りの妖精が訪れるのを待っている。
posted by 牧師 at 16:48| 日記

2015年02月23日

2/22

 礼拝後、神山教会の礼拝奉仕に出かけた。礼拝堂に入ると神山教会の教会員の方がお一人いらした。後から御殿場教会のU長老も駆けつけてくださった。Tさんは来られないかな…と思っていた時、職員の方が車でTさんを連れてきてくださった。Tさんは目が不自由な上、耳も良く聞こえない。それでも「神様に自分をおささげしたい」と礼拝に来て着席。礼拝では、他の人に支えられながら、献金のお祈りもされた。神様との間に結ばれている揺るぎない絆を感じる。神様に生かされている人は、弱くても強い。本当に強いと思った。
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 礼拝後、U長老と職員の方と私の夫で、Tさんを車の中まで誘導。雨が降っているし寒いので、安全に手早く車に乗っていただきたい。Tさんの乗った車を見送って、私達も駐車場に向かう。
 その途中、河津桜の枝に、ふくらんだツボミがたくさんあるのを発見。寒い冬もあともう少しで終わる。降っている雨も必ず止む。暖かく明るい日差しの春が来るのを、しっかり待とうと思う。
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posted by 牧師 at 02:11| 日記

2015年02月19日

2/17〜18

 昨日から宣教協議会で富士見町教会に来ている。「聖霊による教会形成の課題」。主題講演をされた小坂宣雄牧師(日本キリスト教会習志野教会)の問題提起は興味深かった。今日も朝から講演と質疑応答。
 午後からは日曜学校委員会だ。明日も青山教会で日曜学校委員会の作業をする予定だった。でも明日、参加できる牧師たちの数が少なすぎると言うことで、急遽、明日の委員会は中止。もちろん予約していたビジネスホテルもキャンセル(キャンセル料は当日なので全額)。1日の作業を終えて御殿場に戻ることになった。
 御殿場に戻ったら、明日は水曜日の祈祷会があるから聖書研究の準備もしなくちゃならない。寝不足だから、高速バスの中で少しでも眠ろうと思った。
 ところが、いつもなら二人掛けの座席は、一人で悠々に座れるのに、今夜に限って隣の座席には人がいた。周りを見ると一人で座っている人がほとんどなのに、なんで私のところだけ…。車内で飲むためのペットボトルを入れたキャリーバックを、座席の前に置いたら、自分の足を降ろすスペースがない。せめて座席の横がただのアームだったら、アームを上げて横座りして足を床に降ろすことができるんだけど、私の横にあるのは折り畳み式の補助席。あ〜あ。
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 仕方ない。行儀が悪いけど、補助席の上に足をおいて座るしかない。途中、バスから降りる人が出たら、そこに移ろうと思って狙っていたけど、誰かが降りると新しい乗客がそこに座る。ついに東名足柄まで、体をねじって、足だけ補助席に乗せた窮屈な格好が続いて、眠るどころではない。ずっと本を読んでいた。
 ようやく帰宅。荷物を片づけてから、聖書研究の準備に入る。すぐ日付が変わって18日に。眠気と疲れで頭が働かない。しんどいなぁ。
 「神様、力を与えて最後まで準備をさせてください」。
でも18日は「灰の水曜日」で、レント(キリストの十字架の苦しみを覚えて過ごす受難節)が始まる日だ。苦しみながらも聖書研究の準備を終えて、レントにふさわしい朝を迎えた。
posted by 牧師 at 06:10| 日記

2015年02月06日

2/3

 昨日から一泊分区牧師会で伊豆長岡に来ている。発題者は二人でテーマは「私の教会形成のビジョン」。このテーマを見た時、???だった。「キリストの教会、神様の教会」を造り上げていくこと。これが、いつの時代も変わることのない教会形成のビジョンじゃないの?「私のビジョン」で教会形成を変えてしまっていいの?
 神学生だったころ、恩師の松永希久夫先生が「牧師が変わるたびに、教会形成が土台から変わっていたら、いつまでたっても教会は育たない」と言っておられたのを思い出す。
 前の牧師が教会の土台を固く据えたら、次の牧師がその土台の上に柱を立てる。そしてその次の牧師が壁を造り、また次の牧師が窓や扉、屋根を造る。そうやって教会は、牧師が何人変わっても同じ目標、同じビジョンを目指して、教会形成を積み上げ、成熟させていく。それが教会形成だと思う。
 今、私は御殿場教会に遣わされて、今、なすべき教会形成の部分を全身全霊をこめて果たして、次の牧師にバトンタッチする。どんな牧師が来ても揺るがない「キリストの教会、神様の教会」であるために、なすべきことを惜しまず果たしていこう。
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 2日目の朝、6時に目が覚めた。窓の外を見ると雲と空の色がおもしろい。早起きは三文の得だ。三文の得で、食事前に温泉にも入れた。牧師会は予定の終了時間より1時間も早く終了。車を運転して帰る人はいいけど、私みたいに車を運転できないのは、夫が予定時間に迎えに来るのを待つしかない。時間をつぶせるところがないので、駅に向かって歩くことにした。普段の運動不足解消だ。途中、銀行があったので、一万円札を新札の千円札に両替した。礼拝席上献金のための新札がなくなっていたから、ちょうど良かった。駅近くで夫の車とようやく合流。
 帰り道の神山で、「黒ゴマときなこ」の粉末のパックを買う。これヨーグルトと混ぜて食べるとおいしいし、体にもいいのだ。店の出口にデッカイくまさんが置いてあった。ワーイ!思わずくまさんに抱きついた。ふかふかで気持ちいい〜よぉ。夫に写真を撮ってもらって、後で見たら「牧師、3万円で売ります」って広告に見えた。ギャボ!
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posted by 牧師 at 22:52| 日記

2015年01月27日

1/25

 1月最後の礼拝。礼拝後、教会の方が作ってくださったトン汁とおにぎりで昼食をとり、新年度に向けての奉仕の見直しをした。若い方も高齢の方も積極的に意見を出してくれる。教会は牧師だけ、長老会だけでは成り立たない。教会員そして教会につながるすべての人たちの祈りと働きが、どうしても必要だ。一人一人が大切なキリストの体の一部だから、誰もがキリストの体から恵みの働きを与えられている。奉仕の輪が教会全体に広がっていくことを、これからも祈り続けたい。
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 みんなが帰った後、教会の庭を見たら、Kさんが庭にペパーミントグリーンのステキな門を、手作りして取り付けてくださっていた。わぁ、かわいい。ちょうどバラの立札と同じ色調で、小さな手作りの門は庭の雰囲気にピッタリだ。さらに新しいバラの立札も作って来てくださって、差し込んであった。バラの種類や色も書いてある。
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「ノックアウト」と言うバラは御殿場の風土に適しているそうで、寒さにも強いらしい。去年、誕生日にいただいた「ノックアウト」のバラの鉢植えは枯らすとイヤだから、外に出さず家の中に入れてある。過保護かな。
 そしてKさんが作業を終えて、車で帰られた後で気がついた。外はすごく寒くて冷えていたから、教会の中に入っていただいて、温かいトン汁を食べていただけば良かった…。
 Kさん、気がつかなくてごめんなさい。そしてありがとうございます。
posted by 牧師 at 20:03| 日記

2015年01月24日

1/22

 今年最初の十字の園での礼拝奉仕。礼拝後、いつもの顔が見えない。職員の方に伺ったら、インフルエンザだという。今、すごく流行っている。2年前、私はインフルエンザにかかって、聖餐式のある礼拝に出席できなかったという大失敗をしているから、本気で注意しないと、またみんなに迷惑をかけてしまう。
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 帰り道、郵便局に行って振込をした時、ちらっと見たら、そこにピーターラビットがいる。4枚入りのピーターラビットのクリアファイルが販売されている。お得な値段。しかもちょうど今、振込のおつりが手の中にある。
 ううう…。郵便局の作戦に負けた。手の中のおつりで、クリアファイルを買ってしまった。無駄遣いと思いながら、抵抗できなかった。
 だってピーターラビットが、かわいすぎるんだもん。
posted by 牧師 at 22:46| 日記

1/20

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 昨年の冬から教会の庭にバラの苗木を植えている。でも植えて終わりではない。雑草を抜いたり、ネコに掘り返された苗木を元通りに植え直したり、こまごました手入れが必要だ。
 執務室の私の定位置の右窓から、庭が見える。今日も教会員の方が手入れに来てくださっている。寒いのに結構、遅くまで作業しているから、風邪をひくんじゃないかと心配。
 18日の土曜日には地元のKさんが、バラのために手作り立札をたくさん持って来てくださり、バラの苗木のそばに立札を差してくださった。立札にはバラの名前だけでなく、性質やバラの絵まで描いてある。すごく心がこもっていて、とてもうれしい。
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 これから苗木をまた剪定もするらしい。そしてバラの枝が伸びてきたら、それに合わせて庭をデザインしてくださる。こちらは全くの素人だから、Kさんみたいなプロがアドヴァイスしてくださると、本当に助かるし、ありがたい。
 冬の花壇は花が咲いてなくてさびしいけれど、立札に書いてあるようなバラの花が庭中に咲き始めたら、すばらしいだろうなぁ。執務室の窓から庭ばかり見てるようになるかもね。
posted by 牧師 at 22:07| 日記

2015年01月21日

1/14

 昨日に続いて、今日も日曜学校委員会。朝ホテルを出て、横浜指路教会を目指して歩く。昨日から思っていること。「都会は良く歩く」。御殿場にいると普段、執務室にこもったきり、ほとんど出てこない。運動と言えば、夜寝る前に2階の階段を上るくらい。外出は車でドアtoドア。でも都会は電車の乗り換えとか、長いホームを歩いて、駅の階段も多い。この運動量はバカにできない。通勤ダイエットができるね。
 関内の駅から海は見えないけど。ここのマンホールはベイブリッジのデザインなのね。横浜指路教会についた。9時から委員会が始まる。まだ時間がある。教会は歴史を感じさせる建物だ。
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 即、昨日の続きの作業に入る。「明解カテキズム」の改訂のため、問と答えの文言を検討している。各委員とも九州や関西など遠方から集まってくる牧師たちだから、時間は無駄にできない。神学的な本筋をはずすことなく、子供にも分かりやすく、しかも美しい文章を目指して、意見が飛び交う。昨日の委員会もそうだったけれど、かなり神経をすり減らす濃密な時間だ。そして精根尽き果てた頃、委員会も終了。教会にお礼を言って、委員はそれぞれの方向へ帰っていく。このまま横浜から御殿場行きの高速バスに乗って帰ることも出来るんだけど、ちょっと寄り道していこう。
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 関内の駅前を通り過ぎて中華街に入った。地図もないまま、方角も分からないまま適当に歩く。食べ物屋さんが圧倒的に多い。せっかくだから中華料理を食べる。入ったお店でピリ辛のラーメンを注文。800円でデサートの杏仁豆腐もついてくる。ラッキー!外食でラーメン食べるのも久しぶり。それほど辛くもなく案外いける。体が温まったところで、また中華街をブラブラ。占いの店、チャイナドレス、アクセサリーの店などなど、平日なのに結構にぎわっている。中国なまりの日本語で甘栗を売る中国人。すれ違う人も中国人が多い。中国からの観光客が増えたというけど、本当なんだ。
何を買うという目的もなく、行き当たりばったりで中華街をブラブラ歩く。こんなこと、しばらくしなかった。毎日のスケジュールを次々と片づけていかないと、やるべきことがすぐ溜まってしまう。ボーーっとすること、何の目的もなく、あてずっぽうに歩くことを忘れていた。
気がつくと元町の入り口と言うか、中華街を出ていた。石川町から電車に乗って、新宿から高速バスで帰ろう。石川町のホームは女子高生でいっぱい。娘も通学していたっけ。遠い昔のような気がする。今日、少しの時間だったけれど、ただ店を見て、ぼんやり適当に歩くだけの自由な時間を過ごせて良かった。
 今年度の休日、いただきました!星三つです☆☆☆

posted by 牧師 at 18:45| 日記

1/13

 例年、今の時期は教会から年休をいただいて一人旅に出かけるのだけど、2014年度は忙しくてお休みは無し。今日も横浜で、一泊の日曜学校委員会がある。委員会のメンバーが昼過ぎ頃まで別の委員会に出ているから、それまでの間はフリータイム。前売り券を買っておいた「サン・オブ・ゴッド」の映画を見ることにした。御殿場には映画館がないけど、横浜にはあるもんね。でも横浜は仕事で行くところ以外は全然、分からない。映画館を探すのに一苦労。地図を持っているのに…。
 時間ギリギリで映画館の椅子に座った。場内が暗くなった途端に大音響。あわてて携帯のストラップにつけてある「耳栓」を取り出して、耳に詰め込む。大きい音は怖いからダメ。御殿場に赴任してから映画を見たのは3回くらい。ずっと映画館に行ってなかったから、大音響への免疫がなくなったのかな。映画はイエス様の物語のダイジェスト版。「ちょっと待てよ」と思う箇所がいくつかあったけど、イエス様の俳優がイケメンだったから、まぁいいか。映画が終わり、場内が明るくなって辺りを見たわすと、皆、クリスチャンって感じの人たち。
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 委員会に行くため、JRの駅を探しながら歩く。そしたらスヌーピーのお店を発見。ウキャー!スヌーピーグッズが店内にいっぱい。あと10歳若かったら、あれもこれも買っちゃうところだけど、人生の残り時間を考えると、本当に必要なものだけでいい。と言うことで、3足1000円の靴下をお買い上げ。足首のところにスヌーピーの刺繍がしてあるかわいい靴下。でもいつもパンツスタイルだから、残念ながら足首のスヌーピーは隠れちゃう。
 動く歩道があった。そこから日本丸のマストが見える。マストの上に白い十字架が3本ついている。映画の中で、イエス様を真ん中に、3本の十字架が立っていた場面を思い出した。今日はセーターの上に十字架の形のネックレスをつけてきた。
 よくよく考えると十字架って処刑道具だよね。自分が死ぬための道具だよね。十字架をいつも忘れずにいたい。
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posted by 牧師 at 03:55| 日記

2015年01月05日

1/5

 新年が始まったばかり。今のうちに、たまった仕事を少しでも減らそうと思っていたが、やるべきことが頭の中に散らかって進まない。こういう時は、髪の毛をバッサリ切るのが、一番の気分転換。そこで駅前の美容院に行ったら、スゴイ混んでる。でもこの機会を逃したら、またいつ来られるか分からないから、順番待ちのソファーに座り、雑誌を手に取った。「男性用ヘアカタログ」だった。まあ、いいか。同じようなものだ。ペラペラとページを巡っていたら、グフフ…、岡田准一君がいた。ステキステキ。
 どのくらい待っただろう。自分の番が来て、カタログをもったままページを開いて「岡田准一君みたいにしてください」と注文。あきれてものが言えなかったのか、スタッフは何も言わずに電気バリカンでガリガリ、ザクザク、植木職人みたいに髪の毛を切っていく。襟足はもとより、顔までジョリジョリ音を立てて、バリカンが走る(毛深いから仕方ない)。スタッフから最後に鏡を見せられ「いかがですか」と言われる。「あー、さっぱりした」と私。要するに「GIジェーン」みたいに、さっぱりしてれば私は何でもいいってことね。鏡の中に岡田准一君はいなかったです。
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 美容院を出て、昨年のイブ礼拝とコンサートで特別献金をいただいた「カフェマルタ」に献金の領収書をもって出かけた。すると駐車場で「ハシゴ乗り」をしていた。出初式と言うのかな。ハシゴの上で演技をしている。上から見ると高いんだろうな。でも登るだけなら、私も一番上まで登ってみたいな。結構、気分いいかも(アホと煙は高いところにのぼる)。これも正月の縁起物なのかな。
 私と夫は「カフェマルタ」で新年のあいさつをして、領収書を感謝してお渡ししてから、ケーキセットを注文。おいしい、体があったまる〜。今日は来るのが少し遅かったので、また今度、あらためて伺いますね。今年もどうぞよろしくお願いします。
 おなかいっぱい。今日はこれで夕食終わりでいいよね。
posted by 牧師 at 21:46| 日記

2015年01月02日

1/1

 1月1日元日。昼間は晴れていたのに、夕方から急に雪が積もりだした。今年はどんな年になるのか。今日のお天気みたいに、やっぱし波乱万丈か。
 だんだん冷え込んできたので、お風呂を沸かして入った。最近、いただきものの入浴剤を使っている。炭酸の泡が出る入浴剤。香りも良いし、第一、すごく体が温まるからありがたい。冷え症な上、洗面所の寒さで湯上り後、すぐ体が冷えるから、急いで着替えなくちゃならない。でも入浴剤を入れたら、湯上り後も体はポカポカ。いや〜。入浴剤って、今まで余りお付き合いがなかったけれど、冬のお風呂には欠かせないね。何だか軽いカルチャーショック。
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 夜は黙想会があるので、教会の電気を早めにつけに行った。元日だから、ちょっとサービス&アピール。牧師館のひさしの下にある植木にも、雪が積もって花たちが凍えている。電気をつけた教会も雪の日は雰囲気が少し違う。寒いけれどロマンチック。
 新年を迎えた教会のために祈った。御殿場教会が、神様の光で世を照らす真の教会となりますように。
posted by 牧師 at 04:18| 日記

2015年01月01日

12/30

 昨日、以前仕えていた教会にいらした教会員の方からお電話があり、急に切れてしまった。入院しているとのこと。以前仕えていた教会は、今は休眠状態と言うか、活動停止。教会員はそれぞれ近くの教会に行っているのだろうと思う。お電話してきた方は足が悪いので、教会籍を移したけれど、長く教会には行っておらず、私とメールのやりとりをしたり、御殿場教会に季節ごと、自作の絵葉書を送って来てくださっている。途中で電話が切れてしまったのが気になって、翌日、つまり今日の朝早く、高速バスで新宿に向かった。
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 座席はA1。ここが一番好き。前が良く見えて、免許はないけれど自分が運転している気分になれる。年末だから混んでいるかなと思ったけれど、上りは空いてる。でも下り車線を見ると、車がつながっている。この調子だと、東京からの帰りは渋滞に巻き込まれて遅くなるかな。
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 高速バスで新宿に行くの、久しぶり。新宿近くになると、長年、道路の真ん中のレーンで工事していたはずなのに、工事は終わって、工事現場だったところに草木が植えてある。いつの間に…。
 新宿から山手線に乗り換えて五反田へ。ここで池上線に乗り換える。ありゃ〜!エスカレーターとかついちゃって、ずいぶんきれいになっている。池上線、よく乗ったなあ。洗足池で降りて病院を探す。もともと生まれは大田区だけど、地図を見ても道が分からない。病院はどこだ。3人の親切な人たちに道を聞いて、病院に行く看板を見つけた。こんなところに遊歩道があったんだ。知らなかったな。
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 病室を探して、やっとお会いすることができた。お顔を拝見するのは久しぶり。病気のせいか、すっかり弱気になられている。昼食が出てきたけれど、あまり食べられないようだ。これじゃあ体力もつかないな。でもヒムプレーヤーを持って行ったので、お好きな讃美歌をかけて、小さな声で一緒に歌い、聖書を読んだ。やっぱり讃美歌と聖書は、信仰者のカンフル剤だ。少し笑顔が出てきた。そこに息子さんも後から来られた。電話が途中で切れたのは、携帯電話の電池が無くなったからだと教えていただいた。お祈りをして病室を出た。
 病気や高齢のために、教会から足が遠のいてしまった方々の牧会を、もっとていねいにしていく課題が与えられた気がした。近くだったら、すぐお見舞いに行けるけれど、遠くの場合はどうするのか。近くの教会の牧師に連絡して、お見舞いに行ってもらうとか…。
 せっかく東京に来たんだから教文館で本でも見たいと思ったけど、体がもうダメ。動かない。意気地なしだけど、そのまま新宿に戻り高速バスに乗った。バスから夫に「足柄インター近くになったら連絡する」とメール。でもその後、プツンと記憶が飛ぶ。そしてハッと外を見たら、富士山があって、御殿場インターじゃん。ワープしたのか。違う違う。メールした後、そのまま爆睡したみたい。
posted by 牧師 at 05:12| 日記

12/25

 今年最後の十字の園での礼拝説教。入所されている教会員をお訪ねして聖餐を行った。暖かい季節になったら、また礼拝にいらしてほしい。
 これから神山に向かう。長く入院されていた教会員の方が退院された。でもお見舞いにいくと、外から色々な菌をもちこんで感染を起こすといけないからと、面会できなかった。特に私は先月から風邪をひいて長引かせていたから、お見舞いに行けなかった。お会いできて話ができるといいなぁと思って施設に入り、係りの方に案内していただいた。
 そしたらそこは食堂。他の人たちと一緒に椅子に座って、食事をしておられた。
 ええええっ!これって、夢?。だって、9月に緊急電話が入った時、「今週が峠です」とか言われて、施設の係りの人とも葬儀の時の打ち合わせなんかしていたのに、ご本人が椅子に座って、ご飯を食べている。話しかけてみたら、以前より、はりのある声。お顔の色もいい。ごはんも普通のごはんだ。リハビリもして、筋肉をつけるために、肉類も食べるように言われているとか。すごすぎる。
 聖餐式の道具を持って行ったけれど、水分摂取の制限がされているので、聖餐式は取りやめにして、お祈りをしようと思った。そしたら看護師さんに支えられて、自分の足で立って、部屋まで歩いて行かれた。
 えええええっ!すごい、すごい。こんなことがあるなんて。まるでイエス様が、ラザロの墓に呼びかけて、墓の中から何事もなかったかのように、ラザロが出てきて歩いているいるみたい。神様の奇跡を目の当たりにして、写メもぶれている。
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 お部屋に入って、一緒にお祈りをした。良かった。神様がこんなに元気にしてくださった。本当に良かった。こんなすばらしい奇跡を見せていただけるなんて。これが今年のクリスマスプレゼントなんだ。神様、ありがとうございます。どうかこれからも健康を守り、順調に回復させて、共に礼拝にあずかれるようにしてください。
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 夜は今年最後の黙想会だった。ちょうどクリスマスの夜なので、いつもは各自が好きな時に出入りしてお祈りするんだけど、7時ちょうどに私が聖書を読んでから、小説教をして、お祈りをした。その後、各自でいつもの通りの黙想会。
 神様に感謝することが山ほどある。神様、ありがとうございます。受洗者、求道者のこと。バラの苗木のこと。たくさんの祈りと奉仕、あたたかい支援や配慮のこと。クリスマス礼拝も、コンサートも、今日の奇跡の癒しも感謝します。多くの恵みの出会いを与えてくださり、ありがとうございます。どうか新しい年も、神様が先立って、教会と1人1人を導いて、感謝の1年とならせてください。

   「味わい、見よ、主の恵み深さを。
   いかに幸いなことか。御もとに身を寄せる人は。
   主の聖なる人々よ、主を畏れ敬え。
   主を畏れる人には何も欠けることがない」 
             (詩編34:9-19)
posted by 牧師 at 03:46| 日記

12/24

 午前中、祈祷会の間、武久先生たちは楽器の搬出作業。そして楽器を大型車に積み、先生方は夫が駅までお送りした。ありがとうございます。また来年もお願いします。先生方は来年もコンサートに来てくださると約束してくださった。うれし〜。
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 今年最後の祈祷会を終えて、牧師館にも取ったら小包が届いた。ドイツから。あっ、夏に自転車で箱根越えしてやってきて、牧師館に泊まったドイツの女子高校生ミリアとハンナだ。小包を開けたら、お便りのカードと彼女たちと一緒に撮った写真、そして箱の中には、ミリアとハンナが住んでいるミンスター製のカワイイ子羊とクッキーとグミが入っていた。キャ〜、これもうれし〜。ありがとうね、ミリアとハンナ。サンタさんが夜を待ちきれずに、プレゼントを届けてくれたみたい。幸せ。ぴかぴか(新しい)
 まだ説教準備とか、長老会資料準備とか終わってないけど、ミリアたちに返事の手紙を書いて、2人分の和紙の便箋と封筒を一緒にして、ドイツに送った。手紙は英語だけど、宛名はドイツ語。私、ドイツ語、学んだことがないから全く読めないし、書けない。だから宛名を書く時、送られてきた小包に書いてある字の通り、マネして書いただけ。意味不明。無事に彼女たちのところまで届くかな。届きますように。プレゼント
posted by 牧師 at 02:49| 日記

12/23

 今年のイブ礼拝とクリスマスコンサートは、午後1時から。去年、夕食の心配をして途中で帰られた方たちがいたので、時間を早めた。これならコンサートを聴いた後でも、夕食の支度に間に合うでしょ。演奏は武久源造先生と山口眞理子先生。お2人がフォルテピアノを昨日搬入して、教会のオルガンの調律などを含めて、リハーサルを遅くまでされていた。今朝も朝から、開会時間直前までリハーサルが続いた。お2人とも集中力が半端じゃない。
 外はとても良い天気。富士山がきれいだ。電線までが五線譜に見える。教会の人たちが受付や駐車場係り、茶話会準備など、コンサートに備えて、懸命に奉仕をしてくれている。ありがたい。
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 午後1時になってイブ礼拝の開始。奏楽は武久先生。前奏からスゴイ。讃美歌の奏楽には山口先生のヴァイオリンも加わり、会衆一同が歌う讃美歌の声も、元気よく会堂全体に響ている。教会のパイプオルガンを知り尽くしているだけに、武久先生の奏楽によって「こんな音も出るの?」と言うくらいオルガンは多色な色合いで鳴っている。驚くばかりだ。
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 イブ礼拝に続いてクリスマスコンサート。今年のテーマは「教会で本物のクリスマスを」。このテーマにそって、先生方が選曲してくださり、1つずつ先生が分かりやすく解説してくださるので、曲のイメージが目の前に湧き出てくる。
 曲目は@バルバートル「すべてのシャルトル市民よ」による変奏曲ニ長調。Aヘンデル「ヴァイオリンと通奏低音のためのソナタ」ニ長調。Bバッハ「パルティータ第1番」変ロ長調。Cバッハ「シュブラーコラール集より・目覚めよと呼ばわる声が聞こえ、わが魂は主を崇め、今こそ天より降りてこられるのですか。Dヴィヴァルディ「四季・冬」ヘ短調。Eバッハ「コラール・今こそ喜べ、すべてのクリスチャンよ、主よ、人の望みの喜びよ」。
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 クラッシクが好きな人には比較的、良く知られた曲が多く、またクリスマスの時期にふさわしい曲ばかり。お2人の息の合った演奏を目の前で聴くことができる幸せ。鳥肌ものだ。やっぱりCDより生の演奏だよねぇ。コラールでは思わず十字架を見上げてしまう。これ、録音してCD化しておきたい。そしてヴィヴァルディの「四季」。四季の中では今日、演奏してくださった「冬」が一番好き。中学生の頃、イ・ムジチのLPを聴きながら、ヴァイオリンを弾いているマネをしていたのを思い出した。でもイ・ムジチの演奏とは全く違う。武久先生のフォルテピアノも、山口先生のヴァイオリンもすばらしい。音が心地よく体の中に入ってきて、胸が躍る。
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 会堂にはいっぱい人が入っているため、ストーブの熱だけでなく、音楽を聴いている人たちの熱気が会堂全体を熱くするので、木製の楽器は度々、調律が必要になる。武久先生が調律している間、山口先生が楽器について解説したり、良いコンピネーション。あっという間に終わってしまったと思ったけれど、2時間近く熱演してくださった。ありがとうございます。
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 受付でCD販売もしているので、皆さんが帰られた後で、今年は2つ購入。他のCDは既に購入済み。集会室の茶話会でも、コンサートに来られた方々がお茶を飲みながら、楽しそうにおしゃべりしている。また外に出ると、教会の庭に植えたバラの苗木を見物している方が何人もいて、ビックリした。バラが咲いたら、もっと多くの人が教会に来てくれるかも…と期待。
回収されたアンケートを見たら、初めて教会に来られた方が多かった。良かったなぁ。とにかく教会の敷居をまたいで、イブ礼拝のメッセージを聴いてもらって、コンサートを楽しんでもらえたら、何かの機会にまた教会に足を運んでもらえる……と、ここでも期待。来週の礼拝の説教準備は今日、買ったCD聴きながら準備しようっと。るんるん
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posted by 牧師 at 02:18| 日記

2014年12月31日

12/21

 今日はクリスマス礼拝。大人の礼拝に子供たちも合流する。そして礼拝の中で洗礼が行われた。受洗されたその方は、同じケアハウスのお友達に誘われて礼拝に通い始め、やがて洗礼を希望。十字の園の毎週の礼拝説教の後、毎週、その方の受洗準備会を行ってきた。準備会をして、お話をさせていただくたびに、その方のお顔がだんだんと明るくなっていくのが分かる。そしてついに洗礼の日を迎えた。
 私が誓約の言葉を読むと、その方はしっかり「誓約します」と答えられた。ひざまずいて、聖霊と水によって洗礼が授けられ、神様に祈る。その時、その方はもはや過去のその方ではなく「神様のもの、キリストのものとされた新しい人」として誕生した。
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 どんなに年を重ねようが、人は年ではない。いくつになってもキリストと共にキリストに信頼して生きようと決意して、洗礼を受けるなら、その人は神様のもの、キリストの兄弟姉妹として、新しく誕生し、新しく生きなおせる。キリストを信じて洗礼を受けるなら、いくつであろうと、遅くはない。新しい人生が、神様から与えられる。
 82歳のその方は、キリストに結ばれて、今日、新しく生まれた。すべての人を愛するがゆえに、新しく「神様のもの」として創造してくださる神様の全能に感謝。

 礼拝の後は、クリスマスのお祝いの愛餐会。昼食とおいしい手作りデザート。差し入れのクリスマスケーキもあって超豪華。食事を楽しみながら、それぞれ受洗された方のお祝いメッセージと共に自己紹介。そして準備してきた企画を披露する。まず教会学校。一番低学年のkくんが、クリスマスの絵本を、感情をこめて上手に朗読してくれた。お家で何回も練習してきたんだね。スゴイ。
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 Uちゃんのキーボード演奏に合わせて、みんなでクリスマスソングを合唱。教会員のウクレレも参加して楽しい。YちゃんとAちゃんがそれぞれ琴の演奏を披露。琴は音合わせが難しいけれど、お姉ちゃんのYちゃんが上手に音合わせをして、2人とも見事に琴を演奏。会場は大拍手。そして教会全体で歌ってもらうために讃美歌集を印刷して配布し、みんなでクリスマスの讃美歌を合唱した。
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 大人もがんばりました。AさんのフルートとHさんのキーボードの演奏に合わせて、Hさんがすばらしいソプラノを聞かせてくれた。ずるいよ。もっと礼拝も、その調子で歌ってよ。すごくステキ。アンコールを叫んだ。そしたら「ミニコンサート」で引き語りした「キリストにはかえられません」を熱唱してくれて、これまた大拍手。
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 青年会は「伝言お絵かきゲーム」で、全員参加でまきこみ場を盛り上げてくれた。ありがとう。祝会の後、時間のある人は台所を片づけたり、23日のコンサートのプログラムの製本を手伝ったり、皆、手際よく動いてくれる。
 ありがとう。ありがとう。とってもうれしいクリスマス。メリークリスマス。クリスマス

posted by 牧師 at 21:28| 日記

2014年12月29日

12/20

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 今日は教会学校の子供たちと教師で、十字の園でクリスマスの讃美歌を歌うために訪問するキャロリング。事前に私たちが歌う讃美歌と同じ讃美歌集を印刷してもらって、利用者の方たちにも一緒に歌っていただいた。
 少ない人数だったけれど、讃美歌集を用意していただいたおかげで、利用者の方もキャロリングに参加していただくことができて良かった。デイサービスのところに行ったら、思いがけず赤鼻のサンタさんもいて、子供たちにステキな笑顔でプレゼントをくださった。ありがとうございます。
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 年々子供の数が減ってきて、さびしいけれど、でもキャロリングは毎年続けていきたいな。教会員の方も参加してくださいね。
 十字の園の玄関わきに、かわいい天使たちが並んでいた。教会学校の天使たちもかわいかったでしょ?
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posted by 牧師 at 23:44| 日記

12/19

 もう絶版になっていると思うけど、私はアバコからいくつか紙芝居を出している。その中の一つ「ザアカイ」の紙芝居は、私が文章を書いた。
 先日、アバコの職員の方から連絡があって、「ザアカイ」の紙芝居で私の書いた文章を基に、落語の伝道をしている方がいるそうだ。職員は著作権のことについて私に尋ねてきた。著作権って私にあるのかな。「ザアカイ」の紙芝居の文章を書いてアバコに渡した時から、著作権はアバコにあるのだと承知していた。だから私の文章を使って「落語伝道」していただいても、私は全く構わない。
 そうしたら今日、アバコの職員の方が、「落語伝道」している方の「ザアカイ」の原稿を送ってくださった。私の文章を基に、関西弁でおもしろく状況を語りなおしている。
 例えばザアカイが借金返済を迫る場面も「おっ、こんなところに金があるやないか。もらっていくで」
 むごい取り立てを見て人々が非難すると「やかまし。ほなお前が代わりに払うんかい。はらわへんのやったら、これ、もらっていくで」と言いかえすザアカイ。
 なるほどなぁと思うくらい関西弁だとおもしろい。そして最後もちゃんと落ちがついていた。
 昔、書いた紙芝居が、落語の形になって、幼稚園や保育園だけでなく、高齢者の施設で使われて伝道の役に立っている。「うれしいやんか」(これって、関西弁になってる?)
posted by 牧師 at 23:16| 日記

12/18

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 今週の木曜日は、いつもの十字の園の礼拝ではなく、クリスマス礼拝。ホールのわきにドイツ風に飾られたクリスマスツリーのキャンドルに、職員が点灯していく。ほの暗い中で揺らめくキャンドルの灯火は、美しい。
 今年の十字の園のクリスマス礼拝は、いつもとちょっと違う。私が十字の園に毎週礼拝奉仕に来るようになって、今年で13年目になるけれど、今まで一人の受洗者も十字の園から生み出すことができなかった。利用者の方、職員の方に伝わる言葉、届く言葉を語ることができないことが、つらかった。でも今月の長老会の試問会で、十字の園のケアハウスの方の洗礼が承認され、次のクリスマス礼拝で洗礼を行うことになった。本当にうれしい。神様に感謝だ。
 高齢だから、もう仕方がない。そうではない。高齢だからこそ、残りの命の時間を神様に支えられて、喜びと感謝と希望をもって生きて欲しい。そして人は何歳になっても、神様によって新しく誕生させていただける。その恵みを今年、十字の園のクリスマス礼拝で語ることができた。
 クリスマス礼拝が終わると、職員の方がギターを弾きながら、利用者の方々を上手にリードしてクリスマスソングを一緒に歌っていた。利用者の方も楽しそうだ。この方々も教会に来て、一緒に礼拝で讃美歌を歌っていただきたいな。
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posted by 牧師 at 22:51| 日記

12/17

 来週の礼拝はいよいよクリスマス礼拝。洗礼式もある。また火曜日にはイブ礼拝とコンサートもある。コンサートのポスターをかかりつけの病院とか、良くいくお店とかに貼らせてもらっている。教会の裏にあるコンビニにも、コンサートのポスターを貼らせてもらった。断られるかなと思ったけど、断られなかった。いつもコンビニのゴミとか騒音で、教会に迷惑をかけていることを知っているのだろう。中高生が学校帰りに物を食べながら、たむろしている、ちょうどその辺り。ポスターに目を留めてくれたらいいなぁ。
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 そしてコンサートに多くの方が来られるから、コンサートに間に合うようにと、教会の方が一生懸命、バラの苗木を教会の庭に植えている。今は午後3時を過ぎたら寒くなる。それでも構わず土を掘り、石を積み重ね、バラの苗木を植えている。
 教会ではこのバラを育てていくために「バラ募金」を募っている。バラは肥料代がかかる。病気になったり、虫がついたり、こまめに世話をする必要がある。そのための費用にと、空き箱に「バラのカタログ」を切り抜いて、箱に貼り付け、造花で飾って「バラ募金箱」の出来上がり。この箱も、コンサートの時、「オルガン募金」と一緒に受付に出しておくつもり。
posted by 牧師 at 22:18| 日記

12/15

先週、葬儀屋さんから突然電話があり、葬儀の依頼があった。洗礼を受けている方なので、と言うことで葬儀などをお引き受けした。でも先週、今週は各施設のクリスマス礼拝や教会のクリスマス関係の予定でビッシリ。そこで14日の礼拝後、夜6時から前夜式を行い、葬儀は月曜に行うことにした。
 全く面識のない方なので、ご遺族の方から簡単に召された方の略歴とお好きだった讃美歌、聖書箇所などを伺って、説教の準備を行った。そもそも私は説教準備が手際よく器用にできる方ではない。遅筆と言ってもいい。だから日曜日の礼拝の後に、全く別の説教を用意することが、私にはどんなに至難の業か、ご想像していただきたい。でも不思議。神様の助けは必ず与えられます。
 前夜式の説教が午後3時過ぎくらいに、やっと出来上がった。プリントして、ここ数日まともに寝ていなかったので「4〜5時まで1時間だけ眠らせてほしい」と夫に伝えて、私は居間のホットカーペットの上に寝転んだ。即、沈没。
 夫は約束通り、5時に私を起こして、また会堂の方に出かけた。でも私は…。その時、起きたつもりだったんだけど、一度起きて、正座したまま頭を垂れて、恐怖の二度寝に落ちた。
 ふと目が覚めたら……ギャ〜〜!なんと6時3分前。しかし立とうと思っても、正座したまま寝ていたから足がしびれて立ち上がれない。「た・す・け・て〜」。助けを呼んでも、夫は会堂に行っているから牧師館には誰もいない。神様!助けて〜。しびれた足でヨロメキながら、やっとの思いで会堂にたどりつき、(頭ボサボサだったかも)講壇にジャスト6時に立って、前夜式。
 ご遺族の方々が、牧師がなかなか来ないので、ハラハラしておられたそうだ。ごめんなさい。実は二度寝していました。<(_ _)>
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 翌日、良く晴れた朝、葬儀を行った。葬儀説の教準備もギリギリ。つくづく要領が悪いと思う。でも準備をしているうちに、召された方の人生が私の中に入り込んで、語りかけてくださるような気がする。一度もお会いしたことはないけれど、やはり同じ信仰で結ばれている兄弟姉妹であり、同じ神様の家族だから、御言葉を通して、神様が召された方の人生にどのように関わってくださったかを、教えてくださるのだろう。
 葬儀が終わり、斎場に向かう。青空に富士山がきれいだ。収骨までご遺族の方々とお話をさせていただいた。ご遺族もキリスト者が多い。召された方の奥様もキリスト者。とても上品で穏やかな方だ。食事を終えて、何を思われたのか、奥様がそばにあった紙に、私の絵を描いてくださった。
 すごい「美人画」。こんな美人に描いてもらったこと、一度もないけれど、私が奥様の目に、このように見えたのだとしたら、ありがたいことだ。こんなことは2度とないだから、奥様にサインしてもらって、写メで保存。貴重ですよ。この「美人画」は。
 

 
posted by 牧師 at 21:55| 日記

12/13

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 教会の駐車場の前に古くから建っていた家がある。家人は転居され、今は誰も済んでいない。地主さんが建物を更地にするよう求めたのだう。大きな車が入ってきて、見る見る間に建物を解体し、木々を引き抜いていく。いくつものコンテナに解体したものを、手際よく積み込んで運びさる。解体工事はほんの数日で終わってしまった。この土地にどんなものが建っていたのか、間もなく人は忘れてしまうだろう。
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 解体が終わって、跡地を見たら、なんだかずいぶん広い土地だったことに気付いた。なんだか富士山も、いつもより近くに見えるような気がする。この土地、どうするのかな。売りに出されているのかな。高い建物が建って、富士山が見えなくなりませんように。
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12/13の土曜日は高根学園のクリスマス礼拝。礼拝の後で、ゆり組さんによる「生誕劇」が行われる。毎年、短期間で子供たちを指導する先生たちも大変だけど、風邪をひいたり、体調がおちつかない子供たちも、一生懸命に長いセリフを覚え、歌を覚えて、たくさんの見学者を前に劇を発表する。子供たちのドキドキと先生たちのドキドキが、私にまで伝わってくる。
 生誕劇が終わると、ホッとして気が緩むのと、感動で子供たちの目から涙があふれてくる。先生たちも苦労されたことを思い出すのだろう、目が赤い。
 役目を終えて、ホールを立ち去って階段を降りたところに、「お疲れ様」と言うようにピンクのバラがたくさん花瓶にいけてあった。さあ、これから頑張らなくちゃ。明日の礼拝の説教準備と夜は前夜式がある。まだ説教準備が終わっていない。いつも崖っぷち牧師だよね。
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posted by 牧師 at 21:05| 日記

12/10

 12/14に衆議院選挙があるので、公示と共に夫婦で期日前に投票を済ませてきた。日曜日は教会中心で生活しているから、他のことは考えられない。選挙に行って、国民の義務を果たしたぞと思っていたら、今朝の朝刊には「最高裁判事の国民審査」の投票が残っていたことに気がついた。この前、市役所に行った時は、個人と比例代表の2種類の投票用紙しか渡されていなかった。なぜ国民審査の用紙も一緒に渡してくれないのかな。それぞれの過去の判決内容を公報で読んでいたら、2度手間になるけれど、やっぱり「国民審査」にも投票に行かなくちゃと思って出かけた。
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 期日前投票をするなら、一度に全部、済むように準備してから実施してくれたらいいのに。準備が間に合わないなら、この忙しい時期だ。1票の格差もそのまま放置されている。別に今、解散・選挙しなくても結構。選挙にかかる莫大な税金を、子供たちや病人のために回してくれた方がよほど有効だ。貧しさ、ひもじさを知らない人種が政治やっていても、世の中、良くならない。
   「イエスは…民の罪を償うために、
    すべての点で兄弟たちと同じように
    ならなければならなかったのです」
         (ヘブライ人への手紙2:17-18)
posted by 牧師 at 19:25| 日記

2014年12月10日

12/8

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 昨日、礼拝後、有志の方が残ってくださり、教会の庭にバラの苗木を植えた。既に穴を掘っていたところに。肥料を加えて、次々と苗木が植えこまれていく。かなり苗木は重たいので重労働だ。そして新しい穴掘りも。若い男性がいてくれたので本当に助かった。夕方、かなり寒くなってきたので作業は中止。まだ植える苗木が残っているので、次の機会に続きを行う予定。
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 今日、教会員の方が苗木のため、穴掘りに来てくださっていた。行って見たら、掘った土の中に、ピンがズラリと同じスタイルで並んで、たくさん埋まっている。ビールかワインか、泥だらけで良く分からない。木の根をよけながら、ビンを掘り出すのがまた一苦労。
 それにしても、どうしてこんなにたくさんのビンを土に埋めたんだろう。教会の敷地に不要な物を埋めるって、その根性が理解不能だよ。この前もビンがたくさん土の中から出てきて、先週の5日、燃えないゴミの日に、ビンを山ほど出した。誰が埋めたのかはナゾだけど、掘って出て来るのはビンばかり。大判小判が出てくれば、教区負担金も払えるんだけどなあ。
posted by 牧師 at 02:38| 日記

2014年12月04日

12/3

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 祈祷会で聖書を学び、祈りを合わせた後、いつも持ち寄りで「お茶会」になる。それぞれ持って来てくださるので、しっかり昼食代わりになってしまうほどボリュームがある。今日はT長老が、
お得意の料理の腕をふるって「焼きプリン」を作って来てくださった。すごーく、おいしい!
 多忙な方なのに、手間暇かけて手作りのおやつを持って来てくださる心遣いが、ありがたい。この焼きプリンはとても好評だったので、今度のクリスマスデサートになる予定。だから皆さん、クリスマス礼拝に来て、その後の祝会にも残ってください。そしてこのおいしい「焼きプリン」を召し上がってください。
 おいしいもの…で思い出した。昨日、娘が仕事の合間に「午後休暇」と言うことで、突然、何の前触れもなく、東京の職場から高速バスで教会に帰って来た。何しに帰ったの?夫が作る「ナポリタン」が食べたかったらしい。そして夜6時には職場に戻らなくてはならないから、滞在時間は、正味1時間。
 台風のようにやって来て、おいしそうに夫が作った「ナポリタン」を平らげたら、また高速バスに乗って、台風のように去って行った。玄関に脱ぎ散らかした娘の靴が、あわただしさを物語る。
そこまでして食べたかったんかい。おふくろの味ではなく「おやじの味」。
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posted by 牧師 at 01:11| 日記

12/1

 今日は先月、天に召された方の納骨式を行う。11時半からの納骨式に備えて、朝一で医者に行って、喉の薬をもらってきた。もう少しで完治する予定(のつもり)。
 外は雨。富士霊園に行ったけど、ご遺族の方がいらっしゃらない。あれ?おかしいなと受付で問い合わせたら、納骨式は13時半からだった。私は今日の予定に「納骨式」としか書いてなくて、時間を勘違いして記憶していたのだ。ボケの兆候…。
 午後から出直して納骨式に臨んだ。雨がどしゃ降りのためだろうか、業者の人は「先に納骨をしてほしい」とのことで、納骨を終えてから、聖書を読み、お祈りをささげ、讃美歌を歌って祝福。讃美歌のコピーなどはクリアファイルに入れておいたので、雨にぬれても大丈夫。ここでは分骨だけで、これから御殿場教会の納骨堂、「いこいの園」に向かう。
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 いこいの園での納骨式は、納骨堂の中で行うことができたので、どしゃ降りだけど、雨にぬれる心配はない。まず最初に聖書を読み、お祈りをして、讃美歌を歌っている間に、ご遺族の方々に納骨をしていただいた。そして最後に祝福。
 ご遺族の方も、召された方も共に信仰者なので、納骨式と言っても、愛する人がイエス様のそばに行くことができた確信と喜びに満ちている。
 信仰って、すばらしい。復活の力を与えて下さるイエス様を信じることができる恵みは、実に深い。感謝します。
posted by 牧師 at 00:36| 日記

11/30

 アドヴェントに入った。今日は伝道礼拝で、保育園の職員の方々も参加されていた。お仕事の一環として年に3回礼拝が義務づられているらしい。他の関係施設の職員の方も年に一度くらいは、教会の礼拝に参加していただきたいな。そして仕事上の義務としてではなく、自分から「神様の言葉に聴きたい」と望んで参加してくださる職員の方が、一人でも関係施設から与えられることを、ずっと祈り続けている。
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 礼拝後、教会の若い人たちが、会堂の外壁に着いた黒いシミ汚れを、高圧洗浄機でお掃除してくださった。壁やタイルの汚れがずっと気になっていて、自分で洗浄機を買ったものの、機械音痴のため、なかなかチャレンジできずにいた。でも若い人たちが率先して蛇口などを工夫して操作をしてくれて、外壁やタイルの黒いシミが、実に見事、きれいに落ちた!
 奉仕してくださった方々は、水しぶきを浴びて、寒いのに上着が濡れてしまっている。「しまった。レインコートを用意しておくべきだった」と、後から「後悔」。
 でも「壁を洗浄しながら、自分の心も一緒に洗われていくみたいで、気持ち良かったです」と言ってくださり、うれしかった。ありがとう。風邪ひかないでね。
 神様、どうか若い人たちの信仰を、あなたに向かって、真っすぐに成長させてください。
posted by 牧師 at 00:11| 日記

2014年12月03日

11/27

 十字の園の礼拝後に、施設の利用者さんの受洗準備会を毎週している。来月の長老会では洗礼試問会もあるので、準備会も最終段階。ご本人もとても熱心で、回を重ねる毎に、表情も生き生きとしてきて、聖霊の力を浴びて導かれていることが伝わってくる。とてもうれしい。
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 この日は夫が一緒ではなかったので、バイクで十字の園に行った。喉風邪ひいてから、最近ずっとマスクをしている。でもマスクをしたままメットをかぶると、眼鏡も曇るし、メットの正面も曇ってしまう。仕方ないから「アゴマスク」にして、少しメットの正面に風が入るように開けてバイクに乗ったけど、超寒い。
 準備会を終えてバイクにエンジンをかける。受洗準備をされている方の笑顔を思い出すと、向かい風は冷たいけど、心はホカホカ温かくなってくる。
 来月の試問会で無事に洗礼が承認されますように。そしてクリスマス礼拝で、新しい神様の子どもが誕生しますように。聖霊がますます十字の園のお一人お一人に働いてください。
posted by 牧師 at 23:47| 日記

2014年11月26日

11/22

 朝起きたら、富士山が真っ白。わぁー!すごくきれい。急に冷え込んできたから山も雪だったんだ。富士山の雪化粧を見ると、冬が来るぞと実感する。
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 説教準備をちょっと中断して、近くの文房具屋さんに急いだ。今日から三日間、サービス券一枚で千円の買い物ができる。私、二枚のサービス券持っているから、二千円分の買い物ができるのだ。
 ボールペンなどの替え芯だとか、案内状に使うポストカードとか、紙ファイルとか、大人買い。超お得な160円の万年筆もゲット。これは赤インクを入れて使う。ウシシ。
 こまごました物ばかりだけど、しめて2398円なり。2000円がサービスだから、現金の支払いは398円だけ。なんだかスゴーク得した気分。
し・あ・わ・せかわいい この調子で説教準備も、がんばろう。
posted by 牧師 at 20:58| 日記

2014年11月20日

11/16

 水曜の夜、大阪から戻って風邪をひいたみたい。木曜の施設での朝礼拝はお休みと言ってあるのでずっと寝ているつもりだったけれど、早朝、教会員のご家族が亡くなられたと連絡が入り、結局いつもより早く施設に出かけた。聖書を読み、お祈りをしてから、葬儀屋さんとの打ち合わせ時間を決めた。その間に上町医院に寄った。喉が真っ赤だそうで、薬を何種類かいただいた。午後から施設で出棺式。聖書を読むけれど、声がかすれてしまった。ごめんなさい。
 葬儀は11/15の土曜日13:30からとなった。プログラムの原稿を作ったり、葬儀説教の準備をする。でも喉が痛くて体もだるい。仕事がちっともはかどらない。でもあっと言う間に土曜日。私はまだ風邪が抜けないのでマスクをしたまま講壇に立った。司式をして讃美歌を歌い、説教。ここまで何とか持ちこたえたのに、お祈りの時、せきこんでしまい声がひきつったまま。ああ、ごめんなさい。
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 亡くなられた方はご家族からとても愛された方だった。義理で葬儀に来ているのではなくて、最後のお別れをしたくて集まってきた人たちばかり。だから葬儀全体が神様の愛に包まれて、暖かかった。亡くなられた方のお顔も、赤ちゃんが眠っているみたいに安らか。イエス様に抱っこされて安心して眠っているんだ。棺の周りに飾られたお花も、ピンクのバラなど明るい色。祝福されて、イエス様と共に天に帰られたことを確信した。ご家族の方が「教会に」と大きな花束を残してくださり、玄関に飾った。ちょうど礼拝の前日だから、多くの人に花束を見てもらえる。
 16日の礼拝では天に召された方のことをご報告し、ご家族の慰めをお祈りした。土曜の葬儀で、時間がなかったけれど、神様がちゃんと説教の準備をさせてくださり、講壇の務めをさせてくださった。風邪と疲れで体調は最悪で、説教準備の時間もなかったのに、それでも、説教を語ることができた。私ではない。すべてが神様の御業。神様のなさることは、すばらしい。
posted by 牧師 at 02:37| 日記

11/10-12

 月曜の早朝、御殿場駅を出発して11時頃、新大阪に到着の予定。新幹線の中で本を読んでいたら寝てしまった。起きたら足元にあるはずのキャリ―バックがない。びえ〜!教案誌の完成原稿が入っているのにどうしよう。寝ている間に盗まれちゃったのかな。おろおろしながら探していたら、キャリーバックは隣の列の3人座席に勝手に移動していた。ニャロメ。キャリーバックをこっちに持って来て、今度は勝手に移動しないよう横倒しにして床に置いた。11:30から日曜学校委員会がある。今「明解カテキズム」の改訂版を作成中。ミッチリお互いに話し込んで作業を進めるけれど、なかなか進まない。
 おっと、全国牧師会が始まる時間だ。15:00から全国牧師会の会場に駆け込んでいく。新しい式文についての協議だ。今礼拝で使っている全国連合長老会の式文が改定される。もう最終段階に入っている。細かく見ると再考すべき点がいくつもあるけれど、古い式文より使いやすくなっている。この日は夜の9時まで。お疲れ様。日曜の疲れもあり、そのままホテルの部屋に戻って就寝。
 翌日、目覚ましを6:30にかけていたけれど、二度寝して、М先生の朝食のお誘いのメールで目が覚めた。どひゃー。7時過ぎてる!「ごめん、7:30にレストランに行く」とメールしたら、やさしいМ先生は「7:45にしましょう」。「ありがとう」。私は素早く顔を洗って着替えてレストランへ。М先生は家族で牧師会に来られている。いいな。家族全員が牧師。この日は12時で牧師会は終わりだけど、日曜学校委員会は延長戦で明日の昼まで続くのだ。
 3日目の日曜学校委員会。さすがにみんな疲れ切っている。でも粘り強いよね。少しでも良いものを作って教会の伝道、教育に生かしたいと願う熱い思いから出て来る粘り強さ。この思いを神様が導き、支えていてくださっている。早く改訂版を完成させて、多くの教会に使ってもらいたい。
 委員会を終えて、遅めの昼食を新大阪の駅ビルの地下にあるお好み焼き屋さんで食べた。初めて。なに?この紙のエプロンは。自分で焼くから、服が汚れないようにするのね。おもしろい。
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 昼食を終えて、帰りの新幹線を時刻表で調べたら、ちょうど三島で止まる「ひかり」があるではないか。これに決めた。でもまだ時間がある。祈祷会で食べるお菓子とか買っていこう。「ひかり」の自由席だから混むことを考えて、早めにホームに並んでいた。新大阪終点の「さくら」が目の前に止まった。目が赤い。夜更かしし過ぎの新幹線だね。早めに並んだおかげで「ひかり」に座ることができた。なんだか喉が痛い。キャリーバックの中にマスクが入っているけれど、混んだ新幹線の中で店開きも出来ないから、ガマンガマン。三島から沼津へ。
 御殿場線も満員だった。一つ席が空いていたので「奥につめていただけますか」と言ったけど、手前のお相撲さんみたいな男の人は少し体をななめにするだけ。「そんなもんで、重たいキャリーバックもっている人間が通れるか?」と腹の中で思っていたら、その人が席を立ってくれたので、私がキャリーバックと一緒に奥に座った。超キツイ。そして超キツイまま御殿場に着いた。こんなに混んでいるんだから御殿場線、もっと本数を増やしてくれないかなあ。
posted by 牧師 at 01:54| 日記

11/9

 今日は逝去者記念礼拝。先週、教会の玄関に小さなガラスの花瓶にバラの花をたくさん並べて飾っておいた。玄関でまず花たちがお出迎え。この日は御殿場教会の古い教会員のご家族など、多く来られた。礼拝が終わった後、U長老が御殿場教会関係の過去15年の逝去者、納骨者のお名前を読み上げてお祈り。その後、会堂で記念撮影を行った。この集合写真には色々な方がおられるので、今編集中の「125年史記念文集」に載るかも。
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 この日は昔、御殿場教会を15年牧会しておられた岡本明夫先生の納骨式もある。礼拝が終わると御殿場教会の納骨堂「いこいの園」に移り、まず墓前祈祷会を守った。小雨が降り出したので納骨堂のそばに集まって、岡本先生の納骨式も滞りなく行うことができた。
 長い歴史を持つ御殿場教会。多くの信仰の先輩方の祈りと信仰と奉仕によって、今日があることを忘れずにいたい。また今ある信仰をさらに燃え立たせて、次の世代に伝えていく重大な使命も忘れないように努めよう。
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posted by 牧師 at 00:41| 日記

2014年11月06日

11/5

 今日は水曜日だから10時半から祈祷会がある。でもその前に、夫と私、教会員の方3人で、8時に教会を出発。ある方のご厚意で、貴重なバラの苗をたくさん分けていただくことになったのだ。
 でもバラの苗をトラックに積み込む作業がハンパじゃない。一抱えもあるトゲのあるバラの苗を、ドラックの荷台に次々と乗せていく。重たいしトゲが刺さる。そして苗だけでなく、土や支柱なども分けていただいた。本当にありがたい。
 ギッシリ、バラの苗をトラックの荷台に詰め込んだ後、閉鎖されたバラ園を見せていただいた。まだあちこちにバラが咲いて残っていて、その何本かを摘んでくださった。私は丸いドングリ、真っ赤なカエデの葉、微妙に色づいた桜の葉に、目が輝く。ドングリと落ち葉を拾い集めた。
 教会にトラックが着いたら、今度は荷台に積んだバラの苗を、牧師館の庭に降ろす作業が待っている。牧師館の庭がバラの苗でいっぱいになった。今月中に、苗の植え方を教えてもらって、教会の庭や教会周りをバラで飾る計画。まだ苗だから、花が咲きそろうには2,3年はかかると思う。でも教会がバラできれいに飾られたら、御殿場教会の創立者バラ宣教師も喜んでくださるはず。
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 来週の礼拝はちょうど逝去者記念礼拝だ。そこで教会員の方が、摘んでもらった咲いたバラを、ガラスの花瓶に小分けして教会の玄関に並べていた。私は拾ってきた丸いドングリと落ち葉を花瓶のそばに並べた。
 来週、礼拝に来られた方が玄関を入った時、この風景を見て、喜んでもらえるかな。
posted by 牧師 at 02:57| 日記

11/3

 御殿場教会を会場に、東海連合長老会の長老執事修養会が行われた。テーマは「長老の務め…礼拝の整頓」として、駿府教会の瀬谷寛牧師が講演をされた。瀬谷先生のお人柄がそのまま講演に反映されていて、漢方薬のように、ジワジワと講演の効力が体全体にしみこんでいく。
 御殿場教会からは長老4名と牧師が参加。10教会、59名の参加だった。講演後、6分団に分かれて協議に入り、私は執事の分団に加わった。毎週の礼拝、教会生活に、体をはって仕えている執事の方々だけに、分団での話し合いは活発で、皆、前向き。全体会での質疑応答も、内容が充実していた。
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 でも修養会だけで終わりではない。今日は16時から東海連合長老会の第3回会議が、同じく御殿場教会で行われる。修養会と会議のために、前日の日曜日、礼拝後に有志の方が残ってくださり、会場の設営や茶菓の準備をしてくださった。会議のための準備も手際よく整えてもらった。感謝。
 会議が終わって、更に延長戦。招聘委員会が実務室で行われた。朝から休みなくずっとだから、疲れているはず。牧師と同じ車で帰る長老さんたちが別室で待っていた。こちらもお疲れ様です。でも何の文句も言わず、長老さん同士、教会の垣根を越えて、楽しそうに語り合っている。教会を愛しているからこそだな…と牧師たち、長老さんたちの働きの尊さを思った。
 すべての人を見送り、教会の後片付けをして、牧師館に戻った。私はスーツを脱ぎ捨てて、歯も磨かず、顔も洗わず、そのままホットカーペットの上で爆睡。眠い(睡眠)
posted by 牧師 at 02:07| 日記

2014年10月25日

10/25

 先週、急に思い立って宿泊を予約して、今週の初め、友達のペンションに、礼拝後の集会を終えてから出かけた。毎年10月に訪れているけれど、今月は台風が多くて、なかなか予定が立たなかったし、仕事も立て込んでいた。月末締め切りの原稿もまだあるけれど、いいや、行っちゃえ。
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 暗くなってペンションの明かりが見えた時、肩の力が抜けた。ペンションの夫妻が笑顔で迎えてくださった。そして私達が来るというので、ご主人は庭のサンショウの木の枝で、手づくりの「すりこぎ」を作ってくださり、夫人もまた手作りのティシュカバーとシュシュをたくさん作って、私達を待っていてくださった。ありがとうございます。うれしいな。教会のみんなに分けますね。
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 まきストーブの懐かしい匂い。ハーブやドライフラワーの香り。それぞれの家族の話を報告し合いながら「ああもう一年たったんだな。お互い、こうして無事に一年を過ごせて良かったね」と感謝の思いがつのる。同世代だから話題は尽きない。
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 今年話題になった「赤毛のアン」。アンの家をモチーフにしてペンションは手作りの家具やリース、木の実などで、さりげなく飾られている。
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 おいしい食事をいただいた後、お風呂に入って、テーブルの麦茶をいただく。湯呑にも小さくアンの姿がプリントされている。パソコンもテレビも電話もなく、ベッドに寝っころがりながら、一階の漫画の蔵書棚から借りてきた漫画を読みふける。あ〜、超リラックス。
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翌朝、朝食をいただいてから、毎年のお決まりだけど、みんなで交代に記念撮影。今年は玄関ではなくて、玄関の横にあるブランコに私と夫が座って、写真を撮ってもらった。この写真、たぶんクリスマスカードに使うと思う。
帰りに立ち寄った美術館は休館だったので、そのままインターに乗り、牧師館に戻った。2時過ぎ。短い時間だったけど、息抜きができて良かった。
「楽あれば苦あり」。息抜きした分、今週も忙しかったけど、神様が守ってくださり、日曜日の礼拝に備えることができた。ありがとうございます。
posted by 牧師 at 20:33| 日記

2014年10月16日

10/13

 今月は2週続けて、日曜を含む休日に台風が大当たり〜!
 そして今日は大型台風が接近する中、東海連合長老会の全体修養会が藤枝教会で行われた。往復の道中で何が起こるか分からないので、万が一のことを考え、参加予定の教会員の方には遠慮していただき、夫と二人で修養会に出かけた。
 新東名は80キロ規制。強い雨に打たれて走っているから、トンネルに入るとホッとする。
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 台風の最中にもかかわらず、全体修養会には11教会73名が集まった。みんな勇気あるなぁ。中村健一先生(葉山教会)の開会礼拝で、魂を揺さぶられた後、「教会を支える奉献」をテーマに、寺田信一先生(横須賀小川町教会)が、具体的に信仰生活のあり方を語ってくださった。講演を聞いていて、やはり教会員の方にも聞いてほしいと思った。でも今回は安全策をとったので、全体修養会の収穫は、来週の礼拝後、みんなで分かち合いたい。
posted by 牧師 at 04:28| 日記

2014年10月14日

10/9

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 十字の園の礼拝の後、中庭に置いてある良く手入れされたバラに見とれた。「アンネのバラ」とか「ミケランジェロ」とか、それぞれのバラに名前が付けてある。こんもりと植えられたピンクのバラもあれば、これから咲くのだろう、バラのつたが巻かれたアーチも置いてある。バラって、本当にたくさんの種類があって魅力的。
 教会の庭も、きれいなバラでいっぱいにしたいな。御殿場教会は明治時代、バラ宣教師によって誕生した教会。だから「バラの教会」。どう?
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posted by 牧師 at 03:56| 日記

10/3

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 秋の気配と共に、遅咲きの朝顔も種をつけ始めた。それは良いんだけど、秋に備えてだろうか、青虫が朝顔の葉をムシャムシャ食べて太っている。
 最初はゼロ系新幹線みたいに緑の愛嬌のある青虫なんだけど、ほっておくと、だんだん大きく育って、茶色のモスラに変身〜!ぎゃ〜!がく〜(落胆した顔)
 こうなると退治するしかない。恐々、花切りハサミでつまんでモスラを捨てる。夫が以前、毛虫の毒にやられたので用心しながら。でもまだどこかに隠れているはず。

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 そして今夜は、寒かったからベゴニアの鉢を部屋に入れたら、そこにオマケのカエルがついてきた。迷彩服を着て目立たないようにしていたけど、次第に活動開始。植木鉢を飛び出して、机の下の混沌とした書類の山に入り込んでしまった。
「お父さん!助けて!」あせあせ(飛び散る汗)
 私の悲鳴を聞いた夫が部屋に駆けつけて、手早くカエルをつかむと、庭に放した。一件落着。
あ〜驚いた。
 花は大好き。でもモスラや、部屋の中を飛び回るカエルのオマケは要らない。
私って、ワガママ?
posted by 牧師 at 03:42| 日記

2014年09月30日

9/30

 礼拝後、東海連合長老会の会議が新富士で行われた。礼拝説教でエネルギーは、ほぼ燃焼し尽くしてしまう。だからその後に行われる集会などは、うまくコントロールしないと体力がもたない。でも今週はコントロールに失敗して、礼拝後は、完全にガス欠。
 会議が終わり、新富士から帰る。ようやく電車の掲示板に、次の停車駅が「御殿場」と表示された。ホームにヨタヨタと降りる。牧師館に戻ると、服を着たまま爆睡。
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 翌日の月曜は昼過ぎまで寝ていた。寝室に行かないで、そのままリビングで寝ちゃったんだ。年のせいかな。やるべきことは山積みなのに、疲れて何もする気になれない。地球の重力が重たい。地球の重力と折り合いをつけながら、ズリズリと体を動かして、窓のそばに行き、外をのぞいた。
 「あれ?キンモクセイは散ったはずなのに、また花をつけている。」
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 良い香りに体も反応して目覚める。そうだよ。先週、キンモクセイの花が、土の上に黄色のじゅうたんのように散っていた。それなのに、また新しい花をつけてくれた。二度咲きしたのかな。
これって、キンモクセイからの応援?
 「ありがとう」ってキンモクセイに言ってから、体を起こす。仕事をしよう。その前に花たちに水をやらないと。 
 アサガオはたくさんタネをつけている。もう秋だね。水引の鉢がある。白い花が咲いていたけれど、それが今見たら、紅白の花に変わっている。水引って、白い花から、紅白の花に変わるんだ。こりゃメデタイ。紅白の水引の花からも応援されて、仕事部屋へ。ありがとう。ガンバリマス。
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posted by 牧師 at 16:44| 日記

2014年09月23日

9/23

 教会員の方のことで神山まで行った。いつもなら夫の車で行くのだけれど、夫が風邪気味で寝ているので、久々バイクで行った。十字の園くらいの近辺は走るけど、神山のすごい上り坂を思うと、ちと心配。
 私の古いバイク、モンキーRは50CCだから、力はない。急な坂道を一気に速度を上げて登ればいいけれど、前の車がノロかったりすると、たちまち時速20キロくらいにへたばる。でも往復、何とか無事に行ってこれた。
 神様、ありがとうございます。
 いい年した「婆さん」がバイク。夫は危ないと心配するけど、フルフェイスのメットをかぶれば、顔は分からない。だから誰も「婆さん」がバイク乗っているとは思わない。これが本当の「仮面ライダー」。なんちゃって。
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 教会の隣に、あざやかな彼岸花が咲いていた。きれいだねぇ。そうだ。今日はお彼岸なんだ。お彼岸に咲くから彼岸花。人が忘れていても、花は忘れない。賢いね。
posted by 牧師 at 17:50| 日記

9/21

 今月は色々と予定外の仕事も多くて、ついつい朝まで…と言うことが多かった。でもなるべく日曜は徹夜しないように気を付けていたんだけど。説教の原稿準備が終わっても、事務的な仕事をやり残していたので、それを欲張って片づけていたら、いつのまにか外が明るくなってきた。
「しまった!」
 とにかく薬飲んで少しでも寝ようとしたけれど、薬が効くまで時間がかかる。そこで外に出てみた。教会の東側の雲が明るく輝いて、きれいだ。見とれて、会堂に入って礼拝のためにお祈りした。
 朝日に照らされて輝くように、神様の栄光に照らされて、教会と教会に集うすべての人が明るく輝きますように。すべての人がイエス様の招きを受けて、信仰が与えられますように。
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posted by 牧師 at 17:34| 日記

2014年09月18日

9/17

 昨夜、東京から戻って、パタンキューだった。
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今朝、窓の外を見たら、あっ、キンモクセイが咲いてる。日曜日は咲いてなかったのに。良い香りだぁ。秋の香りを深呼吸する。ほんの数日しか香らないけれど、無骨な木の姿には、似合わない良い香り。気持ちがいい。
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 そして祈祷会に行こうとしたら、玄関の赤いバラも咲いていた。
キンモクセイもバラも、花を咲かせて、東京から戻った私のことを迎えてくれたんだね。ありがとう。すっごくうれしいよ。
posted by 牧師 at 01:29| 日記

9/15-16

 15日の改革長老教会協議会が、飯田橋の富士見町教会で行われる。それを理由に14日の礼拝後、小学校の時からの友達の家(東京)に前泊した。お互い、いいおばさん同士だけど、会うと中学時代、高校時代に、たちまちワープする。そして修学旅行の夜みたいになる。
 翌朝、彼女が朝ごはんを用意してくれた。食器はピーターラビット。食器も食べてしまいたいくらい、かわいい。楽しい時間をありがとうね。ぴかぴか(新しい)
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 15日は長老さんも一緒の協議会で、「長老会の充実のために…活力ある教会の形成をめざして」の主題で講演、全体会が行われた。とてもいい講演だったので、レジュメをコピーして、来られなかった長老さんたちにも渡そう。
 昼食は神楽坂のお蕎麦屋さんに入った。そこで初めて、生のわさびとおろしの板が、セットになっているのを見た。私はわさびが苦手だから、手は出さなかったけれど、おろしの板は「サメ肌」がついている。ザラザラ。これが本物のサメ肌?スゲー。触ると痛い。サメって、手で触れないんだ。そういえば、水族館ではイルカに触ったり、乗ったりするけど、サメに触ったり、乗ったりするの見たことないもんね。サメ肌だからだ。納得。
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 夜は水道橋のビジネスホテルを予約したので、娘と待ち合わせて、水道橋で食事。ここら辺は彼女のテリトリーらしく、ムーミンのショップもあるというので、いそいそとついていく。CDがあったので欲しいと思ったけれど、昔のムーミンの主題歌や挿入歌ではなかった。子供の時に聞いたオリジナルの曲のCDないかな。聞きたいな。ムーミンの声は、やっぱり岸田今日子だよね。
 店の前でムーミンと、うれしいツーショット。年齢は聞かないでたもれ。
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 16日は9時半から全国牧師会が、同じく富士見町教会で行われた。牧師たちの発題、また分団で各地の牧師たちの話を聞く、それぞれの労苦が痛々しい。地方で奮闘している諸教会を、祈りに覚えて、もっと具体的に応援していこうと思った。
 会場となった富士見町教会は、建て替えられたばかりで、新しくてモダン。トイレはオール自動。前に立つと、自動でフタが開くトイレを初めて見たよ。大きなパイプオルガンも設置されていて、立派な会堂だ。でもサービスが良すぎて、クーラー効き過ぎ。
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posted by 牧師 at 01:17| 日記

9/10

 祈祷会の後で、祈祷会に来られていた方の家に、有志でお花を見に行った。教会の玄関に飾られていたガクアジサイも、この方の庭に咲いていた。庭にはベコニヤ、バラ、名前は分からないけれど、たくさんの花が良く手入れされて咲いていた。これだけたくさんあると、御殿場の冬を越すために、寒さに弱い植木はすべて家の中に入れなくちゃならないから、大変だ。でもどの花たちも幸せそうで、愛情たっぷり注がれているのが伝わってきた。特に大きく育った木立ベコニヤは見事だった。花たちも愛されると、それに応えて咲いてくれるんだね。
 帰ってから、牧師館のそばの道端を見たら、コスモスが風にユラユラ揺れていた。これもきれいに咲いている。神様からの愛情が、たっぷり注がれているからだね。
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posted by 牧師 at 00:55| 日記

2014年09月08日

9/8

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 今日、久しぶり富士山がくっきり見えた。「吉兆」と言う言葉がある。別にそんなことは気にしていないけれど、先月から入院されていた方が、重篤との連絡を受けて、あわてて先週、お見舞いに行った。今週の礼拝後も、みんなで祈りを合わせた。私は長老会と夕礼拝があって、一日中、教会にはりついていたけれど、教会員の方々が何人か、お見舞いに行ってくださった。そして報告の電話があった。
意識がはっきりしていて、会話もできたとのこと。帰りがけに手を振ったら、手を動かして、手をふろうとしていたとか。私がお見舞いに行った時、意識はあったけれど、混濁していた。手も体も動かせなかった。
すごい。自分のことのように心配して祈っていた、みんなの祈りが届いた。どうか神様の平安と希望のうちにあって、回復に向かわせてください。
posted by 牧師 at 17:35| 日記

9/4

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 十字の園の礼拝に行って、ロビーに園遊会のチラシが貼ってあった。それが、ワンちゃん、ネコちゃんたちの笑顔の写真満載。本当に笑っているの。オホホ…とか、手を口に添えて笑う声が聞こえてきそう。こんな良い笑顔を見ていると、ワントャンか、ネコちゃんを飼ってみたいと思ってしまう。でも時間に追われている生活で、そのゆとりがあるのか問われると、自信がない。無責任に動物を飼うことは出来ない。だから今は、動物たちのかわいい写真が掲載された本をながめて、癒されていよう。
 
 そう思う一方で、牧師館の周りにはノラのネコちゃんたちがいっぱいいる。毎年、子ネコを生んで増えている様子。そして牧師館の和室の窓の下の土が、ちょうど良いネコちゃんたちの公衆トイレになっている。夏は窓を開けるから、匂いが困るのよね。
 そこでネコちゃんたちには申し訳ないけれど、もともと植えてあったミニバラの他に、鉢植えのバラを、いくつか窓の下の土に並べて移植した。これで、窓の下の公衆トイレは、おしまいにしてくれるかな。ごめんね。
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posted by 牧師 at 17:29| 日記

2014年08月28日

8/27-28

 突然ある牧師から「ドイツの女子高校生2人が、東京から博多まで自転車旅行するので、御殿場に来た時は泊めてほしい」と依頼があり「はい」と返事をした。しばらくして事の重大さを認識。まず私はドイツ語が全くダメ。それから牧師館に宿泊となると、そう、牧師館の大掃除だ。
 ドイツの女子高校生は鎌倉から、箱根越えをして27日の昼過ぎに御殿場に到着の予定となっている。時間がない。24日の礼拝と集会が終わってから、2日間かけて、部屋の隅々まで掃除機をかけて拭き掃除。お風呂場や洗面所は念入りにカビとりをしてタワシで磨く。トイレ掃除、布団干し、シーツやカバーの洗濯。もう暮れの大掃除は、これで済んだぞ。
 彼女たちが来たら、御殿場温泉に連れて行こうと準備をしていた。でもなかなか来ない。午後6時を過ぎても来なかったので、途中で事故でもあったのではと心配した。それからしばらくして彼女たちから電話があり、足柄まで来たことが分かり、一安心。箱根の山ではスマホが圏外になり、連絡できなかったようだ。
 そして大きな荷物を山のように積んだ自転車と共に、ドイツからのお客様が御殿場教会に到着した。ひとまず荷物を応接間に運び込んで、教会の集会室で遅い夕食を、夫も含めて4人でとった。夕食はお料理の上手な長老さんが用意してくださった。具だくさんのチラシ寿司や煮物、お漬物。彼女たちは上手に箸をつかって、「おいしい!」と言って食べてくれた。
 チラシ寿司は初めてだったようで、中に入っていたシラスをみて「何ですか」と尋ねられたけど、シラスって英語で何ていうのか分かんない。私はとっさに「ベビーフィッシュ。ベリーポピュラージャパニーズフーズ」なんちゃって。あせあせ(飛び散る汗)
 すっかり夕食に満足した後、今回の旅のことなど色々話を聞くことができた。彼女たちの名前は、ミリヤとハンナ。今日の予定が遅れたのは、自転車が故障したためと、箱根の坂がきつかったこと。そりゃそうだろう。歩いたってキツイのに、あんな重い荷物を積んだ自転車を押しながら坂道を上がるって、どんだけタフなの。勿論クリスチャン。教会ではクワイアで歌っているということで、讃美歌とヒムプレーヤーを持ってきて、お互いに知っている曲を合唱。
 そして記念に私が作成した「子どものお祈り」の本を、彼女たちにプレゼントした。ミリアはひらがなが読めるので、「ハンナに翻訳してね」とお願いした。
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 牧師館に戻る前に会堂でお祈り。そして彼女たちの目がオルガンにとまった。2人でオルガンの椅子に座り、ハンナが手鍵盤、ミリヤが足鍵盤で、讃美歌を弾いた。2人はとても仲良しなんだね。会堂の前でも記念撮影。
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 牧師館でシャワーを浴びてから、2階の寝室に布団を2つ並べて、休んでもらった。彼女たちが寝静まった後、私は説教の準備をしながら、いろいろ考えさせられた。私なら高校生の娘を見知らぬ外国に、しかも自転車で寝袋を担いで40日余りの旅なんて、心配で絶対許可できないと思う。でもハンナもミリヤもしゃべってみると、ごく普通のかわいらしい女子高校生だけど、あのキツイ箱根の山を越えてくるほどタフで根性がある。そしてビックリするほど礼儀正しい。今時の日本人の大人よりも、ずっと礼儀正しくて自律心もある。見事だなぁと思う。ドイツのご両親の教育の賜物か、教会で育てられているせいか…。とにかく彼女たちがしっかりしているのには驚いたというか感動した。日本人の若者よ。負けずに、ガンバるのだよ。
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 28日も教会の集会室で朝食をとった後、会堂で2人の無事をお祈りして、荷物のパッキング。霧雨模様だったけれど、炎天下よりはいいだろう。2人はまた自転車の上に山のような荷物を、手際よく乗せた。
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 ミリヤとハンナに出会えて良かった。旅の最後まで元気で事故がないように。そしてたくさんの素晴らしい体験をして、ドイツに無事、帰国してほしい。
 行ってらっしゃい。日本を楽しんできてね。見送る私達に、自転車の2人は何度も振り返った。そのたび「振り返らなくていいよ、バランス崩すと危ないから」とハラハラ。でも大丈夫。神様が一緒にいて、2人を守ってくださる。
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posted by 牧師 at 16:47| 日記

2014年08月20日

8/20

 以前と比べると、御殿場もずいぶん暑くなった。前は夏でも窓さえ開けておけば、涼しかったのに、今は窓を開けると暑い風が入ってくる。そのため会堂の後ろにある事務室と母子室のクーラーをかけて、冷風を会堂に送るようにしている。でも会堂は天井が高いし、元々、会堂用クーラーは設置していないので、涼しさとしては気休め程度。
 その母子室のクーラーがダメになった。新会堂を建てた時に取り付けたものだから、14年くらい働いてくれたことになる。寿命と言えば寿命。
 以前は頻繁にクーラーを使うこともなかったけれど、会堂に木製パイプオルガンを設置したので、こまめにオルガン付近の湿度管理をしなくてはならない。湿気でオルガンのパイプに水が垂れたり、乾燥でパイプにヒビが入ることもある。特に梅雨時や夏の湿気の多い時期は、昼夜を問わず、誰もいない会堂に、タイマーでクーラーの冷風を流していた。古いクーラーを酷使したので、寿命を縮めてしまったのかもしれない。ごめんね。今週の礼拝後、長老会と相談して、新しいクーラーを設置することにした。近くの電気屋さんに行ってクーラーを買い、設置工事を申し込んだ。
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 これが古いクーラー。長年、お疲れ様でした。古いクーラーは取り付けに来た工事の方が有料で引き取ってくれた。リサイクルされて、部品が何かの役に立つのかな。だったらいいな。
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 そしてこれが新しい母子室のクーラー。古いクーラーの配管は全部壁の中に隠されていた。性能が格段に進歩した新しいクーラーに、古い配管をつないで再利用すると、クーラーに不具合が出るかもしれない。また今後のメンテナンスも面倒になるので、見栄えは悪いけど、外壁に穴をあけて新しく配管工事をしてもらった。工事の方が丁寧に処置して下さった。ありがとうございます。
 夏の湿気対策は、一応これで落着。
posted by 牧師 at 18:36| 日記

2014年08月19日

8/19

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 西日が当たる牧師館の窓の外には朝顔と一緒に「フウセンカヅラ」もツルを伸ばして、小さな白い花を咲かせている。そして風船のような実が、いくつか実っている。その中で一番先に実ったのだろう、黄緑色から茶色になって枯れてきた実を見つけた。取って中を開けたら、あの白いハートのマークのタネが3つ、入っていた。大切に保存。他の風船の中でもタネが育っているはず。茶色になるのを待って、収穫しよう。そしてまた来年、種まきして楽しもう。
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 それから今、マイブームで楽しんでいるのが、朝刊の切り抜き。スヌーピーのイラストで「ビーグルハグ」という小さなコラムがある。「今日は誰をハグしよう」ということで、時季に合ったスヌーピーとその仲間が日替わりで連載されている。
 お気に入りは、たくさんあるけど、今のところ一番のお気に入りは7/9の「忙しくてもビーグルハグ」と言うコメントで、チャーリーブラウンにスヌーピーがピッタリ抱きついているイラスト。チャーリーブラウンが「今、忙しいんだけどさぁ」って、困った顔をしながら歩いている。ジャマだけど、スヌーピーのハグをふり払えない。その優しさと困惑が、何とも微妙でおかしい。
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 そして今日はスヌーピー切手の発売日。自分用に郵便局でスヌーピー切手をゲット。最近はハガキを書くことが多いので、52円の切手だけにした。別に切手のコレクターではないから、使う分だけでいい。切手シートの中に「ビーグルハグ」と同じポーズのスヌーピーもいた。キャワユイ。揺れるハート
posted by 牧師 at 19:35| 日記

2014年08月15日

8/14

 十字の園のYさんから分けていただいた朝顔の苗。西日が当たる窓の下に植えたら、葉がたくさん繁っているんだけど、つぼみが見当たらず、7月は花が1つも咲かなかった。でも8月になってつぼみが出てきた。そして8月になって朝顔が咲いたことに気がついた。…のは良かったんだけど、朝寝坊の私が見た朝顔はすでに花を閉じていた。
 で今朝、十字の園に行く時、朝顔を見たら、真っ白な花が3つも咲いていた。すぐに携帯で写真を撮った。
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 ようやくお目にかかれました。真っ白で、清楚な朝顔。見ているだけで涼しい気分になれる。私が花に見とれていたら、夫が「十字の園の礼拝に遅刻するよ」と急がせた。
 十字の園の礼拝の帰り道に、24日の伝道礼拝のハガキをあちこち配ってから、帰宅して、朝顔を見たら、さっきの花は閉じていた。間一髪。良かった。花が咲いているところを見ることができて。
 今、朝顔のつるには、つぼみがたくさんついているから、これからは次々と花が咲くだろう。でも咲いた花は早起きした人だけが、ご褒美として見ることができる。私、早起きよりも徹夜の方が得意なんだけど、なるべく早寝早起きして、朝顔の花をたくさん見られる夏にしようと思う。
posted by 牧師 at 03:07| 日記

8/11

 夏休みの自由研究の続き。右足首にできたコブ。「ヒグローム」の観察記録。外科でもらった薬が効いてるみたいで、ずいぶんコブが小さくなって、コブの周りのむくみも少し減った気がする。(写真で指をさしている所がコブ)
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 「治りにくい」とネットに書いてあったけど、薬をもらいに行ったのは2回目で(1回に10日分を処方)、ここまで小さくなった。またぶり返すかも知れないけれど、このまま治療をしていこうと思う。
 それにしても、教会の前にある外科は名医だね。おじいちゃん先生だけど、これまでもケガをして何度か縫ってもらったし、ひどい腰痛や肩こりも治療してもらった。全然、欲のない先生で、午前中の11時までしかやらないし、土日はもちろん、木曜も休業。医院の建物も目立たないというか、殺風景で地味だけど、昔からの常連さんたちが待合室にいる。患者さんから信頼されているのが分かる。こういうのって、いいよなぁ。
posted by 牧師 at 02:49| 日記

8/10

 台風が接近中の礼拝。無事に礼拝ができるようにと祈っていた。まだ雨は降っていないけれど、雲行きが怪しい。でも教会学校に子供たちが来て、いつものように礼拝も分級もできて良かった。
140810_台風の中での礼拝.jpg 
 今日の礼拝司式をする長老は浜松から来られるので心配だった。教会学校の分級を終えて、事務室に行くと、司式担当の長老がおられた。昨日から御殿場に泊まって、礼拝に備えてくださっていた。ありがたい。
 大人の礼拝では小雨がぱらついていたけれど、何事もなかったように神様に守られて、礼拝をおこなうことができた。そして礼拝の終わりには雨が止んで、皆さん、無事に帰路に着くことができて、ホッとした。
 礼拝後、長老会があったけど午後3時前には終わった。長老会のメンバーを見送って、さあ牧師館に戻ろうとしたら、大粒の雨が降り出した。今、浜松に向かっている長老は大丈夫だろうか。高速道路を走ると雨の勢いがすごくなるから…。安全運転で帰宅できますように。
 この後、夕礼拝もある。先週、キャンプで夕礼拝ができなかったから。雨は激しくはないけれど、降ったり止んだりしている。こんな時、礼拝に来る人がいるかなぁと思いつつ、礼拝堂で祈って待つ。
 教会員と旅行中の家族が夕礼拝に来られて、共に御言葉に聞いて、賛美をささげた。高校生のお子さんたちがいる。受付の「子どものお祈り」を購入してくださった。ありがとうございます。家族が車に乗り込み、車が走り去るまで見送った。
 大型台風なので、礼拝を無事に守れるかどうか、先週から心配していた。2月の雪の日みたいになったらどうしようと思っていた。でも子供の礼拝、大人の礼拝、夕礼拝、すべて神様が整えてくださり、礼拝を守らせてくださった。ありがとうございます。神様。
 今日の聖書箇所に「落胆しない」と言う御言葉があった。「落胆しない」と説教で語っていながら、くよくよ考えて落胆しているのは、誰だ。
posted by 牧師 at 02:40| 日記

8/3-4

 今日から2日間、富士教会との合同夏期キャンプ。礼拝後、貸し切りバスに乗り込む。子供2人、大人5人。淋しい。途中、富士教会の人たちが合流して、ようやくキャンプらしくなってきた。バスの中で自己紹介のゲームやクイズを出して、楽しむ。「動くのが速い虫はなーんだ」。答えは「早ぇ〜」で「ハエ」でした。御殿場教会のスタッフが少ない分、富士教会のスタッフがていねいに配慮してくださって、本当にありがたい。
 朝霧高原に到着。キャンプでは、今年のテーマ「私達の希望・イエス・キリスト」に、ちなんだ聖書箇所3か所を、3つのグループでスタンツ(即興劇)に作り上げて、発表する。
@グループは使徒言行録3:1-10「足の不自由な人をいやすペトロ」。Aグループはマタイ25:31-45「終わりの日の審判」。Bグループはルカ12:13-21「愚かな金持ちのたとえ話」。最初のスタンツ準備の時間は1時間。聖書の箇所をどう理解して、どう表現するか、大人も子供も遠慮なく意見を言って、アイディアを出し合う。教会ではなかなかできない作業だ。
 2度目のスタンツ準備は夕食後。今度はストーリーにあわせて、体を実際に動かし、アドリブを言いながら、何度も練習する。練習していくうちに、それぞれ自分の役を深めていく。役を演じていると、普段、見られないユーモアや思いがけない姿が見えてきて楽しい。小道具も、ありあわせのものを工夫しながら、グループ全体で協力して作っていく。このプロセスが、とってもスキ。
 1日の最後は子供たちを寝かせた後、大人だけの成人分級を行った。富士教会と御殿場教会の信徒同士が、日頃の信仰生活などについて、率直に話し合う貴重な時間が持てた。
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 2日目は前日のスタンツの仕上げをして、いよいよスタンツ発表。最初は@グループ。ここは段ボールで神殿の門をうまく作っている。足の不自由な人を乗せるための台車も、どこからか調達してきた。足の不自由な人にはMちゃん。ほおかむりをして、台車に乗せられて神殿の門の前に連れてこられる。そこにペトロとヨハネ役の桑原先生とO長老が登場して「イエス・キリストの御名によって立ち上がり、歩きなさい」と言うと、たちまち歩けるようになり、3人で神殿の門の中に入っていく。さらに神様をほめたたえるために、見ている人たちも一緒に讃美歌を歌った。聖書に忠実で、良くまとめられている。
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 Aグループは最も小さい者として、聖書には登場しない旅人役を作った。旅人はグループの最年少のM君。M君が旅をしていて空腹と渇きで倒れてしまう。そこに私が悪役で登場し、水と食べ物をM君に見せびらかして通り過ぎていく。すごく憎たらしい役だ。するとSさんが来て倒れている旅人に「お腹すいているの?私のお弁当を分けあげるから」と言って、水や食べ物を与えて、旅人を助けてあげる。
 次に旅人はおいはぎに会う。おいはぎの役はM君のおじいちゃんN長老。おいはぎ役のおじいちゃんは、容赦なく孫の上着をはぎとり、ポケットからお金を奪う。ここで会場の笑いを大いにゲット。ヨッシャー。おいはぎにあって倒れた旅人を優しく手当てして、服を着せ、お金まで持たせてくれるのはMさん。
 旅人の苦難はまだまだ続く。今度は激しいセキと熱を出して倒れてしまう。そこに私が出て行って「お前、インフルエンザじゃねえの?うつるとイヤだから、あっちへ行けよ」とこれまた憎々しげに言って立ち去る。そこにHさんが「ピーポーピーポー、病人発見」と言って旅人に寄り添い「すごい熱だ。でも薬があるから大丈夫。富士病院、1日1回1錠」と言って薬を飲ませる。ここも大うけ。すると旅人は元気になってお礼を言い、旅を続ける。
 今度は雨が降ってきて、傘がない旅人は、ずぶぬれで震えている。そこに傘をさしたN長老が通りがかり「傘は一つしかないから」と、冷たく孫のM君のわきを通り過ぎていく。するとMさんがきて、自分の傘を旅人に与えて優しく、タオルでぬれた旅人の体も拭いてあげる。
 そして終わりの日が来て、中央にイエス様役の小学生K君がみんなを集めて、旅人に親切にした人を右に、旅人にイジワルした人を左に分ける。右に分けられた人たちに、イエス様役のK君が「私の兄弟に親切にしてくれてありがとう」と一人一人にお礼を言って、「神の国に入ってください」と言う。カッコいい。左にいるのは私とN長老だけ。2人にイエス様は「あなたたちは神の国に入れません」とビシッという。私が「おまけして」とすがりつくけど、イエス様は「ダメ」と宣言する。K君はとても威厳のあるイエス様役を上手に演じた。右に分けられた人は、神の国に入ることができて「イエス様、ありがとうございます」と言い、左にいる私達は泣きじゃくっておしまい。
 最後の審判では、隣人を愛したイエス様に従って生きてきたかどうかが問われる。だからイエス様に従って生きてきた人にとって、イエス様は終わりの日の希望だ。みんな息もあっていて上出来。楽しかった。ちなみに後で、桑原先生によるスタンツの講評があって、私の悪役について「あれは地でやっていた」。先生、それは誤解。演技ですよ、演技。
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 Bグループは愚かな金持ちの話。「かね もちお」という成金が葉巻をくわえて新聞紙で作った札束を信用金庫に入金に来る。この役は演技派のH神学生。お金持ちだから態度がでかい。机に腰かけて預金通帳を見てニタニタ。うまいねえ。子供たちが募金を訴えるけれど「かね もちお」は無視。でもその日のうちに彼は神様から命を取り上げられてしまう。お金の残高にしか関心がなく、神様から与えられている命の残高に無関心。つまり神様への無関心は、代償が大きいことが、よく伝わる構成になっている。
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 どのグループも協力しながら、精一杯演じて楽しんだ。聖書を体で味わった。来年はもっと多くの人が、この楽しさに加わってもらえたらと願う。
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 午後から酪農体験で、子供たちは農場のフォークリフトやトラクターに乗ったり、牛にキャベツを食べさせたり、乳しぼりをしたり。本物の牛を間近で見ることはほとんどないから、子供たちはビクビク。特にキャベツを牛の近くに持っていくと、牛の舌が蛇のようにヒュルヒュルと伸びてくるのを見て、驚いて思わず手をひっこめたり、キャベツを落としたりしていた。
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 酪農体験で楽しかったのはバター作り。小瓶に入った牛乳を振り続けていくと瓶の底にかたまりができる。水分を取り除くと、出来立てのバターだ。そのまま食べたら生クリームの味。うう〜ん。おいしい。パンにもクラッカーにもつけず、そのまま食べた。農場で作った大きなウインナーとレタスの熱々パーガーは、バカうま。その上、ソフトクリームも出てきて食べきれない…と思ったけど完食。おいしかったんだもん。みんな牛さんの命の贈り物だね。ありがとう。牛さん。
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 非日常の世界に出かけて、色々な垣根を越えて互いに聖書の言葉に向き合い、話し合い、助け合い、体を使って聖書の言葉を表現できたスペシャルな時間。そして農場での新鮮な体験。これから1年の後半を迎えるために、神様が備えてくださった癒しの時間。何の事故もなく、無事にキャンプを終えることができて、神様に感謝した。
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posted by 牧師 at 02:25| 日記

8/2

 今夜は地元のお祭りで、夕方から外がにぎやかになってくる。だから早く説教の準備を終わらせないと。でも早く…と言っても、自分が頑張って、それで説教が出来上がるわけではないから困るんだよね。
 明日は教会学校のキャンプなので、礼拝は子供と大人の合同礼拝で、説教も教会学校の教案誌にあるヨハネの黙示録の聖書箇所で行う。テーマは「私達の希望 主イエス・キリスト」。終わりの日の希望、イエス・キリストを、子供たちにも伝わる言葉で語りたい。
 そのうち「ドン、ドドーン」と言う音が響いてきた。打ち上げ花火が始まったようだ。パソコンを離れて、2階の窓から外をながめたら花火が見えた。
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 子供が小さい時、団地のお祭りで家の前に大きな広場があって、たくさんの人が打ち上げ花火を目当てに集まっていた。私も子供を抱っこして、打ち上げ花火を見に行った。間近で花火が上がる。まるで頭の上に覆いかぶさるように花火が降ってくる感じ。音も大きい。子供は音と花火に驚いて「おかあさん、花火、やっつけて」と泣いていた。とてもきれいな花火だったけど、怖かったんだね。まだ2歳くらいだったから。
 窓から花火を見ながら、そんなことを思い出していた。
 おっと、思い出にふけっている場合ではない。早く説教を終わらせないと、明日はキャンプだよ。

posted by 牧師 at 01:41| 日記

2014年07月29日

7/24

 足にできたコブの治療のために先週、外科に行き、注射で中身を抜いたけど、コブはすぐに復活。そしてコブの周辺もむくんできて、少し熱っぽい。
 今日また外科に行った。医師は足のコブを見て、注射で中身を抜くのは止めて、コブの中で起きている炎症を静める薬を処方してくれた。とりあえず10日分の薬。薬でどれだけコブが小さくなるか、夏休みの自由研究じゃないけど、観察してみよう。
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 医師が言うには、このコブは「ヒグローム」と言うらしく、女性に多い症状だとか。ネット検索して「ヒグローム」が、どういうものなのか一応、調べてみた。詳しいことは分からなかったけれど、治ったと思っても、またすぐ出てくる厄介者のようだ。命には別条はないけど、足が膨らんでいるから、靴を履くと右足が狭くて、きつい。
 来月はキャンプもあるし、履きつぶしたスニーカーは去年、捨てたから、4Eの幅広スニーカーを買った。3000円でおつりが来るお買い得品。さすが4E。楽に足が入る。でもだんだん足が広がって、ホビットの足になっちゃうかも。

posted by 牧師 at 14:07| 日記

7/22

 分区の牧師会が沼津市内の教会であったから、その帰りに、前から行こうと思いつつ、なかなか都合がつかずに行けなかった入院中の教会員の方々をお見舞いした。
 お一人は一人暮らしをなさっていた方で、体が不自由なため、リハビリを兼ねて入院された。長年住み慣れた家を離れることは、つらいものだ。リハビリのためとはいえ、病院だから規則正しい生活をしなければならない。でも一人暮らしの時とは違って、誰かが見ていてくれるから安心だし、食事もきちんととれる。
 久しぶりにお会いした方は、小食ながらも食事をとり、リハビリをしていることもあり、車いすに一人で座ることができるようになって、少しふっくらされていた。
私がお訪ねした時、午後の自由時間だったのだろう。広いリビングにいらした。私がその方を遠くから見つけて手を振ると、すぐその方も気がついて、手を振ってくださった。あの笑顔。ぜんぜん変わらない。手を握りながら、お話をした。ニコニコしながら、たくさんお話をして下さった。最後にお祈りをして、「また来ますね」とご挨拶した。周りの状況が変わっても、神様が共におられる現実は決して変わらない。そのことを信じぬく信仰者の笑顔も変わらない。作り笑いではなく、神様によってもたらされた笑顔。私もそうなりたい。
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 沼津の病院からの帰り道に、もう一つ病院に寄った。今月、骨折の手術をして入院されている教会員の方がいる。術後の経過も順調のようで、はっきりとお話ししてくださり、まだベッドの中だけど、ベッドのテーブルには、小さい聖書と信仰に関する文庫本が置かれていた。
 高齢になっても、入院して体が動かなくなっても、聖書を読みたい、信仰に関する本を読みたいと言う意欲があること、退院したら、また礼拝に行くぞと言う希望を持ちつづけていること。これは神様から与えられた賜物だ。
 その方は食欲もあり、お顔の色も良かった。体こそ不自由だけど、信仰者はどこにいても自由だ。聖霊に包まれ、聖霊に守られているから。
 「主の霊のおられるところに、自由があります」(第2コリント3:17)
 
 環境に左右されずに、信仰者として咲き続ける美しさ。その美しさを、特に年齢を重ねた信仰者の方々から、たくさん見せていただいている。私は幸せ者だ。
posted by 牧師 at 13:54| 日記

2014年07月21日

7/21

 昨日の礼拝には、祈りに覚えていた方々が、久々に来られてうれしかった。特に今月、新しく牧師を招くまで、無牧だった教会のために懸命に奉仕されていたHさんが、夫人と共に来られた。お元気そうで何より。牧師が就任されて、ますます礼拝が充実しますように。
 礼拝後に、教会の駐車場や花壇の草刈りをした。花壇はドクダミにおおわれているので、有志の方々が残ってドクダミ退治。別にドクダミは悪いやつではないんだけど、放置しておくと、他の花たちの居場所がなくなっちゃうから、ごめんね。U長老は自前の草刈り機で、広い駐車場を一気に刈ってくださった。
 私は牧師館の裏庭のドクダミの林にチャレンジ。切った木の枝などが散在しているから、それらをまず取り除いてから、カマで切る。たった1時間ほどの作業だけど、顔が真っ赤になった。私は汗をかきにくい体質で、顔から汗が出ないから、熱がこもってしまう。草刈りの後、みんなで飲んだ冷たいお茶がおいしかった。祈祷会のメンバーは勿論、若い人や他教会の人も手伝ってくれた。みんな、ありがとう!お疲れ様でした。
 みんなを見送った後、私は夜まで爆睡。起きて歯を磨いて、また朝まで寝た。寝てばかりだ。
 午前中、きれいになった花壇などを見て回った。そしたらもう7月後半だというのに、紫のパンジーが暑さに耐えて、健気に咲いていた。教会の階段と道の隙間には、小さなユリとマリーゴールドも咲いていた。何もこんな狭いところに…と思うけど、そのたくましい生命力がうれしい。オダマキの葉の中に、また小さな小粒ダイヤを見つけたよ。今度のは丸くてきれいなブリリアンカット。雨上がりの庭には、色々な宝物が見つかる。うひひひ。
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posted by 牧師 at 16:41| 日記

2014年07月16日

7/16

 どうでもいいけどさ、ブログ会社が最近、書式のバージョンアップしたみたいで、使い方がいまいち分からない。写真の横に文字を一緒に貼りつける方法も、以前の通りにできなくなったし、貼りつける写真全体を見ることも出来ない。何か方法はあるのだと思うけれど、どうすればいいのか見当もつかない。会社はバージョンアップして、使いやすくしてくれたつもりなんだろうけど、本来アナログ人間で、ようやくホームページを更新している最低レベルの人間のことも忘れないで欲しいな。もうやだ〜(悲しい顔)

 2ヵ月前ほどから右足にコブができた。最初は虫刺されかなと思ったけれど、痛くも痒くもない。そのうちなくなるだろうと見て見ぬふりしていたけど、家ではずっと机に向かっているので、だんだんむくんできて、ゴルフボールくらいの大きさに育って、正座する時も座りにくくなってきた。素足になる夏なので、みっともないので思い切って今日、教会の前の外科に行ってみた。
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 そしたら足のすじをひねった時に、すじとすじの隙間に体の中の色々なものがたまってくるそうで、注射器でたまったものを抜けば大丈夫だということ。
ふだんゲタをはいているから、ジャリ道でよく足をひねる。そのせいだろう。
 ぷすっと針がコブに刺さり、採血用注射器で2本分くらい中身を吸い取った。でも4,5日するとまた、たまってふくらんでくるから、そのたびに注射で抜く必要があるとか。来週また行く予定。まぁ、大したことはなくてよかったけど、度々注射で抜くのは、面倒だな。そして実際、夕方になったら、注射で中身を出したのに、またコブがふくらみだしている。やっぱし完全にコブが取れるまで、外科に通院するしかないね。
「コブ取りじいさん」じゃなくて「コブ取りばあさん」になった気分。
posted by 牧師 at 22:28| 日記

2014年07月14日

7/14

 先月、コレステロールの検査をしたので、その結果を聞くついでに、薬もなくなったから、薬をもらいに上町医院まで散歩しながら行った。前回よりも、中性脂肪の数値は落ちていたけれど、薬を切らしたまま検査したから、コレステロールは高値安定。医者から「ちゃんと薬を飲むように」と言われた。はい。ガンバリマス。
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 来た道を、またぶらぶら歩く。道端に色んな花が咲いている。教会の周りには小川が何本も流れていて、その上に覆いかぶさるようにアジサイが咲いている。驚いたことにラベンダーが、こんもり繁っているのを発見。最初は紫色のサルビアかなと思ったけど、香りは確かにラベンダー。すごいな。冬を越して自生しているんだ。うちの鉢植えのラベンダーは冬を越せなかったのに。
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 教会の庭にも、特別手入れはしていないのに、ユリやダリアが咲いている。そしてこの白い花は何という名前だったっけ。この前、教えてもらったんだけどなあ。
「女の人が花の名前をたくさん知っているのって、いいものだ…」とかいう詩の1節が、茨木のり子の詩集にあったよね。私も花の名前をたくさん知っている人になりたかった。

posted by 牧師 at 21:01| 日記

7/7-8

 朝から御殿場教会に牧師たちが集まり、東海連合長老会の加盟教会の1年間の長老会記録と今年度の総会記録を隅々まで内容審査する。東海連合長老会の審査基準が作成されているので、審査はその基準に従って行われる。長老教会と言いつつも、中会で記録審査を行っていないところが多い。その点、東海連合長老会は、毎年この時期、中会の牧師が集って記録審査をし、審査の最中も不明な点を直接、牧師に尋ねることができるのが利点だ。加盟教会は9教会。1人当たり3教会の審査が1日目のノルマ。細かく見ていくので、夕方になるとクタクタになる。1日目の審査結果に基づき、明日は牧師全員で、各教会ごとに協議をする。かなり突っ込んだ話にもなる。でもこの記録審査のおかげで、他教会の実情が良く分かり、牧師間の信頼関係も深まってきた。いつかは長老さんたちも加わっての審査になると思うけれど、2日間の拘束時間を考えると、しばらくは牧師による審査が妥当だろう。
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 1日目の審査がようやく終わり、教会の近くのホテルで食事をして、ホテル内の庭を全員で散歩した。今日は七夕。このホテルのイルミネーションは豪華で有名。七夕用に飾りつけがしてある。私は近くに住んでいるけど、ここには年に1度、審査の時しか来ない。たまに来るから余計きれいに見えるのかも。

ホテルの庭に結婚式用のチャペルがあり、横にイルミネーションのタワーと小さな噴水がついた池がある。牧師たちはチャペルの前で何をしたか。
大声で、次々と賛美をしたのであります。
 「主よ、終わりまで…」など愛唱讃美歌を歌ったんだけど、讃美歌の「54年版」と「讃美歌21」の歌詞がごっちゃになって、時々ハミングに変わっちゃう。カッコ悪い〜。来年は讃美歌持参で食事に来ないと、ダメだ、こりゃ。
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 翌朝、起きたらホテルの窓からきれいに富士山が見えた。この時期なかなか富士山が見えないんだけど、朝早かったから、ご褒美の富士山だね。そして案の定、チェックアウトの頃には、富士山は霧の中に隠れて見えなくなっていた。あんなに雪がいっぱいだった富士山だったけど、わずかに残った雪の部分で、季節がどんどん過ぎていくのを知らされる。
 さあ、記録審査の2日目。気合入れろよ。
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posted by 牧師 at 20:35| 日記

2014年07月04日

7/4

 教会の玄関に、教会の方が自宅の庭から何種類ものあじさいを切って、持って来てくださった。こんもりとしたあじさいは、それぞれの表情で今が梅雨だと教えてくれる。薄いピンクがかかった白のあじさいは、初々しくてジューンブライドのブーケに似合いそう。
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 牧師館の庭にも昨年挿木した「とんがりあじさい」が、こぶりだけど、3つ咲いてくれた。来年もがんばってね。
 雨が降ったり止んだり、日がさしたり。そのたびに洗濯物を外に出したり、ひっこめたり、この時期は洗濯物があちこち移動する。

 雨上がりに、教会の花壇のそばを歩いていたら、すごいダイヤモンドを発見。オダマキの葉の上に落ちた雨のしずくだ。光を受けて輝いている。これぞ天然の宝石。2キャラットはありそう。葉の上に落ちたダイヤモンド、一粒一粒を拾い集めて、ジューンブライドのネックレスにしたら、キラキラと透き通った輝きがキレイだろうなぁ。
 自分が豪華に着飾っていることを、全く気にしていないオダマキは、ダイヤモンドのしずくを乗せたまま、風に揺れながら空を見上げている。
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posted by 牧師 at 15:24| 日記

2014年07月01日

6/29

 東海連合長老会の講壇交換で焼津教会へ出かけた。礼拝が10時に始まるから、いつになく早起きをして御殿場線に飛び乗った。数年前、焼津教会が無牧の時に礼拝説教の奉仕をさせていただいたことがある。そして焼津教会には、東京に住んでいたころの懐かしい方々とつながっている教会員がおられる。お会いできるのが楽しみ。
 今日の講壇交換のために、新しいワイシャツを着た。Мサイズだけど首回りが少し大きい。そのため電車の中で居眠りをしていた時、私のあごがワイシャツのエリの中にスッポリ入ってしまったらしい。ワイシャツのエリに、顔のファンデ―ションがついている(紫外線防止のため、UVカットのファンデーションをしっかり顔に塗りこんできた)。
 礼拝の直前、トイレの鏡で見て、エリの汚れを発見した。ひえ〜!カッコ悪い。ふらふら新しいワイシャツなのに、だらしない感じ。けどまあ、仕方ない。牧師のことは忘れて、御言葉だけ心に留めてくださればいい。
 焼津教会の礼拝には、三要文の使徒信条、主の祈り、十戒が入っている。御殿場教会でも、使徒信条と主の祈りは入っているけど、十戒がまだ入ってない。いつか礼拝に十戒が入るよう努力していきたい。
 礼拝後の食事の交わりには教会員の方々が多く残って、それぞれ歓談。教会員の方々が手料理を持ち寄り、もてなしてくださったのが、うれしかった。
 焼津は暑かった。気温が32度と聞いて驚いた。帰りに東海道線と御殿場線を乗り継いで、御殿場駅で降りる時、切符を渡したら駅員さんが「もういいんですか」と私に尋ねた。「夜中の12時まで切符は有効だから、まだ使えますよ」と言うことだ。ありがとうございます。出来る事なら、どこかで寄り道をしたかったんですけど、あいにく私の気力が時間切れです。
 御殿場は涼しいというより、風がひんやりする。
 御殿場教会の礼拝は、長老さんをはじめ、教会の方たちがしっかりホローしてくださったようだ。ありがたい。教会の花たちが「おかえりなさい」と言ってくれた。ただいま。御殿場教会に帰ってきました。
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posted by 牧師 at 02:27| 日記

6/28

 先日、焼津教会に講壇交換に行くため、前もって往復切符を買いに行った。いつものように窓口で往復切符を注文したら、駅員さんが「特急などを利用しないなら、休日は1日周遊券がお得」と教えてくれた。早速購入。
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 これは、熱海から豊橋の東海道線、身延線、御殿場線にも、一日中乗れる。すごくおいしい切符ではないですか。こんな切符があるなんて知らなかったなぁ。交通費の節約になるから、これからは大いに使わせていただきます。と言っても休日切符だから、使うのは、礼拝後の会議や祝日の修養会の移動の時だけだけど。
 でも、とにかく親切な駅員さん、ありがとうございます。平日の牧師会などの移動にも使えるお得な切符があれば、また教えてください。
posted by 牧師 at 01:56| 日記

2014年06月27日

6/26

 今朝、十字の園の礼拝に出かけて、車を駐車しようとした時、駐車スペースに、うずくまっているスズメを夫が見つけた。私は車を飛び出して、スズメを拾った。まだ羽が生えそろっていないヒナだ。3階の屋根の上で親鳥らしきスズメが心配そうに鳴いているのが聞こえる。
礼拝直前だったけれど、事務室にいた職員のYさんに「スズメが巣から落ちて大変!」と言って、ひとまずスズメを渡してから、礼拝をおこなった。
 礼拝後、事務室に行ったら、Yさんがスズメのために段ボールに柔らかい布を敷いてベッドを作ってくれていた。そして注射器のような容器で、ヒナの口におかゆを入れている。ヒナは大きく口を開けて、一生懸命、飲みこもうとしているみたいだ。すぐ病院に行けば助かるかな。ヒナを入れた段ボールを抱えて、夫と牧師館に帰った。
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 でも夫は十字の園で会議があるから出かけてしまった。どうしよう。とにかくR138まで歩いて行って、そこからタクシーを拾おうと思った。しかしこんな大通りなのに、待っても待ってもタクシーなんて、全然、走っていない。今まで気がつかなかったけれど、御殿場は東京と違って、自家用車が多いから、タクシーが走っていないんだ。
 このままだとスズメちゃんが死んじゃう。急がないと。R138沿いにある動物病院を目指して、とにかく歩き出した。スズメちゃんの胸を指でマッサージしながら、さっさと歩いた。ドンドン歩いた。そしてやっぱり迷子になった。地元なのに迷子になった。今、どこにいるのか分からない。
 スズメちゃんが固く目を閉じてしまった。そこへ、たまたまタクシーが通りかかったので、それに乗って動物病院へ。でもドアが開かない。木曜は休診と書いてある。
 スズメちゃんは動かない。さっきと体の暖かさが違う。間に合わなかった。待っていたタクシーで、仕方なく教会に戻った。もし私が車を運転することが出来たら、他の病院に行って、スズメちゃんは助かったかも知れない。
 会堂にダンボールに入ったスズメちゃんをもって入り、祈った。手のひらに入るほどの小さな命が消えた。小さな命を助けられなかったことが悲しくて、泣きながら祈った。そして思った。こんな小さな命でも失われるのは悲しい。だったら人の命が失われることを、神様はどんなに悲しまれるだろう。
 「私は悪人の死を喜ぶだろうか。……
  私は誰の死をも喜ばない。お前たちは立ち帰って、生きよ」
   (エゼキエル18:23,32)

 神様がどれほど私達の命を愛してくださっていることか。私達の命を救おうと、神様がどれほど必死で働いておられることか。
 会堂で祈っていたら、十字の園から戻ってきた夫が、心配して会堂に入ってきた。そして教会の花壇の隅に穴を掘ってくれたので、スズメちゃんを埋めて、目印に石を置いた。
 「ごめんね。助けられなくて。イエス様のところで大きく育ってね」。
 胸のあたりの骨が消えたみたいに、心が一気に萎えて、私はそのまま寝込んだ。
 東京では、ずっと団地暮らしだったから、金魚くらいしか飼ったことがないけど、今朝、出会ったばかりのスズメちゃんの死で、こんなに落ち込む私は、一生、動物を飼うことはできないだろう。

posted by 牧師 at 01:32| 日記

2014年06月25日

6/25

 祈祷会が終わってから、T長老がアウトレットにあるバラ園に行くという。私はすかさず、「一緒に連れて行ってください」とお願いして、車に便乗した。T長老のお友達と合流して、アウトレットの奥にあるバラ園へ。
 皆さんに「初めまして。御殿場教会の中島善子です」と挨拶したら、皆さん、教会のコンサートや、十字の園の召天者記念礼拝で、私の説教を聞いてくださった方たちだった。
 ひえ〜!そうだったんですか。世間は狭い。御殿場は広いようで狭い。悪いことは出来ないと肝に銘じた。特に地元では。

 アウトレットにバラ園があるなんて知らなかった。でも今年でバラ園は閉めてしまうそうで、気に入った花を切って、持って行っても良いとのこと。広い敷地にたくさんのバラが植えられている。既に花は剪定されており、残っている花は1/4ほどだった。バラの花が満開の時、来てみたかったなあ。残念。
 アーチになっているバラや、パラソルのように高く広がるように仕立てられているバラ。手入れが大変だっただろう。剪定されてはいたけれど、残っている花たちは、色も形も愛らしくて香りもいい。携帯で写真をたくさん撮った。写真を撮りながら、「あなた、かわいいわね。あなた、ステキ」とバラとおしゃべり。うっとりする夢心地のひと時だった。満開のバラ園で一日中、過ごせたら、楽しいだろうなぁ。
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 切ったバラを分けていただいて、教会に持ち帰り、教会の花瓶に活けた。活けたと言っても、ただ水切りをして花瓶に入れただけ。でも来週は講壇交換で焼津教会の細川牧師が説教に来られるから、教会の玄関や集会室にもたくさんバラを飾った。たくさんのバラで、細川先生を「お・も・て・な・し」。
 聖霊が礼拝に働いて、講壇交換がキリストの香りであふれますように。

posted by 牧師 at 23:53| 日記

6/24

 教会や牧師館の周りがきれいに整備されてくると、今まで見て見ぬふりをしていた汚れとか、後回しにしていた片づけものが、やたら目立ってきた。
 こりゃ、ヤバイ。
 以前からずっと気にはしていたんだけど、牧師館の郵便受けに「御殿場教会・中島」と書いたプレートを、上から透明テープで何重にも重ねて貼り付けていた。でも赴任してから、そのままだったから、テープの隙間に雨が浸み込んで、文字はかすみ、テープに汚れがこびりついて、みっともなかった。
 郵便受けは牧師館の玄関にある。言うならば牧師館の顔なのに、郵便受けは長い間、実にみじめな姿で放置されていた。ごめんなさい。
 思い切って、汚れたテープと文字のかすんだプレートを全部とりはずした。テープとプレートを外した跡、郵便受けのあちこちにサビのような汚れがこびりついて、拭いても拭いても取れない。どうしよう…。
 そこで、郵便受けの汚れているところは、絵を描いてごまかすことにした。それから空きスペースに直接、「御殿場教会」と書いた。アクリル絵の具で描いたから、多少の雨でも大丈夫だと思う。そして郵便受けの上に、以前、買った「NAKAJIMA」のタイルのプレートをぶら下げた。
 どう?牧師館の玄関として、少しは見栄えが良くなったかな。
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posted by 牧師 at 23:16| 日記

6/17

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 今日、納骨式のため神山に出かけた。ご家族だけのささやかな納骨式。
私はプログラムを印刷して、ヒムプレーヤーをもっていった。
 亡くなられた方は、「雨男だった」とご家族が言われていたけれど、式の当日
は、初夏の日差しがサンサンと降り注いでいた。
 詩編の139編を読んで、メッセージを語っている時に思わされた。
  11節「私は言う。闇の中でも主は私を見ておられる。夜も光が私を照らし出す」
 亡くなられた方は、キリストの命の光に出会い、命の光を浴び、命の光に照らし出されている。
 生前は雨男だったのかもしれないけれど、今はキリストの命の光が、その方に暖かく降り注いでいる。初夏のまぶしく輝く日差しが、納骨式に集ったご家族一人一人に降り注いでいるように。
 亡くなられた方が、キリストの命の光に包まれて、永遠に平安であるようにと祈った。


posted by 牧師 at 23:08| 日記

2014年06月15日

6/11

 朝7時に目覚ましをセットしていたのに、二度寝して、起きたら8時半。ぎゃ〜!がく〜(落胆した顔)
 超特急で着替えて、聖餐式のパンを切って、荷物を整えてホテルを出た。岡山から出ている予定の私鉄に間に合う。朝から冷や汗をかいた。地面が濡れているから、早朝に雨が降ったのかな。傘を差さずに移動できる。荷物がいっぱいだから、傘を差さなくて済むのはありがたい。
 電車を降りると、駅のホームで待っていてくださったK夫人と一緒にご自宅に向かった。ご主人様は去年より足が弱くなられたが、頭もしっかりしていてお顔の色も良く、食欲もあって安心した。早速、家庭礼拝。何曲も愛唱讃美歌を歌い、聖書を読み、ショートメッセージを語った。ちょうど今週はペンテコステだったので、聖霊について語らせていただいた。その後、聖餐式。3人でキリストの肉と血に与ることが赦された。最後は一人ずつ祈って、家庭礼拝を終えた。
 夫人が用意してくださった昼食をともにしながら、私のパソコンにある教会の写真をお見せした。K夫妻はいつも教会ニュースで教会の様子を読んでくださっている。でも実際、写真をお見せすると、子どもたちが大きくなっていたり、新しい受洗者が与えられていることを、とても喜んでくださった。
 K夫妻の闘病生活は10年になる。危ない状況が何度もあった。教会員一同で祈りを合わせてきた。そして今はご夫婦で生活されている。夫人が介護生活を振り返って言われた。
「つらいこと、苦しいことがたくさんあったけれど、すべてを乗り越えて今があるのは、神様の力としか思えない。隣人を愛しなさいというイエス様の言葉を、最も身近な隣人である夫を大切にすることで、私はイエス様の言葉に従うようにされている」。
 本当にその通りですね。聖霊の導きがご夫妻にあり、兄弟姉妹の信仰者たちの祈りがご夫妻にはある。ご夫妻2人だけで生活しているようだけど、イエス様は、いつもご夫妻と共にいてくださる。また私達もイエス様を通して、ご夫妻と一つに結ばれている。試練の日々だけど、ご夫妻に笑顔があり、愛があり、たえず信仰者として前進するようにと、恵みとしての訓練が与えられている。
 楽しい時間はまたたくまに過ぎた。1時過ぎには感謝の挨拶をして、帰りの電車に乗った。
 この3日間、忙しかったけど、一度も倒れることなく、なすべきことをすることができた。K夫妻を訪問している時、教会では、ちょうど祈祷会のみんなが、祈りを合わせてくれていたことと思う。ありがとうございます。祈りに支えられ、守られて、この3日間を乗り切ることができた。
 これから岡山に向かい、それから静岡まで新幹線。静岡から在来線に乗って、御殿場には、夜遅く到着する予定だ。
 「すべて終わった」。緊張の糸が切れて、ぼんやり松山駅のホームで岡山行きの電車を待っていた。するとそこに、奇跡の電車が入ってきた。「アンパンマン列車」だ。
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 きゃーーーーー!ステキ、ステキ。車体にはバイキンマン、チーズ、バタコサン、ジャムおじさんなど、ビッシリ、アンパンマンのキャラクターが描かれている。うれしくて、乗客が降りたら、すぐ電車に飛び乗った。そしたら「車内清掃するから、出てください」と係りの人に言われて、バツ悪い思いで下を向きながら、いったん電車を下車。
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 そして車内清掃をしている間に、私は写真を撮りまくり。列に並んでいるお客さんたちの目は気にしない。気にしない。
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 そしてようやく乗車。ヤッホー!車内の天井にも、アンパンマンの仲間が描かれている。幸せ〜!
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 これって、神様からのご褒美?神様、ありがとうございます。神様は、何と心憎いサプライズをくださるのでしょう。私はアンパンマンの絵がよく見える席に座り、アンパンマンたちをずっと眺めている。なんだか元気がわいてくる。
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 先頭にいるアンパンマン。その後に続いて、仲間たちが行進している。私達もイエス様を先頭に、天の本国を目指して、勝利の行進をしている。
 先頭のアンパンマンは笑顔だ。アンパンマンに続いて行進する仲間たちも、笑顔だ。私達も、笑顔でイエス様の後に続いて行こう。
 ジャムおじさんを見ていたら、先月、洗礼を受けられた方を思い出した。
似ているかも…。
 車掌さんのアナウンスで、今、ちょうど瀬戸大橋を渡っているとか。
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 そこで、強い日差しをよけて閉めていたブラインド開けたら、夕日にキラキラ海が輝いている。近くに遠くに、あちこちに島が見える。光の海の中を船が通っていく。きれいだ。鉄橋だから、うまく写真がとれないけれど、一日中ぼんやりと海を眺めて過ごす日があっても、いいのかもしれない。
 もうすぐで岡山に着くという時に、思いがけず、元気なアンパンマンの声で「ありがとう」と「またね」の挨拶のアナウンスが流れた。これは効くね〜。また乗りたくなるよね。

posted by 牧師 at 22:59| 日記

6/10

 5000円以下の岡山のビジネスホテルを検索し、予約していた。すると、同じホテルにいるいる。牧師たちがたくさん。朝、東海連合長老会の牧師もホテルのフロントにいたけど、私は一足先にホテルを出た。
 でもしばらくして気がついた。なんだか変。駅に向かって歩いていたつもりだったけれど、道路標識を見たら、真逆の方向だった。昨夜、教会からホテルまで歩いた道なのに…。今、自分がどこにいるのか分からず、近くの人に聞いて、蕃山町教会に行く道を尋ねた。この人も親切に教えてくれた。ありがとうございます。岡山の県民の皆様。何度もお世話になります。
 会議は9時半ピッタリに始まるから、重たい荷物をもって急いだ。でも暑い。小走りで教会に着いたら、さっきホテルのフロントにいた東海連合長老会の牧師が、もう礼拝堂に着席していた。こんなことなら、一緒についていけば良かった。顔は暑さで真っ赤。とにかくU長老と並んで座り、会議が始まった。
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 会議には全国から連合長老会の牧師と長老が出席しているけど、先月の教区総会とは違って、ムダがなく、伝道牧会のために必要な事柄だけが検討され、議事進行が進む。信仰的な会議だ。予定通り3時に閉会。お疲れ様でした。迷子にならないよう、U長老と一緒に岡山駅まで一緒に行った。
 ここから私は松山市に向かう。教会員の方と家庭礼拝を守って訪問聖餐を行う。去年もお尋ねした。1年ぶりだ。パソコンを持ってきたので、教会のみんなの様子を写した写真を見ていただこうと思う。
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 初めて乗る特急「しおかぜ」。これで本州から四国に海を渡っていくわけだよね。ホントだ。外を見ていたら、おお、鉄橋を走る車窓から。瀬戸内海が見えるではないですか。
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 そして海を渡りきると、香川県の「うたづ」と言う駅で停車。ついに四国に到着。
 香川県。聞いたことはあるけど、今まで行ったことはなかった。これで私は香川県に行ったことになるのかな。それとも通っただけ?
 松山はまだまだ遠い。松山に着いたら、明日の聖餐式用に、パンを買うのを忘れないようにしないと。











posted by 牧師 at 22:37| 日記

6/9

 岡山の蕃山町教会で日曜学校委員会と全国連合長老会会議。日曜学校委員会は1時から。朝早く御殿場を出た。冷え込んでいたから、ストールくらいは持っていこうかなと思ったが、荷物が多かったので止めた。そして昼過ぎに岡山についてビックリ。そこは真夏。なんじゃ、この暑さは。日焼け止めをしっかり塗っておけばよかった。
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 以前、一度来たことがあるけど、その上、地図までプリントアウトしてきたけれど、やっぱりお決まりの迷子になった。えーん。
 教会に着くまで2人の人に道を尋ねた。そして2人とも丁寧に教えてくれた。岡山の人って、ほんとに親切。ありがとうございます。
 ここは桃太郎の物語発祥の地なのかな。マンホールの絵は桃太郎。「キビ団子」のお店もある。
 蕃山町教会で5時までみっちり日曜学校委員会をして、6時から新しい式文による礼拝が行われた。礼拝の流れは、ほとんど御殿場教会の礼拝と同じだけど、聖餐式のところなど、今の連合長老会の式文よりずっとよくできている。帰ったら、長老会で報告しよう。 

posted by 牧師 at 22:27| 日記

6/6

 お風呂から上がって、ドライヤーで髪を乾かしていたら、洗面台に抜け毛が数本、落ちた。ん?なにこれ、おもしろいじゃん。人の顔みたい。あははは、おかしい。
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 しかし笑っている場合ではない。ヘアカットをしてもらう時、私の頭に薄毛注意報が出ていないか、一応、美容師さんに聞く。今のところは大丈夫みたい。
最近、女性用のウィッグや育毛剤が流行っている。薄毛を気にするのは男性だけではなく、女性も同じ。今まで口に出せなかった女性の悩みが、ようやく男性並みに、世間で取り上げられるようになったということか。男女平等は、まだまだ遠いねぇ。
posted by 牧師 at 22:21| 日記

2014年05月29日

5/29

 朝、十字の園の礼拝奉仕。そしたら中庭にバラがたくさん植えられていた。アーチになったバラとか、色々な種類のバラたち。誰が植えたのかな。プロが植えたのかな。職員の方かな。バラって、いいよねぇ。
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 礼拝後、郵便局によったら、なんとディズニーの切手があるではないですか。しかも昔懐かしい作品ばかり。白雪姫、シンデレラ、眠れる森の美女、不思議の国のアリスなどなど。即、教会用と自分用に買いましたよ。ステキ。ぴかぴか(新しい)
 私の叔父が映画会社に勤めていて、小さい時からバンビとか、ディズニーの映画に連れて行ってくれた。だから私の最初のアニメとの出会いはディズニー。今も子供時代のディズニーの絵本をボロボロだけど、捨てられずに持っている。昔の作品は、今のディズニー作品とは違って、いいんだよねぇ。これって年をとったって証拠?
posted by 牧師 at 23:03| 日記

5/25

 今月洗礼を受けた方が、初めて礼拝奏楽の奉仕にあたられた。早すぎると思われるかもしれないけれど、最初の礼拝に来られてから、ほぼ毎週、礼拝を守り、洗礼を受けられた。昨年天に召された父上は、息子さんを奏楽者にしたくて音大に進ませた。父上は生きている間に、礼拝の奏楽者としての息子さんの姿を見ることは出来なかったけれど、きっと喜んで息子さんの奏楽を聞いておられたと思う。うれしい。
 また2月に洗礼を受けた女性は、今度のペンテコステ礼拝の後、全体祈祷会で聖書朗読をする。自分でペンテコステにふさわしい個所を聖書と格闘しながら、いくつも探し出して、最後に私と一緒に朗読箇所を決めた。とても奥ゆかしい方なので、人前で朗読するなんて考えもしなかっただろう。でも思い切って引き受けてくださって、うれしい。

 いつ洗礼を受けたか。どのくらい長い信仰歴があるか。それも大事だけど、今、心からキリストを愛し、教会を愛して、自分の賜物をささげたいと願う「生の信仰」が何よりも大事。
 日が浅いとか、経験不足だとか言わないで、臆することなく、ドンドン訓練を受けて、喜んで教会に仕えていただきたい。
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posted by 牧師 at 17:01| 日記

5/22

 牧師館周りの庭木の整備の奉仕をしてもらっているので、切った木片や抜き取って雑草を入れるゴミ袋がついになくなってしまった。
 そこで今週の礼拝後、礼拝に来られている方々に、余っている御殿場市のゴミ袋があったら、一枚でもいいですから献品してくださいとお願いした。
 そしたら、教会の色々な方々からゴミ袋を献品していただいた。ありがとうございます。大切に使わせていただきます。
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 多くの人たちの「真っ白な献げる思い」が、教会に咲いた。
 そしてその中心にあるのは、「真っ赤なキリストの血の献げもの」。
 教会全体がキリストの血の献げものを中心に、いつも、そしていつまでも、みずからを喜んで献げる群れとなりますように。
posted by 牧師 at 16:49| 日記

5/20-21

 東海教区総会が長野で行われた。質問のみを受け付ける第1読会で、伝道厚生資金の算定基準について質問をした。東海教区では、平均礼拝出席者が29名以下だと1人当たり2000円、59名以下だと1人あたり2500円、伝道厚生資金が各教会に請求される。しかし御殿場教会では各種福祉施設からの出席者もあり、その方々は礼拝を楽しみに来ておられるが、お金はない。当然、礼拝席上献金も出来ない。
 しかし教区の算定基準だと「礼拝者=お金を持っている人」ということで「お金がない人は礼拝出席者とみなされない」ことになる。そんなアホな。たとえお金がない高齢者や障がい者だって、イエス様が招いておられる一人一人だ。
 御殿場教会は3年連続のマイナス収支だ。だから「伝道厚生資金の算定は、出席数を基準にするのではなく、収支バランスを参考にすべきではないか」と質問した。この質問は既に内容に触れているので第2読会で…とのことだった。
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 第2読会では第一分科会に出席。新年度の各委員会の計画などを聞いた後、質疑応答。私は委員会費について質問した。特に教区通信は、委員が2名で年4回の委員会なのに、予算の80,000円をオーバーした決算になっている。ネットとか色々な節約して委員会を開けないのだろうか。委員会で使われているお金は、諸教会からの血の噴き出るような負担金だ。どれだけ諸教会が負担金のために苦労しているのか、わかっているのだろうか。委員会費も湯水のように使えばいいってもんじゃない。「節約、倹約しています」という、せめて工夫の跡を見せてほしかった。
 でもそこで発言したのは教区通信の委員ではなく、教区常置委員のK牧師だった。彼いわく「信頼関係が大切だから、ネットもいいけれど、直接会って話し合うことが必要。そんなに教会の財政が大変なら、教会の支出で一番大きな割合を占めているのが牧師謝儀だから、牧師を辞めたらいいだろう」。
 はぁ?これって、常置委員からの牧師辞任勧告?牧師が教会を辞めたらお金が足りて教区の負担金が払えるようになる?
 じゃあ、誰が説教して、洗礼をして、聖餐式を行うの?
 私は反論するため、即、挙手をしたが、分団の司会者は私に発言させなかった。私は別に、教区通信を否定しているわけじゃない。教区通信が報告や案内などの役割を果たしていることは評価している。でも数年前、教区会計の公金横領が発覚した時、事実経過を詳細に教区通信で報告すべきだったのに、それを怠った。教区通信は、きれいごとばかりを並べた「大本営発表」でいいの?
 委員同士の信頼関係を云々言う前に、まず教区が襟を正して、諸教会との信頼関係を構築すべきでしょ。「今後7000万円近くの公金横領があっても、刑事告訴はされない」という事例を教区は既に作ってしまった。そんな教区に信頼できる?
 それにしても、会場には多くの人たちがいたのに、K牧師の言葉に反論する人は一人もいなかった。みんなその場にいた人たちは、K牧師と同じ意見なの?お金がない教会は、牧師が辞めればいいと思っているの?
 教区の金銭感覚にも失望したけれど、だんまりを決め込んでいる人たちにも失望した。みんな財政豊かな、ゆとりある教会ばかりなんだね。
posted by 牧師 at 16:39| 日記

5/18

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 誘われて、沼津で夜から行われるコンサートに初めて出かけた。沼津って、すぐ近くに海があるんだね。静岡県に住んでいるけど、自分のテリトリー以外、全然知らないんだなぁ。まぁ、仕事以外で外に出かけるゆとりもないけど。
 以前はコンサートや美術館にしょっちゅう行っていた。でも次第に機会がなくなり、コンサートは教会で行うコンサートだけ。教会以外のコンサートを聴くのは何年ぶりだろう。
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 演奏で使われる楽器はチェンバロとヴィオラ・ダ・ガンバ、チェロ。それも目の前。CDではなくて、生のヴィオラ・ダ・ガンバとチェロの音色を聴くのは、本当に久しぶりだ。演奏者たちはまだ若いから、これからが楽しみ。
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 休憩時間にチェンバロの中をのぞいたら、きれいな花たちが描かれていた。おなじみバッハの曲のほか、サント=コロンブ、マラン・マレと言う作曲家の曲が演奏された。知らない作曲家だったけれど、心地よくて、癒された。
 それにしても開場前から列を作るほどの人気。室内楽だから、そんなに多くの人は入らない。常連さんもいるらしい。どうやって宣伝しているのだろう。教会のクリスマスコンサートにも、列を作って来てもらえるようにしたいな。
posted by 牧師 at 16:22| 日記

5/17

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 今月、洗礼が行われた時、家のスズランを切って、玄関に飾ってくださった方が、スズランなどの苗を教会に持って来てくださった。早速、教会の花壇に植えた。小さな花だけど、体に似合わず意外に丈夫で、冬を越して、また来年、仲間を増やして咲いてくれるらしい。楽しみだな。

 花壇と言えば、営繕の方がまめに教会に足を運んで、教会の花壇の雑草だけでなく、牧師館の庭の雑草も取り除いてくれている。
 13年前、御殿場に赴任した時、初めて庭付き一戸建てに住むことになった私は(生まれてからずっと、東京では団地暮らしだった)、土が珍しくて、雑草をむしるのが楽しくてしょうがなかった。それがだんだん忙しくなって「雑草は冬になれば枯れるからいいや」と言い訳して草刈りを怠けていた。
 でも牧師館の庭も教会の財産だ。営繕の方に見習って、私はせめて牧師館の中の掃除をもっとしっかりやろう。

posted by 牧師 at 16:12| 日記

5/16

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 復生病院で自分の番が来るまで、病院の礼拝堂にいた。シスターが片づけをしている。何かあるのかな。大きな花が飾ってあって、大きなキャンドルも立てられていた。このキャンドル、前からあったかな。
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 両手を広げているキリストの胸にとびつく。私の中にある鉛のような重苦しさ、いたたまれないような焦り、疲れ、無力感…。すべてをあなたが吸い尽くしてください。そしてあなたの内にある平安を、私の中に注いでください。
 御言を語る者として立たせてください。
 牧会者として立たせてください。
 あなたの助けなしには、私は何もできません。
 教会を守ってください。
 教会に集う一人一人を守り、支えてください。
 まだあなたを知らない多くの人を教会に導いてください。

posted by 牧師 at 16:01| 日記

2014年05月16日

5/12

140512_牧師会に行く途中B.jpg 今朝は駿府教会で東海連合長老会の牧師会。静岡の駅から歩いていて、信号がちょうど変わったから道路を渡った。そしていつも歩く道とは違う道に出た。
だいたいの地図を頭に描きながら、歩いていたら公園があって、たくさんの花が咲いている。やっぱり静岡は暖かいから、花が多いなぁ。
 この群生して咲いている小さい紫の花は何というのだろう。小さい花が群生して2メートルくらいの高さにまで育っている。と言うことは、冬も枯れずに何年も、この公園で育っているということだよね。うらやましい。
 御殿場の路地で越冬できる花は、そんなにたくさんはない。だから冬になると、寒さに負けてしまわないよう、外に出してある植木鉢は、みんな家の中にいれておく。それでもストーブのない部屋や玄関においておくと、零下の日も度々あるから、弱って枯れてしまう。今年の冬も、植木鉢をいくつか枯らしてしまった。ごめんね。

 駿府教会を目指して、更に道を行くと「伝馬町」と言う通りに出た。そしてふと街灯を見上げたら、街灯の少し下のところにペガサスの飾りがついている。
 「伝馬」→「天馬」→「ペガサス」。なるほどね。なかなかおしゃれじゃないの。ペガサスの通りが途切れたところで、見たことのある景色になった。ああ、良かった。迷子にならずに済んだ。
 もうすぐ教会。今度は下を見ながら歩いていたら、おもしろい絵が歩道に書いてあった。大名行列の奴さんみたい。こんな絵があったなんて、今まで気がつかなかった。これもまたおしゃれだね。
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posted by 牧師 at 03:51| 日記

5/11

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 礼拝の朝、玄関にステキなガラスの花器にかわいいスズランが活けてあった。今日、礼拝で洗礼が行われるから、お祝いに誰かが飾ってくださったんだ。
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 今日、受洗されたのは、昨年、御殿場教会で葬儀をした方の息子さん。葬儀をしたのが昨年の5月11日の土曜日で、翌日の日曜日の礼拝から、息子さんは御殿場教会の礼拝に毎週出席されていた。
 天に召された父上は、まるでご自分の死と引き換えに、息子さんに信仰をバトンタッチしたみたいだ。父上は息子さんに信仰が与えられるよう、祈り続けてこられたと思う。
 礼拝で息子さんの洗礼が行われたのを、天から見て、父上は喜ばれただろう。しかも洗礼を受けた日が、昨年の葬儀と同じ5月11日だ。
 すべて神様が導いてくださったとしか思えない。感謝だ。
 
 礼拝後、教会の子どもたちと大人たちによる「ミニコンサート」を行った。以前は春とクリスマス、年に2度コンサートを行っていたけれど、ここ数年、教会財政が苦しくて、プロの演奏家を招くのは年に1度になっていた。
 だけど今回は、教会員からの自発的な提案から、自分たちが演奏できる楽器を持ち寄ってコンサートを行うことになった。演奏されるのは、讃美歌が多いから、聴衆も参加して一緒に讃美ができる。讃美歌の歌詞は聴衆に見えるよう、プロジェクターで、長老さんが映してくれた。
 ヴァイオリン、電子ピアノ、パイプオルガン、フルート、太鼓、ウクレレ。子どもたちも大人たちも、なかなかの腕前。難しい曲をパートナーと合わせて演奏している。いつのまに練習していたんだろう。すごいな。
 「キリストにはかえられません」の讃美歌をピアノを弾きながら、すばらしい声で歌ったHさんにはビックリ。
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 朝の礼拝で洗礼を受けた方も、天に召された父上の愛唱讃美歌などをオルガンで演奏された。感慨深い。
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 最後は演奏者が全員前に出て、「いつくしみ深い」の讃美歌を演奏して、聴衆と一緒に歌った。
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 初めてのミニコンサート。牧師が先頭に立つのではなくて、教会員がお互いに連絡を取り合い、長老会がとりまとめて、プログラムなどもすべて作成してくれた。なんだか、とってもうれしくて、ありがたいコンサートだった。

posted by 牧師 at 03:35| 日記

5/10

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 教会の営繕担当の方が、牧師館周りの草木の剪定や草取りをしてくださったので、道に面していた垣根などが見違えるほど、スッキリときれいになった。
 作業している最中、通りがかりの近隣の方たちから「きれいになりましたね」と声をかけられたという。と言うことは、「手入れもしないで汚い」と近隣の方たちから、ずっと思われていたということだ。ギヤー!ショック。
 確かに教会の外見にも気を配り、手入れしていないと、外部の人たちは「この教会はこの程度か」と思うだろう。京都や奈良のお寺の庭なんかは、きちんと手入れしてあるもんね。
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 今回、うっそうと茂っていた草木の剪定をしてもらったおかげで、風通しや日当たりが良くなって、庭の花たちも元気になってきた。オダマキや名前も分からない花たちが、次々と顔を出してくれて、うれしい。
 教会の中をきれいに掃除するだけでなくて、教会に来たことがない人たちがまず目にするところも、これからはちゃんと手入れしていこう。営繕の方。これからもヨロシク。でもケガをしたり、体調を壊したりしないよう、無理はしないでくださいね。
posted by 牧師 at 03:13| 日記

5/8

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 マルセイユの石鹸をいただいた。真四角でかわいい。今、アレッポの大きな石鹸を使っているから、これを使い終わったら(大きいから、かなり長く使える)、いただいたマルセイユの石鹸を使ってみよう。
 今はハンドソープとか、ボディソープとか液体の洗剤が主流だけど、石鹸の魅力は捨てがたい。ゴシゴシと泡立てるまでに、少し時間はかかるけれど(特にアレッポの石鹸は四角くて、大きいから手で持ちにくい)、何しろ石鹸は、きれいに汚れが落ちるんだよね。
 化粧用スポンジの汚れも、専用の洗剤を買わなくても、アレッポの石鹸ひとつで、ホラね。きれいになるでしょ。
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posted by 牧師 at 03:02| 日記

2014年04月30日

4/27

 定期教会総会の日。出席が少なくて、流会になったら大変。だから先週は電話をかけたり、メールして教会員に呼びかけて、神様に祈ってきた。そもそも総会議員となる教会員の数が少ない上、高齢者、入院中の方も多く、更にゴールデンウィークの始めということで、定期総会成立は、真央ちゃんじゃないけれど「ハーフ、ハーフ」。落ち着かなくて、説教の準備も思うように進まない。あぁ…。
 でも総会議員19名の出席があり、無事に教会総会は成立。午前中の仕事を終えて、職場から教会総会に駆けつけてくれた青年もいた。ありがとう。教会総会で一番大切な長老選挙は、御心にかなった長老が選出されたと思う。神様、ありがとうございます。教会の決算や予算については、みんなが活発に発言を交わす。すべて教会のことを思っての発言だ。ありがたい。3年続けて、通常会計だけではやっていけずに、特別会計から借金して教会運営をしている。しかも借金は増えるばかりで、全然返してない。返せる経済状態ではないことを、教会総会に参加して、若い人たちにも分かってもらえたと思う。良かった。
 教会総会の最後、長老さんの閉会祈祷の言葉に、慰めと励ましを受けた。神様、ありがとうございます。
 困難や課題が山積しているけれど、それでも神様の導きの御手は、いつでも教会に添えられている。
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 去年、枯れていた牧師館の桜の枝を、思い切ってバサバサと切った。今年は花は咲かないかもねと思っていたら、ちゃんと桜が咲いていた。木の幹から、いきなり芽を出して、咲こうとしているのもあった。あきらめないんだね。
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 さらに椿とか、ヒイラギとか、色々な木の枝を切って、片づけは面倒だから、牧師館の裏庭に山積にして、乱雑にほったらかしにしていた。そしたら山積の枝の中から、器用にピンクのチュウリップが顔を出して、咲いているのを見つけた。私は急いで、チュウリップの上に乗っかっている枝たちをどけてやった。
「重かったでしょ?よく咲けたね。とってもきれいだよ」
「へへへ。それがボクの役目だから。」
 花たちは「当たり前だよ」と言わんばかり。声にも出さず、自慢せず、切られたり、もぎ取られたり、たくさんの重荷に押しつぶされながら、それでも自分に与えられている役目を果たしていく。

 「命じられたことを果たしたからと言って、
  主人は僕に感謝するだろうか。
  あなたがたも同じだ。
  自分に命じられたことを、みな果たしたら
 『私どもは取るに足らない僕です。
  しなければならないことをしただけです』
  と言いなさい」(ルカ17:9-10)

posted by 牧師 at 02:07| 日記

2014年04月21日

4/18

 通院日。予約はしてあるけど、混んでいて遅れそう。だから病院の礼拝堂に入った。ちょうど今日は受難日。そのためか、いつもとは違った配置がされている。大きな十字架が掲げられている正面とは反対側の机の上に、十字架につけられたイエス様が置かれていた。
 両手足にクギの傷跡、わき腹に槍の傷跡があるイエス様が、いつも私達をしっかり抱きとめ、支えていてくださっている。
「この傷は、まさか私のため?」
「そう、あなたのため」

 傷跡のある両手で抱きしめられながら、イエス様の言葉を聴く。
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 しばらくして医師と面談。もう通院して5年目になる。効率の悪い患者だと我ながらに思う。医師にも本当に申し訳ない。自分の性格や思考傾向が関係していることは分かっている。だから医師に聞いてみた。
「どうしたら私のこの性格、変わるんでしょう?」
「やっぱり、お祈りをして、イエス様の言葉を聴くことじゃないの」
 この医師はカソリックの信仰者。こういうアドバイスは、他の病院じゃ聞けないよね。ありがたい。神様に感謝。

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 夫が受付で支払いをしている間に、私はまた礼拝堂に行った。礼拝堂の入り口にパンとワインのポスターが貼ってあって、そこに書かれている言葉が、とても優しく心に響いた。

「ナザレのイエスさまが、あなたを夕食にお呼びになっています」
 主の晩餐への招きだ。今夜のミサで、聖体拝領があるのだろう。
 来週の礼拝では御殿場教会でも聖餐がある。
 すべての人に信仰が与えられて、イエス様が招いておられる食事にあずかれますように。どうか教会に、聖霊の力を注いでください。

posted by 牧師 at 15:30| 日記

4/16

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 祈祷会で、お花をいただいた。私の大好きなバラ。それも御殿場産で、冬の寒さや虫とか病気にも強い品種だとか。名前は「ノックダウン」。すごい名前でしょ。「ノックダウンされないように、新年度も乗り切ろう」と言う、みんなからのエールかな。うれしい。ありがとうございます。良い香りなので、教会の玄関に置かせてもらった。来週はイースター礼拝だし。

 三寒四温で、暖かい日も増えてきた。そのせいだろう。教会の庭もだんだん賑やかになってきた。いつの間にかピンクのチューリップが咲いていた。以前、植えた球根が残っていたんだね。風が吹くたび、3本、そろって頭を振っているのがカワイイ。
 スズランの色と形は、小さいのに清々しく、しとやかで、なんて愛らしいんだろう。神様のなさることは、すばらしい。
 去年、家で咲いたヒヤシンス。花が終わったから、外に球根を植えたまま、ほったらかしにしていたのに、ちゃんと咲いていた。ごめんね。忘れていて。でもまた咲いてくれて、ありがとう。うれしいよ。
 更なる強者がいた。鉄のポールと木材の隙間から芽を出して、花をつけた水仙。「アンタは強い!」。環境の悪さをもろともせず、たった一輪だけだけど、花を咲かせたね。
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 渡辺和子さんの「置かれた場所で咲きなさい」と言う本があるけど、その通りだよ。私も新年度、置かれた場所で、心を尽くして、御心にかなった花を咲かせよう。
posted by 牧師 at 15:10| 日記

2014年04月16日

4/14

 13日の日曜日から受難週に入った。これからイースターまでの1週間は、聖書を見ても1日1日の中身がすごく濃い。同じように、今週はやるべくことが山ほどあって、毎日の中身がとても濃い。でもうわべの忙しさに流されないよう、心をしっかりイエス様に向けておかないと。
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 赦そうとする時、苦しみ、痛み、恐怖が伴う。赦すよりも、出来ることなら記憶をなくして、完全に忘れてしまうほうが楽だ。
 でもイエス様の十字架の赦しは、忘れることでもなく、見逃すことでもない。
イエス様の赦しは、相手を自分の中に受け入れて、愛するまで赦す。
 私達がそこまで愛され、赦されるために、イエス様は十字架で命をささげてくださった。さらに天におけるご自分の財産までも、イエス様は私達にささげてくださる。
 私達の知らないところで、全く気がつかないところで、神様の恵みの計画は今も着々と進んでいる。知らないうちに、私達は神様の恵みの中に招かれている。大胆な神様の計画、神様の愛の奉仕を、少しでも深く悟らせていただけるように、心の耳と目を大きく開いて、祈り続けよう。
 そして心からの感謝と喜びと讃美をもって、イースターを迎えたい。
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posted by 牧師 at 00:48| 日記

4/12

no-title 午前中、受洗準備会。ついリキが入ってしまう。準備会が終わって、ひたすら聖霊の導きを求めて祈る。そして牧師館に戻ると、土曜日だというのに、そのままバタンキューで寝てしまった。
 私が寝ている間、お花が届いた。夫に聞いたら、「庭に咲いたから」と持って来てくださったのだという。
 色々な形と色の水仙。そして真っ白でかわいらしいスズラン。教会の庭にも少しずつ水仙などが咲き出したけれど、こんなに見事には咲いてない。
 大雪の長くて寒い冬を耐えて、ようやくきれいに咲いた花たち。私は土から生えてきた花を、切り花にする勇気がない。せっかく咲いてくれたんだから、切るのはかわいそうだし、もったいなくて。
 お花を届けてくださった方も、きっとそうだったと思う。大事に育ててきて、ようやくきれいに咲いてくれた大切な花に、思い切ってハサミを入れるのは、覚悟がいったはず。
 ありがとうございます。
 そのお心を春色満載のお花たちと一緒にいただきます。

posted by 牧師 at 00:29| 日記

2014年04月02日

4/1

 もう四月。日常の教務の他に、教会総会などの準備を、毎日遅くまでやっている。他にも教会のやるべき仕事はたくさんある。そんな中で、総会資料をまとめていると、年間の教勢報告や教会財務が右肩上がりになっていない現状をまのあたりにして、ガックリ落ち込む。
 総会資料の準備が進むにつれて、鬱々とした気持ちが、全身にのしかかってくる。
 「牧師のくせに、なんだ。この様は」。
 もちろん誰もそんなことは言わないけれど、でも自分の心の中では、いつも反芻している。

 「どうしたら説教がみんなに届くのだろう。どうしたら来週も聞きたいと思える説教になるのだろう。どうしたら礼拝に来てもらえるのだろう。」
 もっと元気に伝道牧会に精力的に働けたら…。うだうだ休まずに説教の準備に時間を割くことが出来たら…、もっと根気よく忍耐強く祈り続けていたら…、結果は違っていたかも知れない。それなのに体は思うようには動かない。本当に情けない。
 たくさんの後悔が押し寄せ、私の全身から、気力を抜き取っていく。
 二階の寝室でふとんにもぐって鬱々しながら、ふと廊下に出たら、廊下の上の窓から、教会の十字架が見えた。
 そうだった。十字架以外に、私が頼れるところはない。無力で、ダメ牧師は十字架のキリストの力だけが、救いの砦。よりどころ。避難場所だった。
 神様、助けてください。神様、助けてください。
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posted by 牧師 at 05:22| 日記

2014年03月26日

3/25

 遅くまで仕事をしていて、寝ようと勉強部屋を出たら、外がいやに明るい。また雪かよ!と思って外に出たら、雪じゃない。日が長くなって、外が明るくなっていたんだ。御殿場はまだ寒いけど、いつの間にか、春になっていた。
 一眠りしてから、教会の殺風景な花壇を見て歩いた。そしたらあの大雪に耐えて越冬した花たちが、あちこちに顔を出し始めている。
教会員の方が去年、自宅から株分けして植えてくださったクリスマスローズ。冬の寒さがこたえたのか、クリスマスには花が咲かなかったけれど、3か月遅れで、一つだけつぼみをつけてくれた。もうすぐ咲くだろう。イースターの頃かな。楽しみだ。教会の花壇がまた花たちで賑やかになってくれるのが、待ち遠しい。
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posted by 牧師 at 02:47| 日記

3/24

 昨日は礼拝後、教会学校の教師会の途中で抜けて、静岡に向かった。東海連合長老会の今年度最後の会議がある。本数の少ない御殿場線の関係で、会議より1時間早く静岡に到着。駿府教会は歩いて15分くらいだから、少し駅ビルの中で時間をつぶそうと、駅ビルの中のお店を見て回る。普段、ほとんど買い物に行かないし、仕事以外では外に出ないので、駅ビルの中は物がいっぱいで、異次元の世界。
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 でも食器屋さんで、いいものを見つけた。マグカップに乗せるフタ。いつも仕事をしながらコーヒーなどを飲む。でもデスクライトの下にマグカップを置いているので、いつの間にか、マグカップの中に虫が飛び込んでおぼれている。
 せっかくコーヒー入れたばかりなのに!と腹が立つ。小皿でフタをしたこともあったけど、カチャカチャ音がするのが、気になる。
 でもこのピンクのフタはシリコンでできているから音はしないし、カワイイし、電子レンジに入れてもOK。優れものでしょ?そして安かったの。500円でおつりがくるお値段。やったね。

posted by 牧師 at 02:40| 日記

2014年03月22日

3/21

 今日、お風呂から上がって、下着を着て、黒のレギンスをはこうとしたら、右足にチクンと感じた。「トゲかな」と思ったら、続けてズキンと激しい痛みが走った。「痛い!痛い!」と言って、右足のレギンスを脱いだら、そこにいたのは黒いハチ。
 風呂場で私が悲鳴を上げたのを聞いて、夫がびっくりしてやってきた。
夫「どうした、どうした?!」
私「ハチ、ハチ、ハチ、痛い。痛い。痛い。」
 夫も以前、ハチに刺されたことがあるので、手際よくハチを退治してくれた。私の右足には、2つ、ハチに刺された跡があって、たちまち腫れてきた。夫は以前、自分が使っていた薬の残りを、私の足にぬってくれた。
 夫がハチに刺された時もそうだったけれど、今回も洗濯してから、たたんでタンスにしまっておいたレギンスの中にハチがいた。この前、久しぶりにお天気が良かったから、洗濯物を外に干した。ハチが出て来るにはまだ寒い時期なのに、寝ぼけて出てきたハチが、寒くて思わずレギンスの中に隠れたんだろう。
 それにしても、タンスにしまって1週間ちかく経つのに、まだ生きてたの。これ、なんていうハチだろう。
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 夫がゴミ箱に捨てたハチを、取り出してみた。そしたら体は2つに、ちぎれているのに、おしりはピクピク動いているし、手足もゴソゴソ動かしている。体はちぎれているのに、まだ生きているよ。ハチの生命力って、すごいなあ。
 ハチの生命力に敬意を表して、外に出て、ハチは土に穴を掘って埋めた。
 これから洗濯物をたたむ時は、充分注意しないと…。
posted by 牧師 at 04:18| 日記

2014年03月13日

3/13

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 祈祷会の後、いただきもののお菓子を、みんなで分かち合った。「三島ざくら」というお菓子で、三島大社の近くにお店があるらしい。味はもちろんだけど、そのパッケージが芸術的で美しいの。桜の花びらが上に乗っていて、花びらを開くとお菓子が出てくる。こんなところにまで細かい細工を施すなんて、これぞ日本人の美意識の高さと感心。お菓子を食べた後も、パッケージを捨てるのがもったいなくて、元通りに花びらを作ろうとするけど、結構、これが難しい。これを考えた人はエライ。

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 祈祷会を終えてから、教会のすぐ近くにできた御殿場十字の園のグループホーム「笑みの里」竣工式礼拝に出かけた。
 地域に、御殿場十字の園の働きが広がっていくことは感謝だ。地域の理解を得て、良い働きをしていただきたい。そのためにも職員の方々には、ぜひ月に一度でも、教会の礼拝に出席していただきたいと心から願う。
 新しい施設は、すべて個室で明るく清潔。トイレもお風呂も使い勝手がいい。施設内で利用者の方が自由に集まり、過ごせるように設計されている。
 二階建てて、階段のところには、滑り止めの丸いゴムが並んでいた。二階からは富士山と反対側に箱根の山が見える。環境はとてもいい。
 しかし24時間体制で夜勤もある。介護はたとえ数時間でも、とても疲れるし、気を遣う仕事だ。だから職員の方々が疲弊してしまわないように、充分な人員の配置をしていただきたい。定員は18名。募集したら、すぐに満室になることだろう。
 この日は雪も雨も降らず、暖かくて良かった。浜松でお仕事をされているU長老も竣工式に来られていた。遠くから、いつもご苦労様です。



posted by 牧師 at 16:51| 日記

2014年03月11日

3/10

 最近、どういうわけか疲れやすくて困る。年のせいかな。仕事を終えて帰ると、すぐ横なって寝てしまう。寝るということは、「やるべき仕事がたまる」ということ。そしてたまった仕事をするため、どうしても朝方まで机にむかう。
 昨日も礼拝を終え、諸集会を終えて牧師館に戻ると、すぐに寝てしまった。そして夜中に、起き出して、ゴソゴソ仕事をしていた。
 今日、月曜は東海連合長老会の牧師会が静岡であるので、朝早く起きて出かけた。御殿場線で沼津に着いた。それなのに、そこでそのまま、座席で寝てしまう私。ハッと気がついて、ドアが閉まる直前に電車から飛び降りて、東海道線に乗り換え、三島に行き、三島から新幹線で、静岡に向かう。危なかった。
 新幹線。ここで眠ったら、もうおしまいだ。絶対に起きていなくっちゃダメ。バッグの中に最新号の「季刊・教会」が入っているけれど、これ読んだらイチコロで爆睡しそう。
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140310_牧師会@.jpg
 目を窓に向けて、新富士からの富士山を眺めたり、新幹線の座席に書かれている文字をにらみつけるように、目をこらして読んだりして、必死に眠気をこらえて闘う。ハタから見たら、滑稽な姿だ。
 「春眠、暁を覚えず」っていうから、これも春のしるし?
 
posted by 牧師 at 17:41| 日記

3/6

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 一月下旬、突然、緊急入院された知人がいた。入院中、お見舞いに行きたかったけれど、お見舞いは禁じられていたので、ただただ私は、無事に回復されることを神様にお祈りしていた。
昔、仕えていた教会で、同じ病の教会員の方を退院するまで、ずっとお見舞いしてきたことがあった。ご家族がおられなかったので、医師の説明も私が聞いた。手術後、教会員の方は一か月、ベッドから動くことができなかった。

 だからまさか今日、その方の元気に笑顔を見ることができるなんて、思ってもいなかったので、本当にうれしくて、夢みたいだった。
 その方は本当に良いタイミングで緊急搬送され、早く手当てができたそうだ。毎日のお祈りの中で、その方のことも、ずっと祈ってきた。神様はこういう時に、ちゃんとすべてを手配してくださるんだなと思って、感謝。感謝。感謝。
 
 私のうれしい気持ちを察するかのように、夕食で初物のイチゴとご対面。夫が農協で買ってきた。「勿体ない」という私の言葉を予想してか「安かったから」と夫が言う。ホントに? 
まだ牧師館の前には雪が山になって残っているけど、「春が近くまで来ているんだよ」と、赤くてピカピカのイチゴが言っているみたい。


posted by 牧師 at 17:28| 日記

2014年02月28日

2/28

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 今朝の朝刊に「アンネの日記」などの本が、図書館や書店で、大量に破られていることについて記事が載っていた。最近の政府の傾向に気分を良くして、自己主張しているヤカラが徘徊しているのは確かだ。
先月、機内で見た「図書館戦争」の映画の場面を思い出した。政府に逆らう思想、言論は徹底的に排除する。焚書と言う制裁を加える。それが現実になってきている。
 果たして現政権は、このことに本腰で向き合うのか。それとも「良くやってくれた」と内心、笑ってみているのか。
 私の書棚にも昔読んだ「アンネの日記」があった。最後の解説のところに、自分で赤線を引いていた。
 「異質なものへの不寛容」
 「加害者か被害者か、善か悪か、正義か不正義か、と言った色分けでは決して解決しない問題が、ここに横たわっているのです」


 異質なものに対する不寛容は、すべての人に当てはまる罪の現実。しかし神様と人間と言う、全く異質なものの間に、十字架のイエス・キリストが立っておられる真実がある。そしてキリストは、全く異質な両者を、ご自分の中で一つにしておられる。
 思想、言論の自由を奪おうとする「異質な者」に、私は寛容ではいられない。命をかけて闘ってやる。でも目の前に立つ十字架のキリストを見上げる時、闘い方は違ってくるのだろう。
posted by 牧師 at 20:46| 日記

2014年02月26日

2/25

 月曜日から神戸で、宣教協議会。今回は会議室と宿泊ホテルが違ったので、1日目、すべての予定が終わってから、9時過ぎ、キャリーバックを引きずりながら移動。翌日の朝食は会議室のあるホテルでとるため、朝7時半には宿泊ホテルを出て、また移動。
 神戸には雪の痕跡もない。これならブーツ(長靴)でなくても良かったね。何回か神戸には宣教協議会で来ているけれど、町を歩き回ることは、ほとんどない。色々、見どころがあるんだろうな。行ってみたいな。これは神戸のマンホール。
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 宣教協議会が終わり、今度は日曜学校委員会。
 近くのYMCAの会議室を予約していたので委員たちと受付に行った。すると男性職員の方に「御殿場教会の…」と声をかけられた。以前、研修のために御殿場の東山荘に来ていて、御殿場教会の礼拝に出席しておられた方だった。
 「こんにちは」
 「御殿場の雪はどうでしたか」などなど。
 お互いに携帯にある御殿場教会の写真を見せ合った。一度、礼拝に来られた方が、牧師の顔まで覚えていてくれたのは、うれしかった。
委員会が終わってから、「御殿場に来られた時は、また礼拝にもいらしてくださいね」と男性職員の方に挨拶をして、YMCAを出た。

 でもまさか、神戸に自分のことを知っている人がいるとは、思ってもなくて驚いた。
 知らない土地とはいえ、悪いことは出来ないものだと実感。もちろん、何も悪さはしてこなかったですよ。ホント。
posted by 牧師 at 15:49| 日記

2014年02月21日

2/21

 通院日だったので、久々、車で出かけた。先週の大雪から一週間たったけれど、雪かきした雪が山積みされたまま、道の端に残されている。道は雪に占領されて、これじゃあ歩行者は歩けない。実際、車道に出て歩いている人もいる。子供たちだって通るのに、危ないじゃん。
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 雪かきして、その雪を捨てる場所がないの?
 市役所が手配して、各家が雪かきした雪を集めて、トラックで川とかに運んで捨てればいいのに。それも出来ないの?住民税、返せ。
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 壊れていた牧師館の水道管の修理がようやく完了。古い水道管だったので、雪をどけて、水道の元栓を開けたら、土から水がふきだした。水道管は錆びてボロボロ。でも無事に水道管の修理ができて、お風呂に入った時は感激した。
 今回直したのはトイレからお風呂場までの水道管。台所の水道管はそのまま。また大雪がふったら、破裂するかも。
 今年の大雪では、近隣の人と一緒に雪かきしたり、うちの車が雪に埋まっているから、隣家の人が車に乗せてくれて、灯油の買い出しに行ったり、お互いに協力してコミュニケ―ションが取れたのが、収穫だった。町内会の運動会とか、たくさん行事やらなくていいから、市と各町内会がタイアップして、市内を順番に回って、除雪機やトラックの配備を検討してくれないかな。
posted by 牧師 at 17:35| 日記

2014年02月18日

2/17

 牧師館の水道管が大雪のためか、壊れて漏水していることが分かり、水道はストップして使えなくなった。水道屋さんも、水道管が埋まっている所の雪が無くならないと、修理できないとのこと。でも牧師館の山のような雪。どこに持っていけばいいのさ。いつになったら、水道管の修理ができるのか、見通しも立たない。水が使えなくて本当に困る。お風呂も先週の金曜から入っていない。
 そこで教会に、シャンプーとか持って行って、教会の洗面所で頭を洗い、顔を洗った。教会はお湯が出るから助かる。お風呂に入れないのはつらいけど、久々に頭を洗えて、さっぱりした。
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 まだ車は雪に埋もれている。車が動けば、御殿場温泉にでも行くんだけど。道路事情がこれまた良くない。教会の前の道も裏通りも、市で除雪車とか使ってガンガン整備してくれないかな。車がすれ違うほどの幅もなくて、車が数珠つなぎになっている。
 住民税だって払っているし、町内会費12000円も払っているんだから、生活道路の雪かきくらい、ちゃんとやってほしいよ。日曜日の公園などの掃除に出られないと、1000円も罰金とるのにさ。

posted by 牧師 at 01:42| 日記

2014年02月17日

2/16

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昨日一日中雪かきをして、天気予報では夜から雨が降るというので、少しは雪が解けるかと期待していたけれど、期待外れ。雪はコチコチに固まって、雪かきした道は滑りやすくなっている。
 今日も教会学校は中止しますと関係者に連絡した。大人の礼拝が始まる前に道の整備をしないと。あっ、それから会堂の暖房のための室外機が雪をかぶっていることに気がついた。会堂の裏側なので忘れていた。裏に回ってビックリ。雪かきされた雪が2mくらいの山になっている。それによじ登って室外機を目指す。所々、雪が柔らかいところがあって、体が腰までスボッと雪の中に落ちてしまう。すると両足がなかなか抜けない。足が抜けたと思ったら、靴が雪の中に残っていて、今度は靴を拾う。雪の山を沈んでは登り、沈んでは登りして、室外機までたどりついて、雪をなんとかどけることができた。これで会堂のエアコンは使える。良かった。
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 礼拝の5分前。まだ3人だけ。途中、何度も転びながら、雪道を歩いてこられた方。電話連絡で道路が渋滞していて遅れますという方もあった。玄関の戸が雪で開かないという方、みんな雪の中に閉じ込められている。それでも電車と徒歩で教会を目指してこられた方、遠くからひたすら雪道を歩いてこられた方と共に礼拝をささげた。渋滞に巻き込まれていた方は、説教が終わってから、ようやく教会にたどり着いた。遅れることが分かっていたので、説教はICレコーダーで記録してあるから、後で聞いてくださいね。
 先週よりもさらに少ない人数だったけれど、体を張って教会に来ただけに、みんなが御言葉に集中して、聖霊に満たされて祝福された礼拝だった。
 礼拝後、少人数だったので、事務室に集まって一人ずつ祈りを合わせる祈祷会を行い、その後、暖かいコーヒーで体を温めた。礼拝の交わりと信仰者の交わり。お互いを思いやり、祈りを合わせることができる幸い。
 多くの困難がある。これから先も何があるか分からない。それでもこうして神様を求め、御言葉を求めて、教会に駆けつける信仰者たちがいる。どんな時でも希望を失わず、神様の導きに固く信頼して、進んでいこう。
posted by 牧師 at 12:11| 日記

2014年02月16日

2/15

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 今週末もまた雪。今回は湿った雪で、土曜日に外に出て、あぜん。周りが雪で囲まれているというか、埋もれている。とにかく雪かきしないと、明日の礼拝にさしつかえる。牧師館から出ていくためのまず道を作っていく。
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 私は表通りに向かって雪かきをして道を作り、夫は教会に向けて道を作っていく。昨日降った雪は湿っていて、重い。上からスコップで雪をどかしていくけど、下の方は水浸しになっている。私の長靴は短くて、靴の中は雪解け水が入ってきて冷たい。
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雪かきにしていて、ふと気がついた。スコップで掘っていく時、雪の中に深い跡がついたところが青くなって、とてもきれいだ。クリオネとか、いそうな気がしたりして。

 教会からコンビニに抜ける道も作っていく。それにしても雪の量がすご過ぎて、なかなか前に進めない。近所の人も家から出るために、雪かきをしている。雪かきをしながら、声を掛け合う。こんな時でないと、近所の人と立ち話も出来ない。

 「60年、御殿場に住んでるけれど、こんな深い雪は初めてだ」と言っていた。そうなんだ。やはり異常気象なんだね。雪かきで、近所の人たちも疲れている。雪国の人たちはこれが日常生活なんだ。雪国の教会は大変だ。
 雪かきをしている間も、屋根から雪が落ちてきて、今、作ったばかりの道をまた埋めていく。ニャロメ。
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 長靴の中は水浸しだけど、ずっと履きっぱなししていたら、体温で温まって、足の冷たさは感じない。体もホカホカしている。冷え症なのに、雪かきは冷え症に効くのかな。
 教会に行く道を作るため、雪かきした雪を牧師館の方に積んだせいか、牧師館の湯沸かし器が使えなくなっていた。湯沸かし器の室外機が雪ですっかり埋もれているせいだろう。今夜はお風呂に入れない。顔だけ洗って、寝るしかない。
 
 教会の右側のガスストーブや牧師館のエアコンも、室外機が雪に埋もれているから使えない。こういう時、単純な石油ストーブが一番だね。
 明日、礼拝に何人、集まれるかなぁ。
 明日、良い天気になって、無事に礼拝ができますように。
posted by 牧師 at 01:19| 日記

2014年02月12日

2/9

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 土曜日から横殴りの吹雪で、窓もドアもゆきだらけ。
 外に出ようとしたけど、私の長靴では雪が入ってしまって、先に進めない。
 明日の礼拝、どうなるんだろうと心配しながら、日曜の朝を迎えた。

 外はとんでもない雪の量。教会学校の教師や子供たちに、「教会学校はお休みです」と電話連絡を入れた。
 とにかく大人の礼拝が始まるまでに、表通りから教会まで、人が通れる道を作っておかないと…。着替えてシャベルをもって、ひたすら雪かき。私の腰の高さくらいある。モーセみたいに、シャベルを持ち上げたら、両側に雪が分かれて乾いた道が現れたらいいんだけど。そんなことを考えている間に、雪かきだよ。
どうにか1人通れるまで、表通りまで雪かきをしたところで、夫が飛んできた。「礼拝が始まっちゃうよ」。
 あわてて着替えて礼拝堂に入り、講壇に上がって、コップの水を一気に飲みほした。礼拝者は十数名。
 でも奏楽者のMさんが、電車と駅からの歩きづらい雪道を、徒歩で教会まで来てくれて、オルガンの奏楽を務めてくれている。ありがたい。今日はヒムプレーヤーで礼拝するしかないと覚悟していただけに、オルガンの音が胸にしみて、すごく励まされた。
 雪道で不便だけれど、それでもこうして神様の前に集ってくる礼拝者がいる。御言葉を聴こうとする人たちがいる。ありがたい。勇気づけられる。
 礼拝が終わったら、外はすっかり晴れ上がって、雪がキラキラまぶしく輝いている。誰かが「気持ちいい〜!」と言った。ホント、気持ちいいね。雪かきした道も暖かい日差しで雪が解けて、アスファルトが見えるようになっている。みんな気をつけて帰ってね。
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posted by 牧師 at 04:24| 日記

2/2

 今日は長く求道していたIさんの洗礼式。礼拝の中で、信仰告白を読み、誓約してもらってから、洗礼を授けた。Iさんの白いブラウスが、ウエディングドレスのように思えた。そう、キリストの花嫁になったんだもんね。Iさんはキリストと永遠に結ばれて、そして私達はお互い、キリストの兄弟姉妹、神様の家族になったんだ。幸せ。
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 礼拝後、長老会が始まる前の短い時間だったけれど、手作りお菓子と紅茶をいただきながら、みんなが一言ずつ、Iさんにお祝いのに言葉を贈った。
 信仰生活は始まったばかり、キリストに結ばれた新しい人が今日、御殿場教会に誕生した。聖霊に導かれて、キリストに信頼する信仰の生涯を送ってほしい。おめでとうございます。これからもお祈りしています。

posted by 牧師 at 04:00| 日記

1/31

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去年は何本もつぼみをつけた茎があったけど、今年はつぼみのついた茎は一本しかない。
 その貴重な一本の茎にあるつぼみが開いた。
 そして花の中で、あの小さなおさげの女の子が、三つ指ついて、おじぎをしている。
 かわいい。

 「こんにちは。一年ぶりですね。
  去年はたくさん咲いてくれたのに、今年は淋しいですよ。
  できるだけ長く咲いていてくださいね」。




posted by 牧師 at 03:50| 日記

1/27-28

 先週の旅行中の荷物の片づけも終わらないまま、祈祷会、日曜の礼拝に突入。そして月曜日。27-28日は、分区一泊牧師会。分区には新しい先生が増えたので、そういう慣れない場に出かけるのは、正直しんどい。
 27日は伊東教会に新しく赴任された先生の講演を聞いて、夕食でおしまい。教区総会みたいに、「夕食後も話し合い」、なんてことはないだけ助かる。
 夜寝る前、旅館の温泉につかる。いい気分(温泉)私1人しかいないし、湯船が広いから足をのばして入れる。顔がようやく出せるくらいまで、体を思いっきり伸ばした。湯船の底に敷かれた四角いタイルの上に、自分の足が揺らいで見える。
 こんな絵を、小倉遊亀が描いていたよね。湯船の中で屈折して見える足が描いてあって、「面白いところをよく観察しているな」と思った。
 この旅館にも、たくさん絵が飾ってある。各階に、渡辺禎雄の型絵染版画もある。いいなぁ。黒ハート

 翌日の28日は教区や分区の報告。分区では、熱海教会、大宮共立教会、伊豆八幡野教会が新年度、教師の交代がある。ますます分区の牧師会、出つらくなりそう。そして今日の牧師会は11時で終了。えっ!プリントには11:50て書いてあるじゃん。がく〜(落胆した顔)他の牧師たちは、みんな引き上げていったし、旅館は店の片づけや掃除を始めて、これ以上、長居出来そうもない。夫の迎えの車が来るまで、旅館の前で待つ。
 ようやく牧師館に戻った。疲れて、そのまま爆睡眠い(睡眠)
posted by 牧師 at 03:42| 日記

1/21

 マルタから、キプロスを経由して、ドバイ空港に着いた。ドバイでは乗り換えの時間が短い。私の搭乗ゲートはA23。まずエレベーターで1階まで下って、そこからモノレールみたいなのに乗ってAのゲートへ移動。さらにA23はエレベーターで上まで上がらないとならない。ひえ〜。もう時間ギリギリ。でも顔を洗いたい。飛行機の中で顔を洗うのは不便だけど、ドバイのトイレはお湯も出るので、ささっと顔を洗った。でも隣を見たら、すごい人がいた。長い髪を洗面所のお湯で洗ったんだろう。手を乾かすための自動ドライヤで、長い髪を乾かしている人がいた。やるねえ。上級編だよ、あなたは。
 走ってA23の搭乗ゲートに行って、機内の人となる。眠れないので、また70-80年代の曲を聞きながら、本をずっと読んでいた。往復の機内で、本1冊読めた。
 成田上空に来て、アテンダントがヘッドホンを回収に来た。その時、ちょうど流れていたのが尾崎紀世彦の「また逢う日まで」。キヨが「あなたは、どこにいて、何をしてるの〜♪」と歌っていた。わかんないよ。神様に聞いて。
 成田空港は改築中なのかな。この通路は初めて通る。
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荷物を受け取ったら、御殿場行きの高速バスがあったのでチケット買って、飛び乗った。これで2014年の私の休暇はおしまい。今回の休暇の収穫ベストスリーは何か。
@ゴゾ島のセント・ジョージ教会で司祭が、キリストの臨在を確信してミサを行っているところを見ることができたこと。一日に何回も行うミサが、惰性でなく、畏敬に満ちて執り行われるのは、聖霊の働きだ。すばらしい奇跡と言える。
Aマルタ島のセント・パウロ・アングリカン・カテドラルで、聖餐にあずかれたこと。キリストにあって、すべての人が兄弟姉妹としてつながれていることを実感させてくれる聖餐の力は、なんて偉大なんだろう。ますます聖餐に飢え
渇きを覚えるようになった。できることなら、毎週聖餐を行いたい。
B神様の前に静まって祈ること、神様に向き合って祈ることが、特別な事ではなくて、マルタでは、ごくごく当たり前になっていることに感動した。私達もそういう生活ができたら、どんなにいいだろう。祈りの生活を真剣に続けることで、信仰生活は具体的に、確実に変わっていく。聖霊によって必ず変えられていく。まず自分自身が、教会に聖霊を求めて、絶えず祈る者とされていこう。

posted by 牧師 at 03:31| 日記

1/20

 朝、ホテルの部屋のドアがガチャガチャいう音で目が覚めた。掃除のスタッフが勘違いして、ドアを開けたらしい。昼間にチェックアウトするからと伝えて、ドアを閉めた。もう8時30分だ。早く起きるつもりだったけれど、目覚まし時計を自分で止めて、二度寝したらしい。もし掃除のスタッフが来てくれなかったら、昼過ぎまで寝ていたかもしれない。そしたら、もちろん飛行機にも間に合わないし…。大変なことになるところだった。神様が掃除のスタッフを通して、起こしてくださったんだな。神様、ありがとうございます。
 そこで朝食後、ホテルのすぐそばにある教会に入ってお祈りをした。正面に十字架のイエス様があるけれど、背景の色が、う…ん、どうかなあ。厳かな感じがしない。ミサには参加していないから、詳しいことは分からないけれど、ここもカソリック教会なのかな。
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 海沿いに歩いていくと砂浜の海岸に出た。マルタのハチミツ色の建物と同じ、ハチミツ色の砂だ。ここでも海の水に触って、砂の感触を味わった。さらさらでいい気持ち。
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近くに小さなショッピングセンターがあったので、靴を探した。パウロ湾で転んで、両方の靴に大きな擦り傷ができたから、買い換えたい。お手頃な値段の茶色のブーツがあったから、試してみたけど小さくて入らない。外国に来ても私の足は、シンデレラのお姉さんなのか。悲しい。店員さんが大きいサイズを出してくれた。色は黒しかないという。「これ、はいて帰ります」と言って、17.5€支払った。良い買い物でしょ。(でも旅行前は1€が146円だったのに、帰国したら1€が139円に下がっていた。くそっ!)
 ホテルに戻って荷物の整理。この部屋は広くて(広すぎ)快適だった。ベランダも広い。ベランダから、向こうにカジノも見える。
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 12時にヒルトンをチャックアウトして、お礼を言って、空港へ。空港までのドライバーに「マルタはどうだった」と聞かれたから、「マルタに来て初めて、アングリカンの教会で、聖餐式にあずかれて幸せだった」と言ったら、ドライバーは「僕は毎日、聖体にあずかっているよ」と言っていた。
そうか、マルタの人たちは毎日ミサに行って、毎日、聖体にあずかっているんだ。いいなあ。信仰が完全に毎日の生活の一部になっているんだよね。
空港のカウンターで窓際の席にしてほしいといったんだけど、空席がないから無理だって。搭乗ゲートが開くまで、ウロウロしてたら、プレイモビル発見!今回は海賊スタイルで無精ひげもついている。カッコいい。
 さあ、帰るぞ。
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posted by 牧師 at 03:23| 日記

1/19

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 今日は日曜日、バレッタで礼拝を守りたい。バス停で購入した一日バス券は、いつものとは違う。でも値段は一緒。バレッタの「難破教会」のミサに出たいけど迷子になった。やんなっちゃう。近所の人が、「ホラ、あそこ」と指差した。
 えっー!去年、訪れた「難破教会」と入り口が違うじゃん。
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 恐る恐る入ってみたら、もうミサが始まっていた。週報みたいなのがあるので、もらってきた。ミサが終わって礼拝堂を見て回ったら、やっぱり「難破教会」だ。あのパウロもいた。「やぁ」と手を挙げている。天井に描かれた難破船の絵もある。これを撮影したくて、22倍ズームのデシカメを新しく買っておいたのだ。
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 去年は裏口から入ったんだ。でも正面玄関はこんなに立派で、建物もデカイ。大通りに面しているところが難破教会の正面玄関だったんだね。
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 礼拝のハシゴで、次は昨日訪れたアングリカンの教会の礼拝に行ってみる。ここもカテドラルだから、建物はデカイ。中に入ってみる。
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 受付で「私は長老派ですが聖餐にあずかれますか」と聞いたら「もちろん、どうぞどうぞ」と、にこやかに応対してくれた。受付で、パウロの絵と聖句が書かれた紙のしおりが売られていたので、お土産用に数枚買った。
 席に着くと、式文のような週報と讃美歌集もおいてある。礼拝は英語だし、式文があるので、次に何をやるのか分かる。マルタのカソリック教会のミサは皆、マルタ語で、全然言葉が分からなかったので、アングリカン教会の英語はありがたい。
 「プリースト」と呼ばれていたから、牧師なのか司祭なのか、分からないけれど、助手たちと共に礼拝におごそかに入場して、礼拝堂の奥に入った。その両側には聖歌隊がいる。礼拝では、旧約聖書からイザヤ書、詩編、パウロ書簡から第一コリント書、福音書からヨハネ福音書が読まれ、主にヨハネから説教がされていた。そして聖餐(コミニュオン)の前に平和の挨拶。前後左右、礼拝に来ている人たちが握手をして挨拶を交わす。私も初めての人たちと笑顔で握手をした。これって、うれしいかも。
 コミニュオンは前の列から少しずつ、前方に出て行って、パンと杯を受け取る。いかにも英国紳士と言う感じの男性が、列の横に立って「はい、この列」と言う感じで、前に進ませる。足の悪い人たちや高齢者には、介助の人がついていて手際がいい。
 私も前に進んで、ひざまずいた。一人一人に「これはキリストの体です」と言って丸いウエハースが渡される。パンを受け取ったけれど、このまま食べて良いのか。それとも杯に浸して食べるのか分からなかった。ノロノロしていたら、隣の人に杯が回ってきたので、急いでパンを口に入れた。
 私の前に杯を持った人が立ち、杯のふちを布で拭いてから「これはキリストの血です」と言って、私に飲ませた。本物のワインだ。私はお酒がダメだから、ほんの少しだけ口にした。回し飲みなんだ。すごい。
 席に戻った。コミュニオンにあずかれるって、なんてすばらしいんだろう。なんてうれしいんだろう。カソリックでは仲間外れだったけれど、ここでは杯が回し飲みで、同じ杯から同じワイン・キリストの血を飲む。そして一人一人に「これはキリストの体です」「これはキリストの血です」と宣言してパンとワインが与えられる。ずっしりと重たいコミュニオンだ。初めてのアングリカンでの礼拝なのに、私達は他人ではない。同じキリストの体と血をいただいたという一体感がある。同じキリストの枝、キリストの兄弟姉妹だと、実感できるコミュニオンの力はすごい。今日は第一週ではないのに、アングリカンでは毎週、コミュニオンをしているんだ。いいなぁ。讃美歌も英語だから、歌詞をそのまま歌えばいい。「礼拝に参加している」という実感がひとしおで、うれしい。
 礼拝後、玄関のところで、プリーストから「お茶の会に参加してください」と言われて、他の人たちと一緒に集会室のようなところに移動。中にはいくつものテーブルが置いてあり、自由にコーヒーや紅茶がふるまわれる。私もコーヒーをいただいた。すぐ何人もの人が話しかけてきてくれた。
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「どこから来たの」から始まって「私も日本に友だちがいるのよ。京都に住んでるの。京都はすばらしいところね」とか「イギリスの冬って寒いし陰気だけど、マルタはいいわね」とか、みんな、おしゃべりが大好き。今日初めて会ったのに、昔からの友達みたいに接してくれる。礼拝での一体感を、お茶会の中でさらに深めて、温めてもらえる。うれしい。
 「私はプロテスタントだから、これまでずっと、マルタのミサではコミュニオンにあずかれなかったけれど、今日初めて、ここの教会でコミュニオンにあずかることができて本当に幸せだった」と私が言ったら、ある夫人が「あら、黙っていたら分かんないわよ。私なんか黙ってミサで聖体にあずかっちゃうわよ」と言っていたのにはビックリして笑った。またおじいさんがやってきて、「プリーストに紹介してあげる」と言ってくれて、写真も撮ってくれた。
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 ここにいる人たちは、みんな神様の家族だね。そのことを現実に見せて、実感させて下さって、本当にありがとうございます。御殿場教会でも、こうした聖餐式の交わり、礼拝後の交わりができるようになりたい。アングリカンの礼拝で、すごく良い体験をすることができた。感謝だ。
 昼を過ぎていたけれど、バレッタからバスでイムディーナに出かけた。これまではパウロが腕にへびを巻いているレリーフがあるメインゲートから入っていたけど、今日は「ギリシャ門」から初めて入ってみた。裏門みたいな感じ。
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 パウロの大聖堂はすでにミサが終わって、門が閉まっている。そこで適当に歩きながら、戸が開いてる教会に入ってみる。ここは何という教会だろう。週報が置いてあるけれど、これはバレッタの「難破教会」の週報と同じで、教会の名前は書いてない。そうだよね。カソリック教会は、どこでも週報が同じなんだ。ある意味、便利でうらやましい。ここの母子像は、良い感じ。
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 イムディーナから、さらにラバトに足を伸ばせるけれど、疲れてきたので、無理をせず、パスに乗って帰ることにした。そしてホテルに入る前、昨日、祈りに行った大きな十字架のある教会に行って、1時間ばかり祈って、神様に感謝した。
 さぁ、ホテルに帰って、最後の晩餐だ。今日でヒルトン3日目の夜。ゴージャスな部屋で、今夜もカップヌードルとコーヒーの夕食だ。手前の部屋で、食事をしたり、本を読んだりした。その裏が大きなベッドルーム。奥に見えるのが、立派なデスクがある書斎。デスクは使わず、手前の小さなテーブルで全部、用事は済んじゃった。私って、全然ぜいたくが似合わない。
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posted by 牧師 at 03:01| 日記

2014年02月11日

1/18

 朝食のためにレストランに行くと、担当者に部屋番号と名前を確認される。マルタでは「ヨシコ」と発音するのが、難しいみたい。そこで「ヨシコというのは、日本語でgood childと言う意味だ」と言ったら、笑ってた。
朝食を終えてから、ホテルのコンシェルジュに、「パウロ湾に行きたいけど、今日と明日、どっちの天気が良いか」聞いてみた。すると故・松永希久夫学長(東京神学大学)を、さらにふくらましたような体格のコンシェルジュがパソコンで現地の天気を調べてくれて、「今日の方が良い」。そしてここからパウロ湾に行くバスの番号も教えてくれた。ありがとうございます。早速、バス停へ行き、1日チケットを購入。これ安いし、便利。
 でもね、乗ったのは良いけど、降りるバス停の名前が分からない。バスの中で地図を広げては、バス停の名前と見比べていた。すると隣にいた女性が心配して声をかけてくれた。「私がパウロ湾に行きたい」と言ったら、「大丈夫。バス停を教えてあげるから」と言ってくれた。親切!そしてその女性が教えてくれたバス停で降りた。町の中だけど、海岸の方向を聞いて、歩き始めた。すぐ海岸の遊歩道に出た。
ヤッター!パウロ湾だ。難破してここにパウロたちは流れ着いたのかな。教会もあった。
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「パウロの難破教会」。戸が閉まっている。中に入りたいよ。教会の外壁に使徒言行録27-28章のパウロの乗った船が難破してマルタに漂着した箇所が、ギリシャ語で抜き書きして、はりつけてある。ますます教会の中が見たい。でもこじ開けて入るわけにもいかず、湾に沿って作られた遊歩道を歩いていく。
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 海の向こうにパウロの像が作られている小さな島が見える。パウロ島だ。あの近くまで、この遊歩道を歩いていけば行けるのかな。所々に遊歩道から外れて、海のそばまで行けるようになっている。海の水に手を浸す。冷たい。ここの石を拾って帰ろうと思っていたけれど、ここは全部、岩ばかり。さすがに岩をはがして…とはいかない。パウロ湾の水に触れたことで良しとしよう。
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パウロ島を見ながら歩いていて、少しでも近くに行こうとしたら、急にガクンとなって、つぶれたカエルみたいになって転んだ。足元に小さな段差があったことに気がつかなかった。両手と両膝を思いっきり石段にぶつけて、靴も前の方が擦りきれている。きっと両膝は青あざになっているだろう。大人になって、あれだけ派手に転ぶと、痛いより、恥ずかしい。誰も見てなかったから良かった。
 遊歩道を歩いていたら、途中で街中に入ってしまった。どこまで行ったら、海岸に出るのだろう。車がスピード出してガンガン走っていて、この道は人が歩くには不便。参ったなぁと思いながら歩いていたら、向こうからバレッタ行のバスが来た。海岸沿いの遊歩道はあきらめて、バスに乗ることにした。
そうだ、バレッタに着いたら、去年、歩き疲れて行けなかったアングリカンの教会に行ってみよう。セント・パウロ・アングリカン・カテドラル。
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幸い中に入ることができた。そして教会の中では、コンサートのリハーサルが行われていた。ハープや長いリュートみたいな楽器、弦楽器、管楽器もあり、小人数でも本格的。恐らくプロの演奏者たちだろう。カンタータに大人だけでなく子供も加わっている。リハーサルだから、途切れ途切れの演奏でしかたないんだけれど、オケと歌が教会全体に響いて、すばらしい。男性がコラールを歌った。やっぱりこういう曲は、教会で聴くべきなんだね。すごく心地いい。
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リハーサルのほぼ終わりまで、教会のイスに座ってずっと聞いていた。イスのクッションの刺繍がステキ。多分、教会員の手作りなんだろう。まさか生のオケを聴けるとは思っていなかったので、ラッキー。感謝して教会を出た。
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もうそろそろホテルに戻った方がいいかな。バスに乗る前にトイレに寄った。公衆トイレで30セント支払わなくちゃならない。でも小銭は25セントしかなかったので「まけてくれる?」とお願いしたらOKだった。
ホテルの帰る前に、スーパーに立ち寄り、今度はノンガスの水を確かめて買った。それから少し大きめのカップに入ったカッテージチーズも買った。ヒルトンの朝食はバイキングスタイルで、チーズはたくさんあるけど、カッテージチーズだけ、ないんだよね。大好きなのに。レジに品物を持って行ったら、「このチーズはもう一個、おまけになっている」と言って、別の店員さんに言って、おまけのチーズを持って来てくれた。ありがたい…けど、ホテルの冷蔵庫は下手に使うと、自動的にカウントされて料金を支払わなくちゃならない。だから怖くて冷蔵庫は触れない。大きなカップのチーズを2つも今夜、食べきれるかな。
買い物袋をぶら下げたまま、ホテル近くの教会に行った。でもちょうど門を閉めるところだった。「お祈りだけ、させてもらえませんか」とお願いしたら、「いいところに案内してあげる」と言われて、すぐ近くにあるミレニアム教会に案内された。中にいくつも部屋があって、中央に20人くらい入れる部屋がある。前方に大きな十字架があり、ライトを暗くして静かなオルゴールの音楽が流れている。
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前の方に人がいるのが見える。私は後ろの方に座り、荷物を降ろして祈った。私が祈っている間に、次々と人が入ってきて、しばらく祈って出ていく。高齢者だけでなく、ド派手なかっこうをした若い人たちも来る。当たり前みたいに祈って帰っていく。ここは誰でも自由に出入りできる祈りの場なんだ。こういう祈りの場が、町の中にあるって、すばらしい。そして誰もが気軽に神様と向き合う時間を持とうとするって、すばらしい。
そうだ、私は教会のカギを持っていた。と言うことは、いつでも教会で祈れるということ。すばらしい恵みを預かっていたんだ。神様、ありがとうございます。ミレニアム教会の玄関に、アウグスチヌスの「告白」にある有名な言葉が書かれてあった。
「あなたは私達をご自身に向けてお造りになりました。
ですから私達の心は、あなたのうちに憩うまで、
安らぎを得ることができないのです」
posted by 牧師 at 04:56| 日記

2014年02月10日

1/17

 ゴゾ島は今日のお昼まで。午後からマルタ島に移動する。そして今朝も6時に起きて、駆け足でタ・ピーヌを目指した。昨日と同じように、教会の近くで道の掃除をしているおじさんに会った。「おはよーございます。お祈りに行ってきまーす」。
 タ・ピーヌには、私の他にもお祈りに来ている人がいた。心を静めて、教会員、求道者、同労者、友人、一人一人を覚えながら祈った。そして来週の説教の黙想も、次々と浮かんできた。2日続けて、ここで祈ることができて本当に良かった。
 帰り道、掃除をしていたおじさんに「今日、ゴゾ島を出発するので、一緒に写真に入ってくれますか」と頼んだら、喜んで肩を組んで写真に納まってくれた。ありがとうございます。
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 ホテルで朝食をとり、12時のチェックアウトまで、ホテルの近くを散策する。玄関を出ていくと、後ろからホテルのお客さんが車の窓を開けて「ヴィクトリアに行くなら一緒にどうぞ」と親切に声をかけてくださった。「ありがとうございます。お昼にチェックアウトなので」と言って別れた。外国ではちょっとした親切が、すごく身に染みてありがたい。
 ホテルの近くにサン・ローレンツと言う町がある。そこにも教会があるはず。あった。正面から見ると、青空に映えてきれいな教会。でも工事中で、中には入れなかった。だから写真だけね。
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 静かな町で、子供を学校に送るのだろうか、親子連れの車が目立った。その町を出てから、ホテルの近くにあるクラフトの村を見学。手作りの革製品とか、レース編みとか、ガラス細工とか、ようやくお店を出し始めている。「見てもいいですか」と言ってお店に入り、ほんと、見るだけでゴメンナサイ。
 ホテルでチェックアウトする時、ホテルの人たちから、親切に対応してもらったことを感謝した。そして「記念にしたいので、ドアのキーカードをください」と言ったら、「じゃぁ、秘密ね」とウィンクして、カードを渡してくれた。うれしい。ありがとうございます。
 ホテルからフェリー乗り場まで迎えの車で行く。「行きの車で、フェリーチケットをもらえなかったので、今もらえますか」と聞くと、ドライバーは「持ってない」という。じゃあいいよ、自分で買うから。
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 ドライバーにチップを渡し、窓口で4.65€のフェリーチケットを買う。わずかなお金だけど、フェリーのチケット代も旅行代金に含まれている。もし私が旅行会社の社員だったら、お客が二重に代金を支払うことがないよう、事前に確認しておくけどね。
 マルタに着いてホテルへ。今度もホテルはヒルトン。フロントの人が「ジュニア・スウィートの良い部屋ですよ」と言っていた。部屋が3つもある。テレビは2台。ゴージャス。でも私が一番先に確認したのは電気ポット。よしよし、これでカップヌードルとコーヒーの夕食が確保できる。
 荷物を置いたら、ヴィットリオーザと言う港町に行くため、バス停に走って、1日バス券を購入。あれ、去年より安くなっている。バスで、まずバレッタのバスターミナルまで行き、そこからヴィットリオーザ行きのバスに乗りかえる。
 バスに乗る前、ドライバーに行先を確かめたけれど、降りたのは終点の「Riche」と言うバス停。なんと読むのか分からない。ここが、とにかくヴィットリオーザらしい。ずいぶん時間がかかったので、帰りのバスの時間を調べてみたら、バスの本数が極端に少ない。あまり遅くならないうちに、ここは引き上げたほうが良さそう。とにかくメインゲートから、町の中に入ってみる。
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 静かな町だ。人通りも少ない。お土産店で「無料の地図あります」と書いてあるので、1枚もらった。細長い町で、下に降りていくと海に出る。戸の開いている教会があったので、入ってお祈りをした。こじんまりとした教会で町の人たちが集まってお祈りをしている。その教会を出て、近くにも教会があったけれど、皆、戸が閉まっていて中には入れなかった。
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 日が暮れてきたせいか、通りがますます淋しくなってきたので、バス停に引き返して、バレッタを経由して、ホテルのあるサン・ジュリアンに戻った。外は真っ暗。でも人通りが多いので安心。近くのスーパーでペットボトルの水とか、カッテージチーズとか、ナッツとか、好きなものをごそごそと買って、ホテルにお持ち帰り。さぁ、これから部屋でお湯を沸かして、カープヌードルで豪華なディナー!
 と思って、2ℓ入りの水のペットボトルを開けたら、いきなり噴火、いや噴水。あれれ…。この水、ガス入りじゃん。しまった。普通のミネラルウォーターだと思って買ってきたけど、これは炭酸入りだった。部屋には、小さなペットボトルの水しかない。またスーパーに出かけるのも面倒くさいので、今夜はスープ少なめのカップヌードルと、コーヒーは一杯だけで我慢しよう。

posted by 牧師 at 02:23| 日記

2014年02月09日

1/16

 朝6時にセットしていた目覚まし時計通り、バッチリ6時に起きられた。日頃、不規則な生活をしているから、時差とか全然感じない。でも寝起きが悪いのに、1人で起きられた自分に拍手。急いでシャワーを浴びた。農婦の前にマリアが姿を現したなど、数々の奇跡が起きたことで知られるタ・ピーヌ聖堂に行きたいから。亡くなったパウロ2世もタ・ピーヌを訪れている。でもホテルからの道が分かりにくい。ホテルのフロントで「ホテルからタ・ピーヌまでの地図を書いてください」とお願いしたら、パソコンでグーグルマップを出してくれた。ありがとうございます。朝7時からタ・ピーヌは開いているはず。
 地図を頼りに、普段、一切運動をしていない私が走り出す。夜、雨が降ったみたいで、あちこちに水たまりができている。そしてあちこちにイヌかネコか、フンがいっぱい。水たまりやフンをよけながら、走り続けていたら、遠くにタ・ピーヌが見えてきた。遠回りをするような道になっている。聖堂の近くで道の掃除をしているおじさんたちがいた。
 「どこから来たの」と聞かれ、「日本から。タ・ピーヌでお祈りがしたくて」と答えたら、おじさんはうれしそうに「タ・ピーヌはゴゾ島で一番の教会だよ」と自慢していた。教会を心から誇りに思っているから、こうして朝から、教会に続く道をお掃除しているんだね。
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 タ・ピーヌ聖堂はデカイ。そして朝焼け雲の中に立つ聖堂は美しい。聖堂に入って祈った。そして中を見て回る。カソリック教会らしく、どこを見ても、きれいに飾りつけがされている。外に出て、聖堂を見上げる。やっぱりデカイ。
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さぁ、また走ってホテルに戻らないと。朝食を食べてから、ホテルのシャトルバスでゴゾ島の中心街・ヴィクトリアまで送ってもらう約束をしている。でも時計を見たら、思ったより時間がある。結構、早く走ってきたんだ。そこで走るのはやめて歩いていたら、オレンジ色の花に気がついた。冬でもここは花がたくさん咲いていて、いいな。
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花たちに見とれて歩いていたら、車が水たまりを勢いよく走り抜けて、私は朝起きてシャワーを浴びたばかりなのに、水たまりのシャワーを浴びてしまった。マルタもゴゾも車のスピードが半端なく早いというか、運転が乱暴。
ホテルで朝食をとってから、ヴィクトリアに行った。シャトルバスは夕方5時に迎えに来てもらう約束。とりあえずゴゾ島のカテドラルを目指す。坂道を上った砦のようなところだ。チケットを買ってカテドラルに入る。
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さすがカテドラル。豪華な祭壇をはじめ、絵画、装飾、美しいマリア像や十字架を担いで倒れこんでいるイエス様の像などがおかれている。またここのカテドラルは天井が「だまし絵」になっていて、まるでドーム型の天井があるかのように見せている。教会で「だまし絵」って、あり?
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 外に出てみると、高台になっているので町が一望できる。あちこちに教会が見える。坂道を下って、町の中の教会を訪問してみる。セント・ジョージ教会に入った。入った途端、なぜか懐かしい感じがして、そのまま座ってしばらく祈り続けていた。教会の中は豪華なだけでなく重厚で、落ち着いている。天井画やステンドグラスのデザイン、装飾も素晴らしい。
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見入っているうちにミサが始まった。そして聖体拝領で、パンと杯を聖別する時、司祭が深々と膝をかがめた。こんなに低くひざまずいている姿は初めて見た。と同時に、この司祭がキリストの臨在を心の底から確信していることが、私の心に伝わってきた。これまでミサでは後ろに座って見ているだけだったけれど、この時、急に立ち上がって、他の人たちと一緒に私も前に出て行った。そして司祭の前で「私はプロテスタント信者なので、祝福してください」と言ってひざまずいたら、司祭が私の頭の上で何かを書いてくれた。後ろの席に戻ったら、突然、涙がふきだしてきた。幸せの涙だ。
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 ミサが終わっても教会から去りがたい気持ちで、ようやく立ち上がって教会を出て、脇道に入ったら、先ほどの司祭に出くわした。司祭に感謝を伝えたら、「いつ洗礼を受けたのか」という立ち話から始まって、「ミッションスクールだったことから、教会に行くようになった」と話したら、「そこで教えているのか」と聞かれた。ここで私は答えに詰まってしまった。そしてまた涙がふきだして止まらなくなってしまった。
 「実は長老教会の牧師をしています。でもカソリック教会の霊性を尊敬しており、書物を通して、カソリック教会からたくさん学ばせてもらっています」と言ったら、司祭は泣いている私をなだめるように、ポケットから「メダイ」(十字架が描かれたチャーム)と名刺を出して、渡してくれた。私も教会の名刺を渡して、何度も何度もお礼を言って別れた。
 町の中の細かい路地を適当に歩き回って、教会を探す。勿論、地図を見ながらだけど、いつものように、どこを歩いているのか、分からなくなる。つまり迷子ね。
ちょうどポリスがいたので、セント・フランシス教会の場所を聞いてみた。すると「同じ方向に行くから」と案内してくれた。親切なポリス。そして歩きながら「私はプロテスタントだけど、セント・ジョージ教会の司祭から、ミサで祝福してもらって、うれしかった」と言うと、「ヒンズーでもイスラムでも、真の神はただお一人だ。お互いの違いを言い合って、争うのは馬鹿げている」とポリスは言っていた。そして広場の先に見える教会を指して「あそこだよ、車が多いから気を付けて」と最後まで親切なポリスだった。教会に入ろうとしたけど、残念。戸が閉まっていた。せっかくポリスが連れてきてくれたんだから、写真だけ撮っておこう。
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 シャトルバスが来るまでまだ時間があるけれど、ヴィクトリアは小さい町なので歩きつくしてしまい、仕方なく待ち合わせ場所に行ったら、バスが待っていた。長居出来ないことを知っていて、早めに迎えに来てくれたんだ。ありがとうございます。今日はこれでホテルに戻って終わり。
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posted by 牧師 at 00:48| 日記

2014年02月05日

1/15

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 ドバイ空港に着いた。飛行機を降りる際、美人アテンダントと記念撮影できた。うれしい。
 ドバイで、飛行機を乗り換える。乗り換えの時間がかなりあるので、ここで長老会とか祈祷会などのおみやげを買っておこう。ドルで支払っていたらドルが足りなくなり、カードを利用。でも円に換算しての代金で、思ったよりも割高になる。今は円安だから、去年とはだいぶ違う。
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 ドバイを飛び立った。ぎっしりとビルが立ち並んでいる。「金もってるぞ」って感じ。
 ドバイから、キプロスのラルカナへ。青い海の中にキプロスが見える。低空飛行すると、飛行機の影が陸に映る。
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 ここで乗降客があるので、ひたすら待つ。私は機内に備え付けのCDに、70-80年代の曲があることに気がついて、「勝手にしやがれ」とか「ガンダーラ」とか「また逢う日まで」とか、懐かしく聞きながら、日本から持ってきた本を読み続けた。昔の曲は不思議と歌詞を覚えてる。本を読みながら、心の中で口ずさんでしまう。ジュリーの指がきれいだったよなぁ。尾崎紀世彦も大好きだった。
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 いよいよマルタに向けて飛ぶ。真っ白い雲と真っ青な空。どこまでも続く白い雲は、まるで海のよう。そして向こうから、イエス様が雲の海の上を歩いて近づいてきてくださるような…。
 マルタに着いた。飛行機がだいぶ遅れたので、契約しているドライバーがいるかどうか、不安。車でフェリー乗り場に行く。これからゴゾ島に向かう。ドライバーから、フェリーチケットを受け取ることになっているんだけど、ドライバーは「帰りにもらうんだよ」と言う。ホント?まあ、いいや。ドライバーにチップを払ってフェリーに乗り込む。もう日が傾いている。室内の窓にはりついて外を見ていたら、「デッキに出てごらん」と乗客の人に言われて、デッキに出てみた。気持ちがいい。海は穏やかだ。ゴゾ島が見えてきた。
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 フェリーを降りて、車でホテルへ。ケンピンスキーというホテル。部屋も清潔で、湯沸かしポットもある。荷物を置いてからフロントで「タ・ピーヌ聖堂に行きたい」と言ったら、「ホテルから歩いて30分くらいかかるので、今から行ったら、戸が閉まっていて中には入れない」という。仕方ない。今日はお湯を沸かして、カップヌードルで早めの夕食にしよう。
posted by 牧師 at 00:40| 日記

1/14

 今日から1週間、教会から休暇をいただいた。去年マルタ島の6日間の旅を予定していたけど、大雪で羽田が全便欠航し、マルタ島での24時間自由な日は1日しか取れなかった。そこで今年はリベンジで、マルタ島とゴゾ島を含めて8日間の旅にチャレンジ。去年の大雪にこりて、出発は成田からの夜行便だが、夕方には成田空港に着いた。旅行会社の窓口には誰もいない。航空会社はアテンダントが美人なエレミーツ航空。
 私が乗る便の手続きを、エレミーツの窓口では始めている。でも旅行会社の窓口にはまだ誰も来ていない。決められた時間の30分前には、窓口に係員が来ていても良さそうだけど。結局、時間になっても係員が来なかったので、隣のトラピックス社の係員に申し出たら、行きのチケットなどを手渡してくれた。なんだよ。トラピックスと兼用なの。そうなら事前に教えてくれたら、早めに手続きを済ませて、大きなスーツケースを持たずに移動できたのに。
 エレミーツ航空のカウンターで窓側の席を申し込んだ。成田からドバイへ。ドバイに行く途中、機内で「図書館戦争」という映画を見た。岡田准一くんが出てる。彼、ステキ揺れるハート。去年の新聞に「永遠の0」の映画と手帳の宣伝広告で、大きく彼の顔が新聞に載っていたので、ちゃんと抜き取って保存してある。
 「図書館戦争」という映画を見ていて、怖くなってきた。特別秘密保護法があっさり成立した日本では、映画の中でやっていたような検閲が厳しくなって、政府が決めたものは問答無用で禁書となり、処分される時代が近いうちに来るかもしれない。もし聖書が禁書とされたら、図書館戦争のように、私も戦えるか。信仰、言論、思想の自由が奪われた時、教会は戦えるか。流されてたまるか。命をかけて戦ってやる。パンチ

posted by 牧師 at 00:17| 日記

2014年01月10日

1/9

 私の弱点。「おまけ」に弱い。「この年になって、いいかげんにしろよ」と自分でも思うんだけど、新聞や広告で、私好みのおまけがついていると、欲しくなっちゃうんだな。去年は「ムーミン」のキャラクター「ミー」がプリントされているお弁当バックが、若い女性用のファッション雑誌に「おまけ」としてついていた。ファッションには全然興味ないけれど、「ミー」のお弁当バックに一目ぼれ。そしてその雑誌を買ってしまった。ただ「おまけ」を目当てに。
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 そして今年早々、新聞広告に「スヌーピーのドーナツ入れ」が出ていた。800円分ドーナツを買えば、「おまけ」でスヌーピーがついてくる。1/5まで都内で「スヌーピー展」をやっていたので、すごく見に行きたかったけれど、忙しくて行けなかった。そのガックリしているところに、かわいい「スヌーピーのおまけ」。即、夫と一緒に、ドーナツを買いに行きましたよ。そしてスヌーピーのドーナツ入れをゲット。うれしい。牧師会などでお弁当を持っていくけど、その時はスヌーピーの中にドーナツを1個入れて、ミーのお弁当バックを持って行こうっと。ワーイ!
 この日は夫婦で、夕食にドーナツ。翌日の朝食もドーナツ。「おまけ」の魅力に負けた私は、夫を道連れにしてしまった。ごめんね。
posted by 牧師 at 21:33| 日記

2014年01月03日

1/2

 元日にメールを開けたら、ナグネ牧師からメールと一緒に、全体修養会でのナグネ牧師の講演内容を、私がテープおこしをした原稿の「見直し原稿」が添付されていた。ずっとお待ちしていましたよ。
 でもナグネ牧師は韓国と日本を行ったり来たり出張が多いし、神学校の授業も冬休みはなくて、新年も早朝から何度も礼拝があるとか。そんな超多忙の中で、テープおこし原稿20枚を、ていねいに見てくれて、本当にありがとうね。早速「東海誌」の担当の先生方にメールで送った。この原稿が、東海連合長老会の諸教会に小冊子になって「東海誌・号外」として発行されるはず。それにしても、多忙すぎるナグネ牧師の健康が心配だな。
 
 こっちは昨年、最後の礼拝が終わってから、1月に教会から休暇をいただくため、不在の間の週報の準備や、戻ってすぐできるよう祈祷会などの準備をしていた。それが終わったら、ホームページの更新。クリスマスの案内がトップページに張り付いたままだったから、ずっと気になっていたんだけど、忙しくてホームページを開けるところまで、なかなか手が回らなかった。そして今日、やっとトップページや牧師ブログなどを更新することができた。「ようやく開けまして、おめでとう」って、感じ。
 夜は黙想会。もともと日本人は、初詣とかするんだから、正月休みの黙想会くらい、足を運んでほしいと願う。一緒に会堂で祈るって、とっても恵まれるんだから。10分でも20分でも、チャレンジしてもらいたいなぁ。
(写真は、「ゲッセマネで祈るイエス様」。崩れるようにして祈ってるイエス様の姿が見えるかな。)
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posted by 牧師 at 00:13| 日記

2014年01月02日

12/29

131230_カフェ・マルタ.jpg 今年最後の礼拝が終わり、有志で会堂の掃除をして、CS教師会が終わってから、コンサートで献金をいただいたカフェ・マルタに、コンサートでいただいた献金の領収書をお届けに行った。ちょうど、今日で今年はお店を閉めるところだったので、間に合ってよかった。お店のご主人夫妻と話をしながら、ゆっくりコーヒーブレイク。
 お店にはクリスマスのためにフィリピンから取り寄せたクリスマスグッズが、いくつか残っていた。そこでツリーに見立てた木製のキャンドル立てを2つ。それから「シャローム」という文字がデザインされている白いハトのバッチと、小さな十字架がついたカラフルなブレスレットを購入。
バッチもブレスレットも、300円以内のお値段。安っ!だからバッチは3つも買っちゃって、ちょうど着ていた礼拝用の黒のスーツの襟につけた。うん、いいじゃん。

お店を出る時、ご主人夫妻もお店から出てきて、見送ってくださった。今年も暖かい交わりをいただいた。ありがとうございます。また来年も、よろしくお願いします。
posted by 牧師 at 17:44| 日記

12/23

 午後からはイブ礼拝とコンサート。イブ礼拝の奏楽は武久源造先生が教会のパイプオルガンを、山口眞理子先生がそれにヴァイオリンを添えてくださり、讃美歌を歌う声も、自然に盛り上がってくる。それにしても教会のパイプオルガン。なんてステキな音色なんだろうと、改めて思わされる。
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 昨年、好評だったので、今年もペダル・チェンバロとフォルテピアノを会堂に運び込んでもらい、ヴァイオリンと、教会のパイプオルガンを合わせて豪華なコンサートになった。今年のテーマは「教会で迎える初めてクリスマス」ということで、いつもよりクリスマス関係の曲を多く選曲していただいた。後で、回収されたアンケートを見たら、初めて来られた方が、今年も多くて、ありがたかった。教会を知っていただくための「初めの一歩」に、クリスマスコンサートが大きな助けとなってくれる。
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 コンサートは勿論、伝道のためだけど、コンサートに出かける時間がない私には、一年で一度だけの「ごほうびのコンサート」でもある。
 今回は午後2時からイブ礼拝を30分行い、続いてコンサート。予想として遅くても4時までには終わる予定だったけれど、室内の温度の変化で楽器の調律をしながらの演奏となり、終了は4時半。結局、2時間のコンサートになった。でも全身で音楽の雨を浴びていた夢心地の私には、あっと言う間だった。お二人の演奏から、クリスマスの情景が目に浮かんできた。演奏の合間や調律の合間に、お二人が交互に曲のこと、楽器のことを解説して下さったのも、興味がつきない。
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 コンサートでの茶話会が終わり、お二人と夕食に出かけた。駅の近くで魚のおいしいお店を見つけて入った。食事をしながら、会話が進む。イブ礼拝で、私がアンパンマンのことを持ち出したのだが、武久先生がアンパンマンのキャラクターに超くわしいのには驚いた。忙しい毎日なのに、よくアンパンマンのキャラクターを研究する時間がありますね。どんな魔法を使っているのか。
また「アジのたたき」を注文したら、アジの尾ビレが、まだピクピク動いているのを山口先生が発見。そこで動いている尾ビレを武久先生に触らせてあげたら「おお!」と感嘆。そして武久先生が、アジのたたきを大切そうに口に運んでから、「今度、僕がアジに生まれたら、キミに食べられてあげるね」と言っていたのには、まいったね。
でも先生、私達信仰者は、イエス様の似姿で復活しますから、アジにはなれませんよ。ぴかぴか(新しい)

posted by 牧師 at 17:36| 日記

12/22

 今年のクリスマス礼拝は、サプライズがあった。聖餐式をしていて、長老がパンの配餐を終えてから、私が「聖餐にもれた方、いらっしゃいませんか」と会衆に尋ねた。いつもはそれで終わって杯の配餐に入るのだけど、今日は後ろの方から「ここに、いらっしゃいます」という声があがった。私がパン皿をもって、いそいそと後ろの席に行って、ビックリ。前任地の教会員のYさんが座っておられた。私が東京の教会を辞任してからも、色々な絵葉書をパソコンで作っては、「伝道に」と、今も御殿場教会を応援してくださっている。
しかしYさんは足が悪く、外出が困難になっておられるから、まさかお会いできるとは思ってもいなかった。だからYさんのお顔を見た時、パン皿を持ったまま、私は固まってしまった。はるばる東京から、良く来てくださいました。
ということは、聖餐式だけでなく、礼拝説教も共にあずかることができたんだ。御言葉と聖餐を共にあずかるのは、12年ぶりかな。感謝。
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 クリスマス礼拝では久々にお会いする方々がいる。大人だけでなく、子供もいる。新しく外国から来られた方もいる。でも共に礼拝をささげることで、イエス様を中心に、皆が神様の家族となる。また礼拝後も愛餐会で、神様の家族同士、一緒にテーブルを囲んで食事をし、語り合う。楽しいひと時だ。
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 祝会の中では、教会学校の子どもたちが、それぞれ自分が扱える楽器を持って、クリスマスの讃美歌を演奏したり、親子でのヴァイオリンとキーボードの演奏、教会学校の保護者の方のフルートの演奏、そして最後は、青年会の企画で宝探しゲーム。全員参加で、教会のあちこちをウロウロ。そして勝利チームにはサンタさんからお菓子のプレゼント。皆、サンタが集会室の入り口が入ってくると思っていたのに、突然、集会室の後ろの倉庫から出てきたので、ビックリ、ドッキリ。サンタ役は青年会のMさん。やるじゃん。
今年のクリスマスは、神様からたくさんのサプライズをいただきました。神様。ありがとうございます。

posted by 牧師 at 17:02| 日記

12/19

131219_十字の園クリスマス礼拝@.jpg131219_十字の園クリスマス礼拝A.jpg
今日は十字の園のクリスマス礼拝。ホールに本物のもみの木のツリーが飾られていて、職員がツリーに火をともしていく。ホールに集まった利用者の方々も、子供のように、わくわくしながらツリーのキャンドルの火を見つめている。ホールの後ろの方にNさんの顔が見えた。あとで声をかけてみよう。
 礼拝の中で歌う「きよしこのよる」はクリスマスの定番だけど、利用者の方々がよく知っていて、一緒に歌っていただける。
 礼拝がおわってから、職員の方がギターの伴奏で、「きよしこのよる」をもう一度、利用者の方々と歌った。ギター演奏も歌も上手で、つられて利用者の方々も大きな声で、楽しそうに歌いだす。
 Nさんのそばに行って、声をかけた。ベッドをすこし持ち上げてもらって、クリスマス礼拝に参加することができて、良かった。会話は出来ないけれど、耳は聞こえているはず。「きよしこのよる」の歌声も聞こえたと思う。小さい時から歌ってきた讃美歌だから、声にならない心の声で、Nさんも一緒に歌えましたよね。メリークリスマス!

posted by 牧師 at 16:48| 日記

12/17

 忙しさが加速度を増してくるので、今月初めから、仕事の合間に、少しずつ書いてきたクリスマスカード、一応、書き終えてポストに投函した。さて次は、通常の聖書研究や説教の準備だけでなく、クリスマス礼拝やイブ礼拝の特別週報、コンサートのプログラムとアンケート、月間予定表などの準備。そうだ。教会のカメラの充電や、教会の鉢植えの花も買っておかないと・・・。クリスマス
 教会には色々な教務や奉仕がある。教会の皆に手伝ってもらっていることもたくさんある。手伝ってもらえると、本当に助かる。でも私は、人に頼み事をするのが、すごく苦手だ。それぞれ皆、事情があって忙しい。そのことが分かっているから、頼みづらい。相手に迷惑をかけるくらいなら、自分でやってしまう方が、気が楽だ。でもパソコンで、エクセルとかを使うとなると話は別。自分でやると、恐ろしく時間がかかる。頼みづらくても、自分にできないことは、人にお願いするしかない。
伝道でも何でも、教会の御用は本来、皆で手分けして、教会全体でやっていくもの。「私、いたしません」のドクターXみたいじゃなくて、できるだけ多くの人が、何かしら教会の御用にたずさわってもらいたい。そのためにも、まず皆が神様を愛して、教会を愛することができるよう、神様、導いてください。ハートたち(複数ハート)
 おっと、高根学園のイブ礼拝に行く時間だ。 

posted by 牧師 at 16:38| 日記

2013年12月16日

12/14

131214_高根のクリスマス.jpg 今日は朝から高根学園でクリスマス礼拝。その後、子供たちの生誕劇などが行われる。高根学園のホールには、子供たちの保護者が、それぞれビデオやカメラをかまえて、ぎっしり集まっている。
 クリスマスの礼拝説教が終わると、生誕劇。子供たちは長いセリフをちゃんと覚えて、最後までがんばって劇をやり終えた。舞台を降りる時、会場から拍手がわいた。子供たちの中には、やり遂げた安心感と感動で泣いている子供もいる。そうだよね。緊張したよね。一人で舞台に立って、セリフを言ったり、歌ったりするんだから。子供たちは、この生誕劇のことを、一生忘れないと思う。みんな、大変よくできました。私も一人一人の顔を見ながら、拍手で子供たちを迎えた。
 高根学園から帰宅して、急いで明日の説教の準備にとりかかる。まだ半分も説教原稿が書けてない。でも全然、筆が進まないというか、パソコンの指が動かない。その時、宅配の人がきた。
 玄関で荷物を受け取ったら、宅配の人から「中島先生ですよね、何回かお話し聞いてます」と言われてビックリ。その方は、お子さんが高根学園に通っている保護者の方だった。

 こんなこともあるんだ。御殿場に来て12年。自分では気がつかないけれど、高根学園とか、十字の園とかで、12年間ずーっと説教しているから、私の顔を覚えている人がいても不思議じゃない。ということは、うっかり外でおバカなことは出来ない。それから家にいる時もパジャマのままではなくて、ちゃんと着替えておかないとダメじゃん。今日は着替えていて、正解。助かった。
 今日の宅配の人だけでなく、スーパーの店員さんとか、外ですれちがった人が、私が牧師だと知っているかも知れない。私が変な格好していて、御殿場教会まで変な目で見られると困る。これからは心を入れ替えて、朝、起きたら必ず顔を洗って、ちゃんと着替えます。言葉遣いや行動にも気をつけます。ハイ。
posted by 牧師 at 04:02| 日記

2013年12月10日

12/9

131208_アドヴェント伝道礼拝.jpg 昨日はアドヴェント2週目。クランツのキャンドルも2本、火が灯っている。そしてアドヴェントの伝道礼拝をおこなった。高根学園から職員の方々が仕事の一環として礼拝に出席。まだ信仰を持たない方にも分かりやすく…と説教は心がけたつもり。でもメッセージ、届いたかなぁ。メッセージが心に届いて、普段の礼拝にも、ぜひ出席してほしいなぁ。
 毎週、礼拝後に必ず思うことだけど、どんなに準備して、どんなに熱を入れて語っても、会衆にメッセージが届いているのかどうか、不安はぬぐいきれない。
 「あそこは、もっとこう語れば良かった。あそこには、言葉が足りなかった」と、色んなことに後から気づいて、後悔する。トホホだ。
 でも既に語ってしまったものは、どうしようもない。だからあとは、「神様、どうかよろしくホローしてください」と祈るばかり。
 伝道者として説教を語るようになってから、いつも、このくりかえしだ。

 今日は朝から夫がいない。いつも牧師館にはりついて、留守番してもらっているので、明日まで都内一泊で、好きな所に出かけてもらった。きっと、あちこちのお店をのぞいては、おいしいものを食べ歩きしているんだろう。
 で、私は夫がいない間に、部屋の隅から隅まで掃除機をかけまくる。普段は夫が掃除をしてくれているので、内政干渉はしない。でも夫が留守の時に部屋中、掃除機をガンガンかけまくる。あー、すっきり。気が済んだ。

 夕方、クリスマスの祝会で、フルートの演奏を申し出てくださった方が、牧師館へ。顔を見るとダメだからと、後ろ向きになって、レパートリーをいくつか演奏してくれた。習い始めて2〜3年の初心者だけど、出来てるじゃん。本人が好きな曲はやっぱり、のりがいい。祝会向けに3曲リクエストした。
 祝会で演奏するため、今、CSの子どもたちも毎週の分級で讃美歌の練習をしている。色々な人が、思い思いの形で参加して、楽しい祝会になるといいな。
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posted by 牧師 at 20:56| 日記

12/5

 12月1日から待降節・アドヴェントに入るから、そろそろクリスマスカードが、あちこちから届き始めている。アドヴェントになった時、昨年のクリスマスカードは牧師館の応接間の壁からはずした。そして新しいクリスマスカードを1つ1つ貼り付けていく。この壁がクリスマスカードで一杯になるころ、教会のクリスマスの行事が終わり、そしてあっという間に新年がやってくる。教会や各施設のクリスマス礼拝の説教準備はもちろん、私も早くクリスマスカードを書いて出さないと、年があけてしまう。 
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 今年の冬は初めてインフルエンザになって、第1週の礼拝を欠席するという大失敗をやらかした。そこで今日はインフルエンザの予防注射をしてもらった。予防注射って何十年ぶりだろう。高校生の時以来かな。3000円だったけど、これで今年のクリスマスと、来年の冬が無事に過ごせたら、言うことなしだ。

 「鬼ゆず」をいただいた。普通の小さなゆずではなくて、赤ちゃんの頭くらいある、デカイゆず。珍しいので玄関に飾った。でも「鬼ゆず」は、自分が「鬼ゆず」って呼ばれていること、どう思っているんだろう。鬼ゆずは見かけはゴツイけど、甘く煮て食べると、おいしいおやつになる。「人も、果実も、見かけじゃないっスよ」って「鬼ゆず」は言っているかも知れない。

 「容姿や背の高さに目を向けるな。
  人間が見るようには見ない。
  人は目に映ることを見るが、
  主は心によって見る」(サムエル上16:7)

posted by 牧師 at 20:47| 日記

12/4

祈祷会が終わり、受洗準備会を終えてから、駅前の美容院に行った美容院。ここは予約なしの上、ヘアカット1600円でおつりがくる。そこが気に入っている。私が行った時、ちょうどお客が途切れて、すぐカットしてもらえた。カットしてもらいながら、最近シャンプーの後、ドライヤーをかけると抜け毛が多いのが気になっていたので、思い切って美容師さんに「私の頭、抜け毛注意報は出てないですか?」と聞いてみた。
 そしたら「大丈夫ですよ。髪の毛もサラサラして、とても手触りが良いです」とほめられちゃった。キャハ。ほめられるのに慣れてないから照れる。
 美容師さんが言うには、人の髪の毛は1日に50-80本は抜けるんだってがく〜(落胆した顔)
 えー!そんなにたくさん抜けてるの?知らなかった。だから必要以上に、気にすることはないとのこと。そうか。気にすると余計ストレスで、抜け毛が多くなるかもしれないしね。
 何事もクヨクヨしないで、毛セラ・セラだるんるん

posted by 牧師 at 20:34| 日記

2013年12月03日

12/3

 昨日、教区の臨時総会に久々に出かけた。分区の牧師会も地区の牧師会もご無沙汰ばかりしているから、お詫びのしるしに出席した。途中、東富士の有料道路から富士山がきれいに見えた。でも御殿場から見る富士山とは形が違う。「やっぱり御殿場から見る富士山が一番いい」と思ってしまうほど、私はすっかり御殿場の人間になっていた。
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 臨時総会では伝道師から牧師になるための按手礼と、伝道師になるための准允式が行われた。数時間、参加していただけだったけれど、帰宅してそのまま翌日まで爆睡。今月は各関係施設でクリスマス礼拝があるし、コンサート関係の準備など、やるべきことは山ほどある。ダラダラ寝てる場合じゃない。しっかりしろよ、私。
posted by 牧師 at 14:05| 日記

12/1

 先週、礼拝後に飾ったクリスマスのイルミネーション。夜の黙想会と夕礼拝に点灯することにした。買った時、てっきりソーラーシステムだから、夜になったら、電気代もかからず、自動的に点灯すると思っていた。でも中身を見たら、プラグがあって、コンセントに差し込むタイプだった。大失敗。でも点灯してみたら、とてもきれいで、なかなかいいじゃん。クリスマスが終わっても、夜の黙想会と夕礼拝には、しばらくつけておこうかな。
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 アドヴェントの第一週目だし、聖餐式もあったので、「一人でも多くの礼拝者が与えられますように」と祈っていたが、現実はきびしかった。それぞれに事情があることは良く分かっているし、高齢のため外出が無理な方や入院中の方々もおられる。
 礼拝後の長老会で、先月の長老執事修養会の分かち合いをした。講師の松田牧師(藤枝教会)のレジュメに
「伝道って、要するに、うちの教会はいいですよ。ここに来ると神様に会えますよ。どうぞいらしてください。ホッとしますから。そう、教会員や長老たちが言えなければ、進展していかないものではないでしょうか。新来会者や初心の方は教理や聖書のことはまだ分からないかもしれませんが、自分が歓迎されているか、愛をもって自分に関心を注いでくれるかは、大変良く分かります」と書いてあった。
 牧師だけが鼻息荒く伝道、伝道というだけでなく、教会に集う一人一人が、御殿場教会を愛してくれたら、それが、おのずと伝道につながっていくはず。
 クリスマスのこの時、地域の人たちが、イエス様が救い主であることを知り、イエス様に信頼して生きる道が開かれるよう、聖霊なる神様、伝道を助けて下さい。
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posted by 牧師 at 13:58| 日記

11/29

 今日は通院の日。予約はしてあるが、診察が長引いているので、病院内のチャペルで祈ろうと思って、廊下を通って礼拝堂に入ろうとした。その入口のところに、はり紙がしてあるのに気がついた。11月の祈りの課題が書かれている。
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 その最初に「苦しんでいる司祭」と書いてあり、「困難をかかえる司祭が苦しみの時に慰めを。疑いの時に支えを。忠実をつくす時に励ましを、見出すことができますように」と祈りが添えて書かれていた。
世界中のカソリックの信徒たちが、司祭たちのために祈っているんだなぁ。ありがたいことだと思った。
 私も牧師として多くの人たちから祈られている。時には逃げ出したいほど、つらくなるけど、イエス様は最後まで十字架から降りなかったし、イエス様に従った多くの信仰者たちも、最後までつらい人生を信仰の光をともしながら、歩き通した。
信仰の道はイエス様の十字架に続く道だから、楽なはずがない。でも十字架から逃れて、復活の勝利の歓喜は味わえない。
イエス様に従うカソリック教会の司祭とて、苦しいのは同じだ。牧師が苦しさから逃げ出して、どうする。多くの祈りに支えられていることを思い起こせ。

posted by 牧師 at 13:47| 日記

2013年11月26日

11/26

 今週の礼拝後、クリスマスを迎えるために、会堂の大掃除とクリスマスの飾り付けをした。でもその前に、みんなで温かいおうどんと柿で昼食。大掃除に残れない人は、レースカーテンを持ち帰って、洗濯の奉仕をしてくれる。
 年末の大掃除の目玉は、床掃除。今までは床用のクリーナーとかワックスをぞうきんがけして、ぬってやっていた。これが結構、たいへん。腰が痛くなるんだよね。
 そこで今年は若い長老さんが、クリーナーやワックスが浸み込んでいるシートと、そのシートをはりつけるモップを買ってきて、教会の中の床を、すべてそのモップとシートで、クリーナーがけ、水拭き、ワックスぬりをした。
 すごい便利なものがあるんだと、感心。これまで会堂の端から端まで、ヨーイドンでぞうきんがけしていたのは、もうおしまい。これからはこのモップとシートで、簡単に、そして楽に床の掃除ができる。しかも床はムラもなく、きれいにワックスがかかっている。手の空いている人たちは、それぞれ窓ガラスを拭いたり、椅子を片づけたり、自主的にテキパキ動いている。
 それが終わると、今度はクリスマスの飾り付け。これも若い人たちが用意してきた市販のものを、みんなで飾り付けた。今までは手作りリースだったけど、手間がかかった。今回は市販の飾りだから、これならただ玄関に留めてつけるだけでOK。そして見栄えも豪華。なかなかいいじゃん。
 みなさん、お疲れ様でした。最後に、お茶とお菓子、それから贈り物の山口県の「ういろう」を、みんなでいただいた。「ういろう」って名古屋じゃなくて、山口県の特産品なんだね。知らなかったけれど、おいしかった。

 今年は若い人たちがリーダーシップをとって動いてくれて、本当にありがたかったし、うれしかった。
 クリスマスに向けて、伝道も若い人たちがリーダーシップをとって、ドンドン動いてもらいたいな。みんなが、良いクリスマスを迎えられますように。
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posted by 牧師 at 21:45| 日記

11/22

 月間予定表を、これまでずっと私がワープロで作っていた。でも20年ほど使っていたワープロがついに壊れたので、先月、長老さんに、パソコンのエクセルで新しい書式の予定表を作ってもらい、そこに私が内容を入力した。
 でも入力に、すご〜く苦労したので、今月は予定表の空欄部分に、私が12月の行事予定や聖書箇所などを手書きして、元原稿を作った。
 これを教会の若い人たちに、エクセルで入力してもらおうと、元原稿を渡した。メールでやり取りしていたら、その日のうちに元原稿は、ちゃんとエクセルの表の中に納まって、メールで私のもとに届いた。早っ。
 先月、私が月間予定表をエクセルに入力するのに、何日かかったことか。そして入力しているうちに、土曜日が消えて無くなって大騒ぎした。もうやだ〜(悲しい顔)それなのに、若い人の手にかかると、たちまち魔法のように、パソコンできれいに月間予定表が出来上がってしまう。ひらめき
 参りました。でもこれは、スゴ〜クうれしい「参りました」だ。
 若い人たちが、どんどん教会の仕事にたずさわって、教会を支えるたくましい枝として、成長していってほしいと、心から願っている。かわいい

posted by 牧師 at 21:16| 日記

11/21

 教会員の方が亡くなり、今週、葬儀を行った。先週、病院にお見舞いに行った時、薬が効いて眠っていた。でも構わず枕もとで讃美歌を歌った。そしたらその方の閉じている目から涙があふれてきた。「讃美歌が聞こえてる」と思った。薬で眠っているけれど、ちゃんと讃美歌は届いている。讃美歌を覚えている。だから耳元で続けて聖書を読み、祈り、また讃美歌を歌った。そして目も口も閉じたまま眠っているその方に「また教会で、一緒に礼拝を守りましょうね。たくさん讃美歌を歌いましょうね」と声をかけて病院を出た。
 翌日、亡くなられたことを知った。なぜ?どうして?昨日は顔色も良かったし、呼吸も乱れていなかったし、血圧も正常だった。クリスマスには一緒に礼拝を守れると思っていたのに。
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 礼拝後に、葬儀の打ち合わせなどをして、翌日の月曜日、その方が暮らしていた施設の中のチャペルで葬儀を行った。その方は、神様はもちろん、教会も、礼拝も、讃美歌も、奉仕も大好きだった。自分だけが楽しむことよりも、人の役に立つこと、人が喜ぶこと、神様が喜ばれることが大好きだった。教会のお掃除でも、スリッパの裏を、ぞうきんで一つ一つ、ていねいに拭いていた。
 何の計算もなく、純粋に、礼拝できることを喜び、奉仕できることを喜んでいた。入院する直前まで礼拝を守り、礼拝後、いつもの笑顔でリュックを背負って、帰って行った。あれが最後の礼拝になるとは・・・。
 
 葬儀には、施設内の方々が、車いすなどでチャペルに集まった。皆、上手に話せないけれど、お別れを惜しんでいる心が伝わってきた。
 でも亡くなられたその方のお顔は、決して悲しそうではなかった。微笑んでいるような、穏やかなお顔だ。
 今は、大好きな神様にお会いして、天の教会で、大きな声で楽しく讃美歌を歌っているのかもしれない。その方が、まっすぐ神様のもとに帰られたことを、確信できた。
 最後まで幼子のように神様に信頼して、信仰の道を歩き通したその方を思うと、雲一つない青空が心の中に広がる。感謝だ。
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posted by 牧師 at 21:07| 日記

2013年11月13日

11/13

 今年、娘さんが結婚した友人夫妻がいる。この前、一年ぶりに夫妻のお宅に夫と行った。同世代なので話が弾む。彼らは今年になって、夫婦2人で葬儀用の写真を撮ったとかで、見せてもらった。ずるーい。別人じゃん。どう見ても、これは女優でしょ。反則、反則。ご主人もステキ。アーチストにしか見えない。
 ちゃんとプロがお化粧して、ベストショットで写真を撮ってくれる写真館があるとか。よし、私達もそこに行って、葬儀用の写真を、今のうちに撮っておこう。お化粧には縁がないけど、お化粧だけで美人に写るんだったら、プロにお願いして、バッチリ女優メイクしてもらって、一度は変身してみたいものだ。
 四人でワイワイ話をしていて、娘さんの結婚の話になった。ちょうどいい機会だから、娘さんの結婚式の写真を見せてもらった。もともと美人だから何を着ても、まるでモデルさんみたいにきれい。正装した夫妻も、貫録があって立派。ご主人は式の最後で、不覚にも泣いてしまったそうだ。そうだよな。こんなにかわいい一人娘だもん。嫁がせるのは惜しいよね。
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 ご主人が作った「赤毛のアン」の木彫り人形が飾ってある。細かいところまで丁寧に作ってある。ちょうど汽車から降りたアンが、駅でマシューが迎えに来るのを待っている場面。アンの隣には、カバンも作っておいてある。アンの赤毛も毛糸を三つ編みにして、ご主人が自分でくっつけたとか。手がこんでる。
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 アンの木彫りを、細部までこだわって、コツコツ自分で手作りしていたご主人の姿を思い浮かべた。そしたら、こんなふうに、いや、アンの人形以上に、ご主人が娘さんのことを大切に大切に思い、細やかな愛情をかけて、これまで毎日コツコツと育ててきたんだなぁと思って、胸が熱くなった。
 こんなに両親から愛されて育ってきたんだから、大丈夫。娘さんは愛のある家庭を作ってくれますよ。ご両親の愛は必ず報われますよ。
 
 でも親って損ね。お互い、自分たちの葬儀用の写真の話をするほどの年なのに、どんなに年をとっても、やっぱり子供のことが愛おしくて、心配なんだから。

posted by 牧師 at 20:57| 日記

11/11-12

 月曜の朝早く御殿場を出た。元来、早起きは苦手だけど、特に月曜はつらい。大阪で全国連合長老会の日曜学校委員会が11:30から始まる。「明解カテキズム」の改定について検討を始めている。改定内容を検討し始めたが、早くも、簡単には行きそうもないヤバイ予感。またあの合宿生活が始まるのかも・・・。
引き続き、15:00から全国連合長老会・牧師会。「牧師、長老、執事に関する基本的見解案」について講演と協議。基本的見解だから、仕方ないのかもしれないけれど、整ったきれいな言葉が並ぶ。でも教会には、ここでは触れていない「陰湿な裏の現実」がある。
 
 一部長老が個人的な感情で、前任牧師を慕い、後任牧師のあら捜しをする。そこに前任牧師、隠退教師、時には中会の他教会の牧師までが、長老の口車に乗って、偏向した形で教会に干渉を始める。
 さらに前任牧師、隠退牧師が、いつまでも辞任した教会から離れようとせず、辞任した教会のそばに住んだり、辞任した教会の礼拝に出席しては、色々と口出しをする。そのため後任牧師が病んで、つぶされたり、教会が無牧になったり、分裂、混乱してしまう現実が、今、実際あちこちで起きている。
 
 その現実に触れないままで、果たしていいのか。「あぶりだし」でも「袋とじ」でもいいから、「前任教師、隠退教師」への「十戒」とか、「8禁(全国連合長老会・中高生修養会で禁じられている8項目)」とかを、基本的見解に加えてもらえないだろうか。牧師は辞任したら、潔く前任教会から立ち去り、一切の内政干渉を止めて欲しい。まして前任地の長老たちと、分派活動するなんて、絶対に止めて欲しい。
 辞任や隠退する前から、前任教会に対する心得とか節度をわきまえるよう、牧師は訓練しておく必要があると思うんだけど。発言すれども唇、寒し。

 2日目の牧師会が終わると、続けて日曜学校委員会で、昨日の作業の続き。すべてが終り、新大阪の駅に着いた時は、もうクタクタ。すでに切符を買ってあったので、ホームに来た新幹線に急いで飛び乗った。あっお土産、何も買わなかった。
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 宿泊の出張は、今年はこれが最後だ。これまで使っていたスーツケースが壊れたので、今回スーツケースを新しく買った。御殿場のスーパーで、通常の半額以下の値段だったから、お買い得!と思った。でも実際、重たい本やら、パソコンやら、詰め込んでしまうと、前のめりにスーツケースがおじぎして、倒れてしまう。キャスターの部分のバランスが悪いせいだろう。
 あちこちですぐ、おじきをしてしまう礼儀正しいスーツケースを、新幹線の中で、また御殿場線の中で、私はお行儀悪く、ずっと足で押さえつけていた。ニャロメ。
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posted by 牧師 at 20:39| 日記

11/8

 以前、お仕事のために長期出張で御殿場教会で礼拝を守っておられたHさんが、先月、突然、祈祷会に加わってくださった。静岡でのお仕事があったので東名を飛ばして、午前中の聖書の学びと祈りを共にしてくださったのだ。静岡と言っても、御殿場は、はずれのはずれ、結構、遠いのに、祈祷会を覚えていてくださり、参加してくださり、うれしかった。
 聖書の学びと祈りを共にした後、残っていた人たちとお茶をしながら、話をしていた。その時、Hさんの携帯がマナーモードになったまま、プルプルと鳴っていた。何かなと思ったら、岐阜にあるHさんの教会が今、無牧のために、時間を決めて、教会のみんなが、いつ、どこにいても、時間が来たら、御心にかなった牧師を教会に与えてくださるようにと、一斉に祈りを合わせるのだという。
 仕事などをしていると、祈りの時間をつい忘れてしまう。そのため同じ時間に、みんなが同時に祈りを合わせられるよう、携帯のタイマーを設置しているのだということを、Hさんから聞き、感心しつつ、私達も共に祈りに加わった。ぴかぴか(新しい)

 日常生活は、途切れることなく続く。そしていつの間にか時は過ぎ去って、一日が終わってしまう。過ぎる時に、そのまま体を任せてしまう方が楽なんだけれど、でも日常の時間の流れを、スパッと切って、そこにお祈りの時間を入れ込んでいく。忙しさを言い訳にして過ごしているから、こういうことが、余計に必要だし、大切だと思わされる。
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 イスラムの国に行くと、祈りの時間になれば、街頭から祈りの言葉が流れてくる。飛行機の中でも、空港の中でも、祈りの時間が来ると、当たり前のように、人目も気にせず、ひれ伏して祈りだす。そして日常生活の中に、祈りの時間、神様の時間が入り込んでくる。

 牧師館の草むらに残っていた「ふうせんかずら」の実が、すっかり茶色くなっていた。良く見ると、ふくらんだ実は3つに仕切られている。それぞれの仕切りの中に、あのハートマークのタネが入っていた。風船みたいにふくらんだ実だから、その中にいくつもタネが入っていても良さそうなのに、ちゃんと実の中に仕切りがある。一つの仕切りに、一つのタネだけ。欲張っていない。

 私たちの時間も仕切りを作っておこう。だらだらと流れてしまう時間だからこそ、あれもこれもと欲張ってしまう時間だから、仕切りがないと、お祈りを忘れてしまう。
 そして1週間、自分たちの思い通りに過ごしている時間の中に、日曜の朝、2時間足らずの礼拝の時間。そこに仕切りを作って神様への時間として、ささげよう。私達が生きるために、必要なすべてを与えてくださる神様に感謝し、賛美するための時間として、私たちの時間と体を、礼拝でささげよう。聖別された時間を、1週間の中に、また1日の中に、仕切りを作って、保っていこう。


posted by 牧師 at 20:16| 日記

11/7

 物が壊れる時って、連鎖反応で続くような気がする。まず20年以上使っていた大切なワープロが、ついに紙送りが割れて、使えなくなってしまった。ワープロがなければ、自分では複雑な表作りができない。パソコンのエクセルなんて、私にはぜんぜん無理。
 教会のストーブも1か所、故障して点火しないことを発見。業者に見てもらったら、ストーブの機種が古くて、故障している箇所の部品の在庫も、あと2個しかないという。今回1個使ったので、もう1回ストーブが壊れたら、それで在庫の部品はおしまい。新しいストーブを入れるしかない。
 また牧師館のホットカーペットが壊れたので、近くのホームセンターで買った。でも温度をマックスにしても、なかなか温まらない。気のせいかと思ったけれど、レシートをもって取り替えてもらった。今度は大丈夫だった。やはり不良品だったみたい。
 それから教会の事務室のプリンターも故障。業者に見てもらったら、「直すよりも新しく買った方がお得ですよ」だって。これはまだ3−4年しか、使ってないし、5万円以上もした。それなのに、もう使えなくなっちゃうの?根性ないじゃん。でも教会のパソコンにつないで印刷するのに、どうしても必要だから、超安い新しいプリンターを買うことにした。そして古いプリンターを、ただでお店が引き取ってくれるというので、持っていったら、引き取り書にサインを求められた。そこには「引き取った品は修理して販売することに承諾する」と書いてある。なるほどね。壊れたところを直せば、中古品ということで、半値でも売れるわけだ。ただで引き取った品が売れたら、丸儲け。世の中、うまいこと、できてるなぁ。
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 それにしても昔と比べると、電気製品でも何でも、耐久年数が短すぎないか。結婚して最初に買った冷蔵庫は20年たっても元気だったし、今の食器棚は、私が独身時代、独り暮らししていた時に買ったものだ。勉強机も、子供の時から使っている品だし、それこそ整理タンスなんかは、両親が結婚した時に買った品で(60年くらい前?)、今も現役バリバリ。昭和時代の品は丈夫だ。

 「初恋が来た道」という映画の中で、瀬戸物のお茶碗を修理する場面があり、それを見た時は驚いた。「瀬戸物も修理できるんだ」って。

 壊れたら直して、お気に入りのものを、ずっと長く、大切に使い続けられるように、物作りの仕組みを、変えられないものだろうか。WindowsXPは、使いやすくて、まだ動くのに、来年4月までの寿命だとか。使えない理屈だ。
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posted by 牧師 at 20:06| 日記

2013年10月29日

10/28

 恩師の帰天をご家族がお手紙で知らせてくださった。大学時代、先生のキリスト教専科の授業を受けた。ミッションスクールなのに、入学式礼拝くらいで、そのあと礼拝には、ほとんど出たことがなかった。そんな私が、先生の授業で覚えている、たった一つの言葉。
 「何か、決定的な出来事が起きたから、
臆病だった弟子たちが、
あれほど大きく変えられたんだ」。
 先生はイエス様の復活の事実を、私達に伝えようとしておられた。学生時代は、先生の言葉の意味が分からなかった。でも先生の仲人で結婚し、子供を産んで、先生の紹介で教会に通うようになり、家族がキリスト者になった。そしてイエス様の復活を信じられるようになった時、先生の言葉の意味がようやく分かった。
神学博士で、長老教会の現任長老なのに、神前結婚の仲人をよく引き受けてくださった。当時は信仰について無知だったとはいえ、今思うと冷や汗が出る。
 でも先生が、結婚式の仲人を引き受けてくださったから、私は人生のピンチに「教会に行きたいのですが・・・」と先生に相談できた。また献身の時も先生に相談して、「東京神学大学に行きなさい」とアドヴァイスをいただけた。そして神学生時代、夏期伝道実習で遣わされた教会は、先生が長老をされている教会だった。
 私を信仰に導いてくださった恩師。2年前、久々に、夫と先生のお宅を訪問した。その時の写真が、今も牧師館のリビングの机に置いてある。

 先生は長年教壇に立ち、聞く耳も持たない大学生に、信仰を伝えようとされていた。でも先生が蒔いたタネは、ムダにはなりませんでしたよ。先生がいてくださったおかげで、私は牧師として神様にお仕えしていますから。まだまだ青いですけど。
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 春に「ふうせんかずら」のタネをまいて、一つだけ芽が出て、ツルが伸びて、実を結び、本当に風船みたいにふくらんだ。でもふくらんでいた実は、次第にしなびていく。茶色っぽくなった実を、指先で開いたら、エメラルドみたいな、きれいな色のタネが一粒、入っていた。
 ふくらんだ風船みたいな実の中に、たった一つだけど、タネを残せた。それは「未来に命をつないだ」ということ。

 恩師が私にしてくれたように、私も、信仰の命を未来につなぎたい。次第にしなびて、しわくちゃになり、地上の命が尽きても、信仰の命を一人でも多くの人につないで、残していきたい。
posted by 牧師 at 00:36| 日記

2013年10月15日

10/14

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 東海連合長老会の全体修養会で、クラスメイトのナグネ牧師が「キリストと一体となる」というテーマで、語ってくれた。聴いていて、「そう、そうなんだよ」と心で相づちを打ちながら、日頃、私が思っていることをストレートに語ってくれた。ナグネ牧師は一方的に教えるというより、問いを投げかけて、みんなに考えさせている。話は次第に熱を帯びて、ナグネ牧師が用意した原稿の残り半分を語りきれずにタイムアップ。当然、講演後の分団は大いに盛り上がっり、全体会の質疑応答も活発だった。テーマが深いだけに、時間が足りなかったねぇ。できることなら、一泊修養会みたいにして、話し合えたらいいな。
 帰り際、参加された方に、教会の玄関で挨拶をしていたら「これまでにない全体修養会でした」「胸にグサグサきました」と言っていた。ヨッシャー。それぞれが「課題お持ち帰り」の修養会になって、良かった。そしてこの全体修養会で、昔、紙芝居を作成した時、お世話になったアバコのHさんと久々に再会することができた。名簿を見て「同姓同名だなあ」と思っていたら、ご本人だった。思いがけずお会いできて、うれしかった。十数年ぶりでしょうか。同じ東海連合長老会ですから、またお会いできますね。
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 ナグネ牧師から、おみやげをいただいた。その中にセムナン教会の御言葉のしおりがあった。セムナン教会の紹介と裏に御言葉が書かれている。
 2日間、本当にありがとうございました。とても口では言えないくらい満たされました。すぐ帰らなくてはならないナグネ牧師を、電車が来るまで御殿場駅の改札口で見送った。生きている間にまた会えるかな。会いたいな。でも会えなくても、毎日、お祈りして応援しているからね。
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 教会に戻ったら、もう教会の後片付けはきれいに終わっていて、みんなは解散して、来週の礼拝のためにオルガニストの方が一人で、奏楽練習をしていた。私がいない間に、教会の人たちが、すべて手際よく後片付けをしてくれていた。うれしい。感謝だ。御殿場教会が、ますますキリストと一体にされていきますように。
 
posted by 牧師 at 23:05| 日記

10/13

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朝、長老さんの車で御殿場駅にナグネ牧師をお迎え。明日、行われる東海連合長老会の全体修養会のために来日されたのだけど、ナグネ牧師とはクラスメイトということもあって、急遽、前日の13日の礼拝説教もご奉仕していただけることになった。改札口の向こうに顔が見えた時はうれしくて、大きく手を振って、昔のニックネームで呼びかけた。「Dちゃーん!」
 礼拝は、ルカ19:1−10のザアカイとイエス様の話。深く黙想された言葉が、私達の体にしみこんでくる。うれしいなぁ。神学校を卒業して20年。こうしてクラスメイトの説教を、御殿場教会で聞けるなんて超ラッキー。そして御言葉を聞き、体中、キリストに満たされて、超ハッピー。求道者の方も「分かりやすいお話でした」と言っていた。伝道礼拝として案内できたら良かったなぁ…。きっと初めて教会に来た人も、心を動かされたはず。そう思うと、もったいなかったなぁ。

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 ナグネ牧師を歓迎するように、玄関のバラも、勉強部屋のバラも、ちょうど咲いてくれた。よかった。
 礼拝後、ナグネ牧師と、明日の修養会の会場設営のために残った教会員と一緒に、温かくて、おいしいおうどんと、Aさんが差し入れてくれたケーキをいただきました。おいしかったぁ。私も完食。
 ナグネ牧師は今日、牧師館に泊まっていただくので、ひとまず牧師館にご案内。疲れてクタクタのはずだから、すぐ寝てもらおうと思って、お布団ひいていたんだけど、ナグネ牧師は勉強部屋に入って、自分のパソコンを取り出してお仕事。うわ〜。お仕事がいっぱいで、忙しそう。説教の後で、すごく疲れているはずなのに・・・・。
 教会では、教会の人たちが分団つくりのために、いすや机を運んで並べたり、玄関に修養会の看板を貼り出したり、資料の製本をしたり、みんなで手分けしてやってくれている。ありがたいなぁ。明日の全体修養会、すっごく楽しみ。

 

posted by 牧師 at 22:09| 日記

2013年10月07日

10/7 10/7

 昨日の夕礼拝後、メールチェックして、東海連合長老会・全体修養会の参加者を最終確認した。90名。名簿は長老さんにお願いして作ってもらったので、分団の部屋の大きさと名簿を見ながら、分団わけをしていたら、いつの間にか朝の6時。昨日も2時間しか寝てないので、もう限界。風呂にも入らずに寝た。そして起きたら昼。自堕落な生活な我ながら情けない。
 でもこうしてはいられない。シャワーを浴びて会堂に行き、今、手術しているはずの牧師のために祈った。無事に手術が終わり、順調に回復しますように。きっと牧師仲間たちも祈っているはずだ。
 今年に入って、同労の若い牧師が2人、病のために倒れた。そして今日もまた同労の牧師が病のために、大きな手術を受けている。これで3人目だ。昨日の礼拝で「キリストの苦しみを通して、神様の命の慰めが来る」と説教した。でもキリストの苦しみとは、なんと重たく、つらいことか。
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 会堂を出て、下を向いて牧師館の周りを歩いていたら、今春、高根学園の卒園式でもらった「ふうせんかづら」のタネを蒔いたところに、雑草にツルを伸ばし、雑草にからみつきながら、「ふうせんかづら」が実をつけていた。花は白くて小さいから、つい見逃してしまう。支柱もささず、ほったらかしだったのに、名前の通り、風船みたいな実をつけてくれた。もう少ししたら、ハート模様のタネがとれるね。楽しみ。
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 少し上を見上げて裏庭を歩いていたら、いい匂い。あっ、キンモクセイに花が咲いている。胸いっぱいにキンモクセイの匂いを吸い込んだ。気持ちがいい。癒される。
 キンモクセイの葉は虫食いの穴だらけだ。それでもキンモクセイは、かぐわしい黄色の小さな花を咲かせてくれた。ありがとう。本当にありがとう。

 虫食いの穴だらけの私でも、神様から、すべきことが与えられている。神様にすがりながら、今、すべきことを一つ一つやって行けばいい。
 雑草にからみつきながら、地をはうようにツルを伸ばして花を咲かせ、実をつけた「ふうせんかづら」みたいに、つぶやく前に、今、神様から与えられている命の時間を、とにかく精一杯、生きよう。気づかないうちに神様の実が、実ってくるかもしれない。
posted by 牧師 at 22:08| 日記

2013年09月30日

9/30

 御殿場十字の園が今度、新しくグループホームを始めるので、そのための施設の起工式を現場で行った。御殿場十字の園は、御殿場教会が発起人となって誕生した介護施設なので、やはり起工式の最初は礼拝で始まる。十字の園に勤めている教会員がオルガニストなので、奏楽をお願いし、聖書を読み、説教を語り、讃美歌を歌って、礼拝の最後は祝福をした。御殿場の地に、ますます神様の業が表されていきますように。そのための良き施設となりますように。

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 そして礼拝のあとが日本流なんだなぁ。小さな砂山を作って、シャベルで「エイ、エイ」と参加者が交代で砂山を突っつく。私も最後、御殿場十字の園の施設長と一緒に、威勢よく「エイ」と砂山を突っついた。これはもともとは神道の神事で、鍬入れ式とか言うもの。こういう手続きをきちんと踏まないと、建設に携わる施工業者の人たちは、安心しないのかもしれない。
 キリスト教+神道でも、何事もなく、すべてが平和に終わる。これが日本流の良いところなのかな。イスラムだったら、そうはいかないだろうね。
posted by 牧師 at 22:44| 日記

2013年09月27日

9/26

 抜いても抜いても、めげずに次々と生えてくるドクダミ。抜くと、手が臭くなる。だから最後は根負けして、「どうぞお好きなだけ生えてください」と、白旗をあげるしかない。
 でもドクダミは、夏の間、十字架のような白い花を咲かせる。そして秋には色とりどりのハートを見せて、楽しませてくれる。ありがとう。

 「希望を持って喜び、苦難を耐え忍び、
  たゆまず祈りなさい。
  あなたがたを迫害する者のために
  祝福を祈りなさい。
  祝福を祈るのであって、
  呪ってはなりません。」
    (ローマ12:12,14)

 誰からもほめられないドクダミだけど、私、あなたのことキライじゃないよ。

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posted by 牧師 at 15:05| 日記

9/24

130924_道路の彼岸花.jpg 今日は駿府教会で東海連合長老会の牧師会。
 御殿場は寒くて半袖のセーターの上に長袖のカーディガンを着て出かけた。でも新幹線の静岡駅に降りたら、なんじゃ、この暑さは。御殿場は秋なのに、静岡はまだ夏の真っ盛りだ。無論カーディガンなんて、着てられない。途中、ミニストップでストップして、ソフトクリームを買って、食べながら、道の日陰を選びながら歩いた。

 大通りの中央分離帯をふと見ると、ズラーッと彼岸花が咲いている。そうだ。昨日はお彼岸だった。(昨日といえば、御殿場教会を会場に分区の農伝協議会があって、30人分の会場設営をして待っていたけれど、出席者は6名。農伝協議会って本当に必要なの?)
 彼岸花は、夏のような暑さにごまかされないので、ちゃんと自分の咲く季節を知っているんだね。たいしたもんだ。
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 牧師会は話し合うべき議事が盛りだくさん。その中で昼食の時、駿府教会の方が手作りしてくださったレモンケーキ。ずっごくおいしくって、口の中だけがパラダイス。しあわせ〜。黒ハート

 ひと時のしあわせをかき消すように、また議事続行。しかも延長戦。今週は体調があまり良くないから、だんだん心がしぼんで重たくなり、つらい。
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 夕方、静岡駅の上りホームに入ってきた新幹線は、この前の新幹線とは顔が違っていた。潜水艦のようでもあるし、飛行機のようでもあるし、ひょっとしたら、宇宙人が乗っているかもしれないUFO・・・?。大丈夫。乗客は普通の人間だった。
 静岡から新幹線で三島、三島から東海道線で沼津、沼津で御殿場線に乗り換え。座席に座った途端、睡魔におそわれ、気がつくと御殿場。隣のおじさんに寄りかかって、ずっと寝ていたみたい。おじさんが私をにらんでいた。迷惑かけて、ごめんなさい。私があと30歳くらい若かったら、おじさんも、にらまないで勘弁してくれたかなぁ。




posted by 牧師 at 14:54| 日記

2013年09月20日

9/15

 大型の台風が静岡を直撃した。前の晩から激しい雨が降っていた。礼拝のことが心配で、「何とか、無事に礼拝ができますよう」にと祈っていた。
 そして日曜日、朝起きたら雨だったけれど、教会学校の礼拝が始まるころに、雨は止んだ。そして大人の礼拝のころには、すっかり雨は上がり、暑いくらいの天気になった。礼拝後も、傘をささないで皆、無事に帰ることができた。
 神様、礼拝を守らせてくださり、ありがとうございます。台風を案じてか、今日の礼拝出席者は少なかったけれど、礼拝の初めから終わりまで、そして、みんなが無事に帰るまで、雨はピッタリ止んだ。神様、本当にありがとうございます。
 静岡から車を飛ばして、礼拝に来てくれたY君も、礼拝後、新東名で無事に静岡に帰れたと思う。良かった。
 
 その後、激しい台風の雨が叩きつけるように降って、通り過ぎて行った。雨が上がってから、外に出て、空を見たら、きれいな夕焼けだ。
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 どしゃ降りになったり、カンカン照りになったり、きれいな夕焼けになったり・・・・。昼間はあんなに暑かったのに、夜は寒くて、半袖ではいられない。
 一日のうちに、天気は目まぐるしく変わり、ムラがあり、落ち着きがない。まるで人の心のようだ。
 それでも神様・・・、私達を愛してくださるんですよね。

posted by 牧師 at 04:22| 日記

9/13

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 今週は忙しかった。忙しいのに、どうも心のエンジンのかかり具合が悪い。
 今、田んぼには稲穂が実って、群れている。たくさんの手間をかけてもらい、たくさんの恵みをうけて、重たく頭をたれている稲穂の群れ。

 私の稲穂は実っているのか。神様の愛は実っているのか。カラッボではないのか。自分では確かめようもない。
 ただ、「神様の愛が実りますように、神様の愛の実を結ばせてください」と祈るのみ。「私が、教会が、スカスカのモミガラではなく、愛の実がつまった稲穂でありますように」と祈るのみ。
posted by 牧師 at 04:06| 日記

2013年09月12日

9/9-10

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改革長老教会協議会の全国連合長老会が、仙台一番町教会で行われるので、7時の御殿場線に乗り、終点の国府津まで行き、そこから東海道線の各駅停車にゆられて、爆睡しながら東京駅へ。東北新幹線に乗るのは初めて。というか、東北は新婚旅行で奥入瀬、八幡平に行ったきり、30数年ぶり。
 ホームに入ってきた緑色の新幹線は、「オレ、すごいっすよ」って感じで、すましている。しかも全席指定で自由席なし。東京の次は、大宮。そして大宮の次が、仙台。なに?もう仙台。早すぎない?乗った気がしないよ。
 ネットで調べた教会までの地図を見ながら、歩いていく。駅前にはパルコとか、ロフトとか、たくさんおしゃれなお店やビルがあって、渋谷、新宿、吉祥寺みたい。地図を頼りに教会を目指すけど、「地図の読めない女」の私は、簡単に迷子になった。迷子になるということは、余分な距離を歩き回るということ。しかもこの日は、おしゃれなピンクのパンプスをはいていた。ホビットのようなデカ足の私には、本当は物理的にムリなサイズなんだけど、かわいさに負けて、夏らしくどうしてもこのパンプスがはきたかった。でも現実は厳しく、迷えば迷うほど足は痛くなる。これって拷問。そして教会についた時は、ヘロヘロ。
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 「地域長老会の形成」という興味深いテーマ。一日目は講演と分団。分団で、諸教会の先生方のお話を聞いているうちに、だんだん血の気が引いて落ち込んでいった。教会で真剣に奉仕されている先生方が、次々と病んでいく状況がある。理論も神学もあるけど、地域長老会・中会に、相互の魂の配慮は、生きて働いているのか。それぞれの教会の中でも同じだけど、地域長老会・中会が一つの教会となり、生きた相互の配慮がもっともっと充実出来たら、先生方がつぶれたり倒れたりするのを、少しでも防げるかもしれない。
 一日目はグッタリ疲れて、即、ホテルへ…。と思ったのに、そこでまた私は小さなサイズのパンプスをはいたまま、迷子になるんだな。おーい、ホテル、どこだよ。

 二日目は東北地方の教会に仕える先生方からの発題。まず3.11の被害状況の報告があった。復興にはまだ多くの時間と労力、そして祈りと支援が必要だ。御殿場教会も引き続き、祈り、支援をしていきたい。復興活動の拠点として教会が用いられることで、近隣の方が、教会の礼拝に来られるようになったことも報告された。地域に、神様の希望の光を、教会が絶やさず灯し続けることの大切さを思わされた。
 中会は属する地域によって、状況が異なる。東海教区のように教区が全体主義で管理支配している教区は、教派的伝統を持ち出すと、各個教会主義だと悪者扱いされる。かといって、隠れキリシタンじゃないけれど、隠れ長老教会でいるわけにはいかない。言うときは、言わせていただきます。だから中会の先生も、セカンドよろしくね。
 会場の仙台一番町教会は震災で被害があったけれど、修理がされていてきれいだった。でもクーラー効きすぎ。こっそりエアコンの設定温度を見に行ったら24度。節電、節電。勝手に27度に再設定させていただきました。ごめんなさい。






posted by 牧師 at 16:50| 日記

2013年08月27日

8/27

 信仰者としてやってはならないこと。特に教職にある者が決してやってはならないことがある。
 教会は神様のものだ。神様の教会だ。だから、どんなに偉い(?)肩書がある教職であろうと、神様の教会を教職が「私物化」することは、決してやってはならない。
 でも残念なことに、有名で立派な肩書のある大先生ほど、教会を私物化したがるようだ。当たり前のことなのに、基本中の基本なのに、山ほどの学問があるのに、それでも平気で教会を私物化する。そして「それは、おかしいでしょ」と言う者がいれば、容赦なくつぶしにかかる。
 神様は見ておられる。教職こそ、誰よりも謙遜に、神様の教会に仕えなくてはならない。

 「今こそ、神の家から裁きが始まる時です」
  (1ペトロの手紙4:17)
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posted by 牧師 at 04:51| 日記

8/21

 昨日、カンカン照りの中、半日ほど外に出ていた。もちろん日焼け対策はバッチリ。顔も首も手も腕も、日焼け止めクリームをたっぷり塗って、頭には帽子をかぶり、さらにバスタオルまでかぶって、TシャツとGパンで出かけた。
 帰宅して、汗を流そうとシャワーに入ったら、ひざがピリピリ痛む。見ると、赤くなっている。なんだろう。着替えて、よく考えてみた。そうだ。Gパンのせいだ。今日、はいていたGパンは、あちこち破れがある(わざと破いてあるんです)。そしてたまたま大きく破けていたひざのところを、日焼けしたんだ。Gパンの破れたところまで、日焼け止めクリームをぬることには気が付かなかった。ヒリヒリするから、日焼けは火傷と一緒だね。
 でもひざの赤い日焼けのあとを、しみじみと眺めていると、何かに見えてくる。で、サインペンでひざの日焼けあとに書き込んでみた。フムフム。おもしろいじゃん。
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posted by 牧師 at 03:57| 日記

2013年08月19日

8/17

 朝起きて(世間では、昼と言うけど)、花に水をやっていて、気がついた。教会の花壇に並べて植えておいたベコニアが2株、茎が折れたり、ちぎれたりして、むざんな姿になっている。どうして?あんなにきれいに咲いていたのに・・・・。
 ちぎれた茎をいくつか拾い集めて、まだ大丈夫そうなものを、水を入れた空きビンに避難させた。生き延びてくれるかな。窓際に置いて、しばらく様子を見てみよう。
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 夫にこのことを話したら、昨夜、花壇のあたりでノラネコたちが、派手にケンカをしていたらしい。多分その時、ベコニアが引きちぎられたのだろう。
でもさ、どうして花を植えてある狭い花壇の中で、ケンカするかな。どうせケンカするなら、広い駐車場があるんだから、駐車場をうんと走り回ってケンカすればいいのに。運動にもなるし、迷惑もかからないから、ノラネコ君たち、次からはそうしてね。お願い。
posted by 牧師 at 19:35| 日記

2013年08月13日

8/4-5

 富士教会との合同キャンプは今年で3回目。子供と大人の合同礼拝後、貸し切りバスで富士教会→朝霧高原へと向かった。昨年までは夕礼拝があるから、私は2日目の朝からの参加だったけど、今年は夕礼拝を延期させて、最初からキャンプに参加できてうれしかった。
 富士教会の教会員の方々とも回を重ねる毎に親しくなり、御殿場教会と富士教会が一つになって、キャンプを作り上げていく楽しみが強くなってくる。
 キャンプの主題は「聖書―私達を命に導く神の言葉」。事前に選び、聖書研究をしてきた箇所を、3つのグループに分かれてスタンツを作るため、子供も大人も一緒になって、アイディアを出しながら、作業を進めていく。
 3回目のキャンプで、子供たちの成長ぶりに驚かされる。3年前はできなかったことも、軽々とこなしてしまう子供たちは頼もしい。夜の大人の成人分級も、それぞれが御言葉に感じていることを、自由に話すことができて、貴重な時間を過ごすことができた。
 
 翌朝は6:30起床。同室の教会員に「寝言、はっきり言いますね」と驚かれてしまった。滑舌のいい寝言は、私の昔からのくせ。だから同じ部屋で人と一緒に寝るのは超苦手。以前は寝相もスゴク悪かったから、教会学校のキャンプの時、二段ベッドから落ちて、そのはずみでベッドのハシゴを隣のベッドに寝ていた教会員にぶつけてしまったこともある。最悪だよね。
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 朝食後は、3つのグループが仕上げてきたスタンツの発表会。頭だけでなく、体全体を使って聖書の御言葉を理解し、表現していく。荒野で寝ていたヤコブのそばに天からのハシゴが現れて、神様の言葉を聞く場面。パウロが改心する場面。イスラエルがエジプト軍から追いかけられた時、神様の言葉に従って、2つに分けられた海の中をイスラエルの民が渡っていく場面。どのグループもアイディア豊かで、アドリブの効いた楽しいスタンツで、子供たちの演技力はすばらしかった。私の講評は3つのグループとも「星3つです!」。
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 この後はバスに乗り込んで、富士山の樹海散歩と風穴の見学に出かける。バスに乗る前、みんなで記念撮影。私は富士教会の桑原牧師とも記念撮影。昼食は野鳥の森という広い芝生のあるところで、おいしい空気と一緒に、お弁当をいただいた。みんな食欲もりもり。
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 風穴は天然のクーラーで、涼しいどころか、寒い。でも中にあった自然の氷が水晶みたいにキラキラ輝いてきれいだった。富士山の樹海は、樹海というだけあって、上を見ると、空一面が木に覆われて、その間から日の光が差し込んでくる。まさに海の底から水面を見上げているような感じ。
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 樹海では案内のおじさんが歩きながら、楽しい話を聞かせてくださり、子供たちも大喜び。転がっている溶岩石には無数の穴が開いているから、子供の手に乗せた石に、おじさんが息を吹き込むと、おじさんの息が石を通して、子供の手にかかる。ぼくも、ぼくも・・・と何人もやっているうち、「おじさん、顔が真っ赤だよ」。おじさん、サービスしすぎ。ご苦労様でした。
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 キャンプはケガもなく無事に終わり、すでに教会にお迎えに来ていた保護者の方々に子供たちをバトンタッチ。今回、御殿場教会では、初参加の方が2人いたし、お一人は求道者の方。その方はスタンツでも堂々とイエス様役をしてくださり、最後はイエス様を真ん中に、みんなで替え歌の讃美歌でラインダンスを踊れたのも楽しかった。また保育士2年目の若い教会学校の教師が、上手に子供たちの世話をしているのを見ることができて、すごく幸せだった。
 たくさんのご奉仕とお祈りがあった。皆さん、お疲れ様。
 

posted by 牧師 at 19:51| 日記

8/2

130802_いつのまにかお引越し.jpg  今週の日曜日、礼拝後に教会の花壇や牧師館の周りの草取りをした。一時間足らずだったけれど、みんなで手際よく動いて、ドクダミやスギナとか、名前も分からない草や、伸びている垣根の枝を取り除いて、スッキリした。
 でも草刈りをしたばかりなのに、今日、教会の階段と道路の隙間から小さなユリが顔を出していた。このユリは、普段、牧師館の垣根の下に咲くのだけれど、下水道工事で掘り返されたから、もう全滅したと思っていた。
 ねえ、ユリさん。牧師館の垣根の下から、教会の階段の下まで、どうやって引っ越して来たの?不思議だ。そしてスゴイ生命力。

 「今日、生えていて、
 明日は炉に投げ込まれる野の草でさえ、
 神はこのように装ってくださる。
 まして、あなたがたには尚更のことではないか」
  (マタイ6:30)

 行きづまって思い悩んだところで、解決できないもの、手に負えないものは、神様にお任せしよう。イエス様の十字架に預けてしまおう。
 いつのまにか、教会の階段と道路の隙間に小さなユリが引っ越ししていたように、神様は私達に思いもよらない解決の道を、必ず開いてくださるのだから。その時を祈りながら、静かに待とう。


posted by 牧師 at 18:54| 日記

2013年07月26日

7/25

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 疲れがたまっているせいか、昨日から熱が出て、シャワーも浴びないまま、寝てばかりいる。
 今朝は十字の園の礼拝があるけど、説教原稿を、夫に代読してもらおうかなとも思ったけど、「ねばならない症候群」の私は、やっぱり出かけて行ってしまう。そして帰宅と共に布団にもぐりこむ。ずっと寝ていたおかげで、夜には熱も下がったみたい。良かった。夜の黙想会には出られる。

 教会の玄関を入ったら、ピンクに近い赤いユリが思いっきり咲いていて、私を出迎えてくれた。
 日曜日、客員の方が、まだツボミのユリをたくさん持って来てくださった。それがちょうど、見事に咲きそろっている。何だか先を見通して、お見舞いの花をいただいたような・・・。
 ありがとうございます。





posted by 牧師 at 04:27| 日記

7/23

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分区牧師会のため、富士宮教会まで夫の車で行った。富士宮は晴れていたけど、御殿場への帰り道、突然すごい雨になった。雷の閃光もハッキリ見える。これがゲリラ豪雨というやつか。ワイパーを最強にしても、前がよく見えない。水がたまっている道路を走ると、モーセが海を真っ二つに分けたように、水が左右に大きく分かれて、勢いよく飛んでいく。対向車が走ってくると、飛んでくる水を、こっちもまともにかぶって、ますます前が見えなくなる。こりゃひどい。
 なんとか無事に、牧師館に戻った。都内でもゲリラ豪雨で電車が止まったりしたそうだ。ベランダの洗濯物はビショビショ。もう一度、洗濯機に放り込む。
 しばらくすると、ぴたりと雨が止んだ。夫いわく「きれいに洗車されたなあ」だって。そういえば網戸もすっかりきれいになっている。ま、いいか。

posted by 牧師 at 04:19| 日記

2013年07月16日

7/12

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 病院は予約してあったけれど、診察が遅れていて、だいぶ時間がかかりそう。そこで病院のチャペルでお祈りをしようと思ったけれど、チャペルの正面玄関が開いてない。この前もカギがかかっていたな。
シスターに聞いたら、病院の中からチャペルに入るようにして、正面玄関にはカギをかけるようにしたんだって。やっぱり物騒なんだね。

 会堂には誰もいない。十字架の前でイエス様を仰いで祈る。
入院中の教会学校の子どものこと、闘病中の方のこと、看護されているご家族のこと、高齢者の方や求道中の方々、若い方々のことなどなど。
 たくさんの課題があるけれど、今の私には抱えきれない。イエス様が助けて下さらなかったら、牧師の務めは一日も務まらない。何もできない私を、イエス様が助けて、用いてくださる。ただそれだけだ。
イエス様が用いてくださる恵みだけで、私は牧師として生かされている。

130712_病院のバラ.jpg 
 診察が終わり、夫が支払いをしている間、病院の庭を歩いた。うちにあるバラと同じ赤いバラがあった。この赤、大スキ。それからアジサイの青い色が、いくつも複雑に重なっていて、ルドンの絵の青を思い出す。
130712_病院のあじさい.jpg
 病院の帰りに、独り暮らしの高齢者の方々を訪問した。Sさんはお元気そうでよかった。Sさんは玄関わきに植えてあった出来たばかりのキュウリとトマトをもいで、私に手渡してくださった。ありがとうございます。キュウリはトゲトゲがいっぱいで新鮮。トマトもおいしそう。あっそうそう。教会学校の子どもたちが寄せ書きした色紙を、Sさんにお渡しした。喜んでくださった。
130712_とれたてのお土産.jpg 
次はUさん。体調はあまりよくない。それなのに、教会の方々を心配して、次々と私に様子を尋ねる。いつもみんなのことを祈っておられるのが分かる。ありがたいなぁ。お体は不自由だけど「別にこれと言って、悩みはないですよ」と、さらりと言ってしまうUさんの信仰は力強くて、自由だ。Uさんにも、子供たちからの色紙をお渡ししたら、ニッコリされた。
 Oさんのお宅は留守だったけれど、後からお電話があった。お声が聴けて、ホッとした。お体が弱っているから、独り暮らしは正直言って、心配。
どうか、教会に連なる一人一人を、神様、守ってください。そしてこの夏を、無事に乗り越えさせてください。
posted by 牧師 at 23:39| 日記

2013年06月26日

6/25

130625_ようやく咲いた.jpg
 今週の講壇交換で、今月の出張はこれでおしまい。
 今月は横浜に行ったり、松山に行ったりしながら、通常の教務をしてきたから、体がだいぶ疲れていたみたい。昨日から、寝たり起きたりの状態。
 今日は下田教会で分区の牧師会だったけれど、医師にストップかけられていた。実際には出かける気力も体力も残ってない。
 
 早いなぁ。もう六月最後の週だ。やらなくちゃいけないことが山ほど残っている。どうしよう…といいながら、ぼーっとしながら、いつまでも周りにある花たちを眺めているだけ。
 そして気がついた。2,3前に購入して、翌年から葉ばかり茂って花が咲かなかった「時計草」に、花が咲いている。かわいい
 「今年も葉ばかりで花を咲かせなかったら、鉢植えから抜いて、捨てちゃうからね」と「時計草」に脅しをかけながら、いつも水やりをしていた。
 脅しが効いたのか、何が良かったのか、分からない。でもたった一つだけど、咲いてくれた花がうれしい。
 「時計草」も頑張ってくれたんだから、私も頑張ろうっと。

posted by 牧師 at 15:06| 日記

6/23

 東海連合長老会の講壇交換で、平塚富士見町教会へ行った。朝、8時に教会を出て、御殿場線に乗ったら、なんと満員電車。ほとんどの人が山歩きの姿。富士山の山開きは来月だけど、近くまで行くのかな。ご苦労様です。
 御殿場線の終点、国府津で東海道線に乗り換えて平塚へ。同じ静岡県の富士教会に行くよりも、神奈川県の平塚の方が近い。平塚は都会だぁ。たくさんのビルやお店。長老さんが車で迎えに来てくださり、教会に向かった。
 平塚富士見町教会で説教奉仕をさせていただくのは、これで二回目。前回もそうだけど、会衆が説教を吸い込むように聞き取ってくださるのが分かる。新しく入ったオルガンの音色もやわらかくて、歌いやすい。平塚富士見町教会には、親子で礼拝を守っている家族が多い。今日も、生まれたばかりの赤ちゃんを抱っこしている若いパパもいた。いいなぁ。
 礼拝後に婦人会の例会に出席させていただいた。順番に聖書研究の発表をしているようだ。すごい。御殿場教会もそれぞれが聖書研究して、発表できるくらい、聖書の学びを深めていけたらうれしいな。
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 例会が終わったところで、壮年会の男性たちが「うどん作り」の試作をしているとのことで、試食に参加させていただいた。お揚げが入ったきつねうどん。麺のゆで具合もちょうどいいし、手際もいい。
 台所で壮年会の男性教会員たちがエプロン姿で奮闘している。テーブルには、いつもなら忙しく働く婦人会の女性たちが座って、運ばれてくる「キツネうどん」をいただく。「作ってもらって食べるとおいしいわねぇ」と感想をもらしていた。ほんと、試作にしては上出来で、おいしかったですよ。
 帰りも駅まで長老さんが送ってくださった。ありがとうございます。とても勉強になりました。
posted by 牧師 at 14:51| 日記

6/22

130615_咲いたよ、アジサイ.jpg
 日本キリスト教団から出版されている「信徒の友」に諸教会を覚えているコーナーがある。
今月は静岡の東部の教会。その中に御殿場教会があった。そのため全国から、祈りのハガキやお便りが教会に届いた。届いたはがきやお便りを、教会の玄関のところに貼って並べた。
「ああ、御殿場教会は、こんなにたくさんの祈りの中で支えられているんだなぁ」としみじみ実感して、とてもありがたかった。
 イエス様が、すべての教会に、数えきれないほど多くの祈りを集めて、衣のように着せてくださっている。
 名前も知らない教会のために、祈祷会で祈る。なかなかできないことだ。
御殿場教会の祈祷会では、教会に連なる人たちを毎週、順番に祈っているけれど、御殿場教会が多くの教会から祈られているように、いつの日か、名前も知らないけれど、主にある教会の働きのために、御殿場教会の祈りが大きく外に向かって広がっていくことを願って、私もまず祈ろう。



posted by 牧師 at 14:44| 日記

6/21

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 復生病院の予約日。医師から警告のイエローカード。いつも言いつけを守らない悪い患者で、ごめんなさい。

 診察が終わり、支払いを待っていると、病院のシスターから「中島さん」と呼ばれた。
 ???と思ったら、シスターの手の中に、「子どものお祈り」の本があった。

 「素直なお祈りの言葉で、読みやすい」ということで、ここの修道会が「子どものお祈り」を注文してくださり、信者さんや患者さんに差し上げているとか。超うれしい。
 自分が手がけた本が、誰かの役に立っている。長老教会とか、プロテスタントとか、全く関係なく、カソリックのシスターが、わざわざ羽咋教会に「子どものお祈り」を注文してくださったのが、「うれしい」を通り越して、アンビリーバブル。ぴかぴか(新しい)

 神様、御用のために用いてくださり、ありがとうございます。神様、もっと、もっと、多くの方が「子どものお祈り」を手にすることができますように。そして神様に心から信頼して祈る一人一人にされますように。

posted by 牧師 at 14:29| 日記

6/20

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 夜の黙想会の終わりに、6年ぶりにHさんが、御殿場教会をお仕事の帰りに立ち寄ってくださった。
以前、お仕事の関係で、しばらく御殿場に滞在されていた。その間、御殿場教会で毎週、礼拝と夜の祈祷会に出席されていた。Hさんは牧師が語る言葉に、いつも真剣に耳を傾けてくださった。そのことで、どんなに励まされ、勇気づけられたことか。また冬、雪が降った時も、夫と二人で駐車場の雪かきをしていたら、Hさんが駆けつけて、雪かきを手伝ってくださった。

 お互いに大きな試練を味わってきたけれど、いつも日々の祈りの中に覚えて、お互いに祈りあっている。信仰の兄弟姉妹って、いいなぁ。救い主イエス様が土台となって結ばれているから、遠く離れていても、いつでも主にあって近い存在。神様の家族だ。帰る前に会堂の最前列で、お互いの信仰と教会と健康のために共に祈った。

posted by 牧師 at 14:17| 日記

6/16-17

 16日の礼拝を終えて、CS教師会を早めに済ませてから、ロマンスカーで新宿へ。礼拝説教で全力投球した後だったから、新宿まで爆睡。人に起こされて、あわてて山手線に乗り換えて品川、そして羽田空港へ。
 数日前、ネットで羽田と松山までの往復のeチケットを購入した。ネットでの購入は初チャレンジなので、空港でチケットを実際、手にするまでドキドキ。そして驚いたのは、国内便はペットボトルを機内に持ち込めるって、初めて知った(もちろん、ペットボトルの検査はあるけど)。
 松山市に行くのは、2年前、病気療養のため、息子さんの住む松山市に転居された教会員のKさんご夫妻を訪問して家庭礼拝を守るため。もっと早く行きたかったんだけど、なかなか都合がつかなかった。
 最初は電車を乗り継いで、松山市まで行くつもりだったけれど、今月の長老会の議案に出したら、電車だったら却下、飛行機なら承認、ということで急遽、機上の人となった。電車なら9時間以上だけど、飛行機だと、あっという間に松山に着く。飛行機の窓から瀬戸内海の大小、様々な島が見える。こんなにたくさんの島があったんだ。日本て、本当に島国なんだね。
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 夜、松山空港の到着に合わせて、Kさんの息子さん夫妻が出迎えてくださり、夕食を共にした。松山市は生の魚がおいしいところだという。お刺身は新鮮でおいしかった。珍しかったのが、野菜サラダを色々なお味噌で食べるメニュー。パプリカとか、ラディシュもお味噌で食べてみると、楽しくておいしい。今度、自宅でも試してみたい。帰りもホテルまで送ってくださった。ありがとうございます。ちょうど6月7日が結婚記念日だから、9日遅れだけど、結婚記念日おめでとうございます。これからもずっと仲良く、お元気で。
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 翌朝、食パンを、聖餐式用に切って、これでよし。ホテルから大手町という駅へ。大手町というと地下鉄の長い乗り換え通路を思い出すけれど、松山市にも大手町があったんだね。それから松山市には路面電車も走っている。乗ってみたかったなぁ。でも観光ではないから、大手町から電車に乗ってKさんのお宅に向かった。駅に夫人が待っていてくださった。わぁ、お久しぶりです。
 ご自宅でご主人が待っておられた。こんにちは。お会いできて、うれしい!お体は不自由だけれど、以前よりふくよかになられた感じだ。テーブルの脇には御殿場から見た富士山の写真や祈祷会のメンバーの写真が並んでいる。こうして、松山に転居されてからも、御殿場教会を覚えてくださっているんだ。
 早速ヒムプレーヤー(讃美歌のカラオケ)と聖餐式の準備を整えて、家庭礼拝を始めた。讃美歌を歌いだすと、もともと讃美歌が大好きなKさんから、次々とリクエストが飛び出す。愛唱讃美歌がたくさんある。楽しそうに讃美歌を歌っているKさんご夫妻は、とても元気そうで、その姿は以前と少しも変わっていない。
 聖書を読み、短くメッセージを語ってから、聖餐式に共にあずかった。幸せなひと時だ。イエス様への信仰、そしてイエス様の体と血が、Kさんご夫妻と御殿場教会とをしっかり結び合わせている。家庭礼拝を終えて、昼食をいただきながら、教会のことなど、話は尽きない。でも飛行機の時刻が迫っているので、Kさんのお宅での滞在時間は2時間ほど。
 帰り際、別れがたい気持ちで、ご夫妻と固く握手をした。また会いに来ますからね。そしてまた一緒に礼拝を守りましょうね。その時まで、神様がお二人の信仰と健康を守ってくださいますように。
 初めての松山市への一泊2日の旅。たった2時間の滞在時間しかなかったけれど、家庭礼拝を守り、聖餐式にあずかる尊い2時間を、神様からいただくことができた。神様、ありがとうございます。
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posted by 牧師 at 06:37| 日記

3/15

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 教会の花壇に水やりしていたら、教会員の方が植えてくださったマツバボタンの中で、赤い花が一つだけ咲いていた。これから次々と他のマツバボタンも咲き始めるだろう。雨が降ったり、ナメクジに襲われたり、外に植えられた草花は、毎日、闘いながら咲いている。がんばれ!
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 またピンクと黄色のユリも、仲良く咲いていた。そして今日はちょうど友人の結婚式だ。1日1日の生活の中に、神様の愛の花をたくさん咲かせてほしい。ポストを見たら、友人から結婚の挨拶のハガキが、早々と届いていた。仲良くやっている様子で、うれしい。
「人が独りでいるのは良くない」(創世記2:18)と神様は言われて、アダムに助け手(女)を与えた。

 いつでもイエス様を真ん中にして、お互いが相手の良き助け手となって、幸せになってね。お祈りしているよ。

posted by 牧師 at 06:21| 日記

6/13

 朝、十字の園の礼拝を終えてから、花の日の礼拝説教をするために高根学園に向かう。6月第2週は、教会の暦によると「花の日、子供の日」となっているらしい。
今週、教会では花の日に、子供を祝福する合同礼拝をささげた。そして礼拝後、子供たち一人一人を祝福した。神様の祝福と教会全体の祈りの中で、子供たちが成長してくれることを心から願う。
 高根学園では花の日として、礼拝の後、子供たちが近所にお花を届けに行く。ホールの前にたくさんの花が置かれていて、子供たちは礼拝を待っている。今朝の奏楽は教会員のMちゃん。奏楽は初体験で「自信ない」って言っていたけれど、前奏も、讃美歌の伴奏も、後奏も、ぜんぶ合格。とても上手にピアノを弾いていた。やるじゃん。すごいよ。これからも大丈夫だよ。
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 礼拝が終わったら、子供たちからお花をいただいた。牧師館に帰ってから、玄関と洗面所に飾った。ありがとうございます。お花のプレゼントって大好き。
 部屋にこもって仕事を始める前に、お花の水やり。ある種の逃避行動かな。でも癒されるんだよね。お花をいじっていると。
 玄関前にぶら下げている植木は、トロピカルな色をいくつも使って、ステキに花を咲かせている。うっとりするような美しい色もすべて神様が造られた。じっと見つめていると、万華鏡をのぞいている気分になる。これも神様の作品。神様はすばらしい。
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posted by 牧師 at 06:12| 日記

2013年06月09日

6/3

 月曜日、近くの御殿場小学校から「地域を調べる」ということで、教会に小学2年生が先生に引率されて、やってきた。30分足らずで教会のことを説明してほしいと、事前に先生から言われていた。そこでごくごく簡単に、教会の歴史とか、神様のこと、聖書のことなど、子供たちに話をした。その時、「クリスマスは何の日ですか」と私が子供たちに質問したら、「サンタさんが来る日」と即答で返ってきたのには、完全にマイッタ。もうやだ〜(悲しい顔)
 イエス様は神さまの子どもで救い主。その救いの主(キリスト)の誕生をお祝いするお祭り(マス)で、クリスマスということを伝えたけれど、イエス様とか、教会抜きのクリスマスが、世間では当たり前だということに、改めてショックをうけた。子供たちの中に、教会員の子どもがいた。「この中で、教会に来たことがある人?」と、最初に私が聞いた時、その子が元気よく手を挙げた。
 ここにいる子供たちが教会学校に来てくれたら、どんなにいいだろう。子供たちが教会に招かれ、神様の愛の中で育っていきますようにと、子供たちが帰った後、会堂で祈った。ぴかぴか(新しい)

 先週、ご近所の方から「さつきがきれいに咲いたから、どうぞ」とお誘いを受けていた。でも先週は仕事がたまっていて、行くことが出来ず、今日の午後、お庭のお花を見せていただくために伺った。ちょうど梅雨の雨が降ったあとだったので、さつきは花が散ってしまったのもあったけれど、ミニバラのアーチは、見事にかわいいピンクの花をたくさん咲かせていた。
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130603_三橋さんの庭E.jpg 昨年、このミニバラを一鉢、分けていただき、たった一年で大きく育った。ご主人がさらに「挿し木用に」とミニバラの枝を何本も切って、私にくださった。でもバラの鋭いトゲが刺さったのか、枝を受け取るとき、ご主人の手のあちこちから血が出ていた。痛い思いをさせてしまって、ごめんなさい。いただいた枝は挿し木にして、ちゃんと花をさかせますね。

 ご主人は、この他、珍しい一重の赤いバラや、先のとんがったアジサイ、八重に咲くドクダミの花まで、私に分けてくださった。こんなにたくさんのお花を、本当にありがとうございます。牧師館の玄関において、大切に育てますね。

 お花を育てている人にとって、お花は子供のようにかわいくて大切。それを私なんかに分けてくださるって、ありがたいことだ。バラのトゲで痛い思いをしてまで、大切なお花を分けてくださったご主人の暖かい心を、お花と一緒に受け取って帰った。
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posted by 牧師 at 15:34| 日記

5/31

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 夫が「外、見てごらん!」と言ったので、外に飛び出したら、なんときれいなピンクの夕焼け。すご〜い。
嵐の日、風の日、暑い日、寒い日もあるけれど、ずっと嵐の日が続くわけではないし、ずっと寒い日が続くわけでもない。
一日の終わりに、こんなきれいな空を見ることができて良かった。一日一日、苦労はあるけれど、一日の中に、神様からの贈り物が必ず備えられている。
一日一日が、いつも神様への感謝で終わることができますように。

「明日のことまで思い悩むな。
明日のことは明日みずからが思い悩む。
 その日の苦労は、その日だけで十分である」
(マタイ6:34)

「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。
どんなことにも感謝しなさい。
 これこそ、キリスト・イエスにおいて、
神があなたがたに望んでおられる 
ことです」 (1テサロニケ5:16-18)

posted by 牧師 at 15:12| 日記

2013年05月31日

5/31

 午前中は病院の予約が入っいる。昨日はスゴイ雨だったけれど、今日は梅雨の晴れ間。暖かいし、日差しも夏の気配を感じる。病院の中にあるたくさんの新緑が、雨に洗われたせいか、元気いっぱいで、「生きているよー」と叫んでいるみたいだ。
 もう病院に通いだして4年目になるのに、玄関の前に日時計があるのに、今日、初めて気がついた。日が差すと、影のところがちゃんと11を指している。予約の時間だ。
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130531_表院前でB.jpg 医者に「この前より、様子がいいじゃない?」と言われた。
 前回は病院から帰ってから、同じ日に前夜式、翌日の葬儀が控えていて、説教準備のために、ほとんど寝ていなかった。五月は葬儀が何度もあったことや、その他、自分の容量を超えた仕事が重なり、眠れなくて、苦しかった。
「もうだめかもしれない。今度こそ、もうだめだ」。
そう思うたび、神様に祈り、神様に助けを求めた。
そしてあんなにメチャメチャだった五月の毎日を、生き抜くことができた。
今日は、五月三十一日。五月最後の日。神様に助けられて、あんなにヒドく、しんどかった五月を生きられた。あきらめないで、生きることができた。
 もうだめだ、と思ったけれど、だめじゃなかった。
神様に助けられて、五月を生きることができた。あきらめなくて、良かった。神様に助けていただくことができて、本当に良かった。

神様、ありがとうございます。
生かしてくださり、ありがとうございます。
同じように、神様に助けを求めている多くの人を、どうか神様の力によって、生かしてください。



posted by 牧師 at 21:01| 日記

2013年05月24日

5/23

130523_エニシダ@.jpg 130523_エニシダA  .jpg
 教区総会から帰ったら、牧師館の玄関わきのエニシダに黄色の花がびっしりついて咲いていた。何年か前に、小さな植木を150円くらいで買った。でも大きくなったので、地面に植えたら、御殿場の寒さにも、山からの強風にもめげずに、遠慮なしでドンドン大きくなっていく。その強さ、ずぶとさ、私にも分けてよ。
 
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130523_たくましいバラ.jpg

130523_植え替え成功 シャクヤク.jpg
 たった一泊、留守にしただけなのに、急に暖かくなったせいか、教会の花壇に新顔の花たちが、あちこちから出てきている。
 あら〜、ひさしぶり。下水道工事で掘り返されていたのに、ご無事で何より。きれいな色と形。もっと出ておいで。大歓迎ですよ。アリとナメクジを除いて。
posted by 牧師 at 07:48| 日記

5/22

130522_教区総会二日目.jpg 教区総会二日目。東海教区の総会が昨日から行われている。朝風呂に入るため、同じ部屋の人たちが起き始めた。外を見ると、海の上に朝日。
 朝日のうるわしさに比して、総会はガッカリ。東海教区の頑なな全体主義。どうしてここまでして教区は、イニシアチブを取ろうとするのだろう。教区、分区、地区と、似たような集会のオンパレード。集会をたくさんすることが、伝道だと思っているか。伝道するのは教会でしょ。牧師がじっくり神様と向き合い、祈り、聖書に聴く。訪問したり面会したりして、教会員一人一人を丁寧に牧会していく。そして説教から聞いた救いの喜びを、教会全体で周りに響かせていく。そのために教会には、どうしても時間とお金が必要なのだ。
 なのに教区は時間もお金も、教会からむしり取っていく。それに湯水を浴びるような教区の金銭感覚。教会はあらゆる節約、倹約をしながら、ギリギリで伝道している。年度末に教区負担金を支払ったら、教会の通帳残高は2万円を切ってしまった。これで新年度を迎えられるか。
 祭壇に献げられた動物のように、教区負担金は、教会が身を削って削って、血がしたたっているお金なのだ。でも使う教区に、そんな痛みや意識などない。政治家が税金をジャブジャブ使うのと同じ。何度か議場で発言したけど「ぬかにクギ」で空しい。
 「御殿場教会のバカ牧師が教区に逆らって、また文句言っている」。議場で聞いていた人たちも、そう思っていたのだろう。何もかもイヤになってくる。
 教会がやせ細っても、教区はお構いなしのメタボ。教会が弱り果てて、教区だけが生き残れると思っているのか。何のための教区だ。

posted by 牧師 at 07:30| 日記

5/19

 今年の初めから今まで、ずっと目を楽しませてくれたシンビジュームが次々と萎れていき、花がついていた茎を全部、切り取った。最初、花が咲き出した時は、花の中にいる小さなおさげの女の子が、黄色い手で三つ指ついて挨拶をしていた。
130503 花の中から、こんにちはの女の子.jpg
 それが、次第に色が変わって、女の子の手から黄色がなくなって行った。
130503_さらならが近づいてきた女の子.jpg
 白かった胸も暗くなり、花びらも、茶色に変わってしまった。女の子は身を低くして、最後のお別れの挨拶をしているようだ。植木鉢をもっと大きくして、ちゃんと手入れしておくね。だからまた来年も咲いて、かわいい姿を見せてね。
130506_もういよいよさよならの女の子.jpg
 先月から今月にかけて、23日間に3回も葬儀があった。すべて、外部から依頼された葬儀。外部から依頼された葬儀だと、亡くなられた方のことを全く知らないので、ご遺族からお話を聞いて、前夜式と葬儀の聖書箇所を決める。ご遺族からお話を聞いていると、不思議に聖書箇所が思い浮かんでくる。
 突然依頼されて、初めて病院にお見舞いに行った時、讃美歌を歌い、聖書を読み、私の祈りの言葉に、ベッドにおられた方は、何度もアーメンとハッキリ応えてくださった。だからまだ大丈夫だと思っていたけど、初めてお見舞いに行って6日後、訃報を聞いた。でもその方が復活のイエス様にしっかり抱きかかえられて、神様のおられる天に帰られたことを、確信している。
 葬儀の翌日の礼拝に、その方のご遺族が来られて、涙をにじませながら礼拝後に挨拶をされた。
 「この涙は悲しい涙ではなくて、うれし涙です」。
 ご遺族の言葉が心に残った。イエス様の復活を信じる時、私達は「死んでも生きる命の希望」を見ることができる。

posted by 牧師 at 07:22| 日記

5/16

 春は周りの風景が、あっと言う間に変わっていく。都会じゃ、季節の微妙な変化は見落としがちだけど、御殿場は自然がたくさん残っているから、季節の変化がよく分かる。
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 十字の園の礼拝の帰り道、先月は、卵のそぼろ弁当みたいに、菜の花が田んぼにビッシリ咲いていた。でも今は、田んぼに水が入れられて、稲が行儀よく並んでいる。今はまだ隙間だらけだけど、しばらくすると稲は青々と茂り、スクラム組んで一斉に立ち上がる。
130516_水田の模様替え.jpg
 御殿場で田植えが出来る一方、福島原発の近くでは、田植えもできない田んぼがたくさんあるはず。昔から大切にしてきた田んぼが放置されるって、どんなに辛くて、悔しいことだろう。それなのに、まだ日本中にたくさん原発がある。活断層の上にも原発。
 大切で美しいもの、かけがえのないものを、人の貪欲は踏みにじり、破壊してしまう。

 「見よ、天とその天の天も、地と地にあるすべてのものも、
   あなたの神、主のものである」
                 (申命記10:14)
 「主を畏れることは、知恵の初め。
   無知な者は、知恵をも諭しをも侮る」
                 (箴言1:7)


posted by 牧師 at 07:06| 日記

5/9

130509_十字の園で作られた花器とボタン.jpg
 教会の玄関に置かれた、渋い花器と大きなボタンの花が目をひく。
 花器は、十字の園の利用者の方が作った作品。すごい。上手!それを十字の園でヘルパーをしている教会員の方がいただいて、教会に持ってきてくださった。そしてその花器に、別の教会員の方が自宅の庭に咲いていたボタンを入れて、教会の玄関を飾ってくださった。

 色々な人たちの心と手が、一つに集められていて、美しい。




posted by 牧師 at 06:55| 日記

2013年05月01日

4/28

130428_フジと教会A.jpg 教会の花壇にフジの花が、乱雑に咲いている。
 藤棚とか作れたら、フジの花らしく垂れ下がって、きれいに咲けるんだけど・・・・。
 藤棚がないフジの花は、周りの植木に寄りかかりながら、傍若無人に四方八方にツルを伸ばして咲いている。
 その向こうに、教会の塔が見える。まるで寝そべりながら、教会を見上げている感じ。

 またフジの花は、牧師館の垣根を「よいこらしょっ」と乗り越えて、牧師館の裏庭にも侵入している。
まるで、いたずらっ子のようだ。
 だけど、とてもいい香りがする可愛い、いたずらっ子だ。だから勘弁してあげる。

130427_フジと青空.jpg 
 
posted by 牧師 at 23:51| 日記

4/27

 今週は葬儀があったりして、忙しかった。電話や携帯が始終、鳴っていた。

 携帯にメールがあった。「今度はなんだ」と思ったら友人からのメール。長い間、独身だった友人。だけどようやく生涯のベターハーフと出会って、話がまとまりそうだという喜びのメールだった。
 うれしかった。友人は苦労して、挫折の痛み、苦しみも知っている。相手の方も、長く苦労されて、やはり痛み、苦しみを知っている物静かな方だ。2人とも信仰者だし、神様の助けを祈り求めながら、お互いを大切して、良い家庭を作り上げていくことだろう。本当に良かった。

 春の日差しに誘われて、自分の部屋から、のそのそ外に出てみた。玄関前の花とは大違いで、牧師館の裏庭は手入れもしていない。だから暖かくなって来たのと同時に、雑草が「待ってました」とばかりに茂り、にぎやか。キンモクセイの新芽も出てきたけど、早速、虫に食べられている。あ〜ぁ。遅咲きの八重桜が、申し訳なさそうに、控えめに咲いている。それに比べてドクダミやスギナは勢いのいいこと。少しは遠慮しろよ。
 ふと足元を見ると、オダマキが咲いていた。雑草の中に紛れて。下を向いているオダマキの姿は、弱々しく、地味だけど、花はとても美しい。
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130428_オダマキB.jpg 130428_オダマキC.jpg
 言葉数が少なく、弱々しく、日頃、全然目立たなくても、「はっ」とするような強さ、清さ、寛容さを持った信仰者が、たくさんいる。神様に人生を磨かれてきた人たちだ。オダマキの花のようで、美しい。

posted by 牧師 at 23:39| 日記

2013年04月19日

4/19

 4月なのに夜になると急に冷え込んで、霜がおりたりするから、植木を外に出しっぱなしにできなくて、夜になると植木を部屋の中に入れる。だから私の部屋は植木鉢だらけ。
その中に今、「ボロニア」という植木がある。まんまるのピンクのつぼみは幼子のようにかわいい。そのつぼみが、ポンと小さな十字の花を咲かせると、むじゃきな少女のように見える。ついつい机を離れて、植木の前にしゃがみこみ、かわいさに見入ってしまう。
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 今週14日の礼拝に、十字の園から車いすで101歳のSさんが、ご家族と一緒に来られていた。普段、十字の園に伺うと、Sさんはベッドに横になっていることが多い。だから礼拝の一時間を、車いすに座りっぱなしでいることは、体にかなりの負担があるはずだ。でも礼拝していて、お祈りや讃美歌などで、一番後ろにいるSさんの「アーメン!」の大きくてしっかりした声が、講壇にいる私のところまで、ちゃんと返ってくる。
 神様にささげるSさんの本気の「アーメン」だ。
「神様はすばらしい、神様に心から信頼しています。神様は真実です」。
 小さな体で車いすに座り、幼子のような笑顔のSさんだけど、101歳のアーメンには、周りを圧倒する迫力がある。神様を確信している迫力だ。年齢や体の不自由さなんか関係なく、信仰の力はスゴイ。
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 今日は病院の予約をしていたけど、病院がかなり混んでいたので、診察前に、独り暮らしのUさんを訪問した。 体調の悪さは勿論だけど、目も耳もかなり悪くなっている様子。でもUさんが言うには「目をつぶって座っていれば、健常者だから」と笑う。
 そして教会の色々な人たちの体調を気遣って、安否を私に尋ねてくる。「毎日の生活の中で、一人一人をお祈りに覚えておられるのだな」と分かる。
 たくましい信仰だ。これだけ逆境の中にあっても、多くの人のために、とりなしの祈りが途絶えることはない。帰るとき、一緒にお祈りをした。

 牧師館の裏庭に、切っても切っても生えてくる「ヤマブキ」が、厳しい冬を越えて、黄色の花を咲かせ始めた。
 逆境の中でも、しっかり花を咲かせる、たくましい信仰者に、私もなりたい。
posted by 牧師 at 23:47| 日記

2013年04月12日

4/12

 今日は、「人生の区切り目」ともいうべき特別な誕生日。今週の祈祷会の時、皆さんからお花をいただいた。ありがとうございます。今朝も(昼近く)ようやく起きたところに、宅急便屋さんが来て、友人から誕生日のプレゼントが届いた。彼女とは夫より、両親より(もう亡くなっています)、血のつながった我が子よりも長いつきあいで、かれこれ半世紀になる。さらにある方が、手作りのシフォンケーキを届けてくださった。うわぁ〜すごーい。
 「とってもうれしい」と思う半面、「こんなにしてもらう資格なんか、私にはないのに」とも思う。そして「私なんかのために、手間暇かけさせてしまって申し訳ない」とも思ってしまう。
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 でもふと、思った。神様の愛も同じだね。愛される資格もないのに、神様は私たちに最上の愛を注いで、最上のプレゼントイエス様を与えてくださっている。
 愛される理由も資格もない、それどころか、あちこち足りないとこ、欠けたとこを指摘されて、叱り飛ばされても仕方ないのに、それでも神様は、私たちを愛して、ご自分の懐の奥深くに受け入れてくださる。そして大切な御用のために、私たちを信頼して用いてくださる。こんな私たちなのに。それでも神様は私たちを用いてくださる。
 みんなの暖かさを受けて、あらためて神様の愛を受け止めることができた。生きていていいんだ。神様の御用をさせていただけることを、素直に喜んでいいんだ。ありがとうございます
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 ちょうど教会の裏に来ていた八百屋さんから、ピンクのマーガレットを1ケース買って、教会の花壇に記念植樹じゃない、記念植花した。余ったお花は、牧師館の玄関にも。これからピンクのマーガレットが、教会の花壇いっぱいに増えていくといいなぁ。
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 夕食後、いただいた幸せのシフォンケーキを夫と一緒にいただいていたら、天気予報で、明日は御殿場の最低気温がゼロ度。霜も降りるとか・・・。やだ〜!せっかくマーガレット植えたのに。霜にあたって、枯れないといいけれどなあ。ガンバレヨ。お花たち。私も説教準備、ガンバルから(?)。


posted by 牧師 at 23:46| 日記

2013年04月08日

4/8

 入院中の方の病床洗礼を行いに午後から出かけた。病室にはご家族全員と昔、関係しておられた隠退教師の方もおられた。病床にある方は口をきくことはできないが、意識はある。すでに昨日の臨時長老会で洗礼が可決していたが、もう一度、寝ているご本人に「イエス様の救いを受け入れますか」と尋ねたら、かすかに顔を動かされた。ご家族はクリスチャンホームで、遠方から駆けつけてこられた。誓約の時はご家族が、口がきけないご本人に代わって誓約された。洗礼が行われ、お祈りをした。お孫さんたちに「おじいちゃんの中には、イエス様の復活の命があるから大丈夫。神様の子どもとして、また再会できるから」と言ったら、うれしそうに涙をぬぐっていた。お孫さんたちが歌う讃美歌を聞いて、寝ていた方がうれしそうに手を合わせていた。

 私たちの地上での体は、やがて朽ち果て消えてなくなる。でも復活のイエス様を信じて、イエス様につながっている人は、死んでも生きる。イエス様と同じように復活の命が宿っているから、新しい命で、死を越えて、神様と永遠に生き続けていく。
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 冬の間、牧師館の中庭にある草木は、ほとんど枯れてしまう。でも病院から帰宅して、ふと牧師館の中庭を見たら、冬の寒さにも耐えて、青々と茂ったまま生き残った枝が、白い花を咲かせていた。なんという花なのか、名前は分からない。今年の寒さは厳しかった。周りの草木が、ぜんぶ枯れてしまっても、それでも生き残って、清々しい花を咲かせる力が、この枝にはあった。
 復活のイエス様につながれた者は、この枝のように、地上のすべてが枯れ果てても、神様によって、復活の命の花を、必ず咲かせていただけると信じている。
posted by 牧師 at 21:30| 日記

2013年04月04日

4/4

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130404_十字の園の帰りA.jpg
 今週は雨が降ったり、寒い日が多かった。今朝、久しぶりの晴天。十字の園礼拝に行ったら、ロビーに桜の枝が大盛りに活けてあった。「施設のすぐ近くにある、色のきれいなあの桜だ」と思ったので、礼拝の後、歩いて行ってみた。
 あったー!そう、このピンクなのよ。とってもきれい。こんな「花かんざし」つけて着物を着てみたいなぁ。みんなはきっと、目が点になるね。アハハ。いつまでも見ていたいけれど、ここは細い道で車の出入りが多いので、夫にせかされて、後ろ髪(ないけど)を引かれる思いで退散した。
 施設に戻ったら、施設で働き始めた教会員の方に出会った。元気そうに笑顔でお仕事している。良かった。かわいい

 その後、市内の病院に入院されている方をお見舞いして、帰り道に富士山が青空の中、まだ雪も残っていて美しかった。御殿場でもあちこちに桜が咲き始め、花壇のスイセンやヒヤシンスも咲いて、春がいよいよ本格的に始まった。 
 長い冬だから、春が待ち遠しくて、色々な発見がある春の一日一日がとても楽しい。白い富士山も、もうすぐ見られなくなるだろう。惜しむように大切な春の日を過ごしていきたい。
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posted by 牧師 at 15:03| 日記

2013年03月27日

3/26

130326_牧師会B.jpg 今日は東海連合長老会の牧師会。朝出かける時、すごく寒くて雨まで降っていた。だから、「もう洗濯しようかな」と思っていたダウンジャケットを着て、手袋して傘を持って、静岡に向かった。そして静岡の駅に降りて、ガーン!
 青空じゃん。しかもすごく暖かい。桜は満開で、街路樹のけやきの新芽も青々として美しい。道には色とりどりのチューリップやタンポポ、ボケの花など、たくさん咲いている。
 駅から駿府教会まで歩いていく途中、ダウン着たり、手袋している人なんか誰もいない。御殿場だって、同じ静岡なのに…。
 牧師会では、新年度に向けての話し合いが行われた。お昼に、今月で隠退される先生の送別の食事会をした。
 長い伝道牧会の中で、たくさんご苦労されたはずなんだけど、いつも笑顔で顔色も良くてツヤツヤしている。また教会員から愛され、多くの牧師仲間からも信頼されている。見事だなぁと思う。キリストに仕え、教会に仕えることが、この先生をやせ衰えさせるのではなくて、年を重ねる毎にますます「喜びの人」に変えていく。聖霊のお働きだ。
 教団では、今、次々と牧師たちの世代交代が行われているけれど、次に続く牧師たちも、聖霊に助けられて、キリストから「もういいよ」と言われるまで忍耐強く、誠実に「喜んで仕える器」として成熟していけることを心から願う。もちろん私自身も含めて。

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 昼食で、タケノコの揚げものが出された。初めてだけど食べてみたら、食感もいいし、味もいい。そしてお皿の脇に桜の花が添えてあった。きれい!
 お皿が片づけられる時、桜の花はいただいておいた。水にぬらしたティッシュに包んで、御殿場まで持って帰った。
 電車に乗っている時、手にしている桜の花が、うしろめたかった。「花ドロボウ」と思われているんじゃないかと。家に帰って桜の花を水に入れた。家までガマンしてくれて、ありがとうね。つぼみがあるから、これが全部咲いたら、このあたりにも、桜が咲くようになるかな。
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 夕食の前に、来週のイースター礼拝の案内はがきを、近所のお宅に届けた。昨年、私が葬儀の司式を行ったお宅だ。
 天に召された方々も、復活の命で神様と共に生かされていることを、心から喜び、感謝するイースター礼拝になりますように。
posted by 牧師 at 03:05| 日記

2013年03月22日

3/21

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 今日、高根学園の職員礼拝に行ったら、先週、卒園式をしたユリ組さんの子どもと先生が、私にプレゼントを持ってきてくれた。「わぁ、ありがとうございます!」。思いがけないプレゼントに、感激。
プレゼントを渡してくれた子供は、卒園式で、みんなと歌を歌っていた時、園服のそでの下からシャツを引っ張り出して、何度も涙をぬぐっていた男の子だった。高根学園で過ごした日々が、とても楽しかったんだね。だからよけい、みんなと別れるのがつらいんだね。すぐ目の前で、この子を見ていた私も、もらい泣きした。
 プレゼントは「ふうせんがずら」のタネと手作りのしおり。うれしい。しおりは聖書に、はさんで使おう。「ふうせんかずら」のことは知らなかったので、ネットで育て方を調べてみた。八重桜が散るころにタネをまくと、ツルが伸びて、夏には緑のカーテンができるという。どこにまこうかな。西日が差す牧師館の窓の下にまこうかな。
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 そしてタネをよく見たら、黒いタネの中に白いハートがついている。すごい。こんなタネ見たことない。ついでに花言葉もネットで調べてみた。そうしたら「永遠に、あなたと共に」だって。なんて素敵な花言葉。
 たくさんあるタネの中から「ふうせんかずら」を選んだのは、たぶんユリ組さんの先生だろう。先生はハートのついたタネのこと、そして花言葉のことも知っていて、このタネを卒園していく子供たちに分けたのではないかしら。花言葉のように「永遠に、あなたと共に」という思いをこめて。やさしい先生と大切な思い出をたくさん作れて、ユリ組さん、よかったね。

posted by 牧師 at 03:58| 日記

2013年03月18日

3/15

 教会と牧師館の下水道工事が無事に終わった。重機で掘り返して、下水管をつないで、浄化槽を埋め立てた。地元の業者の方が、細かいところまで丁寧にお仕事をしてくださり、ありがたかった。まだ費用は支払っていない。市が地域ごと順番に行う工事だから、「お金がないので後にしてください」とも言えない。教会と牧師館の工事とそれに付随する費用は、200万円近くなるだろう。
 教区の負担金、約62万円も未納だ。そのうち教区から教会に督促の電話がかかってくるよ。毎年のことだけれどね。江戸時代、身を削るように苦労して、お代官様に、年貢を納めていた貧しい農民の気持ちになる。
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 工事が終わって、牧師館と教会の間にある空き地は、掘り返されて土砂で埋め立てられたので、何もお花がない。これって淋しいよね。もうすぐイースター礼拝もあることだし。
 そこで姫金魚草を買ってきて、植えてみた。弱々しくて、風が吹くたびに、傾いて心配。土も植木用の良い土じゃないから、もう少ししたら、肥料をまいてあげよう。でも何もなかった時より、小さな花だけど、黄色やピンク、紫、赤など、色がきれいだ。ちゃんと根を張って、しっかり育ってほしいなぁ。
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 教会の玄関近くの花壇も、工事のために掘り返されていたけれど、しぶとく生き残っていた新芽が、あちこちに顔を出してきた。スイセンとか、チューリップとか、これはヒヤシンスの新芽かな。まだ寒いから、もう少し暖かい日差しが増えてきたら、花を咲かせてくれるだろう。そしてムスカリとオオイフノフグリの花が咲いているのを見つけた。花壇は掘り返されて、ダメになったと思っていたけれど、ちゃんと神様が「残りのもの」を用意してくださっていた。
 春が一気に楽しみになってきた。神様、ありがとうございます。

 「ユダの家の中で、難を免れ、残ったものたちは
  再び根を下ろし、上には実を結ぶ」(イザヤ37:31)

 「神は彼になんと告げているか。『私はバアルに
  ひざまずかなかった7000人を、自分のために
  残しておいた』と告げられています。同じように
  現に、今も、恵みによって、選ばれたものが
  残っています」  (ローマ11:4-5)
posted by 牧師 at 23:33| 日記

2013年03月11日

3/11

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 2年目の3月11月を迎えた。立っていられないほどの揺れに驚いて、外に飛び出した。その日は停電になって何の情報も入ってこなかったけれど、翌日の新聞などの報道を見て、体が凍りついた。巨大な生き物のように襲いかかる大津波と、底知れぬ恐怖をまき散らす原発事故。
 2年がたっても、原発の処理はまだ終わっていないし、放射能の除染も信用できない。仮設住宅の不自由を強いられている人たちが、まだ大勢いる。亡くなられた方、行方不明の方々は合わせて2万人。地域の復興もそうだけど、あれほどの悲痛の中から、人の心は立ち直れるのか。
 今、祈祷会で「哀歌」をみんなで読んでいる。神の都エルサレムのすべてが破壊され、廃墟となり、多くの民が失われた。深い絶望の中で嘆き、うめいて座り込むしかなかった民が、ついに天を見上げて、祈り始めるようになる。
  
  「私の生きる力は絶えた。
   ただ主を待ち望もう。

   主の慈しみは決して絶えない。
   主の憐みは決して尽きない。
   それは朝ごとに新たになる。
   あなたの真実はそれほど深い。
  
   主に望みをおき、尋ね求める魂に
   主は幸いをお与えになる。」
    (哀歌 3章18,22−23節)
 
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posted by 牧師 at 23:52| 日記

3/4

130304_教会でのロケ.jpg 教会の会堂を使用して映画の撮影が行われた。夜の6時から11時頃まで。スタッフが会堂の正面に、十字架につけられたイエス様の像をセッティングしている。たぶんカトリック教会のイメージなのだろう。映画のタイトルを聞いたら、「受難」だって。今、ちょうど受難節だから、タイミングとしてはいいのかな。女の子が十字架の前でお祈りをするシーンが繰り返される。前回の撮影の時もそうだけど、何度もリハーサルして撮影を繰り返すのって、大変。私は会堂がどのように使われるのか心配で、最初は会堂の和室に座って、新年度の教会総会資料のまとめをしながら、撮影作業を見ていた。
 しばらくすると、スタッフから「エアコンの音が入ってしまうので、和室のエアコンを止めてください」とのこと。また色々なアングルで撮影をするため、和室も背景に入ってしまうので、和室からも退場。夜、暖房も入っていない会堂やロビーは寒い。立って見ているだけだと、底冷えしてくる。
 そこへロケ担当の人から誘われて、集会室に移った。ここは控室として使われていて、暖房も入っているし、出演者やスタッフたちがお弁当を食べたりしている。私も差し入れの熱いコーヒーを飲んで、あぁ〜生き返る。
 そのうちスタッフの方とコーヒーを飲みながらの、信仰談義になった。
「教会って、どういうところか。キリスト教って、どういうものか。」
質問に答えて、私が話をすると、意外にも真剣に話を聞いてくださった。

 キリスト教は冠婚葬祭の宗教ではない。私たちが日々生きていくことに密接に関係している。だから誰も避けて通れない道に、イエス様がおられる。
 信仰談義は30分くらいだったかな。このことがきっかけで、教会の敷居をまたいでくれるといいなぁ。そしてどう生きたら良いか、イエス様から道を示されるといいなぁ。
 思いがけない時間が与えられたことで、教会の外には、本当に意味ある生き方を求めている人たちが、まだまだたくさんいることを実感した。もっと外に出かけて行って、イエス様の招きをアピールしていかなければ・・・と思わされる夜のひとときだった。

posted by 牧師 at 23:38| 日記

2013年03月06日

3/2

130303_ひなまつりのシクラメン.jpg 今年もおひなさまを出さなかった。というより、御殿場に来てから、ずっと出していないのかな。御殿場に引っ越ししてくるとき、私のおひなさまは捨てようと思って、桐の箱に入ったまま、全部ゴミ集積所に置いた。でも後でまた全部持ち帰ってきた。子供の時、飾ってあるおひなさまを使って遊んでいて、よく叱られた。だからお内裏様の髪の毛も乱れている。それでもやっぱり捨てられない。
 娘のおひなさまも、そういえば引っ越ししてきたときのままだ。どうなっているんだろう。かわいそうなことをしたな。明日はもう、ひなまつり。

 赤いシクラメンを見ていて、ひな壇の緋毛氈(ひもうせん)を思い出した。今年も飾ってあげられなくて、ごめんね。
 牧師がおひなさまを飾るのは、おかしい? 別に偶像礼拝のつもりはない。私はただ人形とか、ぬるぐるみとか、おもちゃがスキなだけ。
 来年こそ、お仕事もっと頑張って、おひなさまを飾れる時間をもとうと思う。



posted by 牧師 at 02:16| 日記

2/24

 教会学校の礼拝説教、主の日の礼拝説教が終わり、教会学校の教師会を終えてから、神山教会の礼拝奉仕に出かけた。
 
 神山教会は駿河療養所の中にある教会。車で行くとき、上り坂をらせん階段みたいに、ぐるぐるぐるぐる回りながら、これでもか、これでもか、と登って、ようやく到着する。今はすっかり道が舗装されて、車も走りやすくなっているけれど、昔は舗装なんかされていなかった。昔はこの坂を、歩いて上り下りしていたはず。どこまで登るんだろうと思うほどの遠い坂道。これが隔離ということなのだ。
 礼拝開始5分前に到着。息を切らせて、講壇に立つ。先に到着していた長老さんが心配して、何度も携帯に電話をかけてくれていた。ごめんなさい。
 神山教会の教会員は高齢化が進んで、年々少なくなっていく。だから礼拝に行くとき、一緒に御殿場教会から応援で神山教会の礼拝に参加してくれると、みんなが励まされる。
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 礼拝が終わって、外に出たら強い風の中、富士山が真正面に見えた。そばにある梅の枝には、まだツボミもない。春はまだ遠いのかな。
 あの坂をまたぐるぐるまわりながら、降りて帰る。御殿場に近づくにつれて、富士山の裾の雪が広がっていく。こっちの方が、神山より寒いってことだね。
 春よ、来い。
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posted by 牧師 at 02:10| 日記

2013年02月18日

2/17

 教会の玄関に置いたシンビジュームは、寒さにもかかわらず順調に育って、たくさんの花が開いた。そして花の中にいる「小さいおさげの女の子」が、それぞれ花の中から顔を出して、挨拶をしている。
「今日も礼拝が祝福されますように」。

はい、礼拝で聖霊を求めながら、御言葉を語ります。
一人でも多くの人が、神様の救いを受け取ることができますよう、祈ります。
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 午後から三島教会で東静岡改革教会協議会があり、聖化について、私が語った。参加者はいつもよりだいぶ少なかった。色々な事情があるにしても、なぜだろう。聖化に関心がないから?それとも私が講師だから?
 協議会の終了後、疲れた心だけが残った。
そして帰り道、今日、牧師就任式だった教会に、お祝いを届けた。

 また今日、誕生日を迎えた教会員がおられる施設に、みんなの寄せ書きカードなどを持って訪れた。でもあいにく、お留守だった。
 牧師館に戻ってから、その方からお電話があり、ちょうど、施設の中の寝たきりの方のお見舞いに行っておられたとか。ご本人も高齢で、お体が不自由だけど、自分より、さらに不自由を強いられている方たちのために祈り、何もできないけれど、ただそばにいて、一緒に時を過ごされていた。

 長い礼拝生活で養われてきたキリストの香りが、教会の礼拝に出席できなくなってからも、その方の電話の声を通して、やわらかく香ってきた。
 私たちはキリストに似た者となるよう、招かれているし、キリストに似た者とされなかったら、せっかく人として生まれてきたのに、もったいない。

posted by 牧師 at 17:34| 日記

2/16

130216_電飾.jpg 夜、会堂で祈ろうとして玄関の戸を開けたら、会堂の駐車場の植木につけたクリスマス用のソーラー式電飾が、赤、青、緑と、チカチカ点滅している。ソーラー式だから、昼間の光で充電して、夜になったら自動的に点滅する。

とっくにクリスマスは過ぎている。でもチカチカ光りながら、「ここに教会がありますよ」と、冷たい風が吹く駐車場で、独りで、けなげに、そして人には聞こえない声で発信しているような気がした。誰も見ていないのに、それでも自分に与えられた務めを果たしている。
「ソーラーの電飾だから当たり前」というより、その愚直さが、私の胸にズシンと響いた。
 
「あなたに委ねられている良いものを、
私たちのうちに住まわれる
聖霊によって守りなさい」
(2テモテ1:14)

posted by 牧師 at 17:24| 日記

2013年02月15日

2/12

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 教会の下水道工事が始まった。まず牧師館から。牧師館の垣根になっているさざんかが抜き取られていく。抜き取られたさざんかは、復生病院に移植してくださると聞いてうれしかった。花の少ない時期、いつも赤い花をつけて励ましてくれるさざんか。ありがとう。
ちょうど工事で掘り起こされるところに植えられていたシャクヤクも、工事の担当者の方が、ていねいに抜いて、別のところにおいてくださっていた。工事が終わったら植え替えよう。これからしばらく工事が続くので、ここを通る人が転んだりしませんように。

 この日は駿府教会で東海連合長老会の牧師会。いつも婦人会の方々が手作りのお菓子で、もてなしてくださるのが、とてもありがたい。カルヴァンの綱要をみんなで学んだ後なので、余計に脳みそが甘いものを欲している。おいしい。
130212_牧師会のおもてなし.jpg
 新年度の計画など、次回の中会会議のための打ち合わせなど、時間はあっという間に過ぎてしまう。しかしどれもこれも大切な内容ばかりなので、牧師会は延長戦になる。牧師も人の子で、完璧じゃないし、欠陥だらけ。しかしどの牧師も皆、教会のことを第一に考えて、祈り、労苦している。そういう牧師のために、祈り、奉仕して支える長老や教会員がいてくださる教会は、幸いだ。力不足の牧師は、どんなに慰められ、励まされることか。かわいい

 教会に戻ったら、7時近いのにまだ会堂に電気がついている。オランダのクロップ社から、オルガンの修理のためにビルダーの方たちが来ていた。御殿場は湿気が多いので、オルガンの中に水が垂れたシミがついていたり、ネジが緩んでいたり、いろいろな所の修理のために、遅くまで手を尽くしてくださった。
これから湿度管理をしっかりしないと。湿気の多い雨の時や、ストーブをつける冬の乾燥期は、特に注意が必要だ。
 それにしても、本当に遅くまでありがとうございます。ビルダーの方は「オルガンを十分楽しんで使ってください」と言ってくださった。これからも神様をたたえるために、また伝道のために、十分、オルガンを生かして用いさせていただきます。遠くから、遅くまで、本当にありがとうございました。ぴかぴか(新しい)

posted by 牧師 at 23:40| 日記

2/9

 インフルエンザもぬけて、仕事に力を入れないと。日曜の礼拝説教の準備と、月曜の日曜学校教師修養会の開会礼拝の準備がある。開会礼拝の担当の先生がインフルエンザで、急きょ、私にピンチヒッターが回ってきた。ひぇ〜。私も病み上がりで、あんまり頑張りがきかないんですけど。

 金曜日に教会の隣に来る八百屋さんで、植木を買った。「オキザリス」というおもしろい花。昼間は元気に花を広げるけれど、夜になると、傘をたたむみたいに、さっさと花をしぼませる。メリハリはっきりしてる。私の体調みたい。元気にしてたかと思うと、布団にもぐって出てこられない。「人間オキザリス」。
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posted by 牧師 at 23:28| 日記

2/3

 先週の半ばから喉が痛いと思っていた。そのうち、声が出なくなったので、医者に行ったら、すぐ別の部屋に移されて、検査したらインフルエンザA型。ガーン!な、な、なんで今なのよ。来週は聖餐式もあるし、長老会も、夕礼拝もあるのよ。うわさのタミフルなどが、処方された。さすがに体がキツイけど、とにかく説教原稿を書かなくちゃ。

 インフルエンザをみんなにうつしてしまわないよう、日曜は休むしかない。だから土曜に、説教原稿と祈りの原稿を長老さんにメールして、日曜の朝、礼拝で代読していただくことにした。聖餐式と長老会は来週に延期してもらい、夕礼拝は中止にしてもらった。

 日曜の朝、久しぶりに礼拝に来られた方もいた。それなのに聖餐式ができない。私が体調管理をしっかりしなかったために、せっかく礼拝に来られた方が、大切な聖餐式にあずかれなくなってしまった。体調管理を軽んじた牧師の責任は重い。自分のことだけでは済まない。ああ、なんてことをしたのだろう。
 今までインフルエンザなんぞ、かかったことがなかったのに、よりによって、なぜ今日なのか。申し訳なくて仕方ない。悔やまれてならない。
礼拝には出られないけど、着替えて、最後の祝福だけでもさせてもらおうと、マスクして、加湿器を持参して、教会に行ったけれど、長老さんたちの守りは厳しく、スゴスゴ退散。
 と思うでしょ。私は教会の裏に回り、教会の窓の下で礼拝の讃美歌を聞いていた。声が出ないから、心の中で一緒に讃美歌を歌いながら。そこへ、遅れて礼拝にきたMさんの車が私の横に駐車。窓の下に隠れている私の姿を見て、不審そうに「どうしたんですか?」と問う。「内緒。内緒。インフルエンザだから隠れて礼拝、聞いているの」。
インフルエンザ 001.jpg 
でも窓の下では会堂の中の、長老さんの声までは聞こえない。説教が聞けない。どうしても説教を聞いて、礼拝を守りたい。そこで受付担当も皆が会堂に入ったころを狙って、小さくなって、コソコソ玄関から忍び込み、下駄箱の陰に隠れて、こっそり説教を聞き、最後の後奏まで聞いた。

やっぱり礼拝を守れるって、幸せ。自分が書いた説教原稿だけど、説教を通して、神様の言葉を聞き、神様にお会いできるのは、大きな喜び。
最後のところで、母子室にいた子供に見つかってしまい、思わず「しーっ!」と口に指をあてた。みんなに見つかって、叱られる前に、退散退散。

 母子室で私をみつけた1年生のYちゃんから、あとから、お手紙が届いた。

「せんせい、はやくげんきになってください」。
はい、そうですね。そうします。もう一息ですから。ガンバリマス。
posted by 牧師 at 23:19| 日記

2013年02月09日

1/28-29

「1993年度TUTS同窓研修会」として、東京神学大学卒業20年を記念してクラスメイトが横浜に集まった。今、みんな働き盛りだから、日程が合わなくて集まったのは9名だけだったけれど、卒業式以来、会っていなかった人もいて、超なつかしかった。手紙やメールではやり取りしていても、直接会うことはなかなか出来ない。それぞれ忙しい仕事の合間を調整しながら、遠くから、近くから駆けつけてきた。この機会を逃したら、次は出られないかもしれない。卒業して本当に久しぶりなのに、全然変わらない人もいれば、白髪が増えた人、体重が増えた人もいる。
2013-1-28 同窓会@.jpg

 T先生が開会の聖書を読んで、祈りをささげる。食事をしながら、話があちこちに飛ぶ。神学校の寮生活の暴露話、修士論文に遅刻しかけた話、子供や家族の話など、タネは尽きない。笑い転げながら、みんなでしゃべくりまくった。教会では○○先生だけど、ここでは20年前と同じように「○○ちゃん」と、いい年をした大人同士が呼び交わしている。
 卒業して20年間。それぞれ、伝道の最前線に立って、闘っている同労者。満身創痍で皆、体と心に深手を負っているのに、それでも神様の召しを信じて、最後までこの道を感謝しながら、喜びながら、励ましあいながら、共に歩き通せる仲間がいるって、すばらしい。
 今回、しばらく伝道から遠ざかり、会社員をしていたけど、収入が激減するのを覚悟で、伝道の場に戻ってきた人もいた。同じ神学校に入学して、途中で退学していった友達を何人も見送った。
現役の牧師として働いている人たちも、途中で去って行った人たちも、同じように神様から召しを受けていることを、私は信じる。それぞれの人生において、神様を現し、持ち運ぶ器として、生涯用いられることを私は信じる。
 
辛いこと、悲しいこと、苦しいことが、たくさんある。吐き出せないくらいたくさんある。でも同じ道を歩いていく友がいる。一緒に祈ってくれる友がいる。すごく幸せだ。

「現在の苦しみは、将来、私たちに現されるはずの
栄光に比べると、取るに足らないと私は思います。」
(ローマ8:18)

 私達のクラスは、故・松永希久夫学長に、すごくお世話になったクラスで、たくさん問題を起こして、先生にもたくさんご迷惑をおかけした「手のかかるクラス」だった。でも今、松永先生は天国で私たちのことを、ひやひやしながらも祈り、守り、そして私たちの働きを喜んで見てくださっているのではないだろうか。

 夜、ホテルの窓からキラキラの夜景が見えた。
130128_横浜の夜景.jpg

翌朝はF先生とT先生が仕事のために、一足早く出発。でも相変わらずT先生は時間配分がマイペース。みんなの方が「間に合うか」と心配顔。本人は焦る様子もなく、にこにこしながら朝ご飯食べて出かけた(この心臓の強さが必要だよね)。
閉会の聖書とお祈りをO先生がして解散。残った仲間と横浜見物。まず横浜指路教会に朝からアポなしで出かけて、みんなで写真を撮ったり、お祈りをしたり、藤掛先生、ごめんなさい。ハンナ先生もありがとうございます。2階に上り講壇と聖餐台を拝見。実際、聖餐式をするときには、あの間を広げるんだろうね。そうでないと、司式者が入れないもんね。
130129_横浜指路教会の講壇.jpg
 その次は日本キリスト教会、横浜海岸教会へ。横浜開港と共にできた古い教会で、係りの人にお願いして、中を見せていただいた。講壇が昔の信濃町教会に似ているのを思い出して、とても懐かしかった。昔の改革派教会は同じようなスタイルだったのだろう。
130129_横浜海岸教会A.jpg 130129_横浜海岸教会@.jpg 
 コーヒーショップでお茶をしてから、関内駅で分かれて、横浜から高速バスで御殿場へ帰宅。

 とても口では言い尽くせない大きな励ましを受けた、楽しいクラス会だった。感謝します。神様。

posted by 牧師 at 00:08| 日記

2013年02月08日

1/20(休暇中)

藤盛勇紀.JPG 最初の旅行の予定では、まだ今日は帰国していないはずだったけど、予定が変わり、別の旅行会社で切符とホテルを予約して短くなったため、日曜日、礼拝に出られる。朝ギリギリまで寝ていたから他の教会に行く余裕はない。もちろん御殿場教会の礼拝に出席。今日は同級生の藤盛勇紀牧師が説教してくれる。藤盛先生の説教を聞くのは、授業の説教演習以来かな。
 いつもは講壇に立って緊張の時間なのだけれど、今日は会衆の一部になって説教を聞いて礼拝を守る。そして思ったこと。

礼拝を守るって、すごく楽しい。

神様を礼拝するのは、こんなに楽しくて、こんなに楽なのに、どうして皆、礼拝を休むんだろう。やはり私の説教が問題なのかな。
 礼拝後、CS教師会があったけれど、私はお休みさせていただいて、藤盛先生と応接間で久しぶりの歓談。充実の一日だったなぁ。

posted by 牧師 at 00:56| 日記

1/19(休暇中)

 ドバイからの乗り換えは関空行きの飛行機。比較すいていたし、隣もいなかったので、ひじ掛けを外して2人分の席に横になって眠った。朝、通路にはみ出ていた足を、乗務員の人に注意された。すみません。ふらふら
 夕方になって、関空で入国手続きをしてから、羽田行の国内線に乗り換える。関空って、ドバイよりも乗り換えの案内が分かりにくい。
 これまで使っていたトランクは去年壊れたので、今回、新しく買った。でもターンテーブルに出てきたトランクはあちこち擦り傷だらけで、まっ黒に汚れている。かわいそうに。関空から羽田に飛び、羽田から、ちょうど御殿場直通バスがあったので、それに乗って帰った。
 旅の話をしながら荷ほどきするけど、夫は明日の礼拝があるから眠たそう。私は時差ボケか、朝4時頃まで全然眠くならなくて、一人で荷物の後片づけをしていた。

posted by 牧師 at 00:45| 日記

1/18(休暇中)

 12時にホテルのチェックアウト。それまでの時間、近くを散策することにした。
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130118_マルタ最終日近くの教会A.jpg 朝食の場所から、海の見えるホテルの庭に出てみた。周りは海に囲まれているけれど、直接、海水に触れることはできそうにない。そこで海水に触れることができる海岸が近くにあるか、ホテルの案内係の人に聞いたら、丁寧に地図を書いて教えてくれた。外を見ると、強い雨と風。でも行くしかないでしょ。 

 折り畳みの傘をおちょこにしながら、歩いていく。ちょうどホテルの近くの教会で礼拝をしていた。「後で寄らせてもらいますので、ごめんなさいね」と心で言い訳しながら、海岸に急いだ。

 海岸は岩場だ。去年もそうだったけれど、今年も記念に海岸から手ごろな石を拾ってポケットに詰め込んだ。いつの間にか雨もやんで日が差してきた。でも海は荒い。去年はちょっと違って、ゴツゴツした感じの石が多い。はちみつ色の石は、マルタの家と同じだね。
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IMGP2762.JPG ついでにショッピングセンターに立ち寄って、その帰り道にさっきの教会に行ったら、礼拝が終わって、ドアも閉まっていた。どちらを選ぶのか。神様?お土産? ああ…、私は神様を後回しにしました。ごめんなさい。

 ホテルに戻り、荷物の最終片づけ。そういえば自分の写真は一枚も撮っていない。「写真撮ってください」という人に頼む暇も、心のゆとりも無かったな。そこでホテルの部屋の中で自分に向けてシャッターを押す。記念写真の出来上がり。

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 今回のホテルは使い心地はとてもよかったけれど、一つ分からなかったのが、トイレにある透明の椅子のようなもの。なんのためにあるの。トイレに入るのを次の人が待つため?謎だ。誰か知っていたから、教えてほしい。
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 そのうち急に「緊急事態ですから近くの非常口から逃げてください。ここにとどまらないでください」というアナウンス。えっ火事?びっくりしてドアを開けたら、ホテルマンが「訓練ですから」と声をかけてくれた。良かった。ここは防災意識も高いのね。
 
 チェックアウトを済ませて、空港までタクシーで送ってもらった。チップと一緒に食べきれなかったカップラーメンを、ふろしきに包んでタクシーの運転手の人に差し上げた。一応、作り方を説明して渡したけれど、分かったかどうかは分かりません。
 帰りの搭乗手続きをして、窓側の席に座り、顔を寄せて窓からマルタを見る。

 私の休暇これで良かったのか。
さんざん大変な思いをして、マルタに来て、たくさんの教会を巡って、祈って、写真を撮った。
マルタに来て、本当に良かったのか。
たくさんの時間とお金を使うなら、他にすべきことがあったのではないか。
お金と時間につりあうことをしていたのか。
私の休暇は、これで良かったのか。

 いろいろな事が頭の中に次々と浮かんできた。そうしたら飛行機の羽の手前1/3くらいのところで、雲の中に、うっすらと虹が見えた。写真にも写っているでしょ?見える?
「マルタに、独りで来られて、よかったんだよ。」
虹が、私に「オーケー」を出してくれた気がした。
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 そうだね。また今回の旅で、やり遂げる自信を一つ持つことができたし、教会も一つの群れになるよう、神様は必ず導いて下さると信じている。

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 離陸して、下にマルタの町が見える。ありがとう。マルタ。ありがとうございます、神様。
どんどん変わっていく空をいつまでも見ていた。
雲が広がって、美しい。神様の造られたものは、すべて美しい。
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 横へと広がる夕焼けの雲の中に、最初は左から右に黒い雲みたいなものが泳いでいたんだけれど、それがタツノオトシゴみたいに、垂直に立ったと思ったら、今度は右から左へと泳いで行った。あれは雲?あんな変な動きをする雲があるのかな。雲というより、龍かも。今年は蛇年だけど。


posted by 牧師 at 00:34| 日記

2013年02月07日

1/17(休暇中)

 変な音で目が覚めた。昨夜テレビでセットしておいた目覚ましだ。でも解除の仕方が分からない。テレビのリモコンをいじくりまわすけど、音が止まらない。え〜ん。自由な日は今日1日しかないのに、こんなことで時間をロスできないよ。で、テレビの電源消したら、目覚まし音も止まった。朝食は質素かと思いきや、さすがヒルトン。たくさんのメニューが並ぶバイキング。私はヨーグルト、チーズ、果物、コーヒー。みんなおいしかった。昨夜書いた絵葉書の切手を買おうとしたけれど、フロントは、まだその時間ではないという。仕方ない、町で切手を買おう。
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IMGP2613.JPG バス停まで走って、バレッタ行のバスを待つ。1日チケットは€2,6で安い。バスは昨日歩いた海辺の道が遊歩道のわきを猛スピードで走っていく。海岸には船がいっぱいつないである。このバスは終点まで乗るから良いけれど、次のバス停の掲示もアナウンスもない。初めての人は困るよね。そしてバスの運転は乱暴。ドライバーは昨日夫婦げんかしたのかも。
 バレッタからイムディーナ行きのバスに乗り換える。今度は次のバス停の表示がテロップで流れるから、乗り過ごさないよう、じっとテロップを見つめる。

 イムディーナの門をくぐる。こんにちは、1年ぶりですね。


まずパウロが滞在したといわれているところに立つ「パウロの大聖堂」へ。前回、入場できなかったので、今回は絶対入場したかった。
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 立派な祭壇のほかに、たくさんの絵が壁から天井までビッシリ。天井の絵もすばらしい。あれはパウロが難破した時の絵かな。写真がうまく撮れていないし、暗いので良く分からない。でも難破したパウロがここに来たんだ。そして同じところに、私も立っているんだ。うほほ。感激。

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 博物館もあって、銀製品の祭具とか、デューラーの版画とか、たぶん楽譜と思われる四線紙の大きな本とか、陳列されている。中でも一番興味深かったのがコイン。皇帝ネロの時代のコインとか、イエス様がおられた時代のコイン、紀元前のギリシャ時代のコインなどが残されている。すり減って形が歪んだりしているけれど、コインに刻まれたネロのレリーフを見て、「本当にネロっていたんだ」。皇帝ネロも事実で、迫害も事実。その中を、信仰者は生き続けてきた。歴史を貫く神様の力はスゴイと、実感した。
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 大聖堂の近くにも、門が閉まっていたけれど、教会がある。「アガサ教会」と書いてある。中からCDかもしれないけれど、チャントが流れているのが聞こえてきた。アガサは迫害にあって、乳房を切り取られたという女性だ。信仰を貫くのは命がけのことだね。
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 鐘の鳴るほうに行くと、ちょうど教会のドアが開いて、中に入れた。地図で見ると「カーマライト教会」。教会の角にイエス様を抱いたマリア像が飾られている。中に入ると、とても広くて豪華。たくさんの絵画や彫刻で飾られている。キャンドルがあったので、私も献金して、一つキャンドルに火をともしてきた。この教会は、カルメル山で、預言者エリヤが偶像礼拝者たちと戦ったことに由来しているらしく、エリヤが天に引き上げられる様を描いた絵画もある。
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 イムディーナは町全体が落ち着いていて、とてもおしゃれ。ドアの色やノブの形までおしゃれ。でも宗教的な装飾をしてある家が多いので、普通の家なのか、教会なのか、よく分からないのもある。
土産店に入って「切手をください」と言ったら、「絵葉書を買わないとダメだ」という。う〜ん、ケチンボ。でも切手は欲しかったから、絵葉書3枚買った。
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バスでバレッタに戻ると、ゲートの近くは工事中でマルタ特有のはちみつ色の土を切り出して積み重ねている。建築材料として使われるのだろう。すぐ目に入ったのは「アッシジのフランシスコ教会」。でも地図には何も書かれていない。結構大きい建物だけど、観光客の地図では省かれちゃうんだね。教会巡りをするオタク用の地図が欲しいよ。
地図にもでかでかと出ている「ヨハネ大聖堂」を通り過ぎて、「パウロの難破教会」を目指す。あった。商店の並びにひっそりと軒を並べている教会。うっかりすると完全に通り過ぎてしまう。ドアの上を見上げると、パウロが手を挙げて祝福している。入ろうとしたら、ドアが閉まっている。え〜ん。ここまで来て中に入れないなんて、ひどいよ。もう一度、パウロを見上げると「残念だったね、また来てね」と手を振っているようにも見える。くやしい・・・。
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IMGP2684.JPG そこでヨハネ大聖堂に戻って見学。洗礼者ヨハネがイエス様に洗礼を施している場面が正面にある。どこもかしこも装飾が金ピカ。それだけに黒い十字架につけられている白いイエス様の像が印象に残る。ヨハネの大聖堂にも博物館があり、聖書の物語を描いた多くのタペストリーや聖職者が着ていたガウンなどが展示されている。カソリックでは派手なガウンを着るけれど、年代を経て古ぼけたガウンは、なんだか権威の抜け殻のようで空しい。教会を出た。
商店で道を尋ねた時、「難破教会が閉まっていて、残念だった」と言ったら「今なら教会は開いているよ」とお店の人が教えてくれた。えっホント?ありがとうございます。行ってみたら、本当に開いてた。しかも玄関前に「ウェルカム」の立て看板まで出ていた。

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ドアは小さいけれど中は意外と広い。しかも風格があり、厳粛な感じが漂っている。天井を見上げると、難破した船の絵があった。こんな感じでマルタに着いたのか。何日も嵐の海を漂流して怖かっただろうなぁ。でも神様は難破したパウロを、マルタに引き上げて、生かしてくださった。パウロと思わしき像も飾られている。「おう、お前もガンバレヨ!」とパウロから言われているみたい。「いつまでもここにいたい」と思わせる雰囲気の教会だ。
だんだんデジカメの調子がおかしくなってきた。「聖なる場所で写真を撮るな」と言われているのかな。デジカメがダメな時は、携帯のカメラも使おう。神様、ごめんなさいね。写真、撮らせてください。でもさ、携帯の写真は写す時に音がするようになっているでしょ。教会ににあわない音で、本当にごめんなさい。ここでもキャンドルをともして、「どうか御殿場教会が一つの群れとなって、神の国に、みんな無事に漂着できますように」とお祈りをした。
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難破教会のあたりは海に向かって、下り階段になっている。階段の下の方に教会が見える。道の角ごとに聖人たちの像があり、地図にも載っていない教会があちこちにある。バレッタの町の教会だけでも、一日ではとても回りきれない。
普段、運動不足だから、歩くのもしんどくなってきた。もうすぐ夕方になる。そういえば昼食も食べていなかった。お店に入る時間も惜しいから、広場のベンチで、もってきたお菓子とミネラルウォーターを飲んでひと休み。音楽に合わせて、広場の一部が噴水になり、ライトに照らされて水が踊っている。

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さて、立ち上がって、暗くなる前に、もうひと踏ん張りすっか。行き当たりばったりで入ったのが「ドミニク教会」。でかい。聖人を像にして平気で祭ってしまう感覚が私達には、今いち馴染めないけれど、これも文化だ。


130118_1-バレッタ帰り道の教会.jpg そこを出て、ドアから明かりが漏れている教会に入った。静かに祈りをささげている人たちの中に混じって、私も献金してキャンドルをともしてお祈りをした。
小さくても祈りの生きている教会は、教会全体が生きている。お祈りを終えてから外に出たら、もう日が落ちかけている。


130118_バレッタの帰り道の大聖堂1.jpg 体も疲れているから、もう一か所だけ外からだけでも見てみよう。「パウロの正教会」でカテドラルと書いてある。きっと中は広くて見どころ満載なんだろうなぁと思いつつ、ガス欠。もう帰ろう。残念だけど、中を見るのはこの次ね。

バレッタのバスターミナルからホテルのあるバス停を確かめてから乗った。通勤客でいっぱい。このバスもバス停の表示が出てないから、外の景色を見ながら、乗り過ごさないように必死。30分過ぎたころ、ようやく見たような景色が表れて、バスを降りてホテルへ。歩いたねぇ。そしてもう明日は帰国だよ。早すぎ。弾丸ツアーだね、こりゃ。お湯をポットで沸かして、またまたカップラーメンとコーヒー。落ち着くわぁ。寝る前に荷造り。


posted by 牧師 at 17:17| 日記

2013年02月06日

1/16(休暇中)

IMGP2576.JPG ドバイで乗り継ぎ。広い空港内をうろうろ。搭乗ゲートを確かめて、まだだいぶ時間があるから、ここで教会の人たちのお土産を買っておう。空港内には、時計、宝石、洋服のお店も並んでいるけれど、すべて通過ね。気軽なお土産と言ったら、スイーツでしょう。チョコレートの類をあれこれ買った。あっという間に大きなビニール袋いっぱいになった。手荷物は7キロ制限なのに、こんなにお土産買っちゃって、手荷物として搭乗できるのかな。インフォメーションで念のために聞いてみたら、キレイなお姉ちゃんが、「だいじょうぶよ。もっと買っても」って感じで教えてくれた。目的地に着く前に、お土産でトランクがいっぱいになっちゃうね。
 支払いにはUSドルを使ったけど、お釣りの小銭は、得体のしらないドバイのお金が…。数字が書いてないから、いくらなのか全然、分からない。
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 結局、その小銭は、乗り継ぎ飛行機の座席にあった献金袋に入れ、乗務員へ渡した。キプロスのラルカナを経由してマルタに到着。
 マルタの空港では、タクシードライバーが、ホテルまで迎えに来ているはずなんだけど…。どこよ、どこよ。ようやくドライバーとご対面。これでホテルに行ける。タクシーに乗った途端、気がゆるんだせいか涙が止まらない。雪のバスに閉じ込められて、羽田に着けば、全便欠航。「これから一体、どうなるんだろう」と思いつつ、独りで焦ったり、迷ったりしながら、マルタに来た。パウロみたいに難破しつつ、ようやくマルタにたどりついた。
 1日、送迎の日を遅らせてしまったお詫びに、ドバイで買ったチョコレートを、ドライバーにチップと一緒に渡した。
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 ホテルでまずシャワーをあびてから、海岸沿いに教会を探して歩いたけど、風が強くて寒い寒い。マフラーしてマスクして、ダウンジャケット着ているのに、それでも寒い。でも周りを見ると、意外と軽装の人もいる。中には半袖の人も。どんな厚い皮膚しとるんじゃ。
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IMGP2604.JPG 教会が次々と目に飛び込んでくる。でもドアが閉まっている。決まった時間にしか、開かないのね。地図を見ながら、細い路地を探検するけれど、間違いなく迷子になる。

 ちょうど警察があったので、地図に書いてある教会を尋ねて、その指示通りに行ったけれど、教会に行きつけない不思議。私の方向音痴はグローバルだねぇ。そして思わぬところで、ひょっこり、教会に出会う。


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 夕方になったのでホテルに帰ろうとした時、カランコロンと鐘がなっている。教会の鐘だ。次々と人が教会の中に吸い込まれていく。小さな教会だったけれど、地元の人たちで、一杯になる。交唱の祈りなのか、会衆は何も見ないで唱えている。何語なのか聞き取れない。これがマルタ語なのかな。私は礼拝の流れに入っていけないので、教会を思いながら、ずっと祈っていた。マルタはカソリックの国で、私もカソリックの黙想集など大好きだけど、この礼拝にはついていけず、やっぱりプロテスタントで良かったなと思った。
 帰り道、スーパーによって、ヨーグルトやチーズ、おやつなどを買い込み、ホテルへ。ホテルは奮発してランクアップした。その分、部屋も施設が整っていて、きれいだ。さっそく備え付けポットでお湯を沸かして、カップラーメンとコーヒーを入れて、夕食。デラックスホテルで、チープな夕食。このアンバランス、いいねぇ。明日、掃除の人がごみ箱を見たら、びっくりするよ。

posted by 牧師 at 02:18| 日記

1/15(休暇中)

 飛行機は羽田からではなく、成田発に変更。でも飛行機が飛ぶのは夜9時過ぎの1便だけ。仕方なく成田に行き、夜までたっぷり時間があるから、成田でシャワーを浴びた。30分で1000円って高くない?ダウンジャケットとか、レギンスとか、上下共にたくさん着込んでいるから、着替えするにも一苦労。それにトランクを開けて、下着の着替えを出さなくちゃならない。時間がかかるから、時計を見ながら、あせる。でも余分に着替えを持ってきて、よかった。
 あとは夜までひたすら待つだけ。家から持参してきたお菓子を食べながら、これまた持参してきた本を一冊、空港のベンチで読み終えてしまった。
2013-1-15成田空港.JPG
 夜が来て、ようやく搭乗手続きが始まり、機内に乗り込む。去年と同じエミレーツ航空でサービスは良い。機内食はエコノミーだけど量がすごい。おかずだけでお腹一杯。食べきれないパンはナップザックに入れた。食器の回収の時、やはり食べ残して、手つかずのパンがたくさんあった。もったいないな。手つかずのパンは、何かに利用してもらえないのかしら。そのくせ貧しい子供たちへの献金の袋が、座席の前のポケットに入っている。割り切れない思いがする。
 エミレーツは座席の前にテレビ画面があって、映画が楽に見られるのがいいよね。「テルマエ・ロマエ」「つなぐ」など、見たかった映画が見られた。映画館にも、ずっと行ってないからラッキー。

posted by 牧師 at 01:37| 日記

1/14(休暇中)

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 休暇が始まった。でも朝から雪。御殿場駅から羽田空港行の高速バスに昼頃乗った。定刻通りにバスが来たので大丈夫だと思ったけれど、東名高速では雪による事故などで、すぐ渋滞に巻き込まれた。でも飛行機が飛ぶのは夜だから、それまでに間に合うだろうと内心思っていた。
 ところが何時間たってもバスは前に進めない。バスに乗って7時間、ようやく大和トンネル。もう絶対、羽田には間に合わない。旅行会社の担当者に連絡を入れたら、すでに羽田は雪のために全便欠航だって。夜9時近くになって横浜で途中下車した。この先、どのくらい時間がかかるか分からないそうだ。バスに乗っている間、2度ほどトイレに行ったけれど、バスの運転手さんは一度もトイレに行かなかった。仕事とはいえ、大丈夫なのかな。外からの情報を聞きながら、安全運転をしてくださった運転手さんにお礼を言って、バスを降り、電車で羽田に向かった。
 しかし電車もダイヤが大きく乱れていた。10時頃、羽田の国際線ターミナルのエアサーブというところで、次の便の手配など相談した。担当の男性(中年)は慣れた様子で、こまごまと手配をしてくれた。でも羽田近くのホテルは満室で結局、空港のベンチに寝転がって、ナップザックを枕に、トランクを足台にして、一晩明かすことになった。
羽田のベンチ 001.jpg  @.jpg 
 こういうのは初体験。その間も担当の男性は私の携帯の充電をしてくださったり、旅行先の観光案内やホテルのデーターのコピーを作ってくださったりした。おまけに、私は薬を飲んで熟睡していて全く気づかなかったけれど、寝ている私の隣に男性がいたので、心配して何度も見回りに来てくださったそうな。ありがたや。ありがたや。こういう人は、お客をもてなすプロだね。雪で1日、旅程が短くなったけれど、いろいろな人たちの親切を受けて、とても良い経験をさせてもらった。感謝。

posted by 牧師 at 01:30| 日記

2013年01月12日

1/12

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 夏の間、外に出しばなしにして、寒くなってから、部屋の中に入れて毎日、眺めていた植木の一つ。シンビジューム。いくつもの花の芽が出てきて、それが少しずつ膨らんで、ピンクの色が付き始めてきた。そして今日、二つ、花が咲いた。
花の中をのぞいたら、花の中で、小さな女の子が三つ指をついて、おじぎをしているように見える。

「こんにちは。しばらくよろしくお願いいたします」。
「こちらこそ、良く咲いてくれましたね。ありがとうございます」。

でも心配。来週の月曜日から私は教会から休暇をもらって、家を留守にする。夫は家にいるけれども、ようやく咲き始めた花を、夫に任せるのも心配。
かといって、こんなに重くて大きな植木鉢を持って、出かけるわけにもいかないし。どうしよう。帰ってくるまで、この小さな女の子は元気でいてくれるかしら。お願い、元気でいてね。



posted by 牧師 at 01:36| 日記

2013年01月07日

1/4

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 毎週、十字の園の礼拝の帰りには、農協に立ち寄って、夫は夕食の野菜、私はバラの花束を買っていくのが、いつもの習慣だった。それなのに、いつからだろう、切り花を買わなくなった。もちろん、今もバラは大好きだけど、切り花は、もったとしても一週間したら枯れてしまう。せっかくきれいに咲いても切り花は咲いて、おしまい。種も残せない。きれいだけど切り花には命がない。
 だから今はもっぱら植木鉢に植えられる花を買ってくる。今は外で、零下の寒さに耐えて、ビオラなどが何とか頑張ってくれている。家の中にはシクラメンの植木鉢がいくつか並ぶ。以前買ったシクラメンを、部屋の中で、もう一度咲かせるため。期待に応えて、小さなつぼみを蓄えて、咲いているものもある。
 また夏の間、元気に咲いていたベゴニアが、寒くなり枯れてきたので、花壇の植え替えの時、切り取られた。その一枝をもらってきて、ビンに入れて部屋に置いていたら、いつの間にか根が伸びてきた。ベコニアが「生きているよ」って言っているみたい。
 私たちも切り花ではない。弱っているように見えるけれど、でもイエス様の命にしっかり根を張って、生きている。
 

「私は復活であり、命である。
私を信じる者は死んでも生きる」
(ヨハネ11:25)

posted by 牧師 at 18:46| 日記

2013年01月01日

12/30

今年最後の礼拝。玄関を入ったところにある下駄箱の上に「カフェ・マルタ」で昨日いただいたクリスマスカードを2枚立てかけて飾った。来月の6日まではクリスマス。だから講壇の横のキャンドルも4本、火をともしてある。クリスマス
 今日は寒波が来ていてすごく寒いし、年末だし、それぞれ事情があると思うけど、先週のクリスマス礼拝から、ガクンと礼拝出席が減ってしまうのは、残念。今年1年間の感謝として、何はさておき、神様に礼拝をささげてほしい。礼拝後に、有志で会堂の掃除をした。心からの感謝を込めて。
aerafukusib.jpg 今年も山あり谷ありの1年だったけれど、神様から愛され、守られ、導かれてきたことを確信できる1年だった。そう、十分、幸せな1年だった。ハートたち(複数ハート)
 神様、ありがとうございます。この喜びを分かち合える兄弟姉妹を、教会に、さらに与えてください。
posted by 牧師 at 05:40| 日記

12/28

 今日は復生病院の通院。1年間、大変お世話になりました。医師の言いつけを守れない厄介な患者をいつも受け入れてくださり、先生には本当に感謝しています。揺れるハート
 私が午前中、最後の患者だったせいもあって、診察後、先生と立ち話で御殿場十字の園のことが話題になった。先生が「一度、十字の園を見学してみたい」と言われたので、「ぜひ、どうぞ」と言った。
 十字の園を参考にして、復生病院でも特養の介護施設を造ってもらえたら、大勢の入所待機者がいるので、お年寄りが助かるんだけれどなぁ。車椅子
 病院の帰りに、独り暮らしの高齢者の方々を訪問してから、お昼は御殿場駅近くの「カフェ・マルタ」でスパゲッティのセットを夫と2人で食べた。おいしくて、私は夫よりも早く食べ終わってしまった。
 「カフェ・マルタ」のご主人から、コンサートで献金をいただいていたので、その領収書とクリスマス礼拝の説教コピーもお渡しした。ちょうど今日、年内の店じまいをするところだったらしい。間に合って、よかった。前、私がここで買い求めた赤い貝のキャンドル立ては、売り切れていた。評判がよかったんだね。
 さあ、帰ったら説教の準備が待っているぞ。あさっては今年最後の礼拝だ。本

posted by 牧師 at 05:26| 日記

12/27

 午前中、上町医院に行って、コレステロールの薬をもらいに診察に行った。結構、混んでいる。インフルエンザの注射をしてもらう人たちも多いようだ。私は一度もインフルエンザの注射をしたことはない。なぜって、痛いから。
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 診察室に入ったら、血圧を測った後、男先生が「この前のコンサート、きれいな音で、すばらしかった」と言ってくださった。隣の診察室にいた女先生も顔を出して、「コンサート、よかった」と言ってくださった。お2人でコンサートに来てくださったのだ。楽しんでもらえてよかった。るんるん
 私は薬がずっと切れていたのに、忙しくて医院に来られなかったから、注意されると思っていたので、その分も安心して、あぁよかった。るんるん

posted by 牧師 at 05:04| 日記

12/26

 今年最後の祈祷会。ついにエレミヤ書を読み終えた。祈祷会が終わってから、有志で、独り暮らしのAさんのお宅に伺った。聖書を読み、クリスマスの讃美歌を歌い、共に聖餐式にあずかった。その後、みんなで楽しく昼食会。それぞれが持ち寄りで、おかずも色々。一人だと食も進まないけれど、みんなで食べるとおいしいから、Aさんも楽しそうに箸を動かしていた。すぐそばにおいてあるご主人の写真も、Aさんのことをうれしそうに見ているような気がする。黒ハート
 帰り際にお祈りして、みんなで記念撮影。「はい、イエス!」でパチリ。カメラ

 Aさんだけでなく、教会には高齢の方が多い。どうか、誰も怪我をしたり、風邪をひいたりしませんように、神様、一人一人をお守りください。ぴかぴか(新しい)
posted by 牧師 at 04:50| 日記

12/25

 予約していたパソコンをお店に受け取りに行った。以前、パソコンを買うと、大きなダンボールを渡されたのに、今日は小さくて平べったい段ボールだけ。ずいぶんコンパクトになったもんだ。
 夜、十字の園のYさんがパソコンの設定に来てくださった。でも今日はクリスマスだから、まず一緒に食事をして、そしてクリスマスケーキもYさん、夫、私の3人で食べた。シャトレーゼのケーキ、すごくおいしかった。完食。バースデー
 Yさんに古いパソコンのデータを、新しいパソコンに移し変えてもらった。新しいパソコンのメールは使い勝手が難しいので、別のソフトをダウンロードしてもらうなど、Yさんは至れり尽くせりの親切。お店では、すぐ使えるようにとセッティグの料金を払ったけれど、とてもじゃないけれど、買ってからすぐパソコンを使うなんて、私には無理。Yさんの助けがなかったら、手も足も出なかった。仕事帰りで疲れているところ、遅くまで色々な設定をして下さり、本当にありがたかった。そういえば、Yさんは、ヒゲこそないけれど、サンタに似ているかも。クリスマス
posted by 牧師 at 04:43| 日記

12/24

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 朝、8時半にホテルにお迎えで、9時から搬出のために作業がはじまった。楽器を運んでくださるのは、楽器製作に携わっている太田垣さん。大切な楽器を3人で手際よく丁寧に車に積んでいく。後に残ったのは、教会のオルガンだけ。急に会堂の前方が広くなって、さびしくなった。先生たちが帰る前、オルガンの前で記念撮影。また来年のクリスマスにも演奏してくださると約束してくださった。ありがとうございます。
 先生たちをお見送りして、牧師館に戻った。私はそのまま夜まで爆睡。

posted by 牧師 at 04:35| 日記

12/23

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 クリスマス礼拝の原稿を書き終えたけど、いつものように漢字にふりがなを書き込んでいる余裕はなく、そのまま配布用にコピーしてもらった。礼拝の奏楽は武久先生が行う。先生は目が不自由なので、いつものように奏楽者と礼拝開始のアイコンタクトができない。で、「クリスマス礼拝」と私が言ったところで、前奏が始まった。讃美歌の番号を言うたび、3台の楽器と山口先生のヴァイオリンが、入れ代わり立ち代わり、すばらしい奏楽をしてくださるので、歌う方もはりきってしまう。音楽好きで、今日のクリスマス礼拝に参加できた人は超ラッキーだと思う。

 礼拝後の愛餐会にも多くの人が残ってくださり、教会学校の生徒によるペーブサートの生誕劇も立派だった。愛餐会に出られた方にマイクを回して、一言ずつ挨拶をしてもらい、和やかなうちに愛餐会を閉じることができた。感謝。
 この後は、イブ礼拝とコンサートの準備だ。受付の机にキャンドルやプログラムを並べたり、茶話会用にテーブルセッティングをしたり、みんなで大忙し。またコンサートではCDも販売されるので、そのための準備も必要。
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 あっという間に4時のイブ礼拝の時間になった。奏楽は武久源造先生。パイプオルガンだけでなく、チェンバロやフォルテピアノも使っての讃美歌の奏楽。まるで天国の音楽のようだ。礼拝でささげられた献金は東日本の被災地教会に全額送金される。その報告は昨年同様、後日、教会のホームページに掲載される予定だ。
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 続いてコンサートが始まった。いつものように武久先生の解説は分かりやすくて興味深い。解説を聞いてから曲を聴くと、ますますイメージがふくらんでくる。ケーブルテレビが撮影に来ていたので、映像をプロジェクターで、会堂の正面に映し出した。先生方の手の動きがよく見える。山口先生の白い手が美しい。武久先生の手は、どうしてあんなに的確に動くのだろう。不思議。チェンバロの響きは天使の竪琴みたいだ。
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 武久先生は目が見えないのに、出だしも、途中のニュアンスの変化、そしてラストまで、山口先生との息はぴったり。どうやって、何を合図に2人は曲を合わせているのか、これも不思議。アンコールでは武久先生作曲の曲を演奏してくださり、もう夢心地。初めて来られた方や、久しぶりに来られた方も多かった。みなさん、珍しい楽器での演奏に大満足の様子で、感謝だ。
 いつもより早い時間なので、茶話会にも多くの方が残ってくださった。CD販売も行っていたので、先生にサインをしてもらう人たちが受付で並んでいた。私もCDを購入。先生の「ゴルトベルク」は以前から聞きたかったので、うれしかった。この曲は仕事をする時にピッタリ。「ゴルトベルク」だけど、決して眠くならない。「真理の水U」のCDは車に入れて、車に乗るときに聞いている。「バッハの協奏曲集」もよく知られた曲が入っていて、いずれもハーモニーが美しい。
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 コンサートの片づけが終わってから先生たちと食事に出かけた。その時、私は武久先生に「曲は全部、覚えてしまうんですか」と聞いてみた。やはりその通りだった。私が「讃美歌○○番」と言うだけで、さっとその曲が出てくる。私なんか讃美歌の番号と曲が一致するのは、ほんの数えるほどしかない。先生の頭の中のコンピューターはなんて優秀なんだろう。「すごい記憶力ですね」と私が言うと、「確かにすごいと思う。だから神様はボクに、全盲という恵みを与えたんだと思う。これで目が見えていたら、ボクはものすごく高慢で、鼻持ちならないイヤなやつになっていたと思うから」と先生は言われた。そういう先生がスキだ。



posted by 牧師 at 04:27| 日記

12/22

 明日の日曜日はクリスマス礼拝とイブ礼拝とコンサートがある。要するに1日に2つの礼拝説教がある。今週は関係施設でのクリスマス礼拝などの行事も多くて、肝心の教会のクリスマス礼拝の原稿がほとんど書けてない。どうしよう。巷では、マヤ文明の暦では、2012年12月21日で世界は滅亡するという預言があるらしい。21日で世界が滅亡するなら、クリスマスの原稿が仕上がらなくても大丈夫かも…。なんて淡い下心を抱いていたけれど、気が付いたら、時計の針は夜中の12時をとっくに過ぎでおり、12月22日になっている。やっぱり説教原稿、頑張らなくちゃダメよね。ガタンと朝刊が配達された音がする。まだ原稿できてない。どうしよう。今日は1日中すごく忙しいのに。困った。
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 そして午前中、明日のクリスマスコンサートに使うチェンバロとフォルテピアノが搬入されてきた。演奏される武久源造先生と山口眞理子先生も一緒。即、会堂で、組み立てと調律が始まった。間近で見るのは初めてのフォルテピアノ。そして足鍵盤つきのチェンバロ、それに手ふいごのかわいいオルガンも持ってきてくださった。
 教会員もコンサートや愛餐会の準備のために集まってくれている。印刷したコンサートのブログラムを製本したり、愛餐会のテーブルセッティングをしたり、それぞれ空き時間を利用して、奉仕をしてくれる。またコンサートの茶話会のためにケーキを差し入れしてくれた人やミカンやお菓子などを差し入れしてくれた人もいた。教会の財政の厳しい時だけに、みんなの心遣いがとてもありがたかった。
 午後からは、教会学校の子供たちが集まって、十字の園にキャロリングに出かける。教会学校の生徒たちだけでなく、卒業生も加わってくれて、よかった。いつもは私も行くのだけれど、今回は見送り。

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 会堂の前方に、教会のパイプオルガンとチェンバロ、フォルテピアノ、3つの楽器が窮屈そうに並ぶ形になった。クリスマス礼拝なので、聖餐式があるから聖餐台をどかすわけにもいかず、私の体がぎりぎり入れる分だけ残して、聖餐台を配置。会堂の椅子も、みんなが少しでも楽に座れるよう並べ替えてみた。多くの人が来てくれるといいなあ。

 この日、リハーサルは夜8時近くまで続いた。先生方の集中力はすごい。私も明日の説教原稿、頑張らネバダ。
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posted by 牧師 at 04:01| 日記

12/20

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 十字の園のクリスマス礼拝が行われた。ホールの隅に置かれたクリスマスツリーは、本物のモミの木に本物のリンゴと本物のキャンドルが飾り付けられている。シンプルでとてもきれいなクリスマスツリーだ。白い切り紙細工のオーナメントもすてき。職員の人たちも写真を撮っている。
 礼拝でクリスマスの讃美歌をみんなで歌った。利用者の方々の歌声が一番、大きくなるのは、「きよしこのよる」。子供のころに歌ったのを覚えているからかな。
 礼拝が終わってから、利用者の方の中から、車いすの男性が正装して、ハーモニカの演奏を披露してくださった。「ふるさと」など昔の童謡は、細胞の中に染み込んでいるみたい。歌詞カードも配られていないのに、みんなで大合唱になった。そして「頭を雲の上に出し…」っていう「富士山」の歌をスラスラ歌えるのは、さすが御殿場の出身のお年寄り。自分たちのふるさとの歌があるって、いいなぁ。東京出身の私の「ふるさとの歌」ってなんだろう。「東京音頭」?何も思い当たらないのが悲しい。
posted by 牧師 at 03:42| 日記

12/17

 М学院大学(東京神学大学に行く前の大学)の恩師で、結婚式の仲人もしてくださった先生のお宅に、昨年の冬、私たち夫婦で久しぶりに出かけた。先生は90歳を越えていたけれどお体はお元気そう。その時、先生が自分の書庫にある本を私にくださると言っておられた。
 そのまま2年近くが過ぎようとした時、先生のご家族からお電話があった。
先生もお歳のせいで、記憶がだいぶあやしくなってけど、私に本を送る約束だけは、なぜかしっかり覚えていて、本を見るたび、ご家族に「まだ本を送っていないのか!」と言われるのだとか。そこでご家族が、本を送っても良いですかと確認の電話をくださったのだ。ありがたい話だ。いろいろなことを忘れていく中で、先生が私のことを覚えていてくださった。先生の著書はすべて読んでいるので、どんな本が送られてくるのか、楽しみだった。
 そして今日、届いた段ボールを開けてびっくり。バルト、パネンベルグなどの原書がぎっしり。貴重な本ばかり。私のことを思って、「もっとしっかり勉強に励み、牧師としての務めを全うしなさい」とこの本を残してくださった先生の思いがすごくうれしかった。ありがとうございます。ぴかぴか(新しい)
 当時、全国連合長老会に属する教会の現役長老をされていた先生が、私たちの仲人(神前結婚式)をしてくださらなかったら、私は結婚してから教会に行くこともなかっただろうし、東神大に行って牧師になることもなかったと思う。いつも私の人生のターニングポイントに立っていてくださった先生に、心から感謝している。
 でも先生、ごめんなさい。私、ドイツ語、読めないんです。もうやだ〜(悲しい顔)
 М学院大学で履修した第2外国語は中国語だったので、ドイツ語、全然勉強していないんです。今も原書の注解書は英語のみ。ごめんなさい。でも先生から送っていただいた本は、ちゃんと生かして使わせていただきますね。プレゼント


posted by 牧師 at 03:33| 日記

12/15

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 高根学園のクリスマス礼拝があり、説教奉仕。そのあとイエス様の生誕劇を子供たちが長いセリフを語り、歌を歌いながら行う。子供たちは舞台に立つまでは緊張しているけれど、自分の務めをやり終えた顔は自信に満ちて、うれしそうだ。緊張しすぎて固まっていた子供が、それでも勇気をふりしぼって舞台に上がり、立派にセリフを言い終えたのを見た時は感激で、思わず拍手(こっそり音がしないように…)。私も劇の中でヨハネ3:16の御言葉を読む役目が与えられていた。子供たちの人数が少なかったから、ピンチヒッターね。
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 高根学園は数年前に改築してホールも大きくしたけれど、保護者の人たちで満員。自分の子供の演技をカメラやビデオに納めようと、必死で陣取りをしている。こんなに愛してもらって幸せな子供たち。今日の生誕劇のことも一生、子供たちの心に残っていくと思う。
 牧師館に帰ったら、大切な信仰の先輩からお菓子が届いていた。キャーうれしい。「妹を太らせる計画?号」ということで、包みの中にクッキーと一緒にお手紙があった。教会のブログを読んでくださっているようで、私のコレステロールが高いことも知っていて、クッキーは「みなさんで分かち合って」と書いてあった。ありがとうございます。独り占めしないで、今度のクリスマスの愛餐会で、みんなと分かち合って、クッキーをいただきます!

posted by 牧師 at 03:21| 日記

12/13

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 デジカメのデーターカードを買いにお店に行ったら、「本日限り」という特売でノートパソコンが売られていた。私の使っているパソコン、1台は10年近く、2台目は6年くらい使っている。時々へそを曲げるけど、今も何とか頑張って働いてくれている。でもネットにつないであるパソコンのメーカーのセキュリティが来年の春には終了するので、どうしても新しいパソコンが必要だった。どうしよう…。
 とりあえず、商品の写真を撮らせてもらって、十字の園のYさんに写真を見せて相談した。そうしたら、「買っても大丈夫」と言われたので、「本日限りの特売品パソコン」を買うことにした。現金がなかったのでカードでお支払。痛い出費だけど必要なものだから仕方ない。在庫はお取り寄せということで、クリスマスが終わったら、取りに行くことにした。クリスマスの前にもらっても、忙しくて新しいパソコンを触る気にもなれないしね。
 でもパソコンがどんどん新しくなって、まだ使えるパソコンでもメーカーがセキュリティを終了させてしまうのって、ひどくない?古いパソコンもワードとメールくらいしか使いこなせてない私にしてみれば、古いまんまで十分なんですけど。ただ新しいパソコンで送られてくるメールが開けないのは、困るけど…。携帯にしろ、パソコンにしろ、進化に追いつけず、落ちこぼれた人たちのことも、メーカーは忘れてほしくないなぁ。それに私、ワープロ書院もまだ使っているんですけど。もうやだ〜(悲しい顔)

posted by 牧師 at 03:11| 日記

12/12

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 寒い朝、富士山も白い顔を教会のわきから覗かせている。祈祷会にみんなが集まってくる。もうすぐエレミヤ書を読み終える。長い預言書だけど、読み続けてこられたのは、みんなで読んできたからだ。それに私が解説した後、それぞれ自由に語り合うことで、さらに理解が深まり、御言葉の中から次々と新しい発見が掘り出されてくるのが楽しい。
 祈祷会が終わった12時12分。今日は2012年12月12日。その12時12分だから、12がズラリと並ぶ珍しい日だと教えてもらった。へぇ、おもしろいなぁ。全然、気が付かなかった。一応、記念で、時計の写真を撮っておくことにした。
 今日は12の数字が並ぶ、特別な日。でもよくよく考えてみれば、毎日が全部、二度と体験できない特別な日だよね。今日限りの特別な一日、一日を、私達は過ごしている。だから毎日が記念日だ。
 12月12日の夕方、夕焼けがとてもきれい。クリスマス前で何かと準備が山積して、今日も一日中忙しかった。今日という一度きりの記念日が終わっていく。
今日もみんなが無事に終わることができて、感謝。 

「明日のことまで思い悩むな。明日のことは、明日自らが思い悩む。
その日の苦労は、その日だけで十分である」
(マタイ6:34)
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posted by 牧師 at 02:59| 日記

2012年12月05日

12/4

ユズ湯.jpg 料理で使って、残ったユズを包んで、お風呂に入れて沸かした。とてもいい香り。

 お風呂に入っていると、自分がユズのお吸い物の中に入っている気がする。

 それなら私はお吸い物の具?どんな具?細い三つ葉や素麺じゃないし、タップリ水分を吸ってふくらんだ「お麩」ってところかな。
 
 ユズのお風呂は香りがいいだけでなくて、肌がツルツルになるし、お風呂から出た後も、体がホカホカしている。冷え性の私には最高!冷え性の方は、ぜひお試しあれ。





posted by 牧師 at 20:25| 日記

12/1

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121201_リースA.jpg 明日からアドヴェントに入るので、教会ではクランツ作りとクリスマスリース作りの奉仕を有志の方がしてくださった。教会と牧師館のリースは、教会の若い姉妹2人が作ってくださった。どらちもきれいにできたでしょ。

 それにしても早いなぁ。もう12月だ。この前クリスマスカードを書いたばかりなのに・・・・。
 誰かが言っていたけれど、年齢に応じて時間が過ぎる速さが変わるって。
 たとえば10代なら時速10キロ、でも50代になると時速50キロで、時間が過ぎていくらしい。フムフム納得。だからこんなに時間の過ぎるのが早いんだ。私の原付バイク(ホンダのモンキーR)は30キロまでしか出せないけれど、田舎では50キロくらい平気で走る。そのときメーターに警告の赤いランプがつく。
 そうだよ。スピード違反で赤いランプがついているんだから、1日1日をもっとゆっくり味わって、噛みしめながら生きなくっちゃ、もったいないよ。

 牧師館の応接間の壁に貼られているクリスマスカードを、1枚1枚はずした。またこの壁にいっぱい、新しいクリスマスカードが、各地から届くといいなぁ。


posted by 牧師 at 20:17| 日記

11/29

 一人暮らしの方を訪問した。デイサービスで怪我をされていたのが、思ったより重症だったことが、後から分かった。
 それにしても昔の人は我慢強い。どんなに痛いことだろう。それなのに、つらそうな顔もせず、グチもこぼさない。私なんか、まだまだだなぁ。とてもかなわない。か細いこの体の中に、すごいたくましさが隠れている。
 この方は一人暮らしだけど、でも一人ではない。イエス様が一緒にこの方の中に住み込んでおられる。その確信が、この柔らかな笑顔と穏やかさ、そしてたくましさになって、細い体全体からあふれて来るんだ。
 お祈りをしてお宅を出た。お部屋の中で転ばないといいけれど。やっぱり心配。
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 この日は夜の黙想会があった。あの方の怪我が一日も早く回復しますように。また一人暮らしの方、病を抱えながら働いている方、色々な方々を思いながら祈った。

posted by 牧師 at 20:10| 日記

2012年11月27日

11/25

1211新芽.jpg 今月最後の礼拝、来週からアドヴエントに入る。そのために会堂の大掃除だ。重たい会堂のイスや机を動かして、床のクリーニングとワックスがけは大仕事だ。大掃除と言っても、働き手の中で成人男性は、夫とO長老のたった2人だけ。後は20〜80代の女性たち。でも教会学校の中学生や教会学校を卒業したばかりの男の子もお手伝いに加わってくれた。にぎやかに次々と、ぞうきんを手にして床掃除を進める。
 途中、温かいおうどんを用意してもらって、床にワックスがかかっていない台所の隅に、みんな集まって立ち食いでおうどんをいただく。駅のホームの立ち食いソバ屋さんみたい。たった一椀のうどんだったけど、とっても美味しくて全身が温まったね。それ後半戦、開始だ!
 高齢の方は窓拭きをしたり、大掃除に参加できない人はカーテンの洗濯物を持ち帰ってくれたり、それぞれ自分たちが出来ることを楽しくやっている。教会学校の子どもたちや教会学校の卒業生、若い人たちも、重たいイスや机を元通りに設置して、頼もしく動いてくれる。
 教会は誰の物でもない。神様のもの、キリストのものだ。神様に愛され、キリストに愛されている幸せを感謝して、各自が自分の出来ること、自分の持っている時間や労力を、喜んでおささげする。神様に愛されていることを知ったから、少しでも神様が喜ばれること、神様のお役に立つことをしたくなる。もちろん、教会で奉仕しても賃金はないけど、グチもない。あるのは、神様に仕えることが出来る感謝と喜び。
 こうして老若男女、みんなで奉仕することも、伝道だ。特に高齢者の方が喜んで奉仕されている姿を見て、一緒に奉仕する若い人たちが、神様に感謝して自分をささげる信仰を受け継ぐようにされていく。大掃除が、若い人たちへの伝道になることを実感した。

 神様、どうか教会に芽生えている若い信仰の芽を、聖霊の力で守り、育てて、大きく力強く花開かせてください。
(写真は、牧師館の玄関においてあるシンビジュームの新芽。クリスマスの頃に咲くようにと願って、ただいま手入れ中)
posted by 牧師 at 15:04| 日記

11/20

 日曜日は教会修養会で、「長老教会ってどんな教会 V」として、伝道について、礼拝後、教会で学び、自由に語り合った。教会に通っていても、案外、信仰のことを顔をつき合わせて、語り合う機会は少ない。若い人たちが教会の信仰を正しく受け継いでもらえるよう、楽しく学びあう訓練を怠らず、祈り合って、お互いの信仰を支えていきたい。教会修養会は貴重な体験だった。これからも続けていこう。教会修養会を終えて、牧師館に帰って荷造り。明日の月曜から大阪で、全国連合長老会の牧師会、その前に日曜学校委員会がある。
 月曜日は8時過ぎに三島発の新幹線で新大阪へ。新しい式文について牧師たちが意見を出し合う。ほとんど寝ていないから、夕食後にある夜の会議はしんどい。それでも信仰や礼拝のことで心の琴線に触れる事柄に出会うと、パッと力がわいてくる。翌日の火曜日、眠いけど、大丈夫。全体会でも集中できた。そして何より、カテキズム教案の分級原稿の原画をぜんぶ、関川瑞恵先生にお渡しできてホッとした。
 担当者は、分級教案の作成に、それぞれ一生懸命、取り組んでいる。教案誌をもっと多くの教会で使っていただきたいし、また分級教案も、諸教会の判断でドンドン自由に使っていただきたい。使ってもらえないのは、担当者として、とっても残念。

 会議が終わり、新大阪に着いたら、ちょうど東京行きの新幹線があったので、飛び乗った。発車してから、「あっ、おみやげ買うの忘れた・・・」。
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 窓の外は雨雲が厚い。京都は厚い雲の間から、少し光がもれている。やがて雨粒が新幹線の窓にビッシリはりついた。でも浜松に着いたら、雨雲はどこにもなくて、きれいな空になっている。ヤマハの工場の上に、秋のなごりの雲が広がっていた。
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 さらに新富士では、青空の中に富士山がデンと座っていた。新幹線に乗っているホンの数時間の間なのに、お天気って、こんなにコロコロと変わるんだね。人の心みたい。三島で新幹線をおりて、御殿場に向かうころ、夕日がまぶしく光っていた。
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 曇りや雨の日もあるけど、必ず光が現れる。
 あきらめなくって、良かった。
 生きていて、良かった。
 神様、ありがとうございます。

posted by 牧師 at 14:47| 日記

11/16

1211夜明け前@.jpg 今日は復生病院の通院日。睡眠不足が続いて、体調はずっと底値安定。いくら注意しても、医師の言いつけを守れない患者に、医師もあきれてるんじゃないかな。しかし自分でも、どうしたらいいのか分からない。

 子どもの泣き声が恐い。子どもを叱る親の声、言い争う声、大きな音や大きな声が恐い。血の気がサーっと引いて、足元から全身の力が抜けていく。
 ようやくCDで交響曲やオケのコラールが聴けるようになったと思ったけれど、また音が恐くて聴けなくなった。今は音量を下げて、オルガンやチェンバロ、チェロなどのソリストのCDを仕事部屋に流している。
 
 説教や教会修養会の準備とか、月間予定表の作成とか、やるべきことは山ほどあるけど、今は何もできなくて、横になる。

 神様。ごめんなさい。教会のみなさん、ごめんなさい。
 神様。こんな私を牧師として、使ってくださいますか。


posted by 牧師 at 14:34| 日記

11/15

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 朝、十字の園の礼拝から帰って来る途中、青空の中、真っ正面に富士山が見える。先週、東山荘から見た時よりも、富士山の白い雪の部分が下に広がった。寒くなってきていることが、目でもわかる。
 午前中、ついでに上町医院で、先月の血液検査の結果を聞きに、診察を受けた。薬を服用しているけれど、相変わらず、コレステロールの値が高い。血液ドロドロってこと。血液がドロドロだと血管がつまって、心筋梗塞とか、脳梗塞とかなりやすいんでしょ?だから脳死の場合、臓器だけでなく皮膚も骨も体ごと全部、提供することを、保険証に同意のサインしてあるから、万が一の時は、無駄なく自分の体を使ってもらおうと思っていた。でも何かで聞いたけど、臓器も年齢によって使える範囲が決まっているとか。50歳以上の心臓は使えないってホント?私、年のわりには、いい心臓もっていると思うんだけれど、ダメなの?。臓器も個体差があるから、イキが良かったら、年齢で線引きしないで、使って欲しいなぁ。こんな私でも、何かの役にたてるなら、ありがたいし・・・・。
 診察後、上町医院の先生に、クリスマスコンサートのポスターを見せて、ご案内と共に医院の待合室に貼らせていただいた。御殿場に来て11年目。教会のポスターを気持ちよく受け入れてくれるところが、地元に少しずつ増えてきた。ありがたいな。

posted by 牧師 at 14:25| 日記

2012年11月15日

11/13

 来週、礼拝後に教会修養会があるので昨日から修養会の原稿を書くため、ずっとパソコンに向かっていた。目薬をさしながらパソコンに向かうけど、目が痛い。でも何とか原稿の体裁を整えることが出来た。後は、明日、見直して推敲しよう。
 1時間ほど仮眠して、8時過ぎの電車に乗った。今日は分区牧師会が修善寺教会である。御殿場線に乗ったら、すぐ沼津に到着した。早い!いや、電車に乗った途端、居眠りしたから、途中の記憶がないだけだ。でも沼津でちゃんと目が覚めて良かった。沼津で乗り換えて三島に行き、さらに三島で乗り換えて修善寺へ。久しぶりだ、修善寺は。教会はどこだったっけ。確か、階段を登った記憶がある。記憶をたどりつつ、駅のロータリーを横切る。修善寺駅前にも不二家がある。不二家って、駅の前にあるの?ここでも店内に飾ってあるペコちゃん人形を、ガラス越しに覗く。バリエーションは御殿場の方が多いね。・・・と思ったら、お店の人と目が会ってしまった。あわてて階段を登った。
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121113_修善寺教会A.jpg 修善寺教会の礼拝堂にある聖餐卓には、最後の晩餐の彫刻がある。珍しい。でも最後の晩餐のテーブルの延長に、この聖餐卓があるんだもんね。イエス様を中心にした弟子たちとの食事を、聖餐式のたびに思い返して、修善寺教会の方々は、パンと杯にあずかっているんだ。大切なことだよね。

 牧師会はやはり体力的に、しんどかった。体も全然温まらず、着ていた皮コートを室内でも脱げず、スカーフをひざかけにした。3時過ぎても牧師会は続いていた。でも私は早退して帰りの電車に乗った。すごく疲れた。
 沼津から御殿場線に乗った時、隣りにカバンを背負った小学生が2人座った。遠距離登校なのかな。以前、小田急線沿線に住んでいた時は、小さな小学生が小田急線の満員電車の中で人に押しつぶされそうになりながら、ドアのはしにしがみついて立っていたのを良く見かけた。小学生で電車通学は大変だ。御殿場に来て、小学生の電車通学を始めて見た。
 と思っていたら、いつの間にか隣の小学生2人は、つぶれた「く」の字になって爆睡していた。よほど疲れていたらしい。毎日、電車乗って、よくがんばっているね。ご苦労様。私もガンバッテ、明日の聖書研究の準備しなくっちゃ。
posted by 牧師 at 05:41| 日記

2012年11月12日

11/8

 今朝は7時からキリスト教社会事業同盟の早朝礼拝の奉仕で、東山荘へ。礼拝が行われた黙想館の大きな窓の真正面に、富士山が見える。
「あっ、いつの間にか雪が・・・・・。」
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 全然、気がつかなかった。牧師館の外に出れば、いつでも見られる富士山なのに、富士山に雪が積もっているのを見ていなかった。「見ているつもり」だけだった。
 見ているつもり、聞いているつもり、分かっているつもり。「つもりの罠」にひっかかると、大切なものを失う。感動し、驚いて、喜ぶことが消えていってしまう。気をつけよう。

 東山荘の次は、高根学園で幼児祝福礼拝。礼拝のメッセージを子どもたちが、おとなしく聞いている。神様の言葉が、幼い魂の中に吸い込まれていきますように。その後、子どもたち一人一人を祝福した。毎年、行っていることなので、覚えている子どもたちもいて、祝福した後で次々と「ありがとう」と言ってくれる。こちらこそ関わらせてもらって「ありがとう」。
 神様がこの世に与えてくださった大切な命。かけがえのない命。すべての命が、神様の愛の祝福に包まれて、大きく、優しく、そして元気に育つようにと、心から祈る。


posted by 牧師 at 01:33| 日記

11/7

 先月末が締め切りだったけど、間に合わなかったカテキズム教案の分級原画をようやく全部、書き上げた。今朝は午前中、聖書研究の祈祷会がある。長いエレミヤ書も、もう少しで読み終わる。皆で聖書を読んで話し合うと、色々な発見があるし、忍耐強く読めるから、いいね♪
 牧師館に帰って、鏡で自分の顔を見てビックリ。こんなボサボサ頭だったとは・・・。教会の皆様、申し訳ありませんでした。早速、駅前の美容院へ。ここは予約なしで、しかもカット代が1575円!いいでしょ。これからクリスマス向けて忙しくなると年内は美容院に行けないから、2ヵ月分くらい短く刈り込んでもらった。
 駅前通りに不二家がある。店内に飾ってある色々なバージョンのペコちゃん人形。「着物を着ているペコちゃん、かわいいなぁ」と、立ち止まって、窓の外で思わず見とれてしまう。
 牧師館に帰る前に、駅の近くにあるカフェ・マルタに寄った。クリスマスコンサートのポスターを貼らせていただき、いつものハイビスカスのハーブティを注文した。ハーブティの透き通った赤が、うっとりするほどキレイなんだよねぇ。そして店内においてあるキリスト教関係のグッズとか本を、数点、買い求めた。買った品の中に、薄い貝を組み合わせたキャンドルスタンドがある。ここのお店ではフィリピンから品物を仕入れて、販売している。このキャンドルスタンドも、フィリピンで作られたものだ。
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 夜になって、キャンドルに火を灯してみた。うわ〜!すっごくきれい。真っ暗な部屋で、ゆらめく赤い色を見ていると、夢を見てるみたいで癒されるなぁ。キャンドルスタンドを携帯写真で撮ったけれど、実際のきれいな赤が出ない。本当は写真より、ずっとずっとキレイな赤なのだ。お店には、同じ赤いキャンドルスタンドが、もう1個、ありましたよ。欲しくなった方はお早めに。

posted by 牧師 at 01:25| 日記

2012年10月29日

10/29

 ようやく今月最後の礼拝説教を終えた。語り終わった後から、色々気がつく。そして「語りきれなかった」ことを思い出すと、胸が苦しくなる。でもグチっている場合ではない。カテキズム教案の原稿締切りが明後日に迫っているし、来月の教会修養会の準備など、やらなくてはならない教務が山ほどある。神様、完全にガス欠です。無力な者に神様の力を与えてください。
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 今月も先月と同じく2件、納骨式があった。教会員の納骨式だけでなく、教会員の家族の納骨式もあった。信仰を持たずに亡くなられた方は多い。そういう方の葬儀などを依頼されるとき、正直、説教に困ってしまう。
 でも神様はどのような形で人を救われるのか、牧師といえども、見極めることは出来ない。神様の憐れみ深い見えざる救いの御手を信じて、お委ねするしかない。

 そして未信者の方の葬儀や納骨式に立ち会って、あらためて思わされることがある。それは、先に召された信仰者たちが、地上で生きている家族のために、「神様と出会うように」と、祈り続けていること。
 祈りは愛であり、愛は消えることなく永遠に残る。日頃、気づいていないけれど、地においても、天においても、私達はいつも多くの人に愛され、祈られている。



posted by 牧師 at 15:56| 日記

10/15

 10月は私達の結婚記念日の月。教会の奉仕があるから、結婚記念日に何かお祝いをすることは出来ないけれど、10月に少し無理して時間を作って山梨の友人のペンションに一泊するのが、我が家の毎年の慣例。
 以前は厚手のセーターを着込んで出かけたのに、今年は薄いタートルネックのセーターで充分あたたかい。また以前は周りの森が赤や黄色に染まっていたのに、今年はまだ紅葉していない。
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 帰り道、インターに乗る前に清里の聖公会アンデレ教会を訪れた。木と石が美しく調和している古い教会だ。誰もいなかったけれど、教会の玄関が開いていたので、中に入ってお祈りさせていただいた。昔から多くの人たちが支えてきた教会だということが、教会全体から伝わってくる。山梨にある教会だけど、横浜教区の管轄になっていて、駐車場にも横浜ナンバーの車があった。聖公会の教会もたいへんなんだね。
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posted by 牧師 at 15:19| 日記

10/17

 今年からドイツに宣教師として派遣された齋藤篤牧師が、二週間の一時帰国で、御殿場教会にも来てくださった。ちょうど祈祷会だったので、いつもの聖書研究を中止して、齋藤先生のお話を伺った。ドイツでの生活は、口では言い表せないほどの苦労があるはずだけど、齋藤先生がゲッソリやせ細っていなかったし、いつもの丸い笑顔を見て、神様の助けを確信した。
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 齋藤先生が仕えているのは、ケルン・ボン日本語キリスト教会。ドイツにいる日本人のために、伝道牧会をしている。ドイツは教会税があり、ドイツ教会の牧師はいわゆる公務員と言うことで、生活費は保証されている。でも今年から外国人教会にはその保証がなくなったので、外国人牧師の生活は苦しくなった。齋藤先生も日本からの支援が欠かせない。東京神学大学のクラスメイトが今、韓国のソウルで宣教師として奉仕している。やはり齋藤先生と同じく、生活は相当、きびしい。海外で奉仕されている宣教師のために、これからも祈り、出来る限りの支援を続けていこうと思う。
 齋藤先生と教会の人たちとで祈祷会のあと、いつもの食事会をした。おやつに、たまたまバームクーヘンが出た。でも齋藤先生から「バームクーヘンは、ケルン・ボンにはなく、町の人たちもバームクーヘンを知らない」という話を聞いて、ビックリした。ドイツのお菓子といえば、バームクーヘンだと思っていたけど、実は地域限定のお菓子だったのね。
 齋藤先生は午後から、富士教会に出かけなくてはならず、あわただしく御殿場駅まで先生をお見送りした。教会のみんなが帰った後、花に水をやっていたら、かすかなキンモクセイの香りが流れてきた。
 「うちのキンモクセイは散ったけど、この香りはどこから来るのかな」と、香りを頼りに歩いていった。そうしたら牧師館からすこし外れた小川のそばにある家に4メートルくらいのキンモクセイの大木を見つけた。ちょうど花盛り。「ここにもあったんだ」と感激。ぴかぴか(新しい)
 私はタバコを吸わないけれど、禁煙する前のスモーカーが最後の一服を吸うように、胸いっぱいキンモクセイの香りを吸い込んだ。この香りと巡り会うのは、一年後だね。また会えるといいな。

posted by 牧師 at 15:04| 日記

2012年10月11日

10/9

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 お彼岸の時期はもうとっくに過ぎたけど、今、空き地のあちこちに彼岸花が咲いている。彼岸花は、曼珠沙華(マンジュシャゲ)とも呼ばれる。また「おいらん花」とか呼ばれていたような記憶もある。赤い花びらから、たくさんおしべが伸びている。それが花魁(おいらん)のかんざしに見えるからだろうか。派手で大きな花なのに、葉もなく、茎だけが細く長く伸びて、どこか寂しげだ。
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 寂しげといえば、コスモスやシュウメイギクもそうだ。ピンクや白、仲間たちと背伸びしながら、一緒にたくさん咲いているのに、でも風にゆられているその姿は、決してにぎやかには見えない。
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 あんなにビッシリついていたキンモクセイの黄色い花が、今はほとんど落ちてしまった。一年間、黙々と無骨な葉っぱを茂らせて、キンモクセイが清らかに香る花をつけるのはほんの1週間だけ。
秋の花はとても美しいけれど、やっぱり寂しい。


posted by 牧師 at 15:09| 日記

10/7

1210聖餐式.jpg 第一週目の主の日の礼拝には聖餐式がある。御言を聴くことを通して、生けるキリストをいただくだけでなく、聖餐式によって更に生けるキリストが、私たちの中に与えられる。キリストの体と血を、私たちに与えてくださる聖霊の力はすばらしい。この聖餐式に何とか一人でも多くの方にあずかって欲しくて、第一週目だけ夕礼拝をもち、そこで聖餐式を行っている。

 今日の夕礼拝の出席者は5名だった。皆、仕事の帰りに教会に駆けつけてくる。その中に他教会員の方がおられた。礼拝後に挨拶したら、「聖餐にあずかれて、うれしかった」と言ってくださった。その言葉を聞くことができて、神様に感謝した。

 聖餐式でキリストの体と血にあずかる恵み、かけがえのない恵みに気がついて、キリストの体と血、キリストご自身を求めて、夕礼拝に駆けつけてくれる信仰者がいる。なんてすばらしいことだろう。もっともっと多くの人が、聖餐式にあずかる恵みのすばらしさに気づいて欲しいと、心から願う。
 第一週目は、教会学校、礼拝、長老会など、予定がぎっしりで、夕礼拝は体力的にキビシイけれど、それにもまさる神様の恵みに触れることが出来るから、幸せだ。

posted by 牧師 at 14:59| 日記

10/4

 目薬を買いに、ドラッグストアに入った。最近、外に出ると目がかゆくなり、鼻水もポタリと落ちる。だから外に出る時はマスクが必携。今頃、アレルギーのようだ。
 普段、あまり買い物に出かけないので(面倒くさいから)、たまにお店に入ると、あれこれ珍しくて、つい長居をしてしまう。高い美肌クリームがテスト用に並んでいる。一万円近くもするクリーム。ヒェー!こんな高いクリーム、試さなかったらダメでしょ。クリームを指ですくって、目じりのシワにすりこむ。1回くらいじゃ、効果は期待できないけど、それでも得した気分。
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 店内をきょろきょろしていて、目薬を買う前に、ある石鹸が目に止まった。
「アレッポの石鹸」だ。大きくて、昔ながらの石鹸と言う感じ。でも使い心地はとてもいい。
 今、新聞でも毎日、アレッポ付近での紛争が報道され、多くの死傷者が出ている。この石鹸を作った人たちも、紛争の混乱に巻き込まれているのだろう。
 当たり前のように、石鹸を作って生活できる静かな日常生活が、一日も早く戻ってきますように。

posted by 牧師 at 14:52| 日記

2012年10月01日

10/1

121001_台風一過のきんもくせい.jpg 日曜日の夕方、台風が上陸するということで、予定していた東海連合長老会の会議は中止。礼拝後、若い人たちが掃除をしている間に、教会の植木や看板など、教会の中に片付けた。駐車場のコーンなども、ガレージにみんな片付けた。去年は駐車場のサルスベリの大木が3つに切れて倒れてしまった。去年と同じくらいの強い風が吹くと言う。なるべく大きな被害が出ないといいけれど。夜になって、台風はひどくなり、御殿場線も新幹線も止まった。会議が中止になって正解だった。もし出かけていたら、帰ってこられなかった。

 翌日10月1日、台風一過の晴天。教会や家の周りの被害を調べて、歩いていたら、いいもの見つけた。牧師館の庭で、キンモクセイが黄色い花をつけていた。台風の強い雨風に耐えて、がんばっていたんだね。ありがとう。
強い風に乗って、キンモクセイがとってもいい香りを部屋の中に運んでくる。この甘い香り、来週の日曜日までは、もたないかなぁ。水曜日の聖書研究・祈祷会の時まで、この香りが残っていたら、うれしいなぁ。


posted by 牧師 at 20:54| 日記

9/25

 昨日に続いて、今日は分区の牧師会で伊豆高原まで。月末は長老会資料の準備とか、来月の予定表の作成とか、事務的作業がたくさんある。そして明日は聖書研究と祈祷会。昨日も遅くまで、準備していたから眠い。夫が車で伊豆高原の教会まで送ってくれたので、教会につくまで、ずっと車の中で寝てた。牧師会でも体調が良くなくて、帰りの車の中で寝ようと思った。
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 でも外の景色を見ていたら、寝ていられなくなった。日の暮れるのが早くなり、ドンドン景色が変わっていく。たくさんの色を抱えながら、夕焼けが追いかけてきて、景色を彩る。富士山も夕焼けに追いつかれて、御殿場についた頃には、すっかり夕焼けの見事な色の中に収まっていた。動く絵画を見せられたような、いい気分。

posted by 牧師 at 20:38| 日記

9/24

 今日は駿府教会で、東海連合長老会の牧師会。御殿場は涼しかったから、厚地のシャツを着て、ストールまで巻いて、家を出てきたけれど、新幹線を降りた静岡は、暑かった。御殿場だって同じ静岡なのに。半そでの夏物は全部片付けてしまったけれど、今日は半そでで充分だったね。
 ジリジリ焼け付くようなアスファルトを、にらみつけるように歩いていたら、カラーのマンホールを見つけた。静岡のマンホールはタチアオイが円陣を組んでいるデザイン。葵区とかあるから、タチアオイのデザインなのかな。
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 牧師会は、神学書講読や説教演習、次の会議の打ち合わせなど、盛りだくさん。あっという間に予定の3時が過ぎてしまう。御殿場駅に着いたら、マンホールを見つけた。御殿場のマンホールのデザインは、富士山とサクラと機関車。マンホールって、それぞれご当地デザインが施されているのね。
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posted by 牧師 at 20:23| 日記

9/23

 先週は東京への出張や、納骨式が2件、関係施設での礼拝や聖書の学びなど、仕事がビッシリ詰まっていて、クタクタだった。そして迎えた日曜日の礼拝。そこにしばらく入院していたB君がいた。彼を見たら、たまっていた疲れが吹っ飛んだ。少しほっそりしたけれど、良かった。退院できて、本当に良かった。仕事に戻るには、体調を整える必要があるけれど、こうしてまた一緒に礼拝が守れるようになって、本当に良かった。帰りがけ、玄関の所で教会の若い子たちが、B君を囲んで握手。少し元気出た?一日も早く体調が戻り、信仰生活も日常生活も、疲れないで過ごせるよう、神様、B君をお守りください。
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posted by 牧師 at 20:14| 日記

9/17

 飯田橋の富士見町教会で、改革長老教会協議会が行われた。300人以上が集まり、分団もそれぞれ盛り上がっていた。明日の牧師会のため、今夜は御茶ノ水のビジネスホテルに泊まる。ホテルまで歩く途中に、ニコライ堂があった。聞いてはいたけれど、一度も入ったことがなかったので、入場料300円を払って会堂に入り、キャンドルを1本灯して、お祈りをした。でもお祈りしている間ずっと、受付のおばさんが(ロシア人?)外国人と大声で話をしていて、気が散る。会堂内では、もっと小声で話せばいいのに。
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 会堂にはイコンが飾られ、建物も格調高い。会堂内は撮影禁止だから外観だけを携帯で撮影。もらったパンフレットによると、イコンは「天国の窓」なんだって。ニコライ堂は正教会だけど、パンフレットを見ると、正教会からローマカソリックが分かれ、ローマカソリックからプロテスタントが枝分かれした図が描かれている。その上、「初代教会の信仰を今日に至るまで、正しくそのまま継承してきた唯一の教会です」と、トドメをさしている。プロテスタントだって、使徒的信仰を正しく継承している教会はあるんですけれど。
 いつものように方向音痴な私は、駅から6分のはずのビジネスホテルが分からなくて、あちこち迷って歩き回る。でも足が痛くて、たまらない。ピンクのかわいい靴を履いて来た。みんなも「靴、かわいいね」とほめてくれた。エヘヘ。一目見て、気に入って買ったけど、サイズは24センチ。私の足のサイズは25センチだから、本当はムリなんだけれど、店で試しに履いたら足が入ったから大丈夫だと思った。でもただ靴を履くだけと、靴を履いて歩くのでは、まったく別。足が締めつけられているみたいで、頭まで痛くなる。出来ることなら、靴を脱いで裸足で歩きたい。1センチ、サバよんで、かわいらしく見せようと思ったのが大間違いだった。シンデレラのお姉さんの気持ちが良くわかる。ホテルについて、すぐ靴を脱いだ。あー、生き返ったぁ。

posted by 牧師 at 20:08| 日記

9/16-17

 週末の前夜式、葬儀を終えて、日曜の朝、礼拝説教の講壇に立つ。説教原稿は何とかギリギリ間に合った。まるで綱渡りのような毎日だけど、神様が今週も無事に、向こう岸に渡らせてくださった。ありがとうございます。17日から2日間、東京で改革長老教会協議会と全国牧師会があるので、礼拝が終わったら、早速、荷造り。
 東京に出張する前の16日の夕方、高校のクラス会がある。もう十数年、ご無沙汰しているけれど、東京の友だちの所に泊まるつもりで、クラス会に参加した。女子はあまり変わらなくて元気だけど、男子は変わるねえ。渡された住所録を見ながら、顔を確認する。「フムフム。あーそうだった。思い出した」。御殿場教会のホームページの牧師ブログを見てくれている人もいて、うれしかった。ありがとね。
 男子は近づく定年の話でもちきり。正直ビックリした。「会社を定年になったら、何をしたらいいか分からない」。ええー、と言うことは、これまで生きる目的は、会社だったの。一回り、現状報告を聞いていくと、親が亡くなったり、重病からようやく生還したり。皆それぞれ苦労している。 
 クラス会は一次会で失礼して、友だちの家に直行。彼女とは小学生の時から高校までずっと一緒だった。ご主人が留守だったからラッキー。体はすごく疲れていて、睡眠不足のはずなのに、夜中もずっと2人で延々とおしゃべりが続く。昔もこうして家に泊まって夜中まで、しゃべっていたね。私たち、体はおばさんだけど、心はまだまだ乙女だよ。
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 17日の朝、彼女が作ってくれた朝食。ピーターラビットの食器で揃えてくれた。うれしい。小学生の時からファンタジーで、ユーモラスな世界を共有してきた。今も同じだね。駅まで送ってくれて、私が乗った電車が走り出すと、彼女も電車に合わせて、ホームをバタバタと走る。これも2人の間では、昔からのお決まり。いい大人が、スゴクおかしかったけれど、でも忘れていなかったね。ありがと。涙が出てくる。青春が戻ったみたい。仕事もがんばるからね。友だちって、ありがたい。


posted by 牧師 at 19:55| 日記

9/14

120914_いとひば.jpg 今夜は前夜式、明日の土曜は葬儀。葬儀の説教も、日曜の礼拝説教の準備もまだ出来ていない。どうしよう。疲れと睡眠不足で体が重たい。あせるばかりで、原稿はちっとも進まない。忙しい最中なのに、今日は通院日だ。

 復生病院の待合室から、イトヒバの大木が見える。イトヒバの細い葉は、弱々しく束になってダラリと下を向いている。でも弱々しい葉は下を向いたままなのに、太い枝にしっかり支えられ、人には気づかれない時間をかけて、静かに上へ上へと伸びていく。そしていつの間にか、見上げるような大木に育っていく。すごいなぁ。

 うつむいてばかりいる人を、イトヒバの大木より、もっと太くて確かな腕で支えてくださる方がいる。疲れ果てている人を、しっかり支えて、天に向かって、ゆっくりと引き上げてくださる方がいる。大丈夫、大丈夫だよ。
  
 「主を信じるものは、
 誰も失望することがない」
  (ローマ10:11)

posted by 牧師 at 19:42| 日記

9/11-12

 ずっと前からAさんが信仰を持ってくださることを願っていた。重い病気になり、ご自宅や病院にも伺ったけれど、Aさんは私と話をすることを望まなかった。でも夜10時頃、危篤と知らされて病院に駆けつけた。「聖書を読んで、お祈りさせてください」と言った言葉に返事は出来なかったけれど、Aさんの耳元で聖書を読み、とりなしのお祈りをした。そして思い切って、病室にいたご家族に「病床洗礼をしてもよいですか」と尋ねた。少し間があり、奥様が「お願いします」と言われたのを聞いて、コップに水を入れ、Aさんに洗礼を授けた。その1時間後、Aさんは息を引き取った。
 
 間に合って良かった。本当に良かった。「洗礼なんて、とてもムリだ」とあきらめていたけれど、神様はあきらめなかった。洗礼の時をちゃんと用意しておられた。神様はAさんを、ご自分のものとして、召してくださった。ありがとうございます。
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 翌朝、葬儀の打ち合わせのために、ご自宅に伺った。病院からご自宅に戻られたAさんのお顔を見て、ビックリした。知らない人?今まで見たこともないお顔だった。気難しそうで恐い印象しかなかったけれど、今のお顔は、とっても穏やかで、優しく、清らかだ。
 
 これが洗礼の力なのか。私たちは洗礼を受けても日々、罪を繰り返しているけど、もはや罪を犯すことが出来なくなったAさんは、イエス様の血によって、これまでの人生を、すべて洗い清められて、どこにも罪が残っていない。その清らかさが、お顔に現れたのか。神様のなさることはスゴイ。無からすべてを創造する神様、死の絶望から復活の希望を創造する神様。神様の力はスゴイ。この神様に、Aさんが守られていることを固く信じる。
 「この神は、世々限りなく私たちの神。
  死を越えて、私たちを導いていかれる」
    (詩篇48:15)


posted by 牧師 at 19:35| 日記

2012年08月29日

8/29

 今月最後の聖書研究祈祷会。今年の夏、御殿場は昼間、とても暑かった。でもこうして皆、それぞれ都合を整えられて、毎週、聖書を共に学び、話し合い、祈る大切なひとときを、神様からいただくことが出来た。当たり前で過ごしてしまう日々も、教会に集うことで、神様に感謝して過ごす日々へと変えられて行く。ありがたい。
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 お昼は、皆がそれぞれ持ち寄ってきたものを一緒に食べる。果物や野菜がたくさん入ったヨーグルト味のデザート。おからのコロッケ。パン。そして早くもブドウや梨もテーブルに並んだ。こりゃ見事。食べる前に、もったいないからカメラに収めた。まずデザートからいただきます。おいしい。おからのコロッケ。これ、大好き。ブドウも梨も、今年、お初にお目にかかります。それでは、いただきます。あま〜い。
(^−^)黒ハート
 食べながら、今週の伝道礼拝の話に始まって、教会のこと、信仰のことなど、色々話し合う。ご近所の方が、伝道礼拝に来てくださったのは、本当にうれしかった。また教会員のご家族が、礼拝に来られていたのも、すごくうれしかった。
 まずご家族が一緒に礼拝に来られるようになること。このことを切に祈りたい。
 地上で神様から、家族として与えられた者が、「ただの家族」から、全員、「神様の家族」になれるよう、ますます皆で祈りを合わせて、今年、残された4ヶ月を過ごして行こう。
posted by 牧師 at 21:48| 日記

2012年08月26日

8/26

 祈りつつ、伝道礼拝を迎えた。ちょうど地域の運動会や祭りが重なって、いつもより礼拝出席は少なかった。また関係施設から職員の方が来てくださることを祈っていたけれど、施設から新しい職員の方は来られなかった。もうやだ〜(悲しい顔)
 でもとてもうれしかったのは、地域の方が数名、礼拝に来てくださったこと。教会のコンサートには行っても「礼拝はどうも・・・」と言うためらいがあるから、思い切って礼拝に来てくださったことが、とってもうれしかった。わーい(嬉しい顔)聖書のメッセージ、届いたかな。神様、説教の足りなかったところを補って、これからも礼拝に、地域の方々を導いてくださいね。

 教会員の方々が地域に根づいて生活し、その生活からキリストが香りたつ。かわいい特別、何も言わなくても、キリストに倣って地域で生活していることで、キリストの香りが地域の方を教会に引き寄せていく。
 地域の人に信頼される教会になれたらいいな。「御殿場教会だったら、行っても安心だよ」って、いつか地域の人に言われる教会になれたら、うれしいな。
 神様、まだ神様を知らない大勢の人たちがこの地域にいます。どうか聖霊によって、教会の伝道に力を与えてください。また教会員の生活が、キリストの香りとなるよう、神様が一人一人の信仰を支えてください。

 礼拝後、茶話会をした。会堂が暑かったから、冷たい紅茶がおいしい。喫茶店そして先週、洗礼を受けた方のために、茶話会に残った人の中から、私が独断で選んでマイクを渡して、お祝いの言葉を言っていただいた。ほんの一言だけど、皆、心がこもっていて、暖かい祝福の言葉だった。洗礼を受けた方も、感動して洗礼の喜びを語った。 
 神様の導きは不思議だ。生まれも育ちも違うけれど、神様に導かれると、皆、神様の家族にしていただける。もっともっと神様の家族が増えていきますように。揺れるハート

posted by 牧師 at 21:42| 日記

8/24

12オリーブ.jpg 牧師館に3年ほど前にもらったオリーブの植木がある。
 もらった時は、小さな植木だったのに、だんだん四方八方に伸び放題になってくるので、枝同士を編んだり、曲げたりして、なるべく枝が広がらないように育てている。

 でも3年経っても、花は咲かないし、もちろん大好物のオリーブの実もつけない。やたら図体だけは大きく育ったけれど、部屋の中で場所をとるばかりで、花も実もつけないから、外に植えちゃおうかな・・・とも思っていた(御殿場の冬の寒さに耐えられず枯れても、私、知〜らないって感じ)。

 でも説教準備で聖書辞典を読んでいたら、「オリーブ」の項目に「10-14年で結実を始め、30年以上経って、完全な収穫が得られる」と書いてあった。ドヒャ〜!私はその頃、一体いくつになるの?
 
 もうこのオリーブの植木からオリーブの実を食べることは、完全にあきらめた。オリーブの缶詰を買ってきて、食べよう。うん。



posted by 牧師 at 21:13| 日記

8/23

 木曜日の夜、7時から一時間、自由に祈る黙想会をしている。黙想会が終わり、礼拝堂の片づけをしていたら、教会学校の卒業生S君がふらりと教会の玄関に入ってきた。
 彼は今年から大学生で北海道にいる。夏休みで帰ってきて、土曜にはもう北海道に帰ると言う。「御殿場は暑い」と言いながら、しきりにTシャツで汗を拭く。それって子供の時と同じジャン。ふーん、北海道に行ってまだ5ヶ月なのに、御殿場はもう暑く感じるんだね。晴れ

 学校の話とか、部活の話とか、話してくれた。彼は小さい時から教会学校に来ていた。顔は小さい時のままの幼顔だけど、体はスポーツで鍛えているだけあって、ずいぶん大きくなった。こうしてふらりと、何の抵抗もなく教会に入ってきて、おしゃべりしていってくれるのがうれしい。
(^−^)
 「会堂でお祈りしよう」と誘った。「なつかしいなぁ」と会堂に入って彼が言う。会堂の一番前に2人で座って祈った。彼のすべてを神様が守ってくださるように。そしていつか教会に戻ってきて、信仰を告白してくれるように。これからもずっと祈っているからね。ぴかぴか(新しい)
 
posted by 牧師 at 21:05| 日記

2012年08月20日

8/19

120819_洗礼A.jpg 今日、礼拝で洗礼式が行われた。急な志願だったので、一か月の間、かなり強硬スケジュールで準備を行ってきた。でも準備をするごとに、神様の綿密なご計画、神様の用意周到さが明らかにされて驚く。信仰って、洗礼って、本当に人の業ではなく、神様の業なのだと、つくづく思わされる。
 神様の導きがなければ、聖霊が働かなければ、朽ちる人間が、神様の奥義を信じて受け入れたり、出来やしない。ましてイエス様に生涯、従って生きようと決意して、洗礼を受けたり、出来やしない。
 でも今日、礼拝の中で洗礼式が行われた。
神様は生きて働いておられる。聖霊が生きて働いておられる。畏れ多い神様の出来事が、礼拝の中で行われている。
 神様に覚えられて、追いかけられて、捕らえられる人は、幸いだ。神様にガッチリ捕らえられていることを喜ぶ人は、幸いだ。
 ますます聖霊が働きますように。神様のご計画がすべての人に成就しますように。
posted by 牧師 at 01:11| 日記

8/18

1208ホウセンカ.jpg 今年、おしろい花とホウセンカの種を買って、玄関脇の草むらに蒔いた。最近は夏の花と言うと、マリーゴールドとかベゴニヤなどが多いけれど、子どもの頃、夏の道端には、おしろい花やホウセンカがたくさん咲いていた。だんだん昔の風景が懐かしくなってくるのは、年のせいだろうか。

 そして今朝、赤いホウセンカの花が1つだけ咲いているのを見つけた。つぼみもあった。心がじんわりとしてくる。まだおしろい花は咲いてないけれど、夏が終わるまでに咲いてくれるといいな。

 いつの間にか植木鉢が増えてきたけれど、最初は花が咲いていたのに、次の年から咲かなくなる植木もあるし、ずっと咲かなかった植木に突然、花が咲くこともある。毎日、同じように世話をしているのに、何が良くて花が咲いたのか、何が悪くて花が咲かないのか、私には分からない。

 伝道も似ているかな。心を尽くして説教をし、牧会をしているつもりでも、何年もつぼみさえ見つからないこともあるし、知らない間に花が咲いていることもある。
 でも、それでいいんだよね。伝道の実りは、神様が与えてくださるものだから。私達は毎日、御言の種を蒔いて、神様が花を咲かせてくださるのを、信じて待っていればいいんだよね。
 「働いたのは、実は私ではなく、
  私と共にある神の恵みなのです」
  (1コリント15:10)

posted by 牧師 at 01:04| 日記

2012年08月04日

8/3

120803_声.jpg 時々、介護施設の十字の園から、車椅子に座って100歳の教会員の方が来られる。今週の礼拝にも来て下さった。会堂の一番後ろに、車椅子を設置して礼拝を守っているけれど、主の祈りを祈る時、その方の元気な声がビックリするくらい良く響いて、私のところまで届くのが、うれしい。とても100歳の方の声とは思えない。「精一杯、神様に祈りを届けたい」と願う、その方の熱い思いが伝わってくる。
 
先日、神学校のクラスメイトで、今年、隠退教師となられた方からお電話をいただいた。その方は会社を定年退職した後、神学校に3年編入してクラスメイトになった。神学校を卒業してから、ずっと1つの教会に仕えてこられた。もう20年経って、80歳を越えておられるけど、声は昔のまんま。すごく若々しい。気持ちが若いから声も若いのだと思う。来年、予定しているクラス会で、お会いできたら、うれしいな。

 今日、復生病院の帰り、一人暮らしの教会員の方々を訪問した。ヘルパーの手助けもあるけれど、一人暮らしだから、不自由なことも多く、やはり心配なのは、部屋で転んでケガをすること。そして今、暑いから熱中症になってしまうことだ。
Aさんの所に行ったのは、お昼を過ぎていたけれど、まだ昼食をとっておられなかった。暑いから、食欲もわかないのだろう。おことわりして冷蔵庫を見たら、中にお豆腐があったので、温めて食べていただいた。Aさんは食べながら、昔のことなどお話をしてくださる。弱々しいけれど、楽しそうに笑顔で話してくださる。
Bさんは先月、転んで体を痛めていたが、今日も部屋で転んで腕を痛めていた。幸い、骨折はしていなかった。帰りがけ、一緒にお祈りをした。Bさんは心をこめて、あの方のこと、この方のこと、色々な方々の名前を挙げて祈られた。その祈りの声に励まされて、私は帰路についた。
posted by 牧師 at 00:14| 日記

2012年07月25日

7/23-24

 古い教会員の方が21日の土曜日に亡くなられて、翌週の月〜火曜日、前夜式と葬儀を教会で行った。ずっと教会には来ておられなかった上に、いつごろ御殿場教会で洗礼を受けたか、時期もはっきりしない。しかし当時の資料を何とか見つけようと、あちこち資料を探しまくった。でも見つからないまま、迫ってくる前夜式と葬儀説教の準備を進めていた。
 そして22日の礼拝前、本当に何気なく事務室の戸棚を開けて、たくさんある古い教会資料の中から一冊の記録をたまたま手にとって、ペラペラとめくっていたら、昭和12年9月5日に、旧姓の故人が洗礼志願をし、試問会を経て、相原正勝牧師より洗礼を受けた記載が、目に飛び込んできてビックリした。
 こんなことってあるんだ。教会員なのに受洗年月日も分からないままで、どうしようと思っていた。だから神様が「ここにあるよ」と教えてくださったのだ。

120723_葬儀.jpg
 前夜式と葬儀の2日間、多くの方々が教会に来られた。「教会の葬儀は初めて」と言う方も多かったが、「分かりやすくて、とてもよかったです」と言ってくださった。土、日、月、火と、4日間、忙しかったけれど、多くの人が教会に来てくださり、キリスト教にちょっぴりでも触れてもらえたことがうれしかった。
 そして自分自身も、今回、神様の助けをとても近くに感じた。

「私はあなたを選び、決して見捨てない。
 恐れることはない。私はあなたと共にいる神。
 たじろぐな。私はあなたの神。
 勢いを与えて、あなたを助け、
 私の救いの右の手であなたを支える」
  (イザヤ41:9-10)
葬儀でイザヤ書の御言を語ったが、棺に横たわる無力な屍に、永遠の命の勢いを与えてくださるのは、神様だけだ。自分が無力になっても、何も恐れることはない。必ず神様が、時にかなった勢いを与えてくださる。そのことを固く信じる。

 召された方は、飛行機の操縦免許を取ることが夢だった。その夢は叶えられなかったけれど、神様が与えてくださった永遠の命の勢いで、天の本国を目指して飛び立って行かれた。
 天を仰いで、神様に感謝。

posted by 牧師 at 20:20| 日記

7/23

120723_かれん.jpg 今、学校は夏休みだから、教会の敷地内を通って教会の裏にあるコンビニの近道をする子どもたちが多い。家の窓を開けているから、外の話し声が私の部屋まで届く。外がやかましい。子供同士がけんかをしているみたいだ。なかなか収まらない。原稿を書いていた私は、おせっかいにも、外に出て行ってしまった。
 小学生らしき姉妹のけんかで、お姉ちゃんが仁王立ちして、妹はしゃがみこんでいる。妹が、お姉ちゃんの気に触ることをしたか、言ったか。
 「どうしたの」と声をかけるけれど、2人は何も言わない。お姉ちゃんは怒った顔をしている。妹の頭をなでて、「なにかお姉ちゃんを怒らせることをしちゃったの」と聞いてみた。すると、しくしく妹は泣き出した。
 けんかの理由は分からない。怒ったままのお姉ちゃんと泣いたままの妹。しばし沈黙。

「じゃあ、2人が仲直り出来るようにしてあげるね」と私が言って、「まずお姉ちゃんが怒っているモヤモヤした暗い気持ちと、お姉ちゃんを怒らせてしまって悲しくて暗い気持ちを、2人の中から、こうやって取り出してギュッギュッと丸めて、これを今から、屋根の上にある十字架に投げるからね。見てて。」
 そういって、ドッヂボールのように丸めて固めた2人の気持ちを、教会の屋根についている十字架めがけて、私はビュンと投げた。
 するとお姉ちゃんのほうが、「あっ十字架がある」と言った。ナンだよ。いつもここを通っていて、ここが教会だと、知らなかったんかい。やれやれ。

私は2人に「ここは教会なの。あそこにある十字架にイエス様がつけられんだよ。イエス様は十字架の上で、みんなの心の中にある暗い気持ち、悲しい気持ち、怒った気持ち、ぜんぶ受け止めて、きれいにしてくださるの。今、2人の心の中にある暗い気持ちは、私がぜんぶ丸めてイエス様の十字架に投げちゃったから、もう大丈夫。仲直りできるよ」と言って、2人の手をとって、重ねた。
妹は下を向いたままだったけれど、2人は手をつないで、帰って行った。
兄弟だもん。ケンカするのが、当たり前。でもイエス様の十字架を知っていれば、その日のうちに仲直りできるんだよ。


posted by 牧師 at 20:10| 日記

7/22

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 14日に御殿場教会で教会のオルガニストのレッスンが行われた。ご指導は堀井美和子先生。御殿場教会に木製の足鍵盤つきパイプオルガンが入ってから、年3回、御殿場まで通ってきてくださり、一人一人に熱心に指導してくださる。その積み重ねは大きく、オルガニストは努力し、着実に成長してきた。そのことは、礼拝の充実につながっていく。
 帰りがけに、堀井先生が東日本の被災地支援のためにオルガンのCDを作って、10枚(1枚1000円)もってきてくださったので、次の日曜日から販売したら、22日には完売。売上金はすべて、改革長老教会協議会を通して、東日本の被災教会に送ります。領収書などが届きましたら、教会ホームページのお知らせのコーナーに記載しますね。

posted by 牧師 at 19:55| 日記

2012年07月16日

7/15

雨が降ったり、止んだりの日曜日だった。会堂にはクーラーがないから、雨が降ると、窓を開けることもできず、扇風機を回すしかない。蒸し暑さと湿気で、みんなが体調を崩さないか心配になる。礼拝が終わって、みんなが帰る時、雨は土砂降りになった。朝、教会の駐車場で車を下りて、傘を持たずに教会に来た人たちもいたので、車の所まで、傘を差して一緒に行く。
 今日は駐車場の草取りの予定だったけれど、雨で中止。CS教師会を繰り上げて始めた。今年の夏のキャンプは、昨年と同じく富士教会と合同で、朝霧で行う。今日が参加申し込みの締め切り。新しい子どもたちや大人の参加も与えられて感謝だ。無事に楽しく2つの教会が交わり、共に学びあえることを祈ろう。
 CS教師会が終わってから、F病院に入院されている方のお見舞いに行った。その帰り道、田んぼの緑がとてもきれいだった。風が吹くと一斉に稲が、さわさわと緑の波になる。アニメ映画の「ナウシカ」で、光の波の上を女の子が、♪ランランララランランラン・・・・と歌いながら、歩いていく場面を思い出した。
 田んぼのきれいな緑の波の上を、歌を歌いながら歩けたら、どんなに気持ちがいいだろう。あの女の子のように。
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 先週、教会学校のために借りたDVDを返す時に、前から見たかったDVDをついでに借りておいた。平日にDVDを見る余裕はないけど、日曜の夜なら赦されるかな。以前、御殿場教会をロケーションにして撮影していた映画だ。どんなふうに教会が写っているのか見てみたかった。そうしたら冒頭の場面で礼拝堂が出てきた。ちょっと、うれしい。よく見ていると御殿場駅とか、見たことのある場所がチラホラと出てくる。ホラー映画だけど、エグイ映画でなくて安心した。エンドロールに「御殿場教会」って書いてあったけれど、「日本基督教団 御殿場教会」って書いて欲しかったなぁ。



posted by 牧師 at 00:15| 日記

7/12

 一日の教務を終えて、牧師館に戻ってきたら、ある方が夕食を届けてくださっていた。一目見ると、おわん。でも中から出てくる、出てくる。ごちそうが、マトリューシュカのようになって出てくる。すごい。こんなの初めて。(^−^)うれしい!まるでお正月みたい。
今週はずっと忙しかったから今日はもう、このごちそう食べて寝てしまおう。お正月のつもりで。

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posted by 牧師 at 00:06| 日記

2012年07月06日

7/5

明日の子ども映画会のために、DVDを借りに行ったら、フォークソングのCD4枚組を見つけた。それも一緒に借りて、家で聞いた。「青年は荒野を目指す」とか「あの素晴らしい愛をもう一度」とか「いつまでもいつまでも」とか「戦争を知らない子どもたち」とか、「ある日、突然」とか、「遠くへ行きたい」とか、中学高校時代、深夜放送のラジオで聞いていた懐かしい曲ばかりるんるん。曲を聞いていると、当時のことが色々と思い出されてくるかわいい

 CDについていた歌詞カードを読むと、歌詞がいい。心の小さな揺れを見逃さないで、言葉にしている。歌詞の中には、今は死語になっている言葉もあった。
 「心の旅」で「・・・・ああ、明日の今頃は、僕は汽車の中」と歌う。遠距離恋愛のために別れる恋人たちの歌。新幹線や格安飛行機ではなくて、「汽車」と言う言葉が、これまた懐かしい。遠距離恋愛も、今ならカメラつきパソコンで毎日、顔を見ながら話が出来る。時代は変わったよなぁ。
 今、どんな曲が流行っているのか知らないし、カーラジオから流れてくる曲を聴いても、歌詞を聞き取ることが出来ない。日本語じゃないみたい。リズムに乗って、異言を語っているのか?

 でも、歌詞が聞き取れる懐かしい曲に聞き入っていると、説教の準備が進まない。歌詞が聞き取れる曲は、説教準備の妨げになることを悟って、来週の礼拝後まで、懐かしい曲の入ったCDは撤収ふらふら
 「青年は荒野を目指す」ではなくて、「牧師は説教を目指す」パンチ
posted by 牧師 at 23:15| 日記

7/5

 昨日、入院中の教会員の方のために、祈祷会で祈りを合わせた。今週、その方の誕生日なので、誕生カードと週報などを入れて、郵送した。そしたら今日、入院中の方からお手紙が届いていた。お手紙を書く気力が出てきたのだ。良かった。手紙の消印を見ると、なんと7/4。 祈祷会で、みんなが祈りを合わせた日だ。
 祈祷会で合わせた祈りの束が、入院している方に届いたのだ。ものすごくうれしかった。神様、ありがとうございます。これからも私達は祈ります。神様、どうか心も体も健康にされて無事に退院して、礼拝や仕事に戻れるよう、癒してください。
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posted by 牧師 at 23:04| 日記

7/2-3

 東海連合長老会の記録審査が、御殿場教会で行われた。昨年度の長老会記録と新年度の総会記録を隅々まで、東海連合長老会の審査規定に従って精査する。審査のノルマは1人あたり3教会。じっくり見るので、かなり厳しいノルマだ。
 審査するのは牧師たち。審査しながら、不明な所は直接、その場で審査している教会の牧師に聞くことが出来るのがありがたい。牧師だけが記録審査することに、異論もあるが、牧師全員で記録審査を始めてから、他教会の現実を知り、他教会を覚えて切実に祈れるようになった。そして牧師による記録審査によって、牧師同士の信頼関係が深められてきたことも、教会相互の交わりを深めていくために、欠かせない恵みだ。
 予約してあるホテルの夕食時間ギリギリまで、みっちり審査した。もうクタクタだ。食後、ホテルの庭をみんなで散歩した。道に沿ってランプが置いてあって、きれいだ。キャンドルとガラスって、相性がいいね。
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 翌日は9時から審査結果に関して意見交換。これがまた重要だ。それぞれの教会に課題があり、それをお互いに共有して、取り組んでいく。1つの教会では解決できないことも、中会の教会が共に課題に取り組むことで、前進できる。
 御殿場教会の長老会も、大きく変わってきた。相変わらず色々な試練があるが、しかし長老会が牧師を支えていることが、記録からも伝わってくる。
 今週の礼拝も、私が説教後、疲労困憊していたので、長老会を早めに開き、必要な議論をきちんと尽くして2時には長老会を閉会した。長老会が牧師に、夕礼拝まで寝られるよう時間を作ってくれたのだ。長老会の心遣いがうれしかった。おかげで夕礼拝を、元気にささげることが出来た。

 教会は生きている。生きたキリストがおられる。常に心の扉を大きく開け放って、生きておられるキリストを、教会の真ん中に、私達の真ん中に、お迎えしていこう。
 すべての教会が、神様の御心を行う「地上のキリストの体」として、絶えず新しく御言に聞いて、改革されていきますように。ぴかぴか(新しい)
posted by 牧師 at 22:55| 日記

2012年06月29日

6/28

 大失敗をしてしまった。昨日から夫は親戚の葬儀で、豊橋に行って留守。私一人だ。そこへ突然、ずっと昔の教会員の奥様が亡くなられたので、葬儀の依頼があった。その方は信仰をもっておられず、私もお会いしたことがない。とにかくバイクを飛ばしてお宅を訪問して、葬儀の打ち合わせをした。今週末の2日間が前夜式と葬儀になる。一度もお会いしたことのない方、しかも未信者の方の場合、葬儀説教の聖書箇所を選ぶのに、本当に迷う。
 今朝の10時に前夜式と葬儀のプログラムを葬儀社が取りに、教会に来る。それまでに何とかプログラムを仕上げねば・・・とガンバッて仕上げたら、もう外は明るくなっていた。ゴミ出しをしてから、今朝は十字の園の礼拝があるから、それまで少し寝ておかなくちゃと、布団にもぐった。(これが、まずかった)
 いつも起こしてくれる夫の代わりに、枕元には目覚まし2つ。教会員のTさんにもモーニングコールをお願いしていた。
 目覚ましとモーニングコールで目を覚ました・・・・・はずのに、(教訓・布団の中で、モーニングコールを受けるのではなく、ちゃんと布団から出て、受けること)なんと2度寝してしまった。朝起きるのが苦手で、2度寝はいつものことなのだが、夫が留守なので、Tさんが、モーニングコールをして、私を十字の園まで車で送ってくださることになっている。
 既に約束の時刻に、Tさんが教会に迎えに来てくださっていた。何度も牧師館のドアチャイムを鳴らし、外から呼びかけても、全く家の中から返事がないので、「牧師の具合が悪いのではないか」などと、すごく心配させてしまったらしい(その時、私は2度寝して、爆睡中だった眠い(睡眠))。
 Tさんが自宅に戻って、教会にもう一度電話してくださり、その電話で、私はガバッと、今度こそ目が覚めた。しかし時、既に遅し。キャー!あせあせ(飛び散る汗)
 これが夢であって欲しい。もう8時半ではないか。ああ神様!
とにかく着替えて、もう一度、教会に迎えに来てくださったTさんの車で、十字の園の礼拝に滑り込んだ。Tさんは予定があるので、私を降ろして、次の場所に急いで車で出かけられた。ごめんなさい。本当にごめんなさい。
 即、礼拝を始め、讃美歌を歌い、祈り、説教を終えた。説教を聞いておられた方は、牧師がバタバタと、落ち着きがないと思われただろう。申し訳ない。恥ずかしい。
 帰りは、十字の園の職員の方の車で、教会まで送っていただいた。車を待つ間、ここに来る時、あわててはいた五本指の靴下に、ちゃんと足の指が入っていないのに気がつき、指を1本1本、靴下に入れなおした。おばかだなぁ。
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 朝起きるのが不得意な私のせいで、たくさんの人に迷惑やら、心配をかけてしまった。本当に自分がイヤになる。穴があったら、マンホールでもどこでも飛び込んで、隠れてしまいたい。
 でも週末の葬儀などの説教原稿を書かなくちゃ。そして来週の日曜日は第1週で聖餐式もある。その礼拝説教の原稿も、まだ手つかずのままだ。
 やっぱり穴に入って、閉じこもっている場合ではない。
 神様!助けてください。

posted by 牧師 at 17:24| 日記

2012年06月21日

6/21

120621_父の日の花.jpg 十字の園の礼拝の時、びっくりした。今週、礼拝に来られていた100歳の方が、十字の園の礼拝にも、車椅子で来ておられた。教会の礼拝で、神様からたくさん力をいただいて、施設での礼拝にも出られるようになったんだ。よかった。施設の礼拝は朝早くて、いつもは声が出にくいんだけど、今朝は大きな声で賛美歌が歌えた。

 施設の帰りに、夫は農協で野菜など夕飯の買い物。私はバラの花を買った。この前の「父の日」は仕事で、夫に何もしなかったから、せめてお花でも・・・・と。夫の机は狭いから、バラは2本だけ。
 夫の机の上に置いてあった今日のカレンダーには(「日めくりカレンダー」作・晴佐久昌英)、「なにもできないけど、ずっとそばにいるよ」と書いてあった。なんだか、心がドキンとした。

 昨日の祈祷会で祈られる人の順番は、夫だった。みんなが夫のために祈ってくれた。ありがとうございます。私も夫のために祈った。
 私の結婚は早かった。なぜ夫と結婚したのか、理由が良くわからなかったけれど、今頃になって、ようやく夫と結婚した理由が分かってきた。
 夫と一緒に教会に仕えることが、神様のご計画だったんだね。
 これからも夫と一緒に教会に仕えて行けますように。
posted by 牧師 at 23:51| 日記

6/20

 昨日の台風4号はひどかった。事前に静岡を通ることが分かっていたので、教会の駐車場の用具や教会の玄関にある看板や植木鉢などを、夫が教会の玄関の中に、前もって運び入れておいた。夕方から雨も風も強くなってきて、心配になり、教会の人たちが無事に帰宅できるよう、祈った。
 
 台風一過の朝、思ったより台風の力は大きくて、駐車場の金網に固定してあった教会の看板が、風で飛ばされていた。見つけた看板は、U字型に曲がっていた。一生懸命、風に耐えて、金網に張りついていたんだね。ご苦労様。がんばったね。
120620_今年のアマリリス.jpg 1206長いあじさい.jpg 
 台風を避けて、花が咲き出したアマリリスを、教会に運び入れておいた。今度の礼拝は講壇交換で豊橋中部教会の山本昭夫牧師が説教に来られるから、ちょうど良かった。また教会の方が珍しいアジサイを持ってきてくださったので、これまたよかった。
 今日の祈祷会には、家が台風による停電のために来られない方もいた。それでも台風の過ぎた後に、祈祷会を行うことが出来て、感謝だ。祈祷会のため、聖書研究の準備はしんどいけれど、聖書の中から、たくさんの恵みの宝物が見つかる。それをみんなで分かち合うのが楽しい。みんなも次々と恵みを見つけて、語りだす。そしてお昼には、それぞれの持ち寄りでおいしい昼食。昼食が終われば、十字の園のボランティアに出かける人、会計の計算をする人、お掃除をする人、奏楽の練習をする人、それぞれが自分の奉仕を見つけて、自発的に動き出す。

 夕方、聖書の学びのために高根学園に出かけた。園長さんに「台風の時は子どもたちを早く帰らせたのですか」と聞いたら、「保育園は親が仕事をしているから、いつも通りの保育時間です」。
 あいやー。昨夜は雨風が強かったから、お迎えは大変だったろうな。そしてすべての子どもたちを無事に帰さなくてはならない職員も、気を使っただろうな。ご苦労様でした。でもまた今週、台風が来るんだって。やだなぁ。


posted by 牧師 at 23:36| 日記

2012年06月19日